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平日の夕方。

誰もが家路を急いでいるのか、人の波は絶えなかった。

オフィスビルから一気に溢れ出てきたサラリーマン達の急流に、

第5ポジションで立つ奈央のチュチュは揺れた。


二人はとても幸せだった。そのはずだった。

両足のトゥシューズが、キュッとキツく感じる。

剥き出しの肩をかすめる風が、やけに冷たく感じる。

まだまだ季節は、変わらないはずなのに。


スーツ姿の男女の隙間に見えるチュチュは、徐々に躍動を始めた。

気付けば奈央は右に左に、パドブレを踏んでいた。

いつもならそろそろ浩明も残業を終えて、このビルから出てくる。

よく似た背格好のスーツが見えるたび、思わずアティテュードしたくなる。

しかしいったい、どんなパで迎えればいいのか。

浩明の横をいつもシェネして歩いた公園も、なんだか遠く感じてしまう。



総務の浩明と経理の奈央は、このビルの廊下で出会った。

浩明は休憩中。奈央はピルエット中だった。

浩明は特に目立たぬ男であったが、

奈央は浩明を一目見て、そのチュチュを微かに震わせた。


その日から少しずつ会話を重ねていくほどに、

浩明の心は弾み、奈央のジュテは高まった。

浩明の日々はときめき、奈央のプリエは深まった。

そうして二人はいつか、グラン・パ・ド・ドゥを踊るはずだった。

なのに何故。


グラン・プリエで伝票整理をしながら、奈央は思った。

深いプリエで捲れ上がったチュチュに、奈央は埋もれて思った。

このまま一生、誰も私を、リフトしてくれないのかもしれない。

それどころか、誰一人として、第1ポジションさえとってくれないのかもしれない。



奈央もかつては、群舞であった。大勢の群舞であった。

群舞であった奈央は、たった一人のプリマを目指し、互いに闘わざるを得なかった。

奈央は奈央に、負ける訳にはいかなかった。

奈央も奈央も、血の滲む努力をした。


そうして、一人また一人と、

奈央は奈央を打ち破り、奈央は奈央を打ちのめし、

ときには卑怯な手を使ってでも、奈央は奈央を、蹴落とした。


そうして大勢の奈央が、玉砕し、犠牲となった。

その死屍累々たる奈央のうえに、今のプリマの、奈央がある。

いつか誰かとグラン・パ・ド・ドゥを踊る、ただ、そのために。

なのに何故。



奈央は浩明の周りを思い切りシャッセして回り、アロンジェしたかった。

逃げる浩明をパ・クリュで追って、フェッテで捩じ伏せてやりたかった。

その上で高らかに、ルルベしてやりたかった。

フェッテにフェッテを、繰り返してやりたかった。


しかしもういくらグラン・ジュテしても、無駄だということは分かっていた。

ここでいつまでパドブレ踏んでても、浩明は現れない。



先週、仕事を理由に約束を取り消した浩明は、ここに居なかった。

このオフィスではなく、いつもの公園を通って、

奈央が今度二人で行きたいねと、言ったはずのバーに向かった。



奈央は聞いてしまった。

その浩明の傍らで鳴り響く、カスタネットの音を。

激しく足を振り下ろし、踏み鳴らされる、サパティアードの音を。


奈央は見てしまった。

その浩明に向かって、情熱的に打ち振られる、真っ赤なスカートを。

激しく両手を振り上げ、妖しく宙を舞う、魂のフラメンコを。

そしてその二人の後に続いて、ギターを搔き鳴らすヒゲの男を。



浩明はそのギターの音に、小さくステップを踏み始めていた。



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【著者プロフィール】
profile
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【活動情報】
・げんこつ団最新作 2017年11月29日(水)〜12月3日(日) 駅前劇場
・海外ドラマ『UnREAL』日本語吹き替えディレクション TBSオンデマンド配信



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