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「おい水島くん、この書類を営業二課にサンバしといてくれ」

「はーい」と立ち上がった水島さんは、小気味良くホイッスルを吹き鳴らし、小刻みにサンバのステップを踏んで、部屋を出ていく。
今日も我が社は活気に満ちている。この御時勢にこんなにもリズミカルに仕事が出来るなんて、俺はとても恵まれている。

ルンバのステップを踏みながら、部長が俺に言う。
「どうだ、山口商会は?やはり難しいか」
「ええ、なかなかワルツしてくれませんで」
「んーそうかー」
その傍らで平岡が菊田さんに聞いている。
「ねえ、これって、サンバだっけマンボだっけ、ジルバだっけルンバだっけ?」
「あ、マンボです」
「まあ仕方ない。村田くんと菊田くんで、ジルバよろしく」
部長はセクシーなルンバで立ち去り、俺は菊田さんとジルバを踊る。
「あ、村田さん。丸島建設にサルサ、しておきました」
情熱的にマラカスを振りながら平岡が報告するので、俺はジルバのステップを崩さずに答える。
「ところで昨日の山口商会のクイックステップ、あれタンゴしといてくれた?」
「やっべ!まだです」
「しょうがねえなあ」

なんて充実した毎日だ。
こうして毎日をダンサブルに過ごしていると、諸々の小さな悩みなど吹き飛んでしまう。
そこに経理の桜井さんが、パドブレを踏んでやってきた。
俺はいつも見とれてしまう。そのバレエはいつも華麗で繊細だ。
彼女は真っ直ぐに部長の前に行き、背筋を伸ばしたまま深く腰を沈めた。
「岡崎部長、プリエです」
「おお、ありがとう」
そう答えた部長は、今はエアロビのステップを踏んでいる。
俺は平岡と身体を密着させて官能的なタンゴを踊りながらも、秘かに彼女を目で追う。
このひとときが一日で一番、心潤う瞬間かもしれない。

しかも今日は彼女は、俺の前で立ち止まった。
「あ、経理からです」と、差し入れを手渡してくれた。
さすがに俺はタンゴのステップを止めてそれを受け取った。
俺にはバレエは到底無理だが、出来るだけ繊細な動きでそれを受け取った。
それだけで部屋の空気が一気に澄んだ気がする。

うっとりと彼女の華麗なステップを見送ると、
部屋では真っ赤な薔薇を口に咥えた菊田さんがフラメンコのリズムで力強く足を踏み鳴らし、
部長は「ブイーン」と言いながら、激しくキレのあるブレイクダンスを始めている。
その傍らでは掃除のおばさんがヒップホップダンスで飛び回っている。
でも俺は黙っていられなかった。

「部長!」
床に寝転び、背中でスピン中の部長は、動きを止めて俺を見上げた。
「どしたー」
「ブレイキング中、すみません。これ、経理の桜井さんから」
「おお、まんじゅうか」
すると平岡も菊田さんもステップを止めて集まってきた。
「あっ、これ有名なやつじゃん?」
「すっごい美味しいらしいですよ」
「並ばないと買えないやつじゃん?」
「並んでもなかなか買えないんですって」
「ね、ちょっとだけ中断して、食べません?」

さすが桜井さん。全然関係ないのに、俺は鼻高々だ。
「しょうがないな。じゃ。ちょっとだけ、パソドブレするか」
思わずヒュー!と声を上げそうになった。そういうところ、好きっす、部長。
俺は誰より早く、自分の定位置についた。
毎日のステップで足腰はボロボロだし、仕事が終われば泥のように眠るだけの日々だがしかし。
毎日こうしてリズミカルに踊れるだけで、充分に幸せだ。俺はかなり恵まれている。
そのうえ今日はなんていい日だ。俺は桜井さんの美しい手さばきを真似て、ゆっくりと手を伸ばした。
そうして全員の勇ましいステップが部屋に響き渡る。
この先にもこんな日々が、永遠に続くといいと思った。

しかしそこに小気味良いホイッスルの音が近づいてきた。
水島がサンバのステップで戻ってきた。
その馬鹿みたいに陽気な動きとリズムと裏腹に、水島の表情は固かった。
「部長、大変です…!」
俺は小さく舌打ちした。水を差すなよ水島よ。
「今、情報が入ったらしくて、片岡コーポレーションが遂に、我が社をチャチャチャしたと…!」

なんということだ。
確かにそんな噂はあったが、まさか本当にチャチャチャするとは。
俺は思わず部屋を飛び出した。
各部署からもわやわやと人が出てきて、それぞれのステップで右往左往している。
チャチャチャ…チャチャチャ…?チャチャチャ…チャチャチャ…?
大きな社屋中が、ショックと戸惑いの呟きで満ち満ちている。
会議室のテレビからは、我が社の突然のチャチャチャについて報じられている。
いったいこれからどうなってしまうというのか。俺の目の前は真っ暗になった。

しかし心配はなかったのだ。
翌日、我が社は決起した。
「こうなったら我が社は直ちに、ポルカだ」と、力強い声明が発表された。
そうして社内の全員が、一致団結した。
そうして俺たちは、ポルカを踊り始めた。
それからというものの、毎日がポルカだ。
役職の垣根を越えて、部署の垣根を越えて、社内の全員が手を取り合って、
列になり輪になり、同じリズムで、同じステップを、踏むのだ。

牧歌的なポルカのリズムが社内に響き渡る中、あちこちで回る、ポルカの輪。
そのなかで回りながら、俺は今日も、桜井さんの姿を探す。
バレエを踊る桜井さんを見られなくなったのは残念だが、
いつか互いの手を取り合って、共に踊れる日がくる。
互いに腕を組み、同じリズムでスキップし、見つめ合って踊れる日が来る。
そう思うと、今の日々も悪くない。
この先にもこんな日々が、永遠に続くといいと思う。


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【著者プロフィール】
profile
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【活動情報】
げんこつ団『濁流サイダー』
2017年11月29日(水)〜12月3日(日)@駅前劇場
脚本・映像・音響/一十口裏 演出/一十口裏・植木早苗 振付/植木早苗
出演/植木早苗 春原久子 大場靖子 河野美菜 池田玲子(10・Quatre) 望月文
津波恵 久保田琴乃 三明真実 皆戸麻衣(ナイロン100℃) 林佳代 古川万城子



【えんぶ版】妄想危機一髪、連載中!

『えんぶ7号』


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