「先ほど、川崎市の小料理屋店主、池山作蔵(67)さんが、
 種子島宇宙センターから、打ち上げられました。」

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みるみると、作蔵さんは打ち上げられた。
雲を越えて、大気圏を越えて、やがて地球の軌道を廻りだした。

和帽子を被り、扱き染めの作務衣に前掛けといった、
いつもの出で立ちで、作蔵さんは、軌道を廻りだした。
双眼鏡を手に、廻りだした。

勇太は緊張していた。初めてのデートだった。
何を着ようか、何を話そうか、一晩中考えた。
なのに、結衣の行きたいと行っていた店の、
場所を調べておくのを忘れていた。

駅の前の変な銅像の台座に結衣を座らせて、
勇太はスマホで場所を調べた。
住所を入れてしばらく待つと、
スマホにはどちらが北かも分からぬ手書きの地図が表示され、
達筆な字で、「多分この辺」と書かれてあった。

祥子は参っていた。ここのところずっと雨だ。
しかしどうしても、布団カバーとシーツを洗濯したかった。
飼い猫の毛がこびりついているのは全く平気だったが、
なんとなく湿気ているのがどうしても嫌だった。

窓を打ち続ける雨の音を聞きながら、
祥子はスマホで台風の進路を調べた。
アプリを立ち上げしばらく待つと、
手書きの日本地図らしきものが表示され、
達筆な字で、「多分この辺」と書かれてあった。

関田は困っていた。面倒臭い仕事を任された。
ある国の軍事基地の情報を極秘に、しかも独自に手に入れねばならない。
それを元にした極秘会議が、明日の夕方には、開かれる。

しかし衛星写真を何枚見ても、
それは手書きで、よくわからない。
それは何かと尋ねてみても、
達筆な字で、「多分ミサイル?」と帰ってくるだけだった。

全国的に、目的地はぼんやりした。
天気の予想も、ぼんやりとした。
危機的状況の把握も、ぼんやりとした。

そのうち、人々の思う地図も地形も、ぼんやりとしてきた。
列島の輪郭や、世界地図の形も、ぼんやりとしてきた。

筆で描かれた作蔵さんのそれが、私たちの世界となった。
小料理屋のお品書きのような文字が、私たちの拠り所となった。

今日も作蔵さんは、老眼の目をしばしばさせながら、
宇宙空間に浮かび、双眼鏡を覗いている。

月の出ていない、空気の澄んだ夜に、
注意深く空を見つめてみたら、
あなたにも作蔵さんが、見えるかもしれない。


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【著者プロフィール】
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一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【活動情報】
dakuryu
げんこつ団『濁流サイダー』
2017年11月29日(水)〜12月3日(日)@駅前劇場
脚本・映像・音響/一十口裏 演出/一十口裏・植木早苗 振付/植木早苗
出演/植木早苗 春原久子 大場靖子 河野美菜 池田玲子(10・Quatre) 望月文
津波恵 久保田琴乃 三明真実 皆戸麻衣(ナイロン100℃) 林佳代 古川万城子



【えんぶ版】妄想危機一髪、連載中!

『えんぶ7号』


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