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ここは戦地。いまも銃撃戦の音が間近に聞こえる。

「戦地では、何が起きるかわからない。」

初めて戦場らしい前線に出た俺は、そう聞いていたし、その覚悟をしていた。
そしてまさに、そうだった。それは敵の前に出る前に、起きた。

俺は隊長のあとに続いていた。その隊長がヘルメットに吸い込まれた。
隊長が、隊長の被ったヘルメットに、スルスルと吸い込まれていった。

後ろ姿のまま隊長は、一瞬悲鳴をあげた。
悲鳴をあげたと思ったら、まずは後頭部、そして首、肩、
そして背中が、吸い込まれていった。
思わず駆け寄り掴んだ足も、奪われ吸い込まれていった。

地面に転がるヘルメットを拾い上げ、揺さぶってみても叩いてみても、
それはただのヘルメットでしかなかった。
なので俺は呼びかけてみた。
ヘルメットを裏返して、隊長を呼んでみた。
しかしそこには隊長の気配さえなかった。
それは古びた傷だらけの、ただのヘルメットだった。

俺は副隊長の姿を探した。今あった事を報告せねばならない。
作戦通りの動きであれば、副隊長はあの茂みの向こうに居るはずだ。
姿が見えないので俺は、大声で副隊長を呼んだ。
呼ばれて副隊長は、慌てて茂みから顔を出した。
顔を出したと思ったら、その顔はすぐに見えなくなった。

あっと驚いた副隊長の顔は、副隊長のヘルメットの中に消えていった。
続いて首、肩、胴体と、消えていった。
一瞬ベルトがつっかえたが、すぐに暴れる下半身も、
ヘルメットの中に消えていった。

そして先程も聞いた音が、微かに届いた。
ヘルメットが地面に落ちたのだ。
それは地面に転がって、やがて一切、動かなくなる。

これはいったいどういうことなのかと、俺は一瞬考えた。
しかしすぐに、考えるのをやめた。戦地では、何が起きるかわからないのだ。

俺は振り返って、俺たちのあとに続いてくるはずの部隊を待った。
しかしいくら待っても、彼らは来ない。

という事はきっと、俺の背後には、無数のヘルメットが転がっているのだろう。
ここに来る間に通ってきた、荒涼とした見晴らしの良い大地には、
彼らのヘルメットが、転がっているのだろう。
隊長、副隊長に続き、先輩達も、次々と吸い込まれたに違いない。

するとやがて、俺も吸い込まれるに違いない。
憎き敵地に踏み込む前に、この栄誉ある戦闘に加わる前に、
俺はただ、ヘルメットに吸い込まれる。

それは、名誉の死となるのか。そもそもそれは、死なのか何なのか。
それを聞いて、妻はどう思うだろう。両親は、どう思うだろう。
きっと何のことやら、わからないだろう。
俺にも何のことやら、わからない。

いまも聞こえる銃撃戦の音が、徐々に遠く感じられていく。
実際には近づいてくるその音が、徐々に遠く感じられていく。

銃撃戦よりも身近に迫り来るこの現実に、俺の身体はこわばった。
脳天にチリチリと感じる違和感、
短くした髪がキリキリと引っ張られる感触だけが、確かだった。

それはやがて、頭皮を引き攣る感覚に変わるだろう。
そしてやがて、頭蓋骨ごと俺を持ち上げていくだろう。

それが実際にやって来たとき、こわばった俺の身体はゆるみ、
それに抵抗するよりも、委ねるだろう。

そして俺は、死なんだか何なんだかわからない、
この現実を受け入れるだろう。

それしかない。それだけが、今は確かだ。


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【著者プロフィール】
profile
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【活動情報】
dakuryu
げんこつ団『濁流サイダー』
2017年11月29日(水)〜12月3日(日)@駅前劇場
脚本・映像・音響/一十口裏 演出/一十口裏・植木早苗 振付/植木早苗
出演/植木早苗 春原久子 大場靖子 河野美菜 池田玲子(10・Quatre) 望月文
津波恵 久保田琴乃 三明真実 皆戸麻衣(ナイロン100℃) 林佳代 古川万城子


『えんぶ8号』

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