mensechu1
長年、採用担当として我が社の面接をおこなってきたが、
最近の若者のはっきりとしない態度には嫌気が差してくる。
次に部屋に入ってきた若者も、また生気のない顔をした奴だ。
同じく長年面接官を勤めている同僚と顔を見合わしてため息をつく。

同僚が着席を促し、私が早速質問に入る。
「君はあれかな。夜泣きは?よくする方?」
同僚がそれに続く。
「2時間置き程度?それとも3時間置き?」
若者は何も答えず、ただ我々を見る。
いったい何だと言うのだ。
私は仕方なく咥えていたおしゃぶりをちゅぽんと外して再び問う。
「夜泣きだよ」
「しませんけど…」

頭をすっぽり覆った白い頭巾、
その顔の周りをぐるっと囲んだフリルを揺らして、
同僚がため息混じりに言う。
「なるほどね」
生意気な奴だ。
しかもこんな当たり前の質問にも即答出来ない。
こいつは駄目だ。また駄目だ。
それならとっとと、終わらせてしまおう。
私はおしゃぶりを咥え直して、口の端で早口で次の質問に移った。

「では我が社を志望した動機と、
 この業界についてどのような興味と展望を持っているか」
一瞬、身を乗り出した若者を目の端に捉えながらも続けた。
「また好きなご本と、オムツのメーカー、
 その取り替え回数について、お教えください。」
「……え?」
若者は再び硬直した。私は苛ついた。
同僚も同じ気持ちなのだろう。
お気に入りのタオルを強く握りしめて、答えを待たずに問うた。
「うんちは?」
「え?」
「固め?それとも柔らかめ?」
「……。」

若者はなにも答えない。
同僚が握りしめたタオルを口に運び、しゃぶり始めた。
私は思わず、首にかけたヨダレかけを震わせて声を荒げた。
「なに?君。こういうのは普通事前に考えてくるもんじゃないの」
「あの…」
同僚のタオルをしゃぶる音が大きくなる。
それを見つめつつ、若者がやっと口を開いた。
「あっ、あの、志望動機。志望動機はですね…」
若者は聞き取れないくらいの声で何か言い始めたが、
私は構わず、次の質問に移った。
「チルミル?」
「?」
「チルミル?」
「?」

またもや無反応である。
私の頬は紅潮した。怒りで手足が熱くなる。
「すてっぷ。…それとも。すこやか?」
「…?」
「ミルクだよ!お気に入りのミルクは!」
見れば同様に頬を赤くした同僚が、
口に含んだタオルを引き千切らんばかりに噛み締めて言った。
「あー……」

それでも答えぬ若者を横目に見ながら、私は同僚に耳打ちした。
「離乳食だ」
同僚は舌打ちして若者を睨んだ。
最近の若者は本当に生意気だ。離乳している奴も多いらしい。
「え、違います」
椅子から腰を浮かしそうになる若者を制して私は続けた。
もう一刻も早く、終わらせたいのだ。

「今日はここへはハイハイで来たの?
 それとももう、立っち出来る?伝い歩き?
 あと、疳の虫は?よく騒ぐ方?」
「え?いえあの…」
何をまごまごしているのだ。どれも簡単な質問じゃないか。
イライラしている私のヨダレかけは、もうびちょびちょだ。
同僚のタオルからも、ヨダレがぽたぽた落ちている。
これが最後の質問だ。さあ早く答えてくれ。
「趣味は?趣味はなに?」
「え?」
「趣味」
若者はようやく私の目を真っ直ぐに見た。
「え?あ、趣味。趣味は…」
「毛布しゃぶり?床たたき?ブロック投げ?
 それともお口を、ブーッとするやつ?」
「……え?」

捲し立てた質問に、若者は更に硬直した。
私は我慢ならず、頭に血がのぼり、
椅子に座ったまま両手足と全身を突っ張った。
「あ”ー!!」
天井しか見えなくなった。
その視界に何かが揺れた。
即座に同僚がスーツのポケットからガラガラを取り出し、
私の目の前でゆっくりと揺らし始めたのだ。
ガラガラという心地良い音とそのカラフルな見た目に、
心が徐々に落ち着いていく。
私は身体を元に戻した。
気付けば若者もガラガラを目で追っている。
私と若者は、しばしガラガラを目で追った。
緩急をつけて揺らされるガラガラに、しばし目を奪われた。

そうしてしばらく二人でガラガラを目で追い、
やがてすっかり気持ちが落ち着くと、
面接時間を過ぎていた。
同僚はガラガラをしまいながら言った。
「趣味は、ガラガラだな」
最後の質問が終わり、私はほっとした。
「はい、以上です。どうぞお帰りください」
そう言って向き直った我々の顔を、若者は交互に見た。
「でも…」
「もう結構です。お帰りください」

私の集中力は限界だった。
なかなか椅子から立ち上がらない若者に向かって、
奇声をあげて思い切り、おしゃぶりを投げつけた。
驚いた顔の若者に構わず、そのまま床に転がり、転げ回った。
びちょびちょのヨダレかけが顔に貼り付くのが可笑しくて、
ケタケタと笑い転げた。
思わず立ち上がり私を避けながら、若者が叫ぶように言った。
「でも面接は…!」
「おねむです」
「は?」
「もう、おねむですから」

同僚は毅然とした態度でそう言って、若者を制した。
そうして、デスクの上にゆっくりと身体を横たえた。
「ねえ、ちゃんと面接してください、お願いします…!」
私から逃げた若者は、同僚にしつこく詰めよった。
眠りに入ろうとするのを邪魔された同僚は、
けたたましい泣き声を上げた。
窓をビリビリ震わせるほどの泣き声を上げた。
若者はうろたえた。
うろたえながら、なんとかあやそうと両手を広げてみるなどした。

床を転げ回っていた私は、
その泣き声に刺激を受けて立ち上がり、
スーツの中のオムツにうんちをもりもり出し始めた。
優しい声で同僚をあやし始めていた若者は、
思わず鼻を摘んで振り返った。
その目の先には、片手におしゃぶりを握りしめ、
神妙な顔で脱糞する私が居た。

「ちょっと…!おしめ、おしめどこですか……」
脱糞のせいで目の潤んだ私を見て、若者は思わず叫んだ。
私は鼻息を荒くした。若者はその辺の棚を必死で探し始めた。
私は脱糞の快感と尻の不快感に身震いした。
若者は青白い顔をして棚という棚を探しまわった。
その疲れきったような背中に、私は意味なく、タックルを喰らわせた。

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【著者プロフィール】
profile
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【次回公演情報】
10月17日(水)~10月21日(日)@駅前劇場
げんこつ団 最新作(作・演出/一十口裏)



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