kyuuzitu1

父さんはいつものように食卓で新聞を広げていた。
「あ、おはよう、父さん」
しかしダイニングには柔らかな陽が差し込んでいて、
その手はいつもよりゆっくりと紙をめくった。
「朝ごはん、どうする?」
「んー」
父さんは新聞から目を離さない。
私は答えを急がせずに、まあいいかと、その隣に座った。

そこにバタンと冷蔵庫を閉める音がした。
「あ、おはよう、父さん」
牛乳を飲みながらやってきた父さんは、
伸びたトレーナーに、ヨレたパジャマのズボン。
ああ休日の朝だなあと、ますます思わされる風景。
「朝ごはん、どうする?」
「あー」
父さんは宙を見上げて惚けた顔をした。
私は思わず、ふふっと笑った。

そこに、トイレを流す音がした。
「あ、おはよう、父さん」
ペタペタとスリッパを鳴らして父さんが近づいてくる。
その音はなんとも平和で気が抜ける。
「朝ごはん、どうする?」
「どうって?」
「パンとご飯、どっちにする?」
「えー?」
父さんは洗った手をシャツで拭きながら眉をしかめると、
新聞を広げる父さんと、牛乳を飲む父さんに尋ねた。
「父さんと父さんは? どっちがいいんだ?」
「あー、どっちでもいいよ」
「うん、なんでもいいよ」
父さんと父さんは、こちらを見ずにそれぞれに言った。

その呑気な会話に、ますます休日の喜びを感じる。
なんて安らかな朝だろう。
このひとときのために、日々頑張っているのだなあ。
そう思いながら伸びをした私に、
父さんが振り返って言った。
「で? 父さんは? どっちがいいんだ?」
「よし! じゃあ、ご飯にしよう」
私は立ち上がった。

父さんは笑った。
「なんだ、父さん」
父さんも笑った。
「ご飯がいいなら、最初から聞くなよ」
「たまご焼いたら、食べるだろ?」
「ああ、もちろん」
声を揃えて、父さんが答える。
自然と鼻歌がこぼれ、私は台所に向かった。

しかしそこで私は気づいた。
そういえば父さんの姿がない。

「ん? どうした、父さん」
「いや、父さんは?」
「ああ、父さんなら病院だ」
「おお、そろそろか」

そこでちょうど電話が鳴った。
父さんが振り返り、父さんが立ち上がったが、
それより早く走り、私は受話器を取った。
「はい、もしもし。お、父さんか…!」

父さんは父さんと目を合わせ、
父さんは息を飲んで次の言葉を待った。

「…うん…うん、そうか、やったな!」
「なんだって?」
「産まれた!」
父さんはガッツポーズをし、
父さんと父さんはハイタッチして抱き合った。

「で?…うん…うん、そうか」
「なんだって?」
「父さんも大丈夫らしい。一週間すれば退院だ」
父さんはうなずいた。父さんはほっと息を漏らした。
父さんは受話器を奪わんとばかりに身を乗り出してきた。

「で?…うん…うん、そうか……」
「なんだって?」
受話器を持ったまま、
私はゆっくりと振り返って言った。
「…元気な、お父さんだそうだ!」

父さんは飛び上がり、父さんは雄叫びをあげた。
「でかした父さん!」
「やったな父さん!」
そして静かに立ち尽くした父さんの目には、
早くもうっすらと涙が溢れていた。

ああ。
なんと素晴らしい休日。
なんと素晴らしい朝。
父さん、父さん、
そして父さん、本当にありがとう。
父さんは、とても嬉しい。
きっと父さんも、同じ気持ちだ。

「おい父さん、すぐに病院行くぞ!」
父さんが車のキーを揺らしながら言った。
父さんも父さんも、すでにズボンを履き替え、上着を羽織っている。

「じゃ、父さんこれから、そっち行くからな。
 ちゃんと父さんに付き添ってるんだぞ、父さん」

私は玄関の鏡の前で、頭の天辺の残り少ない毛を撫で付けると、
眩ゆい休日の陽のもとに飛び出した。

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【著者プロフィール】
profile
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

げんこつ団公式サイト



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