主にこんばんわ、小野寺ずるです。

主にこんばんわ。といっておりますが、夜、基本的に寝てます。

皆様、春がきましたね。ずるの苦手な春でございます。
花粉も勿論そうですが、細胞がぷつぷつと沸き立つ感覚といいますか、ど~~~も苦手であります。

「腰を あげたら 吹きこぼれそうだ…」
というようなポエムを先日つづったばかり、、、そう、、そのとおりなんです、、。

なんにも理由がないのに毎日「うううううう!!!」となにかがはみ出ないように、抑える、春。
理性とはお鍋のフタのような役目なのでしょうか?(だれか答えてくれる気がしてしまうのも春。ん、イケナイ。)

「なにをいっているんだろう。」
※ここで一度さざ波の音を思い出してください。


先日、とても久しぶりに気仙沼に帰省しました。
海の近くの北のそこ。産毛のような春が訪れていました。

父とすご~く久しぶりに素直なキモチで話ができた気がする、素敵な帰省でした。
愛を疑ってかかる毎日でしたが少しでも愛を信じる毎日になればいい、そんな勇気が湧きます、、。
私の心にも産毛のような春。

しかしなぁ、、私が疑っていた、そして信じたい、と思う、愛というものは、一体なんなのだろうか、、。

そんなことを考えながら
花に水をあげている祖母ヨーコを眺めておりました。

80歳をすぎた、ひ孫も見ている、ヨーコ、、。

ヨーコは花を育てるのが好きなようで、家の窓辺はシクラメンだらけです。
怖い程りんりんと豊かに咲いているシクラメン。

シクラメンの草っぱをかきわけ小さなつぼみを剥き出しにするヨーコ
くちゃくちゃの大きな手で「早く咲け~早く咲け~」と重低音を響かせながら呟き、撫でる、ヨーコ。


強引。


愛にも色んな形があるのかな、、。


そう今月のテーマは

「愛」

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~このコーナーは日常でエロスを感じるものに焦点をあてて、わたくし小野寺ずるが
皆様にイラストとエッセイ、ポエムをおおくりするという欲深いコーナー~

壮大なテーマをもってきてしまった、、。

「オマエごときが愛だとお?!!」

という声が聴こえてきそう、、恐ろしいが、、しかし、今月は「愛」について書いてみたい、、。

本でも映画でも日常でも愛を語ることは大変なことで軽々しく語ることはできない
愛は真面目に丁寧に、というのは人としてのマナー。
いや、もっというなら愛を語ることは禁忌、、。
そんな風潮を感じます。。。

50音の最初の2文字、あ、い。語りたかったが、言えないまま、、、
そんな風に生きて行って、そしてそのまま死ぬのか、、。

と思ったら、最近、愛、軽軽しく言ってみたくなりました。

愛、愛、愛、ら~~ゔ。

まあ愛、以前に

ここはエロジェニック、という連載。
愛とエロスは繋がるのでしょうか。という問題。

まず愛をなんなのか。と定義することもできない。人類そうやって何百年議論を続けてる。
勿論、愛に限らず、幸せ、優しさ、悲しさなんてものも定義は人それぞれでありますから、、、
うーん難しい題材をもってきちまったぜえ、、。

愛の破片も知らない、人の心も知らない
27歳、ですから。

しかしどこかで

生まれたときから全部知ってる気もする
27歳、ですから。
(生意気でしょう!)

多分、私がエロジェニックでエロと愛について書こうとしたなら
それは性愛になってしまう。。。

倫理の授業でいったら
アガペー(最上の愛)とエロース(性愛)の違い。か?

しかし
性のことも
愛のことも
自己判断という定規・メジャーしか持ち合わせない私含む人類に
それの比較、関連を語ることはできないかもしれない。と考えました。

できたとしても、それは私の偏った考察で終始してしまいそう。
(毎月、そうなんですがね♥︎)

そこで、
最近きいていて

なんだかわからないけれど
胸が熱くなったお話を。

大した話じゃないんですが。

先日、気仙沼の実家に帰っていたとき

結婚式に出席していた父が帰宅。
海の近くの結婚式場。スピーチをしたらしい。

母「おかえり。どうでしたか?」
父「うん。よかったよ。」
母「スピーチはなにを話したの?」
父「ここから見える海、妻との初デートはここでした。彼女が作ってきたお弁当を食べました。という話をしたよ。」
母「へえ」
父「お箸が入ってなかったことは話さなかったけど、、。どうやって食べればいいか困ったよ、、、。」
母「そうだったね、、今も変わらないね、、。」
父「うん、、、マキちゃんは変わらない、、、。」

私はその話をなんとなくお茶を飲みながらリビングできいていました。

夕日が、シクラメンのカーテンを逆光にしている。
花びら花びらの隙間からどうしたって「ここにいる」と光が潜り込んでくる。

彼らにとってはただの日常会話だったでしょうが

私にはなんだろう、なんだろう。という胸の締め付けがあったのです。
60歳に近づく彼らのことを「尊い」「誇らしい」と思うような、いやまだ足りない、
なんといっていいかわからないキモチが込み上げてきました。

2人は支え合って生きているのだよな。という知っているはずの事実がふいに、心にズドンとぶつかってきたのです。

私はその話を聴いているとき、アウシュビッツ強制収容所の伝記「夜と霧」を読んでおりました。
脱腸帯を剥ぎ取られ、毛という毛を全て剃られる壮絶なシーンを読んでいる最中でした。

世界の名作を読んでいるときだったのに、
その、ただの、日常会話に心がもっていかれたんです、、顔をあげました。

私「どうやってお弁当をたべたの?」
父「そこらへんにあった木の棒を海で洗って使った、、。」
私「木の棒?」
父「いま思うと、海で洗ったところでさ、汚かったよな、、。」
母「あなた潔癖性なのに、よくね。卵焼きが入ってたね。」
私「木の棒、、。」

今、あのデートの場所は閉鎖されています。津波でごちゃごちゃになったようでまだ入れないのでしょう。
(みんな勝手にはいってなんか色色してるみたいですが。人はたくましい。)


私は昔、そこで何度も泳ぎました。そういえば。


その話をする2人は

なんだか色っぽかったんです。
淡い、スーパーエロジェニックだったんです。
例えるなら、8mmフィルムの色気のような。
(家族に対してエロい。なんて思いたくありませんが。ぉぇぇ。)

色っぽい、そして、感じたことがあまり無い、胸の締め付け。
何だか足りない、説明できない。これを「愛しい」という言葉に人は置き換えたのか。

愛しい。愛。
愛、堪えるような、滲むような淡い色気が漂っている。そんな気がします。

世間知らず!の私ですが、
そんなことを想う3月でありました。

愛、愛、ら~ゔ。まだ、恥ずかしいしよくわかりませんが、、、使ってまいりたい。。。

それでは、また来月。


P.S
どうして、愛しいキモチが込み上げると、
胸がきゅぅ~~~と締め付けられるのでしょうか。
滅多にない現象ですが、いつも不思議です。

体の真ん中が小さく、搾られるような。

胸の真ん中、解体新書にも記載できないような見えない臓器があるとしかおもえません!!!

最後に。
昨日読み終えた「夜と霧」からの一文を、、。

"愛する人間にたいする責任を自覚した人間は、生きることから降りられない。まさに、自分が「なぜ」存在するかを知っているので、ほとんどあらゆる「どのように」にも耐えられるのだ。"


★今月のポエム★

『花の匂い』作詞:小野寺ずる

働く、齧る、そんなコンボでキメてきた

うんこして食って死ぬだけの
生活
うんこして食って死ぬだけの
生活

求めれば
優しい言葉はかけてもらえる

お金があれば
優れたチカラで守られる

これからは
どうぞよろしくね

サボテンからとげを全部とってみる
ペニスのような
ものだけ残った

「愛というSFに縛られて殺伐とはしたくないんだよ」

とげを丸めてなんとなく捨てられない
明日あさってには謝ろう

うんこして食って死ぬだけの
生活
うんこして食って死ぬだけの
生活

働く、齧る、そんなコンボでキメてきた

あたたかくなったいま
まっている


■小野寺ずるプロフィール
小野寺写真

役者。思春画家。気仙沼市出身の糞詩人。ロ字ック所属。だだ漏れの佇まい、子どもの声と獣の瞳を武器に一進一退。愛より睡眠。


■小野寺ずる情報

◆BSスカパー
『演劇人は、夜な夜な、下北の街で呑み明かす…~振り切った女優会~』出演
3/22(水)23:00~25:00 放送
https://www.bs-sptv.com/yonayona/

◆ネルケプランニング
『上野パンダ島ビキニーズ』出演
演出 : 堤幸彦 / 脚本 : 山田佳奈
3/30(木)~4/2(日)@品川プリンスホテル クラブeX
http://www.nelke.co.jp/stage/bikinis/

◆あやめ十八番
『ダズリング=デビュタント』出演
作・演出 : 堀越涼
4/19(水)-23(日)@座・高円寺1 出演
http://ayame-no18.com/nextstage/

◆ロ字ック
『滅びの国(仮)』 出演
作•演出 : 山田佳奈
2018/1月 @本多劇場 出演
 http://www.roji649.com


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