日健社員ブログ

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こんにちは!緑橋のグループホームで
管理者をさせて頂いている山中です(*‘v‘ *)

今回のテーマは「ユマニチュードは魔法なのか?」
を考えてみます。

介護技術がどうこうというよりは
「物事の考え方」のようなお話になるかと
思います。

よろしくお願いいたします( *´艸`) 

【魔法なんかじゃない】


まず、自分の話をさせて下さい。

僕は現在、管理者をさせて頂いていますが
以前はもちろん、現場で働かせて頂いていました。

何年も現場で働かせて頂いていますと
当然、利用者様への介助や声掛けなども
より、状況に即したというか

「お客様の機嫌を損ねずに、
自分の目的を達成するためにはどうすればいいか」

考えるようになります。

何度も失敗を重ねながらも、声掛けや介助の仕方を
都度にブラッシュアップしていたつもりでした。

現場勤務をしていたある日
僕の介助をご覧になっていた職員さんが
こう、褒めて下さったんです。

「山中さんの介助は、魔法みたいですね」

何故、こんな事を仰って下さったのかというと

例えば、職員さんが認知症の利用者様に対して
「〇〇さん、トイレに行きませんか?」と
声掛けをさせて頂いても、上手く誘導出来ない。


果てには「もう、ええって言ってるのに!
やめて!!」みたいに、利用者様が立腹されて
目的が達成出来なかった。

そんな状況のあとで僕が、トイレ誘導のお誘いをすると
拒否もなく、スッと立たれてお手洗いに行かれた。

そういう状況を何回か目撃されているうちに
「山中さんすごい!魔法みたい!」という
表現で、僕の事を褒めて下さったのだと
考えています。

僕は自己評価の低い人間なので
「こんな事を言って頂ける人間になれたのか」
当時は、とてもとても嬉しかったのを覚えています。

その後も、ごくたまに同じ言葉で褒めて頂ける事が
あったのですが、嬉しい反面、心の中で
こういう想いも芽生え始めました。

「これは魔法なのかな?」
「・・努力で身に着けた技術じゃないのかな?」

【ユマニチュード】


「ユマニチュード」という言葉を聞いたことは
ありますでしょうか?

認知症介護を専門にされていないと
あまり聞き馴染みのない言葉かと思います。

「ユマニチュード」とは
フランス語で「人間らしさ」を意味する言葉です。


「人とは何か」の哲学的な思想を元にした
「認知症の方に効果的なケア」の考え方
実践的な技術の総称です。

この「ユマニチュード」はよく
「魔法のような認知症ケア」と称されます。

「ユマニチュードを実践して、認知症の方の
周辺症状(認知症を起因とした様々な行動、言動)が
収まった。マシになった」

「お薬をいくら飲ませても
環境を変えてもダメだったのに、凄い!」


みたいな事例が、いくつもあるみたいです。
テレビなどでも紹介される時「魔法のような」という
形容をされることがあります。

ここだけ聞くと、ユマニチュードをご存知ない方は
「へぇ、ユマニチュードってすごいなあ。
どんな方法なんだろう」
って思われますよね?

細かい説明は省かせて頂きますが
ユマニチュードを、とても簡単に説明すると

「目を合わせて、相手のお話をちゃんと聞いて
優しく触れて、穏やかに前向きな表現で返答して
相手の意思を尊重しながら、ケアを実践する」

というものです。

あなたにお聞きしたいのですが

この実践方法を聞かれても
「魔法」だと、感じますでしょうか?


僕もあなたも、基本的には
普段「人に対して当たり前にしていること」
ですよね?

ごめんなさい「ユマニチュード」を否定している
わけではなくて、僕が疑問に思っているのは

「ユマニチュードを魔法と表現すること」です。

「認知症の方に、上記の対応をする事が
まず難しくて、それを実践出来るから魔法なのでは?」


そうですね。それこそ認知症の周辺症状と
いうものは、発現理由も人によって様々です。

「徘徊」の症状ひとつとっても

「帰る家を探している」
「死別した伴侶を探している」
「失った何かを探しているが思い出せない」
「理由はないが、なんとなく歩きたい」

みたいに「徘徊という行動」は同じでも
「理由」は皆様違います。

その中で、ユマニチュードを過不足なく
実践出来る人は「魔法」と称されても
違和感はないのかも知れませんが

そこは「魔法」ではなく

実践者が「いかにユマニチュードの効果を
最大化するか」を考え、試行錯誤を重ねて体得した

「技術」

と、表現すべきではないのかなと
思うのです。


【「魔法みたい」という表現の危うさ】


「魔法」という言葉の意味ですが
「人間の力ではなし得ない不思議な事を行う術」

創作の世界、主にファンタジーなどでは
「敵に対抗する手段」
「絶対不利な状況から抜け出す奇跡の一手」

のように、とても幅の広い解釈と用途で
使われていますよね。

飽くまで自分の感覚としてですが

実際に成果の出ていること、ものを
例える時「魔法みたい」という表現を使われる方って

「瞬間の結果にしか目を向けていない」ような
印象を受けるんです。

僕の介護の話で例えますと

自分はコミュ障で、人と積極的に関わったり
喋ったりすることは、得意ではありません。

介護の仕事は10年くらい続けていますが
「お誘いする声掛け」だけをとってみても、

利用者様の中には、けんもほろろに断られたり
いきなり立腹されたり、罵られたりなど
上手くいかないことの方が多かったです。

それでも、何年も現場で働かせて頂くうちに
「この人は、一緒に歩きながら
声掛けすれば成功確率が高いな」とか

「このタイミングで声掛けしても厳しいな」とか

「この人には、このくらいのテンポ、声量で。
右耳が聞き取りやすいから、肩に手を置かせてもらって
このワードで声掛けしよう」みたいに

段々と「自分の特性」と「相手の特性」の
両方が、掴めてくるものです。


「自分の特性」を、僕はどういう手段で
把握したかというと

「自分が相手に表現された言葉」で
自分の使う言葉の向き、不向きを
考えていきました。

僕でいうと「優しそう」「穏やかそう」
「草食系っぽい」「頼りなさそう」「声が小さい」
「何も考えてなさそう」「威圧感を与えない」
「怒らなそう」「弱そう」

みたいな感じです。

例えば僕は、初対面では
「優しそうだけど頼りなさそう」
「なんでも言う事を、ハイハイ聞いてくれそうな人」


みたいに思われる事が多いのですが

その「相手が抱いた印象」に
自分の行動、言動を「沿わす」のか「裏切る」のか

「沿わす場合」は、どういう言葉を使うべきか
「裏切る場合」では、どういう態度を取るべきかなど

全部「利用者さまとの関わりの上で
自分が楽に仕事が出来そうな流れ」

持っていくために、都度にどういう対応をするべきかを
考えていたフシがあります。

管理業務を経験して、さらに具体的に
考えるようになりました。
文章に出来るようになったのは
ブログを書かせて頂いているからです。

今の自分の職場環境は
立場的には管理者、そして利用者様は
オープンの頃から知っている
関係性の出来た方が、多くいらっしゃいます。

ゲームで例えると「楽に攻略するための
チート行為」
を、毎日しているようなものなのですが

「この状況になるように立ち居振る舞いに気を付けた」
ことが、僕の「努力」「技術」なんです。

読んで頂いてお分かりのように
全然大した事はしていないのですが(;^ω^)

まだ経験の浅い職員さんが、僕の声掛けや介助が
成功した瞬間だけみたら「魔法みたい」と思うのは
不思議ではないのかも知れません。

ですが、職員さんが魔法のように見えているのは
「楽に仕事と向き合える環境を生み出すため
試行錯誤を重ねて、実践し続けてきた成果」
であり

「経験から得た、お客様と接する技術」
何者でもないのかなと、最近は思うのです。

【〇〇だから、出来たんだろ】

 話題を変えますが
「キングコング」というお笑い芸人さんを
ご存知ですか?

現在、梶原さんはyoutuberで登録者200万人以上
いまの、芸能人のyoutube参戦祭りのきっかけとなり

西野さんは絵本や個展、日本1位の
オンラインサロンを運営されていまして

コンビで突出した結果を残されている方々です。

数年前までは、
あんまり好きな芸人さんではなかったんです💦

梶原さんがyoutubeを始めた直後くらいから
芸人さんとの対談動画を目当てに見ていたのですが

その時の梶原さんの、聞き役としての上手さや
想いなどを拝見するたびに
「テレビの時の印象と違うなぁ」と思うようになり

結果的に良くも悪くも「テレビが
いかに印象を操作する力が強いか」が分かりました。

西野さんも、同様です。
梶原さんきっかけで「毎週キングコング」という
毎週お二人で雑談するチャンネルも見ているのですが

その時の西野さんの、梶原さんに対しての
「聞く姿勢」の素晴らしさが好きで
「本当、イメージって当てにならないんだな」
偏見だらけの自分を恥じました。

ちょっと本題とズレました、ごめんなさい💦

例えば、キングコングのお二人の
「努力量」「作業量」を知らなかった
以前の僕のような人間からすれば

「キングコング梶原
Youtube登録者数200万人突破!」
「キングコング西野、オンラインサロン
6万人突破!国内1位!」


という
「結果」だけをポンと突き付けられた時

「そりゃキングコングだからなぁ」とか
「あの二人だから出来たことでしょ」みたいな

「もともとその人は能力あったんだから」という
考え方、納得の仕方をしてしまいがちと思うんです。

これって、前の項目でお話した
「技術を魔法と形容している」のと
考え方としては同じなのかな
と、思ったんです。

こういう考え方をするようになると
「積み上げる思考が出来なくなる」というか

「継続することで得られる価値」を
知らず知らずのうちに、自分から
放棄してしまう人間になってしまうのでは
ないのかな
と、考えるようになりました。

キングコングのお二人が突出した結果を残せたのは
才能はもちろんですが
凄まじい努力と、作業量がすべです。
決して「有名だったから」ではありません。

僕が、キングコングの何を知っているわけでも
ありませんが少なくとも、人が結果を残した時は

そこに至ったその人の背景も想像しながら
自分とも比較して、物事を考えられたら
いいなと、いまは思っています。

【まとめ】

今回は「ユマニチュードは魔法なのか?」という
テーマで書かせて頂きました。

「魔法みたいですね!」と褒められて
引っかかるような偏屈は、多分僕だけです💦

相手もそんな深く考えているわけでは
ないと、分かっていますので
今回書いたような事を
伝えるなんてことは、ありません。

褒めて頂けたことを、ただただ感謝しますし
「もっとがんばろう」と思うだけです。

有名人が、最初から有名だったわけではないし
結果を残した人の結果が、最初から
そこにあったわけではありませんよね。


色々考えるのは、やっぱり
「自分がより良く生きていくため」です。

他人を否定せず、受け入れながら
その行動や発言を自分の糧に出来ればいいな

思っています。

よければ、緑橋で一緒に働きませんか?

現在、夜勤専従で勤務出来る方を
欲しております~( *´艸`)

こんにちは!緑橋のグループホームで
管理者をさせて頂いている山中です(*^v^*)

今回のテーマは「どうすれば、人に物事を上手に
教える事が出来るのかを、気楽に考えてみる」
という内容です。

よろしくお願い致します( *´艸`)

 

【教えるのって、難しいですよね】

あなたには、こういった経験はあるでしょうか?

「新人さんの指導係になったけれど、何回説明しても
新人さんが、仕事を覚えてくれない」

「先輩から仕事の指導をされたけれど、何回聞いても
先輩のような、効率のよい動きが出来ない」

 「頭では色々と考えているつもりだけど
上手く言葉に出来ないから、相手に考えが伝わらない」


・・僕は、本っ当によくあります(;^ω^)
もちろん今も!現在進行形で!

仕事では「人に教える」「人に教わる」って
必要不可欠な作業ですよね。

年数が長くなると「仕事を教わる立場」から
「新人さんに仕事を教える立場」に、
段々と、自分の立ち位置が変化していきますが

僕はこの「指導」というものが、ものすっごく苦手です💦

まず「人見知り」ですし「口下手」です。
そして「緊張しい」で「自己評価が低い」です。

相手が女性だとドキドキしますし
男性だとソワソワします。

そんな人間が、人様に一体何を
教えられるというのでしょう( ;∀;)!

仕事でなければ、絶対に避けて通りたい「役割」ですが
いま、なぜか管理者という立場なうえ
お金を頂いている以上、そういうわけにもいかないので

今日は「いかに自分が楽をして、人に物事を
教える事ができるのか」
を考えていきたいと思います。

あなたは「指導」のお仕事、好きですか?

もし僕と同じように「指導の仕方」で
悩んでおられるのでしたら

一緒に「楽に指導する方法」を考えてみましょう( *´艸`)

【1を聞いても、1が出来ない】


「アドリブが効かない」
「センスがない」
「要領が悪い」
「役に立たない」


これらはすべて、過去に僕が色々な職場で言われてきた
「僕の仕事に対しての評価」です。

コンビニの品出しは、やり方を教えて頂いても
緊張で全く頭に入らず
お弁当には箸をつけ忘れた挙句

普通のレジ袋に入れて渡したものだから、
傾いて、汁がこぼれてしまい、お客様のクレーム
発展してしまったり

飲食店では、注文を受けても緊張で頭に入らず
声を出すのも苦手だったので
オーダーを上手く通せず
お客様のクレームに発展してしまったり・・

・・文章にすると、せっかく雇って下さった方に
申し訳ないと、改めて思います・・。

当時は、ただただ自分を責めているだけでした。
「なんでこんな事も出来ないんだろう」
「僕は本当に、なんの役にも立たない・・」


当時の自分の仕事ぶりを客観的に考えられるように
なったのは、本当に最近です。

自分の事は散々、卑下しましたが
そこには何も得るものはないと分かったので

「なぜあの時、与えられた役割をこなせなかったのか」
を、がんばって言語化してみようと思います。

あの時の自分を簡単に説明すると、こうです。

「教えられた事を、額面通りにしか受け取らない」
「少しでも変わった事をしたら、怒られるかも知れない」

この2点に心を支配されていたように思います。

例えば、コンビニで
「日付を確認して、賞味期限の近いものから手前に置く」
という作業の説明をされた時に、当時の僕は

「その作業にどんな意味があるのか」

「どのタイミングで実施すればいいのか」

「お客様が商品を見ている時は、どうすればいいのか」

「レジの業務と、どちらを優先するべきなのか」

「数ある商品棚の、どこからするべきなのか」


といった「派生して考えられる事」が
まったく考えられず、指導して下さる方も
「1を聞いて10を知れ」みたいなスタンスの方
でしたので、まったく噛み合いませんでした💦

「1を聞いても、その1すら満足に出来ない」

なぜ、同じ人間なのに、僕のような
「仕事が出来ない人」が生まれてしまうのか
考えてみたいと思います。

【具体と抽象のバランス】


例えば、同じ仕事をしていても

物覚えが良く、どんどん新しい仕事、スキルを
身に着けて周りにも頼りにされていく
Aさんと

物覚えが良くなくて、いつまで経っても
同じ仕事しかこなせない
Bさん。

このお二人の能力に、本来違いはありません。
大きな差が生まれている要因は
二人の「仕事の捉え方」にあります。

「AさんとBさんに仕事を教える」立場に
あなたがなった時「二人ともを活かそう」と
考えるのであれば、気を付けるべきことは
「具体と抽象のバランス」です。


「具体」とは「ぼんやりしたものを形にする」こと
「抽象」とは「ぼんやりしたまま伝える」ことで

「具体」に偏って物事を教えたり、仕事を捉えたりすると
僕のような「指示された事しか出来ない人間」を
量産させてしまう結果に、繋がるように思います。

対して「抽象」に偏って物事を教えたり、
仕事を捉えたりすると「指示を独自の解釈で判断
する人間」を生み、上司からすれば扱いづらいかも
知れません。

・・具体、抽象と言われても
分かりにくいですよね💦

グループホームのお仕事のひとつの
「料理」で例えてみますね。

【料理が出来る人は・・】


前の職場の先輩から
「料理が出来る人間は、仕事が出来る」
教えられた事があります。

この言葉を「具体」と「抽象」で
捉える人、説明する人でそれぞれ書いてみます。

教えられる側
☆具体で捉えるAさん
「そうか、じゃあ料理が作れるようになれば
仕事も出来るようになるんだな」

⇒料理を学ぶという行動に発展

★抽象で捉えるBさん
「なんで料理が出来る=仕事が出来るに
繋がるんだろう・・」

⇒発言の意図を考える思考に発展

大まかに人は、この2種類の思考に分かれます。

「具体で考える人」は、物事をありのまま受け止め
それに沿うように行動します。

「抽象で考える人」は、一度引いて全体を俯瞰し
本質を探ろうとします。


では、自分が「物事を教える立場の場合」では
どうでしょうか?

教える側

☆具体で教えるAさん
「料理が出来る人は、仕事が出来る人が多いんだ。
その意図だけど、料理というのは複数の作業を
工程を考えながら、同時進行で処理していくよね?

作業の中で必要のない・・たとえば
卵を溶いた容器だったり、食材ごとの菜箸だったり
洗わなければ作業をするスペースが削られていくような」
(以下省略)


★抽象で教えるBさん
「料理が出来る人は、仕事が出来ます」


「具体で教えようとする人」は
言葉で自分の発言の意図を余すところなく
伝えようとします。

「抽象で教えようとする人」は
多くを語らず、自分で発言の意図を
考えさせ、成長を促そうとします。


このような感じで「具体」と「抽象」は
どちらが優れているというものではなく

自分の置かれている立場や状況によって

一つの物事に対して具体、抽象の思考を
繰り返しておこなう事が重要
なのだと思います。

「料理が出来る人は仕事が出来る」と
教えて下さった先輩の発言の意図は

「料理が出来るという事は
マルチタスクをこなせているから」

だという事でした。

「マルチタスク」とは
「複数の作業を同時に進行させること」です。

料理って工程が複雑なものは、
こっちでは卵を溶きながら
こっちではレンジで冷凍肉を解凍しながら

はたまたお鍋に火をかけながら、お米を炊きながら
みたいなカンジで、さらにさらにと
次の工程の事を考えて作業していますよね。

完成してもキッチンがぐちゃぐちゃだったり
しますし、とても難しいです。

僕がびっくりしたのは、グループホームで
調理が出来た時には、すでにキッチンも
ピカピカになっているような
すごい手際の良い職員さんがいらして

「そうか、こういう事なのか・・!」
その時初めて、先輩の言葉の意図が
実感を伴って理解できたように思います。

【まとめ】


今回は「どうすれば、人に物事を上手に
教える事が出来るのか」
を考えてみました。

結論としては、教えるに限らずですが
「具体と抽象のバランスを意識して
仕事に関わる」
ことで

結果的に
「楽に物事を教える事が出来るように
なるのかなぁ」という印象です。

以前の自分は、教わる時も具体の比率が多めで
先輩の言葉や指示を「額面通り」に捉えすぎていて
失敗した状況が多かったと思います。

今の個人的な考えとしては

教わる側の時は抽象の比率を多めに
教える側の時は具体の比率を多めにする

良い感じかも知れません( *´艸`)

その人、それぞれの価値観や性格も
複雑に絡んでのことですので、もちろん
簡単ではありません。

ですが、人と対峙する時
「コイツ、仕事出来ないヤツだな」なんて
安易なレッテルを貼るよりも

「ああ、この人は思考が具体に寄ってるんだな」
と、見方を少し変えて

「じゃあ、この人には具体的に説明した方が
指示が通りやすいかも知れないな」みたいに

「自分が」考えられるようになれば
より多くの人の良さ、価値に気づくことが
出来るかも知れませんよね。


一人でも多くの人を活かせるように
考えて、楽しい職場を作っていきたいですねっ

読んで下さって、ありがとうございました。

いっしょに、はたらきませんか(∩´v`∩)?

こんにちは!緑橋のグループホームで
管理者をさせて頂いている山中です(*‘ω‘ *)

今回のテーマは「世界で一番楽しい仕事って
何かを考えて、最終的にそれを、する
です。

結論から書かせて頂きますと
「仕事は総じて楽しくはありませんが、
楽しく伝える事は出来る」
というものです。

よろしくお願いいたします( *´艸`)

【仕事とは、そもそも何なのか?】

僕は小学生の頃「将来の夢」を聞かれた時
「消防士になりたい」と言っていました。

深い意味はありません。
消防車のミニカーが好きだっただけ
という理由です(;^ω^)

あなたは「仕事の定義」って
なんだと思われますか?

ググってもいまいち要領を得なかったので
たまには自分で考えてみます。

ぼくがかんがえる「仕事の定義」

「自分が世の中に与えた価値が
金銭的な対価として、1円でも受け取れるもの」

かなと思いました。

今は、職業選択の幅というか
「その職業に就く前に、ネットなどで
情報をいくらでも仕入れることが出来る」
ため

自分の性格、性質と相対して考えて
「自分に合うか、合わないか」の見極めが
容易に出来るようになったと考えています。

ですのでネットが普及する以前よりも
「この仕事、思っていたカンジじゃない・・」とか
「まじでぜんっぜん想像と違う💦」みたいな理由で

即退職される方って、総数的には
減っているのではないかな?と思います。

若い方は「Youtuberなどの配信者」になりたい方や
ひと昔前でしたら「芸能人」「お笑い芸人」
「プロのスポーツ選手」などが、上位でしたし
もちろん今も、人気で憧れられる職業と言えます。

・・単純に疑問に思いませんか?

「星の数ほど仕事が存在する中で
なぜ人気がある職業と、ない職業が生まれるのか」

「なぜ介護職のイメージは
ずっと悪いままなのか」


・・(ノД`)くピエン・・

次の項目では「なぜ介護職のイメージは
向上しないのか」
を考えてみます。

【仕事の魅力を伝える】

これも結論から書かせて頂きますと

「介護職に従事されている方の中に
仕事を楽しく伝えられる方が少ない」
のでは
ないかなと、考えています。

以前ブログで「SNSなどのつぶやきから
記事のネタを考えています」
と書かせて頂きましたが

介護職の方のつぶやきって、おおまかに
2つに分かれている印象です。

①介護での愚痴、不満をつぶやく方

②介護職が、いかに「やりがい」のある
仕事なのかをつぶやく方


①の方は、例えば
「今日、利用者様に〇〇みたいな暴言を吐かれた」

「ほんと最悪。〇〇(職員さん)がミスしてくれた
お陰でサビ残(サービス残業)だわ」

「この施設終わってるわww今月だけで〇人辞めたww」


みたいな、ネガティブな事ばかりを発信されている方

そして②は、例えば

「介護はお金じゃない!人のためになる
崇高な仕事なんです」


「今日も一日、利用者様から感謝の言葉をもらえて
本当に充実していた。介護ってホント
やりがいがあって楽しい♪」

のような感じです。

どのつぶやきの方も、その方なりの事情や
価値観があり、否定をしたいわけではない事を
前提に、書かせて頂きたいのですが

仕事はなにをしても、不満は生まれますし
愚痴を言いたい時もあります。

そして、楽しく感じる瞬間も、報われたような感動を
覚える瞬間も、継続していく中で、必ずあります。

テレビなどで介護職の特集をされる時
必ずと言っていいほど飛び出すワードに
「やりがい」があります。

(以前もブログで書きましたが)
前に介護施設での画期的なケアの取材をされていた
中での、職員さんへのインタビューの中で

「確かに給与は低いかも知れないが
やりがいを感じる仕事だ」
みたいな
締め方をされていて、悲しくなりました。

人が仕事をしなければならない理由は
「やりがい」ではなく「お金」です。

あなたは例えば
「やりがいは0だけど月給50万の仕事」
「やりがいは1000だけど月給12万の仕事」
求人があった場合、
どちらの会社の面接にいきますか?

僕は100%「月給50万」の会社の面接を受けます。

「やりがい」は個人の価値観の問題ですが
「お金」は価値そのものだからです。

ですので、介護で「やりがい」を強調されていると
「給与の面」では魅力が薄いんだろうなと
思われて、伝え方としては適切ではないのかなと
悩んでしまいます。

・・結局は
「仕事のどこを、切り取るか」
問題なのかなとも思っています。

【すべらない話】

お笑い番組の「すべらない話」って
ご存知ですか?

ダウンタウンの松本さんを中心に
人気のお笑い芸人の皆さんが集まって

自分が思う「鉄板の面白い話」
披露してゆく、という番組なのですが

例えば、あの番組で披露された中のお話で
千原ジュニアさんの「タートルトーク」があります。

東京ディズニーシーに行かれたジュニアさん達が
アトラクションのひとつ「ウミガメのクラッシュ」の中で
体験された出来事を、お話しているのですが

仮に僕が、ジュニアさんと全く同じ体験をしたとして
もしも「すべらない話」で披露したとしても
「確実にどんずべる」と断言出来ます。

僕とジュニアさんでは「体験した出来事のどこを
ピックして、どこが必要ないか、どこを膨らませるか」

の技術、知識、感覚、経験に
天地の差があるからです。

芸人さんの話が面白く感じるのは
「芸人さんの毎日が特別だから」ではありません


芸人さんは「面白いとはなにか」を常に考えていて
起こる出来事すべてにアンテナを立てています。

だから、人と同じ出来事を経験しても
「聞く人が魅力を感じやすいような伝え方」
自然と、出来るようになるのだと考えます。

例えばダウンタウンの松本さんが
介護職を3年経験して下さったとします。

もうそれは確実に、仕事を魅力的に語って下さるので
「介護職のイメージは、爆上がりすると思います。

現在人気の職業には、そういった
「自分の職業を魅力的に伝えることの出来る人」
確実に存在しています。

それは、その方にとって「意識しての行動」では
ないのかも知れませんが「人気の職業」には
「象徴」のような存在が、確実にいます。

早くそんな方が、介護の世界にも
現れるといいなぁと思います(/・ω・)/

【介護職の実際】

「イメージの上げ方」は、なんとなく
目途はつきましたが「実際はどうなの?」
というところですよね💦

「介護職、未経験の方が仕事を始めて
果たしてどうなのか?」
ですが

僕の印象を正直に書きますと
「仕事量に対しての金銭的な対価は
まだまだ低いと言わざるを得ない」
ですが

「お客様からの感謝がダイレクトに伝わるので
その部分は、製造業などと比較して
意欲に変わりやすい」

「そして、トライ&エラーの繰り返しに
自分なりの意味、意義を見出せるかが重要」

といったところでしょうか。

さらに個人的な感想を書かせてもらえれば
「継続していければ、相手が何を求めているのかを
自然と考えられるようになる」
という
メリットがあります。

アルバイト時代の僕を知っている方からすれば
「あの山中が、管理職をしている」なんて
想像も出来なかったと思います。
(自分でもそう思います💦)

それくらい、失敗と失望を重ねた自負はありますが
介護職を経験させて頂いたお陰で

こんなブログも書かせて頂けるようになりましたし
そういう意味では自分には
介護は適職だったのかなと、今は思います。

【まとめ】

今回は「世界一楽しい仕事って?」について
書かせて頂きました。

冒頭に書かせて頂いた結論の通り
「楽しい仕事なんてなく、その仕事に
携わる方の伝え方で、イメージの大半は決まる」

ということだと考えています。

「仕事」は日々楽しい事、辛い事、両方ありますが
折角自分で選んだのですから

「自分の仕事を誰かに魅力的に伝えたい」
思って欲しいのです(*‘ω‘ *)

自分も、求人目的の社員ブログの手前
それはもちろん「ポジティブ寄り」
介護という仕事を伝えている「つもり」です。

例えば僕が実際に現場で経験した事を
「ネガティブ寄り」に切り取らせてもらいますと

・レビー小体型認知症の利用者様に、
泥棒と勘違いされ首を絞められました・・。

・更衣介助中に、肩を思いっきり噛まれました。
出血して、痣が残りました・・。

・夜間、不眠で立腹されている利用者様に
いきなりビンタされ「ひとごろし!!」と叫ばれました。

現場が長いので、こういう体験も、少しはしています。

未経験の方が、そこだけ伝えられたら
「なんて怖い世界なんだ、介護って・・」
捉えられても、不思議ではありませんよね💦

でも実際は、続きがあるのです(;^ω^)

・レビー小体型認知症の利用者様には、後で
「本当に、申し訳ないことをした」と謝られました。

僕は「あなたの人柄は、分かっているつもりですので
どうか、お気になさらないで下さい」と伝えました。

その方は、自分がした行動をとても悔いておられ
苦しみが伝わる分、その事の方が辛かったです。

・肩を噛まれた時は、確かに痛みはありましたが
制服の上からですし、出血も微々たるものでした。
痣もすぐ治りました(笑)

自分の技術が未熟で、相手に抵抗感を
与えてしまった事で起こった出来事だと
認識しています。

・そしてビンタの件も、夜間せん妄の症状が
見受けられる方に、不用意に声掛けを
した事が、起因となります。
(僕が戦時中の兵隊に見えたようです)


物事は「一面的」に捉えると、どうしても
「極端」に寄りますが、本来すべては「多面的」です。

認知症の方の周辺症状も、その方の「生活歴」
「嗜好」を知り、行動を見極めた上で
「人としての礼節、接遇」を心がければ

「本来、その方が積み上げてこられた人格」
次第に顔を覗かせるようになります。

そうなればもう、後は「どうすれば、この環境を
心地良いと思って下さるのか」
に注力すれば
良いだけかなと思います。

・・これで終わると「役職者のキレイゴト」になるので
さらに伝えますが

ネットの施設管理職さん達の書き込みでよくある
「現場の対応次第で、周辺症状は治まる」というのは
半分まゆつばだと思っています(;^ω^)

治まらない方も、いらっしゃいます。

だって職員さんも、利用者様も「人間」ですもの。

なぜ周辺症状の対応の時だけ、職員さんを
万能戦士のように思ってしまうのか
、不思議です。

・・ごめんなさい、全然まとまってないですね💦

えっと、僕にとっては介護職は
「世界で一番楽しい仕事」です。
それしか知らないからです(笑)

折角の経験を、どうすればあなたに
魅力的にお伝え出来る
ばかり考えていますので

よければ、一緒に働きませんかっ(*^w^*)ノ

次代のインフルエンサーは、あなたです!

こんにちは!緑橋のグループホームで管理者を
させて頂いている山中です(*^▽^*)

今日のテーマは「会話をされる時の
ちょっとした気遣いのお話」
です。

・・こんなテーマを据えている山中自身が
会話が大変不得手なので、あまり説得力が
なく感じるかも知れませんが

あなたと一緒に「想いの齟齬」を減らす
取り組みが出来たらと、思っています(*´ω`)

よろしくお願い致します。

【肯定と否定】

あなたは「会話の癖」のようなものって
ご自分で、自覚されていますか?

僕は、誰かに何かを説明する時
「なんか~」と、最初に「なんか」と
言ってしまう事が多いみたいです(;^ω^)

「なんか、〇〇が〇〇で、〇〇みたいですっ」
のような感じです。

こういう「癖」って、誰かに指摘されて初めて
自覚する事がほとんどですよね。

僕の失敗談として、こういうことがありました・・。

【自分の失敗談】

管理者になりたての頃、職員さんが日々
色々な提案をして下さっていました。

自分は、変に生真面目な所があり
役職をもらい立てで「舐められてはいけない・・!」
息巻いていましたので

自分が違うと思うことはもちろん、
提案の中で「正した方が良いかな」
思った事は、指摘をさせて頂いていました。

ある日職員さんが「管理者、次のイベントで
考えがあって・・〇〇を
してみたいのですが、どうですか?」

という提案をしてくれたのですが

自分はその提案の「〇〇」の部分が
安全面で、不安があったので
「いえ、〇〇はダメですね。〇〇はどうでしょう?」
のように「否定」から、会話を進める事がよくありました。

その時職員さんは「そうですか」と、少し憮然とした
表情を浮かべられました。

同様のやりとりを何度か繰り返したのですが

次第にその職員さんが、イベントなどの提案を
僕にしてくれる事が、減っていきました。

(もちろん後で気付いた事ですが)
僕は、この職員さんとのコミュニケーションに
明確に失敗しています。


何故なのか、お分かりになりますか?

それは会話を「否定」から始めてしまって
いたからです。

【否定から会話を始めるデメリット】

人間には「他人から、価値ある存在として
認めてもらいたい」
という「承認欲求」
あります。

僕のように、
「いえ、違います」「いやいや、そうじゃなくて」
などの否定の言葉から会話を始めてしまう

相手が「承認欲求」を満たせないまま
物事が進行してしまうため、次第に

「この人に相談しても、あかんわ・・」という
気持ちにさせてしまいます。

否定する側は「提案の〇〇の部分だけ」
「ちょっと違うなぁ」と思って「いえ、ダメです」
言ったつもりだとしても

否定される側は
「自分が考えてきた事すべて、その努力や
費やした時間をまるごと、否定された」
ような
強いマイナスな印象を、受けてしまいます。

こういう対応が続けば、提案者さんは

「なんや、せっかく考えたのに・・
じゃあもう相談せえへんわ、アホらしい」
のように

卑屈な思考になり、仕事に対しての
意欲が削がれた結果、相談して
くれなくなったり、上司や相談相手に
無用な悪感情を抱かせ
てしまうことに繋がります。

後で「そんなつもりはないんです」と言っても
まさに後の祭りでした・・。

色々な苦い経験から、会話術の本などを
読み漁った事がありましたが

「嫌われる人の典型」に、正に自分のような
「なんでも否定から入る人」というものがあって
大変ショックでした( ;∀;)

では、僕のような「嫌われる人間」にならないために
なにをどう気を付けたら、良いのでしょうか?

意外と簡単です。
「会話を肯定から始める」ことを意識するのです。

【肯定から会話を始めるメリット】

「管理者、次のイベントで
考えがあって・・〇〇を
してみたいのですが、どうですか?」


という提案があった時、肯定から会話に入っていれば
コミュニケーションに失敗する事は
かったと、今でも反省しています。

例えば
「提案ありがとうございます!
なるほど、利用者様も喜ばれると思います。

・・ただ少し、〇〇の面で、リスクが高いと
僕は思うのですが〇〇さん(職員さん)は
どう思われますか?」


のように、まず「イベントの提案の肯定」から入り
イベントの主体の利用者様も、喜んで頂けるという
「イベントの意義についての肯定」をした上で

そもそもの「否定しないといけない部分」である
「イベントの企画内容」について

「何を心配しているか」「ダメ」とか「違う」などの
明確な拒否に聞こえる言葉を使
わず
平易に伝えながら、相手にさらに
意見を求める。

・・こういう対話をすると、相手はどう思うのでしょうか?

まず「提案を全否定された」ような印象は
受けられないですよね。

その上で、ご自身の提案の欠けていた所
見落としに気付きやすくなかも知れません。

相談された側は、相手にさらに「意見」
求めていますので、議論が発展して
相談者、提案者の双方が気が付かなかった

「より良いイベント」を開催出来る所まで
進めることが出来るかも、知れません。

【まとめ】

今回は、会話術の基本である
「肯定と否定の順番について」
書かせて頂きました。

「肯定から会話を始める」最大のメリットは
「会話が発展しやすい」という所にあります。

相談された側が伝えたい意見は変わらなくても
「いえ、〇〇はダメです。なぜなら~・・」よりも

「なるほど、良いですね。〇〇については~・・」

のような進め方であれば、建設的なお話が
出来ますし、信頼関係も生まれやすいと思います。

これは利用者様への声掛けについても同様です。

訴えに対して
「いえ、〇〇は無理です」
「いやいや、そうではなくて~」
のような
伝え方をされるよりも

「なるほど、確かにそうですね」
「分かりました」
「はい」


などの肯定から入って、会話を進められた方が
伝えている「結論」は同じでも
利用者様の「気持ち」は、全然違うものになります。

今は、意識して実践しています。

利用者様、職員さん、どの方に対しても
「ダメ」「違う」などの「明確な拒否の言葉」を
自分は、意識して使わないようにしています。


ただただ、お互いが気持ち良く働くためです。

あなたも「肯定」「否定」の順番を
少し、意識してみませんか?

何が変わるわけでもないかも知れませんが
人は、鏡です。

継続していければ、周りの人が
少し優しくなるかも知れませんよ・・( *´艸`)

こんにちは!緑橋のグループホームで
管理職をさせて頂いている山中です(*^v^*)

今日のテーマは「介護職あるある」というか

「グループホームで仕事を続ける中で、
僕自身が不思議に思うこと、
なんだか変わっているなぁと思うこと」

それだけでは、あんまり良くないので

「働いて良かったなぁと思うこと」
ただただ書いてみるという内容です。

あなたが「介護職に興味があるけど
実際どうなの?」
という疑問をお持ちでしたら
その理解の助けになるかも知れませんっ

よろしくお願い致します( *´艸`)

【はじめに】

「介護職」と一口に言っても
施設に勤務されている方

高齢の方が暮らされている家に訪問され
暮らしのお手伝いをされる方
では

仕事の仕組みだったりが、全然違うと思います。

自分は介護職を始めて、10年程経ちますが
グループホームでしか、勤務経験がありません。

日健マネジメントの施設形態は、
有料老人ホームや、サービス付き高齢者向け住宅
(サ高住)が多いです。

ですので本社で、管理者さんの集まる会議に
参加させて頂いた時も、

「他の施設の管理者さんの大変さ」
「請求業務の煩雑さ」などが、グループホームと
全っ然違いますので、お話を聞くたび

「皆さん凄いなあ、僕にはとても出来ない」
心の中で強く思っています。
自分は「テレッサって何だろう」くらいのレベルです

ですので「グループホーム編」とありますが
シリーズ化は出来ません( ;∀;)ゴメンナサイ

【ここが変だなと思うところ】

では、グループホームで働かせて頂く中で
「なんか変だなぁ、不思議だなぁと思うところ」
を書いていきます。

もしかしたら、グループホームに限らないかも
知れませんが・・読み進めてみてくださると
嬉しいです。


①人の名前を大きな声で呼びがちになる。

②介護歴が長い=自身のケアが(より)正しい。



①人の名前を大きな声で呼びがちになる

例えばあなたが、他人の家にお手伝いとして
来ている立場
だという想定で考えてみて欲しいのですが

「〇〇さーんっ!!」と、お客さんの名前を大きな声で
呼ぶ状況って、果たしてどのくらいあるでしょうか?

「〇〇さん!ちょっとこっちに来て
お手伝いしてー!」

「あー!〇〇さん!
勝手に立たんといてー!」

「ちょっと危ないよ!〇〇さん!!」

「わー!全部食べたね!〇〇さん偉い!!」

「えっ!〇〇さん、もう食べへんの!?」

「〇〇さん、なにしてんの!?」

(語尾を上げる言い方で)

・・みたいな声掛けって、施設勤務の方でしたら
一度は耳にされたこと、あるかと思います。

僕は個人的にですが、職員さんが何気なく使用される
「なにしてんの」という声掛けが、大の苦手です( ;∀;)

その理由として
接客業として、お客様が何をしようとされているのかを
言語でいちいち確認しようとする態度は、失礼に当たると
自分が考えているため(建前)


「は?僕が何をしていようが、
あなたに関係あるんですか?」と、
自分だったら思ってしまうから(本音)
です。

・・言葉が汚くてごめんなさい💦

基本的に、グループホームでは
利用者様の名前を大きな声で呼ばなくてはならない
ような状況は、発生
しないと考えています。

僕は、普段声が小さく、こもり気味の声質です。
話していると、よく「え?」と聞き返されるくらい
なのですが、利用者様とは
不自由なくコミュニケーションが取れています。

なぜかというと「非言語コミュニケーションを
使う割合」
を意識しているからです。

非言語コミュニケーションとは
身振り、手ぶり、表情、アイコンタクト、
仕草、生活音などの
「言語を用いない表現方法」の総称です。

自分は、以前もブログに書きましたが
人とのコミュニケーションがとても苦手で

「他人に自分の気持ちが伝わらない」事に
大変な不安を感じてしまう性質です。

介護職を始める以前から、リアクションが大きめで
「お前、演劇でもしてたのかよw」とツッコまれる程
身振り、手振りが大きかったのですが、
指摘されるまで、自分では全く意識していなかったです。

なぜ身振り手振りが大きくなるのかというと
「言葉だけで伝えられる自信がないから」だと
考えました。

コミュニケーションの比重が言語に寄っている
職員さんは、人と関わること、人とお話することに、
それほど抵抗を持たれていない方なのかなと
考えています。

お話も上手で、声そのものにも魅力があり
聞き取りやすい、素敵な声を
されている方が多いです。

ただ、自分の経験上の話で恐縮ですが

そういった職員さんが
グループホームの勤務に慣れてくると
段々と「状況を言葉で説明しがち」になる傾向が
あるように感じています。

(もちろん職員さんの性格にも寄ります)

例えば「あー!〇〇さんのお茶がこぼれた!
大丈夫!?服にかかってない!?
やっぱり、置き場所が良くなかったのかなぁ。
次から、ちゃんと考えて置くね、ごめんなさいねっ」


みたいな「状況を言語化する」ような行為って
つい、してしまいがちではありませんか?

言葉って、とにかく影響力があります。

「お茶をこぼされた利用者様」以外にも
食堂にはまだ8名の利用者様が、食事をされています。

お茶がこぼれた状況を職員さんが言語化してしまうと
残りの8名の利用者様に、その事実を知る機会を
与えてしまう
事になります。

お茶をこぼした利用者様は
「誰にも知られたくなかった」かも知れません。

他の利用者様も職員さんの声で、
食事をする集中力が削がれるかも知れません。

食席が離れていた方、位置的に見えなかった方にも
「言語化すること」によって
「お茶をこぼした人がいる」という

「食事には全く関係のない情報」を与えてしまう
事になります。

ケアとして適切かどうかは分かりませんが
自分は、こういった介護観で
言葉を使う状況、使わない状況を考えながら
介護をさせて頂いています。

そして「大きな声で名前を呼ぶ」行為って
相手に緊張感を与えます。

グループホームは、利用者様にとって
共同生活の場で安らげる環境を作りながら
その人らしく暮らして頂く施設というか、ですので

必要のない名前呼びは減らして、用事があるのであれば
相手の傍で、適切な声量でお話したいですね。

相手もその方が、ほっとするような気がします。

➁介護歴が長い=私のケアが(より)正しい

介護歴5年の職員さんと、
介護歴10年の職員さんがいらっしゃるとして
基本的には「職歴が長い人の意見」
より信頼を置けるものだと考えがちです。

長く勤務をされた職員さんが、段々と
「私は介護経験が長いのだから、私の言う事を
聞いていれば間違いはない」
というスタンスで
新人さんや、後輩の職員さんに接し始めたら

職場環境は、悪化の一途をたどると思います。

同じ仕事に長く携わることは、とても難しい事です。
長く勤めるだけでも、評価の対象になりますしね。

ですが、介護歴が長い職員さんが、より正しいケアを
されているというわけでは、ありません。


自分は、グループホームでの介護経験は10年です。
施設の中でも、かなり長い方です。

ですが、僕より若くて、介護経験も浅い職員さんと
ケアの相談をする時、いつも勉強になります。

それはケアの発想や、着眼点だったり
僕にはない視点で利用者様の事を考えていたり
相手へ考え方を伝える話術の上手さだったり

また、自分より年齢が上の方には
その世代の物事の考え方、知識であったり、
利用者様との関わり方、声掛けの柔軟さ、
物事に対しての視野の深さ、広さなど

自分の未熟さと無知を、思い知るばかりです。

介護経験の長さは、評価軸の一つである事には
間違い
はないのですが、ケアそのものにおいては
あまり意味を成さないものかも、とも
思っています。

その方が今まで経験されてきたことや
人との接し方、考え方が、介護の場では
もろに出てしまいます。


僕は、グループホームで
ある程度経験を積んだ職員さんは
介護の技術などをさらに勉強して磨くのも
素晴らしいと思いますが

プラス「自分の考え方の枠を広げるには
何をすればよいか」を考える方が、
よりその環境で重宝される存在になれるような
気がします。


【良かったと思うこと】

では「グループホームで働けて良かったと思うこと」
も、簡単に書かせて頂きますね。

①食べていける

②相手が何を求めているかを
考えられるようになった

③出会い



①食べていける


グループホームでの介護は、
基本的に無資格で始められます。

「介護に興味があるけど、資格ないしなぁ」という方や
「介護に思い入れはないけど、取り敢えず食べていかな」
など、色々な方のニーズに対応しており、
働き始める事がそんなに難しくない施設形態です。

熱い想いのある方が、介護を始めて下さるのは
大歓迎
なのですが、介護に特別思い入れの
無い方でも、取り敢えず仕事として
関わってみても、良
いかなと思います。

僕が正にそうでした。

仕事を継続して続けていけるかという問題に、
自分がその仕事を好きかどうか、
興味があるかどうかは、実はあまり関係ないです。

好きも、興味も、長く続けているからこそ
生まれる感情だったりします。

会社に例えると、入社直後にいきなり社長に
「この会社を好きになって下さい」なんて言われても
「えぇぇ・・」って若干引きませんか?

愛社精神を育むのは、そこで勤務されている上司の
考え方だったり、社長がどのような理念を持って
経営をされているのか、どういう形で社員に報酬を
還元しているのか。

などが、自分の中で明確になり、なおかつ共感出来て
職場環境の中で自分の役割が持て
上司や同僚、部下と信頼関係が築けた時であり

実際に働いた中でないと「会社のためにがんばろう」
なんて、思えないと思います。

介護も同で、先輩や同僚、後輩と悩みながら
それぞれの利用者様への適切なケアを模索し、
トライ&エラーを繰り返す中で、自分の中の介護観を
確立してい
ものです。

ですので最初は「とりあえずやってみよう」でも
良いと思います
(/・ω・)/

さらに簡単に言うと、恋愛のようなものです。

お互いが好き同士で
お付き合いを始める方もいらっしゃいますが

より親密になれるのは、それぞれの性格や価値観
考え方を知った上で
、だと思います。

いきなり相手に「私のこと、好きになってよ!」なんて
言われても、好きにはなれませんよね(;^ω^)
そんな感じです。

②相手が何を求めているかを考えられるようになった

これは、最近更新させて頂いたブログを
読んで頂けたら、なんとなく伝わるかなぁと思います。
「仕事が出来る」って、どういう人?
5000文字くらいありますが、もし良ければ読んでみて下さい
(クリックで、記事に飛べます)

③出会い

僕は、介護の職場で出会って、結婚しました。

きっと一生独身なのだろうと思っていましたが
人生、何が起こるか分からないものです。

結婚はメリット、デメリットという考え方ではなく
単純に好きだからそういう判断をしただけですが

結婚をしたことで発生する楽しさや、辛さ
出来事や経験などは、やっぱり結婚をしないと
味わえないものですので、現在進行形で
良かったなぁと、思っています。

もちろん「出会い」は、それだけの意味ではありません。
書き出すと、さらに長文になりそうですので
またの機会にさせて頂きます(;^ω^)

【まとめ】

今回は「グループホームあるある」のような
ものをテーマに、書かせて頂きました。

ちょっと「グループホームだから」という
独自性は、薄い内容だったかも知れません(;^ω^)

日々を生きるあなたが、少しでも楽な気持ちで
過ごせたらいいなと思っています。


あっ「レンタルなんもしない人」というドラマが
今、深夜で放送されていますが、オススメです!

ゆるくてほっこりして、でも考えさせられます。

「楽な仕事」なんてありませんが
「仕事と楽に向き合う考え方」はあると思いますので
自分も、色々な価値観を受容、共感しながら
いっぱいアウトプット出来たらいいなと思います。

こんな長文に目を通して下さって
ありがとうございました(^w^)

パートでお考えの方
 

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