2016年03月15日

病床メモ 2016.03.15

天気は三寒四温で定まりませんが、体調は嗄声と倦怠感ぐらいで安定しています。足裏痛も下痢も発症していません。ネクサバールは2錠で規定量の半分ですからこんなものなんでしょう。


3月8日(火)
7:00/36.2。晴れ。
三寒四温の「四温」に当たっているのだろうが、暖かい。
ブログ定期更新。
午后はケンタを連れて土手までブラブラ散歩。道端のコンクリートの割れ目といった処にまで春が来ている。タンポポの黄色やナズナの白が点々と続いている。土手にはホトケノザが赤紫に咲き、つくしがニョキニョキ生えている。ケンタも冬毛が抜け替わろうとしておりモコモコだ。人間も自然の一部なんだが季節に反応しているのだろうか。まあ、昨日からバッチなしだが、そんな程度だ。禿げた頭にはこの冬も毛が増すことはなかった。人間だけが異物なのだ。実は地球外生物なのかもしれない。帰路、工学部のグランドの方面に白いものが見えたので立ち寄ってみると、青線をそのまま公園にしたような貧相な公園に白木蓮がゴージャスに咲き誇っていた。
晩、「クローズアップ現代」で福島の現状が取り上げられていた。浪江町では、あの「浪江やきそば(うどん?)」を焼いていた商工会のメンバーが、イベントを止める話が取り上げられていた。浪江が元どおりになることの応援として「浪江やきそば」をやっていたのだが、帰還の見通しもつかず、一時避難生活から生活再建が進むに連れ、その生活の場が浪江ではなくなっていく現実の前に疲労感が募ってのことだ。さらに浪江町には面積的には町の大半を占める「帰還困難地域」があり、その一つである津島地区(「DASH村」ってのはここにあったらしい)の老夫婦が紹介されていた。どうやら津島地区というのは満洲からの引き上げ者が入植し、山を開墾して農業をやってきたようだ。そういう土地だ。家の中に残っているアルバムすら汚染が強くて地域外へ持ち出すことができない話も紹介されたが、土地そのものへの思いも一入強かろう。その土地を諦めなければならない。老夫婦は土地を開いた父母も一緒に引っ越したいと言う。しかし、その父の骨も汚染度が高くて持ち出せないのだと言う。なんと墓の中まで放射能に汚染されているのだ。それだけ深く放射能は浸透しているのだ。「帰宅困難地域」というのは厳しい。放射能中和剤でも出来ない限り津島地区に人は立ち入れない。原発事故が起きると、その周辺には二度と住めないのだと改めて思った。
「ニュース9」では楢葉町が中継されていた。昨年9月に避難指示が解除になったのだが、真っ暗闇の街並だ。そこに住む老夫婦が登場した。驚いたのは、治安状態に不安があると言ったことだ。彼らは自衛のため木刀を用意している。警察は浪江町に復帰していないのだろう。インフラが整っていない。
24:00/36.7。

  春来ぬと五感に変化認むとき恒常性は人の足枷


3月9日(水)
失念。雨激し。
昨日に一変して荒天。
日経の「経済観測」という囲みに、中間層の消費はどうなる、という記事が載っている。なんと取材の相手は「しまむら」の社長だ。「しまむら」はいつから中間層の標準になったのだろう。
「誰がアメリカンドリームを奪ったのか?」を受けて、「若者と労働・「入社」の仕組みから解きほぐす」(2013、濱口桂太郎著)を読むことにした。
天気予報でも今日は朝の方が気温が高いと言っていたが、よく当たる。午后はバッチを履く。ここの処暖かくて脱いでいたのだが。
夜のニュースで大津地裁が関電高浜原発の稼働停止の仮処分の決定を下したと報じられる。正直驚いた。また「その正直驚いた」ことに恐れ戦く。早くも再稼働を受け入れていたのだ、私は。国の「再稼働ありき」を起点とする論理に巻き込まれていた。福島第一原発事故が発生したことが起点だ。安全神話は崩壊したのだ。
23:45/36.5。


3月10日(木)
7:15/36.0。曇り。
何かここの処倦怠感が強い。ネクサバールの副作用だと思う。
コンピュータが碁の世界チャンピオンを負かしたという記事に「深層学習」というのが出ていたので検索してみる。イメージ的話だが、単にデータの類似順の選択ではなく、データを理解して最適解を出すような「自習能力」を持った人工知能が出てきたようだ。それは演繹や帰納を超えてアブダクションが生じている感じがする。その判断・思考はまた新しいデータとして再帰的に展開する(すなわち、チョットした判断によって枝分かれし結論が大きく変わるということだ)。今は碁といったルールや目的のはっきりとしたゲームや画像分析といった分野で開発されているようだが、例えば天体観測のデータをインプットして黙って見ていたらどんな宇宙理論を考えだすであろうか。ヒョットすると天動説を導きだすかもしれない。もう一度一から再計算させると今度は地動説かもしれない。いや、こういった循環型モデルではなく河の中の渦のように流動的なモデルが示されるかもしれない。そこからは、事象は偶然で成り立っていることが立証されるような気もするし、人類が辿り着いていない時間の問題が分かるかもしれない。が、実用的には「深層学習」していく過程を人間の教育にフィードバックさせ、「学習」とはなにかと再認識することが、先ずは望まれるのではあるまいか。このままではAIに職を奪われる人が多発することは容易に想像できる。人間の存在意義は非理性性(狂気(信仰も含む)と希望(欲も含む))ということになるかもしれない。仕事として人間に残されるのは非定型の肉体労働だけかもしれない、ということだ。丁度「若者と労働」で、教育は何のためにあるのかが日本では問われている(欧米ではジョブ型雇用に対応した職業訓練であると、はっきりしている)という話を読んでいるところだが、それどころではないかもしれない。
今日はあやうく古い新聞を捨てられるところだった。右の肩を傷めて以来新聞の切り抜きが溜まりに溜まっているのだが、そうなるとかえって腰が重くなるのをネクサバールの副作用にしてはいけない。せめて本の紹介記事ぐらいは切り抜きたいのだ。何でもかんでも捨てられては困る。
お八つの後、ケンタと近所廻りをする。「スキップ・ハウス」が2棟コースにあるのだが、本当に住みやすいんだろうか。
24:00/36.7。


3月11日(金)
7:10/36.2。晴れ。
午前に家内と鳴門の「バンサン」へ八木さんの絵を見に行った。絵が明るくなったような気がする。
昼食は「バンサン」の近くの「奥祖谷」で蕎麦を喰う。以前ほど蕎麦の香りがしなくなったように感じた。かつてよく出入りした刺繍屋さんの前を通って帰る。一階は物販店になっているようだが、刺繍は続けているのだろうか。時の流れは早い。
「若者と労働」(濱口桂一郎著)読了。「入社」の歴史が示されている。「金の卵」時代は著者にも実感がなく(著者は1958年生まれ)触れられていないが、中学生の入社には職安が関与したこと、高校生の入社には学校の先生がキーパーソンだったことなど懐かしく思い出しした(そこらが労務係の接待相手だった)。エントリーシートあたりから私は時代に取り残されたのだな、と感じた。著者は雇用形態を「ジョブ型」と「メンバーシップ型」とに対比する(まあこの概念は周知のことだ)。そして戦後、労働省は一貫して「ジョブ型」を政策として押してきたと言う。欧米がそういう社会であることの他に、その方が行政として管理しやすい(平等主義)という面も強かったんだと思う。しかし、現実には、日本のジョブ型の雇用は非正規労働者という形で社会に出現した。正規社員はメンバーシップ型で非正規はジョブ型という二分割だ。彼はこの時点で非正規社員から不安定さを取り除いた「ジョブ型正社員」を提起する。それは一方では(ここがユニークなんだが)、幹部候補でない正社員の受け皿でもある。いわゆるキャリア・ノンキャリの話だ。彼はそれに対応する教育制度も視野に入れている(組織が大きくなっても幹部の数は増えないので、組織数の減っていく時代にはキャリア市場はドンドン縮小されるのだ)。どこまで意識しているのか知らないが、日本は過剰な期待感に溺れていると言いたいのだと思う。それが無意味で過酷な競争と疎外を産んでいる。著者は実に時代に順応している。あと、注文としては、「誰がアメリカンドリームを奪ったのか?」で示された、経営者と社員の分断にも触れて欲しかったが、まあ書名は「若者と労働」であって、「老人と労働」ではないわけだ。どちらの社会がイノベーション(新しい仕事)を産みやすいかも範囲外だな。
今日は冷たいがピカピカの天気で、気持ちよく大岡川周辺を散歩する。
晩、家内がダウンしたので代わりに門を閉めに外に出ると北斗七星が中天に輝いていた。
24:20/36.5。白熱教室でベートーベンを聞いたがイマイチだった。結局最初に視たバッハだけが面白かったのだ。

  もうすでに記憶は枯れてしまひけり誰か書くべし震災小説


3月12日(土)
7:00/36.5。晴れ。
坂本定期便が変更になって今日現われる。彼はコレクターだが、とりわけ文具に目がない。「経友」の草稿を書くとき引っ張りだしてきて、そにままデスクに残っていたマルベリーの革のバインダーノートを見つけて大満足だ。中表紙に1993年の表示があり、バブルの残り香の感じがする。当時はシステムノートが流行っており、その大型だ。仕事を止めるまで愛用していたのだが、その後放置してあったので皮に艶がなくなっている。
午后、天気がよいので頭を刈ってもらった。
16:00から久しぶりにケンタを車に積んで土手へ散歩に行く。ヒバリの声がするのだが、残念ながら片方の耳が聞こえないのでどこで啼いているのか見当もつかない。ヒバリの声を聞くと、幼少の頃にはこの川原が麦畑だったことを思い出す。もちろん「吉野川大橋」も「しらさぎ橋」もなく、川には砂を採るポンポン船が浮かんでいた。
23:50/36.2。


3月13日(日)
7:15/36.2。晴れ。
「雲珠」の秀歌選びをする。なかなか選べなかった。ここの処上田三四二の全歌集を読んでいたので、次々と作者が変わることに上手く適応できていない感じがした。
今日はヒコが母の見舞いに行った。さすがにナンプレには飽いたようで、ジグゾーパズルをやりたいという要望があり、家にあったのを持っていった。家内によると母は孫と一緒にジグゾーパズルにハマっていた時期があったというが、全く記憶にない。忘れたのではない。無関心だったのだ。
16:00からケンタと土手まで散歩する。帰路、ケンタの後ろをついていくと森君の家の裏を通りかかった。偶然森君夫妻が庭にいたので声を掛けると、樹に残っていたミカンをくれた。
散歩のとき既に怪しかった天気が崩れてしまった。
23:50/36.5。


3月14日(月)
7:10/36.4。雨。
今日は嗄声がきつく声が出しにくい感じ。雨も降っているし鬱な気分。
大雨で、久しぶりにヒコを職場まで送ってやる。
午前、家内はケンタを病院へ連れていく。先日から左の耳の様子がおかしいのだ。ケンタにも掛り付け医がいて、元徳新の前で「城東犬猫病院」をやっていたのだが、山城町方へ移ったらしい。ネット検索して訪ねていった。久しぶりなんだがケンタを憶えていてくれて、「ずいぶん白くなったね」と言われたらしい。左耳はアレルギー性の糜爛らしい。
渡辺さんの読書会のテキスト・「下流老人・一億総老後崩壊の衝撃」(藤田孝典著、2015)を読み始める。ここのところ現象は違うけれども原因は同じテーマ(成長停止時代)を読んでいるわけだ。意識はしてないが、私流の読書パターンなんであろう。
晩、プライムニュースを視る。実は初めて見かけたのだが、本田悦朗内閣官房参与なる人物はどうなんだろう。なにか経済を道具視している感じを受けた。
24:00/36.4。


nikonikobutubutu at 10:43│Comments(0)TrackBack(0)

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