りんどう会 11期生のブログ






























  
                               🌸 祝 訪問者数が2万人を突破しました!(2020年5月23日) 🌸
                                                     3年2組の諸君   

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪  11期生 ミニ掲示板  ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

① 投稿者募集のご案内

毎月第1、3金曜はブログ特派員が持ち回りで執筆する「指定枠」、
第2、4、5金曜は、どなたでも投稿歓迎の「自由枠」です。なお、8月以降の
自由枠の投稿希望者は、現時点でゼロです😱 奮ってご応募を (^^)/
お知り合いの
既投稿者、または右欄の「メッセージ」迄、先ずはご連絡を!

今後の投稿予定者は、以下の皆さんです。

    7月10日(第2金曜) 中坂忠信 君 (3年S組)
    7月17日(第3金曜) 小田尚喜 君 (3年1組)
    7月24日(第4金曜) 渡辺 大 君 (3年5組)
    7月31日(第5金曜) 
募集中 📢
    8月07日(第1金曜) 富永春日さん (3年1組) 続く...


② 「山野勲先生を囲む会」中止のお知らせ

7月に予定していた「囲む会」は、現在の社会情勢を鑑み、今年は中止します。
なお、今年10月30日に益城で、12年に1度の祭りがあり、山野邸にお招きの
連絡があっております。
詳しくは、9月半ばまでにご連絡します。お楽しみに  <幹事:木本原志>


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みなさん、こんにちは。
福岡在住の浅野(寺本)啓子です。

コロナが沈静したと思ったら、梅雨に入り天気が大荒れの日もありますね。
この頃の災害は予想を大きく上回ってやってきますね。

福岡の街はゴールデンウィークのどんたくの中止に始まり、夏の風物詩である山笠も中止になりました。疫病退散の神事であり、祈祷はおこなわれました。


SO日本ホームページ
スペシャルオリンピックス日本 公式ホームページ


皆さんは「 スペシャルオリンピックス(SO)  」をご存知ですか?
偉そうな事は言えませんが、私は2014年に知りました。

ボランティア仲間から、「スペシャルオリンピックスの全国大会が福岡であるので、団体でボランティアとして参加しましょう。」とのお誘いを受けて知ることとなりました。

即、賛成したもののスペシャルオリンピックス(SO)について学ばなければ役に立ちません。大会の数ヶ月前に福岡で説明会があり、当時スペシャルオリンピックス(SO)の会長をされていた細川佳代子さん(細川元総理夫人)の講演会が大会の開催に先駆けて行われました。

もちろん興味津々で参加をしました。
スペシャルオリンピックス(SO)とは、知的発達障害のある人たちがスポーツを通して自立と社会参加ができるようになることを目指す国際組織です。

始まりは、J.F..ケネディの妹のユニスがその妹のローズマリーの知的障害を、両親が否定している事に疑問を抱き、兄の同意を得て1962年にケネディ家の知的障害の子の存在を公表し、ケネディ財団を通じてスポーツを中心としたデイキャンプを行うよう運動を起こし、1968年にスペシャルオリンピックス(SO)の設立が発表されました。

今では四年毎に夏季世界大会、冬季世界大会、それぞれの前年に日本では全国大会が開催されています。

日本では、1986年にアメリカでスペシャルオリンピックス(SO)を見た山本牧師の言葉に賛同した中村さんと言う方が、ともこちゃんという女の子を1991年のミネソタ州の夏季大会に参加させるために、細川さんに手伝って欲しいと声をかけられ、それを聞いた細川さんは直感で私の役目だと思われ活動を開始することになりました。

この大会に感動した細川さんは、沢山の選手を育てるために熊本から始めることになったのです。1993年冬季SO世界大会(オーストリア)に2人の子供たちを熊本から参加させました。

その後、SOのワシントン本部からスペシャルオリンピックスと言う組織から選手を送らなければいけないと伝えられ、正式に「スペシャルオリンピックス日本」を立ち上げる事になりました。

1992年5月に、SO日本の第一回勉強会を予定している時に、夫の細川元総理大臣が日本新党を起こしてしまったのです。活動は東京に移り大きく広げられると思ったものの、主人に絶対迷惑をかけられないと言う思いから活動に大変苦労をされています。

1994年11月に、SO日本は誕生しました。そして2005年5月にアジア初の長野冬季世界大会が開催されました。この時アスリート、コーチ2500名、日本選手団150名でした。

日本では長く障害者に対しての偏見と誤解があり、個人による寄付文化も育ってない。
ボランティアに対する意識が変わり始めたのは、1995年の阪神淡路大震災がきっかけとなりました。

細川さんは1991年からSOに携わり、官、民、一般の方、アスリート、父兄を相手に日本中を駆け回り、スペシャルオリンピックスを日本に根付かせるために尽力され、私の役目は終わったと1994年を最後に会長を退かれました。後を継いでくれる方はアスリートが良いと言うことで、現在の会長の有森裕子さんに引き継がれました。

私がボランティアとして参加したのは、2014年SO夏季日本大会(福岡)の二日間です。
競技毎に会場が分散され、私たちはバトミントン会場の受付と会場係でした。1人のアスリートに1人のボランティアが付いていますが、アスリートが1人になったりしないように見る役目もありました。

一番感動したのは最後の表彰式でした。継続して練習を積んだ人は全員表彰されるのです。金、銀、銅に加え色々なメダルの色で表彰されるのです。表彰されたアスリートが満面の笑顔、全身から伝わる感動を表す姿を見て、私たちも感動して涙が止まりませんでした。

残念ながら、2020年の冬季世界大会はコロナの影響で中止になりました。
全てのオリンピックでアスリートの姿を見ることが出来る日が来るのを祈るばかりです。

DSC_0438


この本のタイトルは「花も花なれ、人も人なれ   ボランティアの私」です。
講演会で細川さんから購入し、サインをいただきました。
お話と本の内容から今回、まとめさせていただきました。

散りぬべき  時知りてこそ  世の中の  花も花なれ 人も人なれ

ガラシャ夫人が残した辞世の歌です。

司馬遼太郎さんが全国回っても、江戸の初期に男女平等で仲良く並んだ藩主の墓は見たことがないとおっしゃったとか。私は惹かれるようにお墓詣りに行きました。

今は、あるがままのほんとうの自分を発見する旅をまだまま続けています。

                                                         
浅野(寺本)啓子 (3年2組)


こんにちは。3年8組に在籍していました中島智明です。

野球部にいましたが、二高史上最悪の部員でした。常に体のどこかを故障し、怪我も何回となく繰り返していました。

同級生の部員は、片島正徳君(3年5組)、北里浩二君(3年4組)、西真君(3年8組)と私を入れて4人でした。下の写真に西君が映っていないのは、ちょうどやめていた時期だと思います。その西真君は、長崎の大学に入ってすぐ癌になり、8月に亡くなりました。今年で45年になります。

野球部仲間
二高野球部での同級生と


片島君とは、家のほうに何回か行った憶えがありますが、ここ何十年か会っていません。北里君とは不思議なもので、北里君の従兄弟と私の姉が結婚したので親戚の付き合いになっています。

私の住む南小国町は、人口4,000人を少し超えるくらいの小さな町です。高校の同級生は松崎敦夫君(3年1組)だけ。松崎君とは中学の同窓会で数回会っています。

この私の職業は百姓、黒の繁殖牛を10頭ほど、野菜(春菊)を10アール、米1ヘクタール程度の小さな農家を営んでいます。4年前まではジャージー牛の酪農をしてましたが、背骨の圧迫骨折をして酪農はやめました。

この前の高森友視君(3年9組)のブログを拝見して、この私の過去40数年間に出会った同級生を思い出してみました。

26歳の時には、地元の後輩たちに「強いチームを作りたいので、協力してください」と頼まれ、地元の先輩たちに睨まれもしましたが、「南小国ライオンズクラブ」というチームを作り監督を15年間勤めました。

そのころ、「日産グリーンカップ」という全国大会があり、熊本予選から出場していまして、ある年の予選で熊本市役所のチームと当たり、相手の監督の名前を見て「丸山一朗」とあったのです。もしかして3年8組にいた丸山一朗君かな? 確認は取れませんでしたが。

某薬品会社に勤めていた木村哲也君(3年7組)が、仕事で南小国町を回っているのを見てました。急に来たのは富永和隆君(3年8組)です。話を聞けば、青年の船で一緒に行った私の小・中学校の同級生に会いに来たとの事。今は熊本県家畜市場でたまに会ってます。

話は変わりますが、21歳から25歳までは「4Hクラブ」という農業後継者クラブに入っていまして、23歳の時に阿蘇郡の役員をしていました。

ある時、旅館で忘年会があり、騒ぎすぎて隣の忘年会との間の仕切りを壊し、謝っていたところ、第二高校の野球部のマネージャーをしていた今井久美子さん(3年2組)がいるんです。これにはほんとびっくりしました。話を聞いたら天明の学校に勤めているそうでした。仕切りを壊していなければ、会っていませんでした。

そして、24歳の時には熊本県の役員をしていて、県の役員になると役員会は夕方から県庁6階の農業改良普及所であるのですが、ある日梅木真理子さん(3年4組)に出会い、またある日は高井清美さん(3年5組)と出会いました。どちらも1年9組のクラスメイトです。

1年9組の仲間
1年9組の皆さん


その頃だったと思いますが、通町筋の上通の入り口付近で高森友視君と出会い、高森君いわく「俺は酒が飲めないから、蜂楽饅頭を食べようや」と言って食べた記憶があります。

しばらくすると、我が家に農業改良普及所に勤めている福岡博信君(3年5組)がやってきて「二高の後輩を1週間の農家実習の受け入れを頼む」といわれ引き受けました。普及所には1年9組で一緒だった横田節君(3年4組)も勤めてました。

子供が小学生のころ、阿蘇郡内でソフトボールの学校同士の練習試合があり、野球をやっていたおかげで審判をさせられてました。ある試合である学校の先生が「おや、中島君ではないですか?」と声をかけてきました。「おや、大ちゃんではないですか?」 3年5組の渡辺大君(3年5組)でした。数か月野球部に在籍してました。


ここで、私の住む田舎を少々案内をしたいと思います。

熊本県阿蘇郡南小国町大字中原という地区になります。熊本から大津にきてミルクロードを上り、国道212号線を小国町のほうへ下り、途中から左に入れば中原(「なかばる」と読みます)になります。

中原の観光案内を少々。大津からミルクロードを上ると外輪山のところに四差路で信号があり、まっすぐ行くと「ミステリーロード」という農免道路があり、「甲ノ瀬キャンプ場」があります。

甲の瀬キャンプ場
甲ノ瀬キャンプ場


その先に「マゼノ渓谷」があります。ここは期間限定で観光客に開放しています。いつもは5月の連休中と10月から11月の紅葉の時期です。

今年はコロナウイルスのため、5月は開放できませんでした。しかし、6月中は1日1組限定1万円で貸し切りが出来ます。土日は既に予約されてます。今年まで役員してます。

マゼノ入り口
マゼノ渓谷入り口


その次は、2~3㎞行けばパワースポット「押し戸石の丘」があります。
押し戸石の丘
中央の小高い所が「押し戸石の丘」


そして、中原の守り神として「中原熊野座神社」があります。
参道入り口
参道入り口

熊野座神社
熊野座神社


中原には小学校が1校、全生徒はここ最近30人程度の小さな学校です。郵便局もありますが、家族で運営をしている「和田簡易郵便局」があります。商店も数えるくらいしかない老齢化の進んだ大字中原という地区です。

ここに、瀬井純雄君(3年8組)が小学校の校長先生として赴任してきました。
物凄く嬉しくて、周りの人たちに「私の同級生です!」と自慢していました。瀬井君も中原小学校を気に入ってくれてたと思ってます。中原を最後に退職をして、今は阿蘇の原野の維持をしているようです。

中原小学校
瀬井君の勤めていた中原小学校


そして、郵便局には某薬品会社に勤めていた木村哲也君が「郵便業務の指導とかで月何度か来てますよ」と郵便局の若嫁さんから聞き、最後に来た時に話をすることができました。こんな田舎に同級生が来るなんてことは奇跡にも近いことなんでしょうね!

会ってはいないのですが、杉の間伐材で鯉のぼりのポールを立てるバイトをした時に、池山哲夫君(3年9組)のお家に行きました。お母さんとのおしゃべりの中で高校の話になり、同級生の池山君というのがわかりましたが、本人はいませんでした。

息子が熊農生の時の校長先生が中村さんでしたが、飲みながら話をしていると中村巧君(3年6組)が義理の弟になるとの事、早速電話をしてもらい話をしました。

私のような田舎にいて同級生と会う機会の少ない人間ですが、ちょこちょこと何処かで出会いがあるものなのですね。今回ブログを書いてみようと思えたのは、やはり高森君の影響が大です。

「還暦+2」には参加できませんでしたが、また何処かで誰かに出会うことを楽しみに生きていきたいと思います。

還暦の私
4年前の還暦の私


中島智明 (3年8組)



原稿依頼写真


11期生ブログは平成30(2018)年7月の開始から3年目に入り、投稿数はなんと170号、訪問者数は2万人に達しています。(令和2年5月23日現在)

これまでの歩みを纏めるとともに、瞬時に投稿記事にアクセスできるようハイパーリンクを施してみました。 「還暦プラス2同窓会」からの懐かしい投稿を、もう一度ご堪能(ご笑納)くださいませ (*^^)v

また、11期生の皆さん! どなたでも投稿OKです。 ためらうことなく、次の200号へ向け、あなたからの投稿をお待ちしてます (^^)/


  1) 「還暦プラス2同窓会」開催のお知らせ by クラス連絡員
  2) 恩師からのmessage(瀬下享先生、9組担任) by 林俊一郎
  3) 恩師からのmessage(山野勲先生、2組担任) by 小田尚喜
  4) 案内状返送者の情報提供を!(依頼)by クラス連絡員
  5) 恩師からのmessage(軸屋一郎先生、8組担任)by クラス連絡員
  6) 出席状況について(中間報告)by クラス連絡員
  7) 藤崎八幡宮例大祭へ11期生の参加を!(ご案内)byS.H
  8) 出席状況について(第2報) by クラス連絡員
  9) 連絡先不明者の情報提供について(再依頼) by クラス連絡員
 10) 出席状況について(第3報) by クラス連絡員
 11) 同級生からのmessage(村上ひとみさん)
 12) 出席状況について(第4報) by クラス連絡員
 13) 進路ガイダンス講師に11期生奮闘! by S.H
 14) 同級生からのmessage(美魔女軍団)by 美魔女TTNBY
 15) 同級生からのmessage(祭り爺ぃ) by S.H
 16) 同級生からのmessage(クラス連絡員)by クラス連絡員
 17) 恩師からのmessage(馬渡照代先生 1-9担任) by 莟綾子
 18) 恩師からのmessage(森村房邦先生 1組担任)by 小田尚喜
 19) 同級生からのmessage(莟綾子さん)
 20) 出席状況について(第5報) by クラス連絡員
 21) 受付終了のお知らせ by クラス連絡員
 22) 同級生からのmessage(3年9組)
 23) 同級生からのmessage(3年A組)
 24) 同級生からのmessage(3年S組
 25) 同級生からのmessage(3年6組)

 26) 同級生からのmessage(3年4組)
 27) 同級生からのmessage(3年1組)
 28) 同級生からのmessage(3年2組)
 
29) 同級生からのmessage(3年3組)
 30) 同級生からのmessage(3年5組)
 31) 同級生からのmessage(3年7組)
 32) 同級生からのmessage(3年8組)
 33) 二次会のご案内(第1報) by クラス連絡員
 34) 二次会のご案内(第2報 ミニライブ) by 緒方栄子
 35) 「巻頭言」復活します! by クラス連絡員
 36) 出席者の皆さんへ(連絡事項)by クラス連絡員
 37) 出席状況について(最終版)by クラス連絡員
 38) 投稿記事の募集(お願い)!by 林俊一郎
 39) お礼と近況報告(小田尚喜) by 小田尚喜
 40) メッセージ(佐藤(村上)知加子さん)
 41) メッセージ(軸屋一郎先生)
 42) メッセージ(沖田(村上)ひとみさん)
 43) メッセージ(林(椿)ひろみさん)
 44) メッセージ(榎本(森川)文美子さん)
 45) メッセージ(古瀬健司君)
 46) メッセージ(光江賢一君)
 47) メッセージ(旧姓緒方栄子さん)
 48) メッセージ(守住洋一君)
 49) メッセージ(本田(莟)綾子さん)
 50) メッセージ(浅野(寺本)啓子さん)

 51) メッセージ(上田(富永)春日さん)
 52) メッセージ(瀬下享先生)
 53) メッセージ(後藤俊一君、高橋一博君、薬師寺孝君)
 54) メッセージ(嶋崎昭宏君)
 55) メッセージ(平田正晴君)
 56) メッセージ(小柳倫太郎君、中坂忠信君)
 57) メッセージ(濱平清志君)
 58) メッセージ(渡邊(中山)富美子さん)
 59) 御礼とお願い(クラス連絡員一同)
 60) メッセージ(宮田清憲君)
 61) メッセージ(松延雄一君)
 62) 第一高 VS 第二高 野球交流戦! by S.H
 63) 会報誌「りんどう」が完成! by S.H
 64) 登山紀行(陶の道~獄山編) by 村上ひとみ
 65) 還暦同窓会クラス寫眞館 
 66) 「ブログ特派員会」立上会議&懇親会(ご案内) by 林俊一郎
 67) 新校舎見学記 by S.H
 68) 11期女子、ブログに挑戦 by ブログ特派員♀
 69) 11期男子、ブログに挑戦 by ブログ特派員♂
 70) 11期生ブログ特派員会(発足報告)by 莟綾子
 71) 青春の宝石箱✨ by 光江賢一
 72) 還暦プラス2同窓会の決算報告 by 小田尚喜
 73) さよなら平成カウントダウンライブ開催!by 小山信一郎
 74) DREAMS COME TRUE by 坂本真一
 75) 軸屋先生と愛妻(◍>◡<◍)宅訪問記by 光江賢一

 76) 昭和町線と健軍(思い出話) by 坂本眞二
 77) 巡礼の旅紀行(パールハーバー編)by 小田尚喜
 78) 青山学院大、箱根5連覇ならずby 村上ひとみ
 79) あの日に帰りたい♬ by S.H
 80) 平成最後の・・・ by 富永春日
 81) どんどや~遥かな時間 by 河嵜祐二
 82) 還暦同窓会残金 りんどう会へ寄付! by S.H
 83) 三牧先生のお宅弔問 by 田端志保美
 84) 昭和町線 僕の想い出 (^^)/ by 林俊一郎
 85) つれづれ日記 by 椿ひろみ
 86) 懐かしき再会と新たな出会いと by 莟綾子
 87) 「初恋第二篇」見っけ (^^)/ by 林俊一郎
 88) ビバ❣ 走れ木箱の路面電車✨ by 光江賢一
 89) 博多座へ宝塚観劇に by 中山富美子
 90) 40余年の空白を経て・・・ついに!あの集団が!!再集結したー(>∀<) by 富永春日
 91) 継続は、楽しみなり! by 小山信一郎
 92) 馬渡先生に会ってきました~☆ by 莟綾子
 93) 3人で同窓会~in 鹿児島 by 中山富美子
 94) こだまでしょうか、「山登りしてみる?」 by 村上ひとみ
 95) お城巡りの楽しみ・・・🏯 by 徳永祐子
 96) 同窓会入会式に列席して by 下村和子
 97) あの日に帰りたい! by 坂本眞二
 98) あの日に帰りたい! 2 by 濱田善也
 99) 春日市で暮らしてます by 松村俊二
100) 不思議なご縁 by 林俊一郎

101) 二高魂(想い出話Ⅱ) by 坂本眞二
102) 風光る京都にて by 寺本啓子
103) 巡礼の旅紀行(パラオ編) by 小田尚喜
104) 写真展『熊本の野鳥と春夏秋冬』🐦 by S.H
105) 猫のつぶやき・・・(^^) by 富永春日
106) 舞原飛行場の二人  by 河嵜祐二
107) 春のたのしみ by 田端志保美
108) しみじみと・・・ by 木本原志
109) 人生が二度あれば(コンサート話Ⅲ)by 坂本眞二
110) 亡き友の想い出 by 椿ひろみ
111) 猫の額ガーデンより花便り~薔薇編~by 莟綾子
112) マリア様と、玲瓏な文人 by 光江賢一
113) 誰も住まなくなった実家の管理 by 徳永祐子
114) 趣味のこと~ by 中山富美子
115) 山野先生を囲む会(開催報告) by 小田尚喜
116) 立山~真砂岳・別山縦走 by 村上ひとみ
117) 「個人劇場」愛すること・・・by 小山信一郎
118) 海に恋して…。 by 莟綾子
119) 1年9組女子会(馬渡先生を囲んで)by 下村和子
120) 「夏の納涼語ろう会」開催(^^)/ by S&H
121) 初恋の味💙 (一楽の思い出) by 林俊一郎
122) ZENYAの  はばぁ ないす でい ♪  ~つれづれ日記  夏編~  by 濱田善也
123) 「あそ路」の想い出話 by 市原佐代
124) インターンシップ(農業篇) by 田端志保美
125) やさしさとして想い出として (コンサート話Ⅳ) by 坂本眞二

126) 3年9組 夏の宴🍷(開催報告) by EIKO
127) 寝だめによる時差ボケ注意 by 松尾信之
128) 沢登りで、夏満喫 ‼︎ by 村上ひとみ
129) 私とPHP by 寺本啓子
130) 義父の介護 by 松村俊二
131) 近況報告(3年2組 橋本珠美) by 橋本珠美
132) 未来夢想・・・ by 木本原志
133) 「お法使祭」は益城町復興の力!by 松野良子
134) 幼なじみ by 富永春日
135) ぼけない五カ条 by 梅田博
136) 産山探訪とBBQ by S.H
137) 俳句とバイクと by 河嵜祐二
138) 橋渡し役になれたらいいけど… by 中坂忠信
139) 近況報告(3年3組 永田雅也) by 永田雅也
140) ラグビーの思い出 (^^)/ 🏉 by 林俊一郎
141) 今年、良かったこと! ~ハワイの休日~by 前田豊
142)「博多ののぼせもん」の独り言 by 丸山一郎
143) りんどうの花の様に by EIKO
144) 益城町「お法使祭り」報告とお礼 by 松野良子
145) 再会に感謝🙇 by 椿ひろみ 
146) 今年も仕事,音楽活動,全力投球!by 小山信一郎
147) 気を使わない仲間の忘年会! by 米岡敬二
148) 健康体操 by 田端志保美
149) 令和初のお正月を迎えて by 莟綾子
150) 東町「新校舎」物語(前編) by 林俊一郎

151) 東町「新校舎」物語(中編) by 林俊一郎
152) 東町「新校舎」物語(後編) by 林俊一郎
153)ベタなハワイ旅行✨ 苦楽編 by 光江賢一
154) 映画館の話 (思い出話Ⅲ) by 坂本眞二
155) 私の大切な財産 by 中山富美子
156) りんどう杯ボーリング大会報告by 中坂忠信
157) 「一道窯」作陶展を観覧して by S&H
158) 災害が起きた時に慌てぬよう・・・by 徳永祐子
159) 初孫の安産祈願~胎児の健やかな発育を願ってby 小田尚喜
160) おいでませ山口へ by 村上ひとみ
161) 合格発表の思い出 (^^;) by 林俊一郎
162) 【人】【物】【金】そして絆!by 小山信一郎
163) 野の末に咲けるりんどう by 瀬井純雄
164) 2020年 春 🌸 by 下村和子
165) 「令和の里」レポート by 浅尾智明
166) 一年振りの再会 by 坂本眞二
167) 高校時代 by 池山哲夫
168) 「緊急事態宣言」の福岡より by 松村俊二
169) 新型コロナウイルスとの闘い ~薬局編~ by EIKO
170) 3Rと自然の恵み。匠の技(自己満足) by 住井芳彦

171) 未来夢想 … 2  by 木本原志
172) 我が良き友達  by 高森友視
173) 音楽とラジオの話  by 坂本眞二
174) 働き方改革の豆知識  by 松尾信之
175) 千葉より熊本を想って  by 森川文美子


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佐倉城址公園にて


ふるさとは遠きにありて思うもの

という詩の一節があります。
結婚を機に千葉県に住んで30年以上となり、熊本での生活より長くなってしまいました。

遠く離れると、ふるさとを思う心が年々強くなるのを実感します。
また、しみじみと思い出せるふるさとがあることの幸せも感じます。
それだけ年を取ったということかもしれません。

みなさんは千葉というと何を思い浮かべますか?
成田空港? ディズニーランド?

成田空港
日本の空の玄関口 成田空港


他にも風光明媚なところがあるのでご紹介したいのですが、外出自粛のご時世なので残念ながら写真を撮りに行けません。

では逆に、熊本にはあるけど千葉にはないものをご紹介しましょう。


一つ目は「温泉」です♨️

熊本には数々の温泉に市内から車を一時間も走らせれば行けますが、千葉には鉱泉を加熱した温泉もどきを除きありません。
本物の温泉に入ろうとすると、東京都内の渋滞と3時間半程のドライブを覚悟しなければ辿りつかない箱根や伊豆などの神奈川県や静岡県、草津などの群馬県に行かなければなりません。日常に疲れると「あー温泉に入りたいいなー♨️」と思いますが、なかなかそれが叶いません。


二つ目は「高い山」です⛰

千葉には海抜500メートル以上の山地がない唯一の都道府県です。
熊本に住んでいた時は、戸外に一歩出れば阿蘇や金峰山を目にすることができました。その事にこちらに来た当初は気がつきませんでした。

けれど、熊本に帰省するたびに阿蘇山の雄大さを見て、改めて感動するようになり、今まで心の拠り所になっていた事に気づくようになりました。

千葉県をドライブしても高い山が見当たらないので、何か景色に自然の壮大さを感じられず、物足りなさを感じています。
(もちろん、房総半島の先に立てば太平洋のそれは感じますが...)

家族を連れて帰省するたびに、「阿蘇はすごいでしょう?」と誇らしげに言っていたからか、家族全員、熊本が大好きで、最近結婚した娘婿まで、「熊本に住みたい」と言ってます。


三つ目は「方言」です。

こちらにいると、熊本弁はもちろんですが、あまり方言を聞きません。
千葉に来て、方言ではいろいろ苦労しました。

私のイントネーションが、子供達にはおかしいらしく、食事の時に娘が、私に箸を見せて、これは?
と聞きますので、「は、し?」と言うと、「ブブー!」と言われます。

しばらくは、そのテストが合格だったり、不合格だったりで、そのうち言えないと言うことは、聞き取れないのだとわかり、あきらめました。
今は、「食べる箸」、「渡る橋」、「道の端」と言うようにしてます。

余談ですが、娘が中学の時、英語を日常的に喋らないといけなかった時期があったのですが、「何故か英語をしゃべると一緒に熊本弁が出てくるー」と言っていました。

彼女にとっては、英語と熊本弁が脳の言語中枢の同じ所に位置していたのだと、おかしく思いました。
そう言う私の脳も、英語と同じ位置に標準語があって結構無理して熊本弁を封印して、標準語をしゃべっているのだと思います。

というのは、みなさんも、熊本弁で「うまかー、寒かー、暑かー」と大声で思いっきり言えるのと、「美味しいわ、寒いわ、暑いわ」と言うのでは、だいぶ感情が違うと思います。何か消化不良的な感じです。

私にとって、方言は自分のアイデンティティーのひとつなので、帰省して家族や友達と熊本弁を思いっきり喋るというのは、フラストレーションの発散の場となっているのと共に、すごくエネルギー充電となってます。

という事で、千葉にないものをご紹介しました。
歳を取るとつくづく、人工的な都会より自然あふれるふるさとの方が癒されていいなと思います。
早くコロナ禍が収まってくれて、熊本へ帰りたいと思う今日この頃です。

この文章を書いている間に、非常事態宣言が解除されたので、先日、久しぶりに車を走らせる為に、千葉県木更津の富津岬に行ってきました。

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東京湾に突き出た木更津市の冨津岬
右側が東京湾の南半分、左側が北半分です。


富津岬は、千葉から東京湾に面し横須賀方面に向かって、鶴のくちばしのように突き出した約5kmの砂嘴(さし)です。

また、山を越えることなく、手軽に高速道路で太平洋に行くことができるのは、千葉に住んでるいい事の一つかもしれません。


最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
次回、同窓会で皆さんのお元気な顔に会えるのを楽しみに、自粛生活をすごしていきたいと思います。

        
榎本(森川)文美子 (3年9組)





はじめに、新型コロナウイルス感染症が世界中で猛威をふるっています。

日本でも感染拡大にともない、2020年4月16日に「緊急事態宣言」の対象地域が全国に拡大され、その後の延長を経て5月14日に一部解除となりましたが、国民の生活及び経済活動に大きな影響を及ぼしています。

コロナウイルスの由来をご存知でしょうか?

新型コロナウイルス感染症の正式名称はCOVID-19で、最初のCOは「コロナ(Corona)」に由来し、VIは「ウイルス(Virus)」,Dは「疾患(Disease)」から取っています。ハイフン(-)を挟んで発生が確認された2019年の「19」が使われています。

コロナは、ラテン語やギリシャ語の王冠、太陽のまわりの光の輪に由来しているらしく、ウイルスに大きな球状の表面突起があり、王冠や太陽コロナがイメージされたことからコロナの由来があるようです。


さて、話は変わりますが、最近の「働き方改革」の中で、2019年4月1日から1年間に5日の有給取得を求めるのではなく、法施行日を基準(2019年4月1日)としてそれ以降に新たに10日以上発生する有給休暇対象者のみ5日の取得義務となります。

具体的には、2019年4月1日以降に新たに年10日以上の年次有給休暇が発生する労働者については、1年間に5日は必ず取得しなければなりません。

フルタイムで働く方は、入社後6か月で10日有給休暇が発生しますので、入社6か月後が基準日となり、そこから1年以内に5日取得することになります。

週4日勤務のパートタイマーの方は、入社してから3年6か月後(基準日)に10日有給休暇が発生しますので、そこからがスタートになります。週3日勤務のパートタイマーの方は、入社してから5年6か月後(基準日)から10日有給休暇が発生しますので、そこから5日の取得義務となります。

当然、パート勤務等の方も常に入社後6か月から年次有給休暇の日数は付与されていきますので、有給休暇を申請していくことはできます。意外とパートタイマーの方は有給休暇が付与されていることに気づかれない方が多いようです。

有給休暇の時効は2年ですので、知らず知らずの間で使わずに捨ててしまいます。退職時には、有給休暇残日数を計算されて退職日を決定していく方が、近年は増加傾向になります。


ところで、今度は新型コロナウイルス感染症拡大にともなう「雇止め」についてのお話です。

新型コロナウイルス感染症拡大にともなう雇止め雇用関係においても最も環境を受けやすいのが、契約社員、派遣労働者、パートタイマー、アルバイトなどの有期雇用労働者(期間の定めのある契約)です。

有期雇用労働者の期間満了に伴い契約更新を行わず、労働契約を終了させることを「雇止め」といいます。この雇止めは、当初から定めてあった契約期間が終了することでの雇用関係の終了ですので、それ自体問題となるものではありません。

しかし、有期労働契約を締結にあたっては、厚生労働省より「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」が告示されており、労働契約の締結時に「契約期間の更新の有無」、「更新する場合の基準」を明示する義務があります。

契約期間の更新の有無に関しては「自動更新する」、「契約更新しない」、「更新する場合がある」などと定めなければなりません。

さらに、「更新する場合がある」とした場合には、どのような場合に更新するのか、しないのかの判断基準を明示しなければなりません。

例として「会社の経営状況により判断する」「労働者の能力により判断する」、「契約期間満了時の業務量により判断する」など、契約期間の更新について有期雇用労働者の予見可能性と納得性のある基準を示さなければならないことになっています。

したがって、今回のコロナウイルスの影響で経営状況が悪化した場合は、契約期間満了時、その判断基準を「会社の経営状況により判断する」と明示している場合は、雇止めをすることが認められやすいと考えられます。

この場合でも、その有期労働契約が、①3回以上更新されている。②1年以下の契約期間の有期労働契約が繰り返し更新され通算1年を超えている。③1年を超える契約期間で当初から締結している。①②③のいずれかに該当するときは、少なくとも契約期が満了する日の30日前までに雇止めの予告が必要です。

しかし、有期労働契約の契約期間満了による雇止めであっても、当該契約が ①期間の定めのない労働契約と実質的に同じとみなされる場合、(何回も繰り返し更新がなされている)②契約期間の更新に合理的な期待感(また更新してもらえる)がある場合には、雇止めすることに「合理的な理由があり、かつ、社会通念上相当である」ことが認められなければ無効となり、従前の契約と同一の労働条件で更新されたものとされます。(労働契約法第19条)

この判断基準に該当するか否かは、有期雇用労働者の従事する業務の内容(臨時的なものであるかそれとも恒常的なものであるか)、契約更新の回数、通算雇用期間、契約更新の手続きが厳格に管理され適正に行われていたか否か、雇用継続を期待させる言動があったかどうかを総合的に勘案して判断されます。

したがって更新回数が多く長期雇用となっていたり、更新手続きが曖昧で形骸化していたり、将来正社員にするなどの雇用継続への期待感を持たせる言動があったような場合には、契約期間満了ということだけで雇止めすることは難しくなり、強引に雇止めすると労使トラブルに発展することにもなります。


次は、パワハラの定義と要素についてです。

職場におけるパワハラについて、職場において行われる言動で、それが①優越的な関係を背景としたものであること、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること、③労働者の就業環境が害されるものであることの3つの要素をすべて満たすものであると定義しています。

但し、その言動が客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務上の指示や指導についてはパワハラには該当しないとしています。

ここでいう「職場」とは労働者が仕事をする場所をいい、単に会社のみならず、出張先や取引先など労働者が業務を遂行する場所をいいます。

また「優越的な関係」とは、職務上の地位が上位にある者はもとより同僚又は部下であっても、業務上必要な知識や豊富な経験を持っており、その協力が得なければ業務を円滑に行うことが難しい場合、当該同僚または部下は優越的な関係にあるといえます。

例えば、上司よりも部下の方が専門知識に詳しくなった場合、部下が上司に向かって「こんなこともわからないんですか?それでも課長ですか?」などと上司を誹謗中傷する部下の言動は、パワハラ(逆パワハラ)に該当するでしょう。

その言動により、それを受けた上司が身体的又は精神的に苦痛を受け就業環境が不快なものとなったため、能力が十分に発揮できないなど、マイナス効果が増大していきます。


ちゃんぽん屋
長崎市の眼鏡橋の近くにあり、ちゃんぽんが有名だそうです。
昨年10月に実食しましたが、評判どおり美味しかったです。
(令和1年10月)

大浦天主堂
大浦天主堂
現存する日本最古の天主堂です。人が多く中には入らず外からの眺めを楽しみました。
(令和1年10月)

グラバー園
長崎市のグラバー園です。
(令和1年10月)

眼鏡橋
中島川にかかる日本最古のアーチ型石橋
(令和1年10月)

長崎 中島川
長崎市内の眼鏡橋を一望できる場所から撮影しました。
快晴で気候も良くたまたまポーズをとられた方がいましたので撮影してしまいました。
(令和1年10月)



最近の話題はコロナ関係で世の中が自粛ムードになり、気が滅入っている人が多いのではないかと思われます。6月になり緊急事態宣言が解除され、少しずつではありますが経済が回復傾向に見受けられます。

これからの生活スタイルも新しく変わり、オンラインでの仕事等が増加していくものと考えられます。当面は外国旅行が減少し国内旅行に切り替えたりする人、海外留学生の減少、外国人労働者の受け入れが厳格になり、いろんな方面で人材不足が生じますが、それを解消するために今まで観光業等に従事されていた方が、異業種に就職したりして変化していくものと感じています。


最後に、今後明るい未来が来ることを願い頑張りましょう。
ファイト、ファイト、ファイト 、「何事にもくよくよしない生き方」が健康に良いと聞いています。がん予防には、よい薬だそうです。

                              
松尾信之 (3年7組)

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