なんて切ないメロディーなんだろう。
初めて聴いたのは中学校の放送室でした。

どうして学校にこんなお洒落なレコードがあるのだろう?」と不思議に思うほど、豪華なカートンボックスに入った10枚組の映画音楽全集が二組ありました。一つは「ヨーロッパ映画音楽全集」、もう一つが「アメリカ映画音楽全集」でした。

そこに収録された二百本を超えるまだ見ぬ洋画を想像しながら、毎日夢中になってレコード盤に針を落としていました。そんな沢山の曲があった中で不思議と魅了されたのが「シェルブールの雨傘」のテーマ音楽でした。

シェルブールの雨傘
私達が小学一年時に公開の「シェルブールの雨傘」
カトリーヌ・ドヌーの出世作です (1963年作品)


曲名の英語表記は「I will wait for you」。当時覚えたばかりの英語の知識「一人称の will は『強い意志』を表す」から(^^;)、試練に見舞われながらも初心を貫きハッピーエンドで終わる映画なのだろうと勝手に想像を膨らませていました。

洋画と云えば当時、「メリーポピンズ」くらいしか観たことはなかったけれど、姉がよく愛読していた月刊誌「スクリーン」に載っていたカラフルな色彩世界と主演のカトリーヌ・ドヌーの可憐さにすっかり魅了されていました。

レンタルビデオやDVDなどまだない時代です。初めてこの映画を観たのは、確か高校生の頃に放映されたNHKのテレビでした。

皆さんも一度は観られ内容もご存知と思いますが、戦争に翻弄された若い二人が心ならずも引き裂かれ、互いに別のパートナーを見つけそれぞれの人生を歩むという、恋人たちの涙の別れと悲しい再会の物語です。
 
シェルブールの雨傘2
結婚を誓い、つかの間の幸福な時間を謳歌する二人
小さなガソリンスタンドを営む夢を語り合います


この映画でまずもって度肝を抜かれたのは、セリフが一切なく全編が音楽と歌で進行することです。画期的なミュージカル映画とは云えここまで徹底されると、脚本・音楽・歌・演技は一体どれが先行したのか、どうやって整合させていったのか、その制作過程が今でも不思議でなりません。

しかも、それぞれが見事な出来とあっては、考えれば考えるほど驚くとともに感心してしまいます。才能溢れる人達が結集していたのは当然としても、相当な試行錯誤を繰り返しながら創り上げられたのでしょう。

良く計算されているなと感心するのは、カメラワークの絶妙さ。古くから用いられた手法なのかもしれませんが、「鏡」を上手に活用してカメラを動かさなくても登場人物の立ち位置や表情までもが分かる工夫が凝らされています。

また、二年間の兵役を命ずる召集令状が届いた彼に、「行かないで お願いだから、私を置き去りにしないで…」と彼女が人目もはばからず泣きすがるシーンや、戦地へ出征する彼を必死に止めながらもついに見送るシーンは何度見ても胸を打たれます。 

シェルブール駅のカフェから始まり、彼を乗せた汽車がホームを離れていくまでのワンカットの、流れるように進行する演出や連係プレーには思わず唸ってしまいます。

シェルブールの雨傘3
シェルブールの駅で引き裂かれる二人
この瞬間から二人の人生の歯車は狂い始めます


余談ですが、あれだけ「生きている限り待っているわ」と駅のカフェで泣きすがっていたのに、戦死通知がきた訳でもなく、しかも彼の子どもを身ごもって十月十日も経たぬ間に別の富豪男性と結婚したのには、「オイオイ! そりゃないよ~ (^^;) I will wait って言ったじゃん 😱」と、初めて観た時は思わずズッコケてしまいました。

でも、すっかり齢を重ねた今、十七歳の若い娘としては初めての妊娠や将来の生活への不安で、「無理もないのかな~」と思うようになりました。

また、「恋で死ぬのは映画の中だけ」と、彼のことしか見えない娘を諭す意地悪なママが、近頃ビデオで見直すと「娘の安寧を願う親ごころなんだな。ママの云うとおりだ」と同感してしまいます。しかも、その意地悪なママが今ではなんともチャーミングで綺麗に見えるのは、立派なエロじじぃになった証なのかも... (^^;)


シェルブールの雨傘7
雪が深々と降るクリスマスの夜。二人が夢に見たGSで
運命の再会、そして永遠の別れとなるラストシーン


この映画のクライマックスは、やはり最後のシーンでしょう。
駅での別れから六年の歳月が流れ、雪が深々と降るクリスマスの夜。彼の店とは知らぬ彼女が給油で立ち寄ったガソリンスタンド。偶然の再会に交わす言葉も少なく、互いに幸せに暮らしていることを確かめて、永遠の(恐らく・・・)別れとなります。

その直後、入れ代わりに帰ってくる今の妻と子供を迎えるシーンは、彼が今は幸せであることを暗示させハッピーエンドとなる筈なのに……、なぜかこのシーンがあるがゆえに、余計に切なさが増幅されるように感じます。

(あまりに突然の再会に二人は動転したのでしょう。ハイオク満タン入れたのに、ガソリンのお勘定を忘れてますよ~ \(^^;)/ )

それにしてもこのラストシーンは、どうしてこんなにも観る者に感動を与えるのでしょうか? いろんな要因が挙げられるのでしょうが、音楽にもその「仕掛け」が隠されているように思えます。

このラストシーンには、首尾一貫してあの切ないテーマ音楽がバックに流れます。
ところが、終幕までに合計4回(多分)も「転調」が繰り返されます。そうです! カラオケで音程のキーを上げ下げするあれです。

特に最後の3回、二人が最後の言葉を交わし永遠の別れとなる場面(一回目)、ガソリンスタンドから彼女と初めて見る実の娘を乗せた車が走り去る場面(二回目)、そして、入れ替わりに帰ってきた妻や子供との幸せな風景を映し出した直後(三回目)と、感動的な場面で「転調」の波状攻撃に襲われます。

キーはぐんぐん上がり、観る人の心も否応なく揺さぶられ、ついには涙腺の蛇口も緩んでしまい深い感傷に包まれていくのでしょう。


さて、その切ないメロディーはミッシェル・ルグランの作曲によるものですが、彼は映画音楽だけではなくジャズマンとしても活躍しています。

さながら、「熱い焼き芋を食べてしまい口と鼻からハフハフ、モゴモゴ」言ってるようなフランス語は、ジャズとはミスマッチのような気もしていましたが、フランス語で歌うジャズコーラスグループが古くから活躍していたことを数年前に知りました。

お国柄なのでしょうか、ヨーロッパの気品が漂う軽快でお洒落な音楽になっていて、今ではすっかりマイブームになっています。
 
bluestars of france
フレンチ・ジャズコーラスの草分け「Blue Stars」
ルグラン姉弟も参加した「バードランドの子守歌」
は、以下をクリックするとご覧できます。


昨年、河嵜祐二君(3年1組)が教えてくれたのですが、このフレンチ・ジャズコーラスのメンバーの一人はルグランの実姉だそうで、ルグラン自身もプレイヤーとしてレコーディングに参加していることを知りました。

このグループからは、ルグランを筆頭にブロッサム・デュアリースウィングル・シンガーズなど、その後の音楽シーンで大活躍するミュージシャンが巣立っていきます。やはり、才能ある人の周りには才能ある人材が集まり、独創性や個性あふれる新たな音楽や映画が創造されていくのでしょうね。

美しい映像と切ないメロディー、そして可憐なカトリーヌ・ドヌーヴ…。何度観たのか数えきれない、今でも大好きな映画です。

雨傘が似合う季節になると想い出す映画と音楽でした。


破れ傘のエロじじぃ (3年9組)



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