Penny Lane

2014年10月より、ブログの移転を(手作業で)はじめています。 新しいブログはこちらhttp://nina313.hatenablog.com/

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ジョカストとやせ猫 ワールドカップなどを言い訳に本を手に取らない日々が長く続き、その後仕事が忙しくなってしまったため、文学とは控えめに言ってもまったく無縁な生活をしばらく送っていた。そんなある日、といっても一昨日のことだが、今すぐ小説を読まなければ自分はおかしくなってしまう、という危機感を抱き、日本から運んできたこの本をおそるおそる開いた。小説風のなにかなどではなく、自分が敬愛し、全幅の信頼を寄せる作家の作品がどうしても必要だったのだ。


アナトール・フランス(佐藤正彰・杉捷夫訳)『アナトール・フランス小説集 第12巻 ジョカストとやせ猫』白水社、2000年。

 小説を読むことで自分の思考が鋭敏になっていく感覚には、おそるべきものがある。自然科学や哲学、または文芸評論や作家の伝記などは、本自体が読者の理解を求めて語り掛けてくるため、忙しい日々でもさしてなにも考えずに手に取ることができるが、小説となると、そうはいかない。本のなかにある世界に沈んでいく必要があるので、読者には読みはじめる前からある種の準備が求められるのだ。現代に欠けているのは、こういったページを開く前の深呼吸であると思う。

 また、あくまで個人的な意見ではあるが、それは物語の展開が予想を拒むか否かという点とはあまり関係が無く、ひとたび物語が始まれば、わたしは物語の展開をさして予想したりせず、ただ物語を念頭に置きつつ、目の前に立てつづけに現れる一行を追いかける。彫刻が自身の造形美について語りはしないのと同様、小説も読者に対しては沈黙を守ったまま、ただ美しい細部を披瀝していくのだ。だから観衆であるわれわれは、彼らの魅力を見逃さぬよう、鋭敏でなければならない。ページを開く前に深呼吸が求められるのはそのためだ。音楽を聴きながら、携帯電話をいじくりながら本を開いたところで、なにも見つけられはしないのである。

 作中の物語がどのように進行していくかというのはさして重要ではなく、現代の作家の多くはこの点で倒錯している。重要なのは作家がなにを語っているかではなく、いかに語っているかなのだ。最近は本の宣伝文句で「ラストの衝撃!」などと書かれていることがあるが、それは物語の進行以外に取り立てて見せるものがないと出版社が自ら告白しているようなもので、そんな紙クズはそもそも手に取る必要がない。重要なのは「あらすじ」を書こうとしたときに決まって削除される部分のほう、すなわち細部なのである。

 アナトール・フランスがこういったことを雄弁に語らせてくれるのは、彼がまさしく深呼吸をしたあとに読みたい作家だからであり、読者の鋭敏な感覚なしには魅力を十分に理解できない作家だからである。だが、これこそが芸術だと、わたしは信じて疑わない。この本のタイトルを見ると、まるで「ジョカストとやせ猫」という長篇小説が収められているようだが、じつは「ジョカスト」と「やせ猫」という二作の中篇小説である。最初の「ジョカスト」は、以下のようにはじまる。

「――まあ、ロングマールさん、あなたはポケットに蛙を入れていらっしゃるの? おおいやだ。
 ――ええ、僕は部屋に帰るとこのなかの一匹を板の上にはりつけにして、腸間膜を露出し、それをごく細いピンセットでもって刺激してやるのです」(「ジョカスト」より、7ページ)

 小説を読みたい、というわたしの欲求、ページを開く前の深呼吸は、じつはもうすでに十分報われている。さらに以下の会話が続く。

「――ひどいことをなさるのね。さぞ苦しがるでしょうね、その蛙は。
 ――冬はたいしたこともないのですが、夏はずいぶん苦しみますよ。その場合もし腸間膜が前もって何か傷害を加えられて炎症を起こしていれば、苦痛は激痛になって、心臓がとまってしまいます。
 ――何のためにそうやってかわいそうな動物をいじめたりなさいますの?
 ――苦痛の実験的理論を立てるのです。ストア派の連中は自分の言ってることがわかっていないし、ゼノンは馬鹿者であったということを、僕は証明してやるのです」(「ジョカスト」より、7ページ)

 こいつはいったいなにを言ってやがるんだ、というのが正常な反応であり、それこそがアナトール・フランスの求めているものでもある(と思う)。しかもあとあと判明することであるが、この「蛙の実験」、物語とはまったく関係がない。この箇所を読んだとき、わたしはもう息ができなくなるほど笑ってしまって、小説を読むことの喜びをこれ以上ないほど味わった。こんなに人を食った書き出しは、そうそうない。しかも物語と関係がないなんて! これは昨今の物語至上主義に対する、確固とした勝利宣言である。

「あなたの場合は、何しろおからだが華奢でいらっしゃるし、ちょっと触れても響く弦のような神経をもっていらっしゃるから、苦痛に対してはほんとにいい音の出る楽器で、八オクタ―ヴの鍵盤のようなものです。苦痛のほうでいつでも好きなときに最も手の込んだすばらしい変奏曲を弾くこともできるでしょうね」(「ジョカスト」より、9ページ)

「彼の愛情は霧雨のようであった。聞こえもせず、見えもせず、やもうともせず、そしてしみ入って、心まで冷やす、こうした雨なのだ」(「ジョカスト」より、41ページ)

 人物造型の巧みさにも言及しておきたい。「ジョカスト」の主人公のひとりであるエレーヌと、その父親であるフェレール氏の描き方は特にすばらしく、息を飲むほどだ。

「娘にとってフェレール氏は神様であった。しかし神々と同じで、彼はたまにしか姿を現わさなかった。一日じゅう留守で、遅く帰って来るのである」(「ジョカスト」より、29ページ)

「彼女はものぐさで、何もしないでいることが好きであった。それに何もしないということが彼女にとって一番無難なことでもあったのだ。フェレール夫人は娘の無言の彷徨は気にとめなかったが、それに引きかえ、すこしでも子供らしい笑い声を立てたりすると、すぐさま小言を浴びせかけられてしまうのであった」(「ジョカスト」より、29〜30ページ)

 多感な時期に沈黙することを強いられていた彼女は、成人しても物静かな女となっている。また、訴訟代言人である父親のフェレール氏は、貧乏をおして娘を金のかかる修道院へと送り、母親の死後は毎週木曜日に修道院を訪問していたのだが、その裏には困窮を娘に悟らせないための涙ぐましい努力があった。多少ちぐはぐなところのある人物ではあるが、読者は必ずや彼に好感を持つことだろう。

「何の役にも立たずにほっつきまわったあらゆる歩道、切ない思いをして上ったあらゆる階段、鼻先で閉め立てられたあらゆる戸口、ときとしては場末の舞踏場の熱いぶどう酒の鉢の前まで客を追いまわした揚句の果てに、すっかり泥にまみれてカフェのテーブルの片隅で書いたあらゆる手紙、こうした一切に倦み疲れた、この怪しげな訴訟の野良犬のような男は、毎週木曜日になると、服にブラシをかけ、ぴかぴか磨き立て、手袋をはめ、剃刀をあて、白い下着をつけて、ダーム・デュ・カルヴェールの応接室に現われるのであった。このときの彼は幸福そうな様子で、すがすがしい顔つきをしていた。血の気のない大きな頬もまったくおあつらえ向きであった。オートゥイユ修道院の院長サント・ジュヌヴィエーヴ教母は彼を非常に鄭重に扱った。一番上級の寄宿生のなかの二人が、寝室で彼の夢を見た。
 エレーヌはパパを崇拝しきっていた。
 また実際のところ、フェレール氏は彼なりにすこぶる英雄的であったのだ。一文もなかったある日には、彼は仲間のひとりから、机の上にあったアルフレッド・ミュッセの詩集を借りた。「これで、百度目になるけれど、もう一度読み返してみたい」と彼は言った。その足で河岸の古本屋にこれを売りに行って、それで手袋を買い、翌日は受付の修道女の前で無造作にボタンをかけたのである」(「ジョカスト」より、30〜31ページ)

 それから、終盤に登場する新聞記者のブテイエも、たいして重要な人物ではないのだが、その描写は忘れがたい。アナトール・フランスを読んでいると、新人物が登場してくるたびに楽しみがある。

「彼は非常に多忙であった。自分の生活のなかの多くの時間は鉄道で過ごしていた。他に使えばもすこし楽しくも使えた時間であろう。彼はフランスじゅうのあらゆる都会で銅像の除幕式を行ない、大統領に従って水害地方に赴き、貴族社会の結婚式に列席し、ネアブラムシによるぶどうの病害に関する各種の講演を聞き、一切を見ていて、そしてこれほど好奇心のない人間はいない。彼が興味のもてるものは世界じゅうにただ一個所しかなかった。それは彼が一件の小さな家と一艘の小舟を持っているシャトゥの地だけである。彼はこの自分の小さな家と小舟のことしか気にかけていないのだ。それなのに全世界のことに気を配らなければならなかった。一軒の工場も彼がいなくては焼けることができないのだ」(「ジョカスト」より、82ページ)

 この「ジョカスト」の物語にはある悲劇的な恋が含まれており、上掲の「霧雨」もそうだが、恋情を語る魅力的な一文もたくさん秘められていた。

「彼は彼女を愛していたのだ。しかしそれを彼女に打ち明けるくらいならば、舌を噛み切ってしまったことであろう」(「ジョカスト」より、37ページ)

「散文には不足しない彼の独身生活のなかで、彼女はただひとつの詩であった」(「ジョカスト」より、62ページ)

「彼らはひと言も愛の言葉を交わしはしなかった。けれどもただの一息も燃え上がらない息はなかった。彼らは呼吸をするのに骨が折れた。何か息苦しい甘美な液体のなかを泳いでいるような気持であった。彼女はどうも暑いと言った。彼は彼女の手をとって、ほんの心持ち握ったが、彼女は手を引っ込めなかった。彼らは自分たちが何をしているのかわからなかった。そして二人とも死んでしまいたかった」(「ジョカスト」より、109ページ)

 150ページにも満たない短い作品ではあるが、何度も読み返したい傑作である。

 さて、二作目の「やせ猫」はというと、これは「ジョカスト」よりも一層自由に書かれた感が強く、あるかなきかの大筋以外には展開などほとんどない、作家の書きたかったことをふんだんに詰め込んだような作品である。つまり大歓迎。

「――サント=リュシ君、まず第一に、私は君に宣誓をしておかなければならん。われらは主義主張にかけては確固不抜の信念をもっている。折ることはできるかもしれないが曲げることはできない鉄の男だよ」(「やせ猫」より、158ページ)

「ラバヌは信条告白を行なった。彼はアリストクラシーを愛しているというのだった。アリストクラシーが強く、壮大で、暴力を用いてくれることを望むというのだった。アリストクラシーだけが芸術を栄えさせてくれた。武断的な貴族の残忍で洗練された風習が今ではなつかしく思い出させるというのだった」(「やせ猫」より、166ページ)

 これは「ジョカスト」よりもさらに短いというのに、登場人物はじつに多彩で、政治思想家、彫刻家、詩人、自然科学者、哲学者、画家などが、思い思いに自らの思想を開陳していくため、読んでいる自分まで芸術家の都にいるような錯覚を覚えるほどだ。パリにはすべてがあるが、ありとあらゆる観念が遠慮仮借なく押し寄せる空気、というのは、この都にしかないもののように思える。

「ディヨンが自分の雑誌のために論文の寄稿を頼むと、モラリストはなかなかうんとは言わなかった。ラバヌが言った。
 ――この男の『パイドン』に関する注釈をのせ給えよ。僕のアトリエの壁に木炭で書いてあるんだ。写し取らせたらいいだろう。もっとも僕の部屋の壁をいきなり印刷所へ運ぶほうがいいというなら格別だがね」(「やせ猫」より、180〜181ページ)

「――思想が進歩するにつれて芸術は凋落する。ギリシアでも、アリストテレスの時代にはもはや彫刻家は存在しなかった。芸術家は一段劣った存在だ。彼らは身重の女に似ている。どういうふうにということを自分では知らずに子供を生み落とすのだ。プラクシテレスがそのヴィーナスを作ったのは、アスパシアの母親がアスパシアを生んだのと同じことだ。まったく自然に、まったく愚鈍にね。アテネやローマの彫刻家どもはヴィンケルマン師を読んではいないからね。彼らは美学を少しも解さず、パルテノンのテセウス像を作り、ルーヴル宮のアウグストゥス像を作ったのだ。頭のある人間は、美しいものも偉大なものも作りはしない」(「やせ猫」より、196ページ)

「だしぬけに、彫刻家が、親指で空を切ったと思うと、こう言った。
 ――あのものを目で見て我慢のできるものにする手段がひとつあるな。
 あのものというのは凱旋門のことだった。
 ――その手段は簡単だよ。しかし、今にわかるが、誰も考えつかないことだよ。といって、あの建物の裾に、古靴直しと、代書屋と、フライドポテト屋をふんだんに開業させればそれで足りるのだがね。フライドポテト屋は煙を出すので大いに役に立つのだ。そういう露天の店は猛烈に汚くしておかなければいけない。無茶な看板やぶざまな絵を描いた目じるしを出させておくのだ。そういう店をこしらえる連中に記念碑の石を剝ぎ取ることを許すのだ。ことに、角の石を取らせると具合がいい。角がとれてよほど柔らかみが出てくるからね。そうした石をとった跡にできた孔はシャベルで土を押し込んで塞ぐといい。そのなかにぶなの実や樫の実を播くのだね。ぶなや柏が、いろいろの高さのところに、緑の茂みを作り、灰色の表面の単調を破るだろう。石材のなかへ根を延ばすから、趣のあるうねり方をした亀裂を生じるだろう。蔦かずらの類がたくさん入用だがね、こいう蔓延植物にはこと欠かないよ。石の上にでも生えるからね。風と鳥が、石の割れ目の土ぼこりのなかに、古い石壁の好きなにおいあらせいとうやそのほかたくさんの禾本科の植物の種を播くだろう。湿気の好きなゆきのした、いちご、あめりかづたなどが自然に生え、ぐんぐんふえるだろう。建物の頂きには鳩小屋ができて凹凸が生じる。燕は天井の下に巣を作るだろう。カラスの群れが、山ねずみや野ねずみの死骸につられて、日が暮れると、軒蛇腹の上に襲いかかるだろう。そうなれば、こういう具合に懸命な注意をもって管理される凱旋門は、詩人たちから眺められ、画家から写生され、美術品と見なされることができるようになる。おい、給仕、ビールを一杯!」(「やせ猫」より、241〜242ページ)

 この何度も登場するラバヌという彫刻家は、主人公ではなく、劇中でなにか特別重要な役割を果たしているというわけですらない。そもそもストーリー自体があってないようなものなのだが、彼のような人物の発言がアトリエやカフェ、酒場にて何度も繰り返され、気づけばページが大いに進んでいるのだ。

「――恋愛は、互いに会ったことのない二人の人間のあいだではじめて絶対なものとなりうる。二つの魂は永久の別居のなかにおいてでなければ完全な調和の状態にありえない。孤独が決定的な情熱の必要欠くべからざる条件である」(「やせ猫」より、239ページ)

「――かわいそうなものだ、あのモラリストは、と、ラバヌは叫んだ。あんな立派な考えを抱いたことはこれがはじめてだが! 脳味噌のなかに燐が一粒あれば、天才人なんだがね! 何しろ燐が二粒ある。これが不幸のもとさ」(「やせ猫」より、240〜241ページ)

 題にもなっている酒場「やせ猫」に集まった芸術家たちが、詩人の主導で雑誌を創刊するという企画を立てるのだが、詩人が見つけてくる印刷屋の描写がまた傑作である。

「ディヨンは、サン・タンドレ・デ・ザール区の舗装もはがれているようなどこかの通りに、破産しかけているような印刷屋を見つけてきた。その印刷屋の主人がどうでもいいといったような暗い顔でその雑誌の印刷を引き受けてくれた。この印刷屋は頭の禿げた顔色の蒼い小男だった。その顔つきは風にあおられる燃えつきたろうそくの名残りの炎を思わしめるものがあった。この男の商売は惨憺たる状況にあった。絶望に瀕した印刷屋だった。しかし、とにかく印刷屋だった」(「やせ猫」より、199ページ)

 フロベールの『感情教育』などが好きでたまらない人には、一読をおすすめしたい小品である。「いかに豊かな才も、それを十全に開花させる場所とては世に一つしかない。パリだ!」(フロベール『感情教育』上巻、156ページ)。この言葉はアナトール・フランスの時代にも十分通用するのである。また、『神々は渇く』なども併読してみると面白いと思う。

「しめった煙草の匂いが部屋の空気を重くしていた。何度も屈折したために力のつきた暗緑色の光が、汚れたガラス越しに、やっとこさ室内に流れ込んでいた」(「やせ猫」より、249ページ)

 文学がいかに自分の生活を豊かにしてくれるものであるのか、痛感した。どうにかしてアナトール・フランスに感謝の気持ちを伝えたい気分だ。この感覚を、忘れないようにしたい。


〈読みたくなった本〉
『ギリシア詞華集』
「彼女はごく小さい頃から、思いやりの深い繊細な心の子供であった。自分にわかる苦しみにはすべて憐れみを覚えた。彼女は貧しい子供たちにボンボンや紙の人形などをやった。かつて一羽の雀を籠に飼って非常にかわいがっていたのに、それが戸にぶつかって潰されてしまったことがあった。この雀は彼女にとって悦びと苦しみの種となっていた。「プラクソーはその蝉のために墓を建てぬ。これによりかの乙女は人の死するを知りたるなり。」ギリシア詞華集の詩人はイオニアの少女にこう語らせている。エレーヌは雀の死んだとき何かぼんやりとしてしまって当分のあいだはずっとその状態が続いたのであった」(「ジョカスト」より、28ページ)

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そして誰もいなくなった 仕事がやけに忙しかったりして、リズム良く本を読み進められずにいるようなとき、一気呵成に読める本が無性に恋しくなる。言うなれば、エンタテイメントとしての小説にどっぷり漬かりたくなるのだ。続きが気になって、思わず夜更かししてしまうような本ならば最高だ。今日こそは、というようなとき、候補を考えながら書店の棚の前に立つと、あまりの楽しさに踊り出したくなる。やっとの思いで一冊を選んだら、そのまま喫茶店に直行する。そしてコーヒーを注文して煙草に火を点け、それ! とばかりに本に顔を埋める。足と肺と口のなかがおかしくなるまで、そりゃあもう微動だにしない。これこそが至福というものである。そんな至福を世界中の人びとに与え続けてきた本。


アガサ・クリスティー(清水俊二訳)『そして誰もいなくなった』ハヤカワ文庫、2003年。

 熱心なファンのひとなら「おや?」と思うかもしれない。この本には2010年にはすでに、新訳版が刊行されているのだ。わたしが働いている書店には、着任当時なぜか新訳版と旧訳版が同時に在庫しており、しかも別々の場所に並べられていた。前任者が翻訳が変わっていることに気がついていなかったわけだが、普通なら新版の入荷と同時に旧版を返品するものである。幸いわたしは気がついたので、旧版を抜き出した。見てみると、清水俊二の訳書ではないか。レイモンド・チャンドラーの『さらば愛しき女よ』などを読んでこの訳者の文章に心底しびれてしまった経験があったため、とてもじゃないが返品などできなかった。返品をまぬがれたこの一冊は、だれかの手に渡らなければならない。そう思ってしばらく棚に並べ続けてみたのだが、残念ながら新版も旧版もだれの手にも取られなかった。だから、自分で買うことにした。

「島というものには不思議な力がある――島という言葉を聞いただけで、幻想的な雰囲気を想像する。世間との交渉がなくなるのだ――島だけの世界が生まれるのだ」(54ページ)

 この本の筋書きについて、なにかを語る必要などないだろう。というか、この本の内容についてつぶさに語るということは、読んだひとにとっては冒瀆だし、読んでいないひとにとっては犯罪である。調べようと思えばインターネットでいくらでも調べられるご時世なのだろうけれど、わたしはそんなことに加担したくはない。ただ、島が重要な役割を果たすとだけ書いておきたい。

「彼は思った。島のいいところは、一度そこへ来てしまえば――もう、その先へは行かれないことだ」(115ページ)

 ところで、清水俊二ほどの人物が訳した作品を、どうして新訳する必要があったのだろう。たしかに言葉は古くさいのだが、そこに魅力を感じるわたしのような読者も少なくないのではないかと思う。新訳を読んでいないので頭ごなしに否定してしまっては申し訳ないが、清水俊二にしか書けなかった訳文というのがきっとあったはずなのだ。たとえば、以下の箇所。

「「ロンバード、ちょっと、話があるんだ」
 フィリップは彼のそばへよってきた。
 「うかがおう」」(146ページ)

 うかがおう、だなんて! 口語としてはたしかに変だし、自分がこんなことを言ったらぎょっとされるにちがいないが、それでもいつかどこかで使ってみたいと思わずにはいられない、魅力的な言葉ではないか。ミステリーというストーリー重視の文学形式ではどうしても会話文や事実の羅列のような文章が続いてしまって、読書に彩りを欠くことが多いものだ。そういった意味では、会話文に価値を与えられる翻訳者というのはけっして多くないと思うので、やはりこの翻訳が新刊書店で買えなくなってしまったのは、ちょっと淋しい。ついでに書くと、昨年同じくハヤカワ文庫からロアルド・ダールの『あなたに似た人』の新訳が刊行されたのだが、田村隆一の旧訳が気軽に手に取れなくなってしまったのも、ちょっと淋しい。

「世間には、犯人を罪に落とすことができない犯罪がある」(148ページ)

「いかなる芸術家も、芸術そのものをもって満足するものではない。芸術が他人に認めてもらいたいという欲望をともなうものであることは否定できない」(361ページ)

 江國香織が『とるにたらないものもの』のなかで、こんなことを書いているのを思い出した。

「このことはもう何年も認めるのが恐かったのだけれど、仕事をしたり、食事をしたり、掃除をしたり、人に会ったり、という自分が決めたこと、望んだこと、をしている時以外、私は常に本を読んでおり、心は別の場所にいて、そこにいない。
 たとえば自分の身に大変な不幸が起きたとしても、おもしろい推理小説があれば、それを読みおわるまでは泣いたり騒いだりしないと思う。そこにいないんだもの。
 望まない場所にいたくないのだ。
 推理小説を好きになった時期と、テレビに我慢ならなくなった時期が一致するのもそれで辻褄が合う。望まない情報にさらされることが苦痛である、という臆病かつ我儘な精神。好奇心のない子供みたいだ。
 でもたぶんそのせいで、私は日々健やかに機嫌よく暮らしている。これは大事なことだと思う」(「推理小説」より、175〜176ページ)

 アガサ・クリスティーは間違いなく、おそるべき速度で「望まない場所」から連れ出してくれる。

 ついでだが、この本には赤川次郎の解説(?)が付せられている。いつもどおりやけに改行の多い文章なのだが、失礼ながらちょっとびっくりしたことに、これがすばらしかった。

「ここには、私が「エンタテインメント」に求めるものがすべて揃っているのだ。
 まず、「一晩で一気に読みきれる長さ」。
 私は、内容豊かな大長編ミステリーの存在を評価しないわけではないが、それでもなお、「エンタテインメントとしてのミステリー」は自ずと長さが決ってくると考えている」(解説「永遠の目標」より、366ページ)

「ミステリーはもともと「知的で粋な」娯楽であったはずだ。
 時代が求める変化は当然のこととして、「時代を超えた面白さ」も一方に、厳として存在する。
 その代表作に、『そして誰もいなくなった』を挙げることを、私は少しもためらわない」(解説「永遠の目標」より、367ページ)

 完全に同感であるうえ、彼は本書の内容にまったくと言っていいほど触れていないのだ。やるじゃん、赤川次郎。ブラボー、赤川次郎。

 江戸川乱歩の『黒蜥蜴』を紹介したときにも書いたことだが、快楽としての読書ほど贅沢なものはない。すばらしい作品のあとに続く、短く的を射た解説。とても気持ちのいい時間を過ごせた。

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銀河ヒッチハイク・ガイド 次に記事にしようと思っている本がいつまでたっても読み終わらないので、すこし前に読んだ本を採りあげることにした。リチャード・ドーキンスを読んでいたころに読みたくなった本の一冊で、SFの世界を舞台に英国ユーモアを爆発させたダグラス・アダムスの出世作。


ダグラス・アダムス(安原和見訳)『銀河ヒッチハイク・ガイド』河出文庫、2005年。

 ところでわたしはいま海外の書店で働いているのだが、英文書の文芸書の陳列は、日本の方式とはまるでちがう。古典や純文学は「Literature」の棚につめこまれ、「Mystery(もしくはThriller)」や「Science Fiction」は別枠で陳列されているのだ。日本だと、特に文庫の場合、大型書店になるほど出版社別の陳列になってしまいがちだが、ハヤカワ文庫や創元文庫などのSFとミステリーが、別々かつ一箇所にまとめられていると考えれば想像しやすいかもしれない。こういった「ジャンル分け」は担当者の志向を如実に表すうえ、たとえばヴォネガットを文学に置くかSFに置くかという質問に明確な答えなどは存在しないため、じつは弊害も多い。

 さて、ごくごく恣意的な「ジャンル分け」が済んだら、それぞれの文学作品を著者名のアルファベット順に並べる。すると、どんな書店のSF棚を覗いてみても、この本の著者、ダグラス・アダムス(Douglas Adams)は、その店のSF棚の最初の棚に堂々と陳列されることになるのだ。なにせ『銀河ヒッチハイク・ガイド』である。「銀河」という単語を含む作品をSF以外の棚に置くほど勇気のある書店員などいるはずもないではないか。だが、アダムスをじっさいに読んでみると、アイザック・アシモフが「Asimov」ではなく「Acimov」だったらどんなによかったか、などと余計なことを考えてしまう。そもそもSFの棚を覗いて最初に目に飛び込んでくるのがアダムスというのは、彼が得意とする悪い冗談にしか見えないのだ。

「星図にも載っていない辺鄙な宙域のはるか奥地、銀河の西の渦状腕の地味な端っこに、なんのへんてつもない小さな黄色い太陽がある。
 この太陽のまわりを、だいたい一億五千万キロメートルの距離をおいて、まったくぱっとしない小さい青緑色の惑星がまわっている。この惑星に住むサルの子孫はあきれるほど遅れていて、いまだにデジタル時計をいかした発明だと思っているほどだ」(5ページ)

 イギリス人どもめ、と思う。「イギリス文学」という言葉にはオースティンやディケンズを彷彿させるような、多数の登場人物が織りなす壮大なドラマ、という印象があるが、じつはこれよりも比較的新しい時代には、これとはまったく別種の確かな伝統がある。ユーモア文学の伝統だ。

「どんな意味においても、この家に特別な価値を見いだしている人間はひとりしかいない。それはアーサー・デントで、その理由はただひとつ、彼がたまたまそこに住んでいるからだった。住みはじめたのは三年ほど前。ロンドン暮らしが神経にこたえてきたので、こちらへ引っ越してきたのだ。家と同じく彼も生まれて三十年ほど、長身で、黒髪で、いつもくよくよ思い悩んでいる。彼がなにより悩んでいるのは、なにをそんなに悩んでいるのかと会う人会う人に訊かれることだった」(8ページ)

「ミスター・L・プロッサーは、言うところのごくふつうの人類だった。言い換えれば、炭素型二足生物でサルの子孫だった。具体的には四十歳で、太っていて見栄えがしなくて、市の職員として働いていた。面白いことに、本人は知らなかったが、彼はまたチンギス・ハーンの男系直系の子孫でもあった。もっとも、重ねた世代とくりかえした人種混合に遺伝子をこねくりまわされて、外見にはモンゴロイドの特徴はまったく残っていない。ミスター・L・プロッサーに残っている偉大な先祖の痕跡と言えば、腹まわりの肉付きがやけによいことと、小さな毛皮の帽子が大好きということだけだった」(11ページ)

 わたしがこれまで読んだイギリスのユーモア文学のなかで最も古いものはジェローム・K・ジェロームの『ボートの三人男』(1889年)なのだが、彼はユーモア文学が大衆に受け入れられることを世に知らしめるという、たぶん重要な役割を果たした。それを継承し、さらに洗練させたのがウッドハウスなのだろう。以前『エムズワース卿の受難録』を紹介したときにも散々書いたとおり、ウッドハウスはもうほんとうに大好きな作家なのだが、その愛を脇にのけて考えてみても、彼が後世の作家たちに残したものは非常に大きい。ダグラス・アダムスがウッドハウスを読んでいないわけがないのだ。わたしの個人的な意見では、ウッドハウスの書く文章はシェイクスピアのそれと同等の価値があるので、アダムスのみならずイギリスの作家がウッドハウスを読まないなんていうことは到底信じられない。

「ミスター・プロッサーは言った。「提案とか抗議とかがしたければ、前もって申し出ればよかったんですよ」
 「前もって?」アーサーはわめいた。「前もってだって? 初めてこの話を聞いたのは、昨日作業員がうちに来たときなんだぞ。窓拭きにでも来たのかと訊いたら、いいえこのうちを壊しに来ましたって言うじゃないか。もちろんすぐにそう言ったわけじゃない。とんでもない。まず窓を二、三枚拭いてみせて、五ポンド頂きますと来た。そのあとだ」
 「ですがね、ミスター・デント、計画はもう九か月も前から地元の設計課で閲覧できるようになってたんですよ」
 「そうだろうとも。話を聞くなりまっすぐ閲覧しに行ったよ、昨日の午後に。あんたたち、あの計画を告知しようとちょっとは努力したのか。つまり、少しは人なりなんなりに話をしたんですかってことだ」
 「ですがね、計画書は貼り出して……」
 「なにが貼り出してだよ。わざわざ地下室まで降りていかなきゃ見られなかったんだぞ」
 「だって、地下が掲示場所ですからね」
 「懐中電灯を持ってだぞ」
 「そりゃ、たぶん電灯が切れてたんでしょう」
 「電灯だけじゃない、階段まで切れてたよ」
 「ですがね、いちおう告知はしてあったわけでしょ?」
 「してあったよ」とアーサー。「もちろんしてあったさ。鍵のかかったファイリング・キャビネットの一番底に貼り出してあったよ。しかもそのキャビネットは使用禁止のトイレのなかに突っ込んであって、ごていねいにもトイレのドアには『ヒョウに注意』と貼り紙がしてあった」」(13〜14ページ)

 なんだかウッドハウスのことばかり書いていたせいで肝心のアダムスのことを忘れてしまっていたが、彼はウッドハウスのやったことをSFの世界で実践した。ユーモア文学の楽しさはストーリーだけではないので、逆に言ってしまえばミステリーでもファンタジーでも、書き方次第ではなんだってユーモア文学にすることができるはずなのだ。ユーモア文学の楽しさ、それはさりげなく挿入された比喩や描写のおかしさである。

「フォードはなにも耳に入らない様子で、じっと空の一点を見つめていた。車に轢かれてくれようと身がまえているウサギのようだ」(20ページ)

「追い越し車線を快調に走っていて、必死で飛ばしている車を何台も軽々と追い抜いてすっかり悦に入っているときに、ギヤを四速(フォース)から三速(サード)に入れるつもりがまちがってローに入れ、エンジンがボンネットから飛び出してしっちゃかめっちゃかになってしまったら、たぶんだれでもちょっと調子が狂うだろう。アーサーのひとことは、フォード・プリーフェクトにそれと同様の効果をもたらした」(144ページ)

「「あの」アーサーは口を開いた。「えーと……」みょうな気分だった。人妻と励んでいるまっさいちゅうに、いきなり相手の旦那が部屋にふらりと入ってきて、ズボンをはき替え、ふたこと三ことなにげなく天気の話などして、そのまままた出ていったときのような」(206ページ)

 ただ、ウッドハウスが自作の多くを短篇というかたちで結晶化したのに対して、アダムスのこの作品は長篇小説である。長篇となると思いついた冗談ばかりを書いていては話が進まなくなってしまうため、当然ストーリーを展開させる必要が出てくる。そう考えてみると、アダムスが自作の背骨に、ありとあらゆる奇想天外な出来事を許容するSFというジャンルを選んだのは、必然だったようにも思えてくる。ちょっとラファティを思い出した(いまだに『宇宙舟歌』以外の作品を読んだことはないのだが)。

「「だけど、あの男は信用できるのか?」
 「ともかく、ぼくは信用できると思うね。少なくとも地球の終わりまでは」
 「なあるほど」とアーサー。「で、それはどれぐらい先の話なんだ?」
 「だいたい十二分後だ」フォードは言った。「行こう、飲まなきゃやってられない」」(28ページ)

「フォードはアーサーに本を渡した。
 「なんだこれ」
 「『銀河ヒッチハイク・ガイド』だよ。電子的な本みたいなものさ。知りたいことはなんでも教えてくれる。それがこの本の役目なんだ」
 アーサーはおっかなびっくりそれを引っくり返してみた。
 「このカバーはいいな」彼は言った。「『パニクるな』か。やっと役に立つ言葉を聞いたよ。今日は朝からずっと、役に立つどころか意味もわからないことばっかり聞かされてたからな」
 二週間前に死んだヒバリでも握るように、アーサーはその本をしっかりと握りしめている」(70〜71ページ)

 自分でもわけのわからないままに地球の外に出ていたアーサーは、じつは宇宙人だった友人のフォードと壮大な銀河の旅に出る。ガイド役は一冊の本、その名も『銀河ヒッチハイク・ガイド』である。目印は、河出文庫版のこの本の表紙にも書かれている「Don't Panic」という言葉だ。しかし「Don't Panic」を「パニクるな」と訳したこの訳者のセンスには脱帽である。書き忘れていたが、ご覧のとおりこの本の翻訳はじつにすばらしくって、おそるべきテンポで読み進めることができる。ちなみに地球が辿った運命は以下のとおり。

「「フォード」アーサーはしつこく尋ねた。「阿呆なことを訊くようだけど、ぼくはなんでこんなとこにいるんだ?」
 「わかんないのか? ぼくはきみを地球から救ってやったんだぞ」
 「それで地球はどうなったんだ?」
 「ああ、破壊されたよ」
 「破壊」アーサーは抑揚のない声で言った。
 「うん。蒸発して消えちまったよ」
 「あのさ」アーサーは言った。「ちょっとショックなんだけど」
 フォードはひとり顔をしかめ、アーサーの言葉を頭のなかで反芻しているようだった。「うん、わかるような気がするよ」ややあって言った。
 「わかるような気がするだって!」アーサーはわめいた。「わかるような気がするって!」
 フォードははね起きた。
 「この本を見るんだ!」切迫した声で言った。
 「なんで?」
 「パニクるなって書いてあるだろ」
 「パニクってなんかいない!」
 「いいや、パニクってる」
 「わかったよ、たしかにパニクってるさ。だけどこんな状況でほかにどうすりゃいいっていうんだ」
 「ぼくといっしょに来て、面白おかしくやりゃいいじゃないか。銀河系は愉快なとこだぜ。そうだ、この魚を耳に入れといたほうがいい」
 「それはどういう意味ですか?」アーサーは尋ねた。おれってずいぶん礼儀正しいなと思いながら」(75〜76ページ)

 手もとに原書もあるのだが、この「それはどういう意味ですか?」は、原文では「I beg your pardon?」である。英語もSFにしてはぜんぜん難しくないので、興味のある方にはぜひ手にとってもらいたい。訳者の仕事ぶりに身震いすること請け合いである。

「宇宙は大きい。むやみに大きい。言っても信じられないだろうが、途方もなく、際限もなく、気も遠くなるほど大きい。薬局はものすごく遠くて行く気になれないと言う人もいるかもしれないが、宇宙にくらべたらそんなの屁でもない」(104ページ)

「時のかなたにかすむ太古の時代、先の銀河帝国の大いなる栄光の日々、世界は荒々しく、豊かで、そしておおむね非課税であった」(155ページ)

 宇宙でアーサーたちはじつに色々なことを体験する。やはりストーリーにたいした意味はないのだが、以下のような描写を許すストーリーは大歓迎である。

「感じのいいやつだな。ぼくに娘がいたら、絶対あんなやつとは結婚するなって言ってやれたのに」(80ページ)

「「おい、あんたはだれだ?」彼はキーキー声で言った。「どこにいるんだ? いまなにがどうなってるんだ? これを止めるにはどうしたらいいんだ?」
 「落ち着いてください」声は愛想よく言った。片方の翼がもげていて、ふたつあるエンジンのひとつが火を噴いている旅客機のスチュワーデスのように、「まったく危険はありません」」(113〜114ページ)

「フォード、ドアの外に無限の数のサルがいて、『ハムレット』の台本を仕上げたからぼくらとその話がしたいと言ってるんだけど」(115ページ)

 ところでSFといえば宇宙、宇宙といえば宇宙船、宇宙船といえばロボットである。いや、自分があまりにも安直なのは心得ているのだが、『銀河ヒッチハイク・ガイド』のSFというのはそういうものなのだ。アーサーたちは宇宙船に乗船し、もちろんロボットたちとも出会う。

「『ギャラクティカ大百科』によると、ロボットとは人間の代わりに仕事をさせるためにつくられた機械である。〈シリウス・サイバネティクス〉社販売促進部によると、ロボットとは「いっしょにいて楽しいプラスティックの友だち」である。
 『銀河ヒッチハイク・ガイド』によると、〈シリウス・サイバネティクス〉社販売促進部は「革命が起きたら真っ先に銃殺される脳たりんの集団」である。この項には脚注がついていて、ロボット工学関係の記者が足りなくなったので興味のあるかたは応募歓迎という趣旨のことが書かれている。
 興味深いことに、たまたまタイムワープを抜けてきた一千年後の『ギャラクティカ大百科』によると、〈シリウス・サイバネティクス〉社販売促進部は「革命が起きたとき真っ先に銃殺された脳たりんの集団」である」(125〜126ページ)

「アーサーはしばらく耳を傾けていたが、フォードの言うことはほとんどちんぷんかんぷんだったので、いつのまにか聞くのをやめて別のことを考えはじめていた。なんに使うのかわからないコンピュータがずらりと並んでいて、そのふちを指でなぞっているうちに、手近のパネルに大きな赤いボタンがついているのに気づいた。それがいかにも押してくださいと言っているようで、なんの気なしに押してみた。パネルがぱっと明るくなり、「このボタンを二度と押さないでください」と表示された。アーサーは身ぶるいした」(127ページ)

 この本には「やたらテンションの高い船載コンピュータ」など、数多くの奇妙なロボットが登場するのだが、そのなかでも群を抜いて魅力的なのが「惑星規模の頭脳の持ち主」こと、マーヴィンである。彼は世界のすべてを呪っている。

「「先にお断りしておきますが、わたしはとても気が滅入っています」ロボットはぼそぼそと暗い声で言った。
 「やれやれ」ゼイフォードはうめいて座席に沈み込んだ。
 トリリアンはやさしく明るい声で言った。「それじゃ、きっとこれで気が紛れると思うわ。頼みがあるの」
 「むだです」マーヴィンはものうげに言った。「わたしは極端に大きな頭脳の持主ですから」
 「マーヴィン!」トリリアンが叱った。
 「わかりました」とマーヴィン。「なにをすればいいんです?」
 「第二搭乗区画に降りていって、ヒッチハイカーふたりをここまで連行してきて」
 一マイクロ秒の間をおき、細かい計算に基づいて声の高さと調子を微調整して(人が腹を立てて当然と思う限界を越えないように)、人間のやることなすことに対する根深い軽蔑と恐怖をそのひとことに込め、マーヴィンは言った。
 「それだけですか」
 「そうよ」トリリアンがきっぱりと言った。
 「面白くない仕事ですね」とマーヴィン。
 ゼイフォードが椅子から飛びあがった。
 「だれも面白がってくれなんて頼んでない」彼はわめいた。「言われたとおりにしろ」
 「わかりました」マーヴィンは、大きなひび割れた鐘のような声で言った。「やります」
 「それでいいんだよ」ゼイフォードはぴしゃりと言った。「……まったく……ありがたいやつだ……」
 マーヴィンはふり向き、平たい三角形の赤い目をゼイフォードに向けた。
 「うっとうしいやつだと思ったでしょ?」みじめったらしい声で言った。
 「なにを言うの、マーヴィン」トリリアンは快活に言った。「そんなこと思うわけないでしょ……」
 「うっとうしいやつだと思われたくないんです」
 「まさか、そんなこと気にしちゃだめよ」あいかわらず快活に、「ただ自然にしてればいいのよ。そうすればなんでもうまく行くんだから」
 「ほんとに思ってません?」マーヴィンはしつこく尋ねる。
 「もちろんよ」トリリアンは快活に言った。「心配することないわ、ほんとに……これも人生のひとこまよ」
 マーヴィンは、電子の眼光をさっと彼女に向けた。
 「人生」マーヴィンは言った。「わたしに人生を語らないでください」」(123〜125ページ)

 マーヴィンは要所要所で顔を出し、ただならぬ存在感を放つ。

「「燃える夜明けだ!」ゼイフォードが息を呑んだ。「双子の太陽、スーリアニスとラームだ!」
 「わかるもんか」フォードが低い声で言った。
 「スーリアニスとラームなんだよ!」ゼイフォードが言い張る。
 ふたつの太陽が暗黒の宇宙に燃える光を投げかける。そしてブリッジには陰気な曲が低く流れていた。マーヴィンがいやがらせにハミングしているのだ。彼は人間がそれほど嫌いなのである」(161ページ)

「「あのロボットはあんたのかね」
 「ちがいます」細い金属的な声がクレーターのほうから響いてきた。「わたしはだれの所有物でもありません」
 「あれはロボットなんてもんじゃない」アーサーが小声で言った。「どっちかって言うと、電子ふてくされ機ですよ」」(208ページ)

「「夜が来るぞ」彼は言った。「見ろよ、星が出てきた」
 暗黒星雲の中心部では見える星は非常に少ないし、見えてもごくかすかにしか見えない。それでも見えることは見えた。
 ロボットは言われたとおり星を眺め、またアーサーに目を向けた。
 「そうですね」彼は言った。「みすぼらしいですね」
 「でもあの夕陽はすごい! あんなのが見られるなんて夢にも思わなかったよ……太陽がふたつもあるなんて! まるで火の山が沸騰しながら落ちていくみたいだ」
 「見ました」マーヴィンは言った。「つまらない」
 「ぼくの生まれ故郷には太陽はひとつしかなかったんだ」アーサーはめげずに続けた。「地球っていう惑星だけど」
 「知っています」とマーヴィン。「あなたはいつもその話ばかりしている。ろくな星じゃなかったようですね」
 「そんなことはない。きれいな星だったよ」
 「海はありましたか」
 「あったとも」アーサーはため息をついた。「波の寄せてはかえす、大きな青い海が……」
 「海は見るのもいやです」
 「ちょっと訊くけど」アーサーは言った。「おまえ、ほかのロボットとは仲よくやってるのか?」
 「ロボットは嫌いです」マーヴィンは言った。「どこへ行くんですか?」
 アーサーは我慢できなくなって、また立ちあがっていた。
 「もういっかい散歩に行ってくる」
 「どうぞ、わたしのことはお気になさらず」マーヴィンは言い、五千九百七十億匹の羊を一秒で数えてまた眠り込んだ」(201〜202ページ)

 このロボットが以後も活躍するのなら、いつか続篇も読んでみたいと思ってしまう。

「「この星は安全なの?」彼は言った。
 「マグラシアは五百万年前に死に絶えたんだ」ゼイフォードは言った。「安全に決まってるだろ。幽霊だっていまごろは落ち着いて所帯を持ってるさ」」(167ページ)

「いいか、兄ちゃん。おまえがいま相手にしてんのは、銃をぶっ放すしか能のない頭のからっぽな単細胞じゃないんだ。ゴリラみたいに額が狭くもないし、豚みたいにちっこい目もしてないし、人並みの会話だってできる。おれたちゃふたりとも知的で繊細な男なんだよ。パーティかなんかで会ってみろ、好感を持つことうけあいだぜ。理由もなく人を撃ち殺してまわって、あとでいかがわしい宇宙突撃隊の酒場でそれを自慢するような、そういう警官とはわけがちがうんだ。おれはな、理由もなく人を撃ち殺してまわって、あとで何時間も恋人相手にそれを苦悩する男なんだよ!」(277ページ)

 ちなみにストーリーが進むと、「人類の存在目的」を教えるコンピュータというのが登場してきて、哲学者の反感を買うというくだりがある。さすがはリチャード・ドーキンスの親友、アダムスは根っからの無神論者であることを隠そうともしない。

「「その機械には足し算でもやらせておけばいいんだ」マジクサイズがすごんだ。「永遠の真理のほうはこっちに任せといてもらいたいね。法的な立場が知りたいなら教えてやろう。究極の真理の探究は、勤労思索家に与えられた奪うことのできない特権と法律ではっきりと定められているんだ。くされコンピュータがほんとに真理を見つけてしまったら、われわれはたちまち路頭に迷うじゃないか。そうだろう、神は存在するかどうかとひと晩じゅう議論していてなんになる? 夜が明けたら、機械が当たり前みたいに神の電話番号を教えてくれるっていうんだから」」(231〜232ページ)

 じつは無神論がらみの関心から手に取ったのだが、ウッドハウスの系譜を見いだすという嬉しい結果だった。これほど無害な本もなかなかないので、いつか続篇も手に取ってみたいと思う。上にも書いたが、憂鬱症を患った超高性能ロボット、マーヴィンにはぜひとも以後も活躍してもらいたいものだ。

4
ガリレオの生涯 沈黙していた期間、わたしは読書時間のほとんどを科学読み物に費やしていた。「科学読み物」とわたしが呼ぶのは、科学そのものについての最先端の論文などではなく(そんなものは読めない)、それらを平易な内容に噛みくだき、典型的文系であるわたしのような人間にも理解できるように書かれたもののことである。サイモン・シンの『フェルマーの最終定理』の翻訳で知られる青木薫の一連の訳書などはその典型で、ほかにスティーヴン・ホーキングやリチャード・ドーキンスなども読んだ。これらの書物もいずれ機を見て記事にしたいと思っている。

 ところで、わたしが関心を持っているのはじつは科学ではなく、科学者たちの姿勢である。新たな発見には必ず過去の説明への批判が含まれており、批判精神ほどわたしを惹きつけるものはないのだ。科学史上の発見の数々はときおり神意をも否定しており、ルクレティウスの『物の本質について』を見ても明らかなとおり、その傾向は物理学において特に甚だしい。世界のあり方を記述する物理学という学問は、同じことを神意によって語ろうとする宗教と、真っ向から対立することが多いからである。20世紀最大の物理学者、アインシュタインが神を信じられるはずがなかった。最近では無神論者でなければ科学者はつとまらないとさえ考えているのだが、この科学と宗教の対立構造に、歴史上かつてないほど人生を狂わされた人物がいる。それが今回紹介する戯曲の主人公、ガリレオ・ガリレイである。


ベルトルト・ブレヒト(谷川道子訳)『ガリレオの生涯』光文社古典新訳文庫、2013年。

 ブレヒトのこの本のことを初めて知ったのは、まだ日本で書店員をやっていたころ、友人たちと企画したフェアがきっかけだった。あまり読まれていない海外文学を特集しようという企画だったのだが、ある友人の選書のなかにこの本が含まれていたのだ。選んだ本にはそれぞれ短い推薦文を書くというルールを設けたのだが、その本を選んだ友人は、推薦文に代えて以下のセリフを引用していた。

アンドレア (大声で)英雄のいない国は不幸だ!」(215ページ)

ガリレオ 違うぞ。英雄を必要とする国が不幸なのだよ」(216ページ)

 読んでみるまで、これらのセリフが結末にほど近いところで登場するものだとは知る由もなかったのだが、いま思ってみても、これは秀逸な引用だったと思う。ブレヒトという書き手の知性が、直接伝わってくるではないか。この文章をはじめて目にしたときからずっと、この本はいつか読んでみたいと思っていた。

ガリレオ 何千年もの間「信仰」が鎮座していたところを、いまや「疑い」が占拠しているのさ。世界中が言っているんだ、本に書いてあることでも、自分の目で確かめようって、ね。絶対の権威と思われた真理が肩叩きにあい、一度も疑われなかったことが、疑われ始めている」(17ページ)

サグレド それじゃあ、月と地球の間に違いはないのかい?
 ガリレオ ないようだね。
 サグレド ローマで一人の男が火あぶりになってから、まだ十年もたっていないんだぞ。ジョルダーノ・ブルーノ、彼も同じようなことを主張した。
 ガリレオ そうだ。そして我々は、それをこの眼で確認している。君の目を望遠鏡にあててみろよ、サグレド。君が見ているのは、天と地には何の区別もないという事実だ。今日は1610年1月10日。人類がその日記に、天国が廃止された、と書く日だ」(52ページ)

 じっさいに読んでみると、やはり記憶に留めておきたい一文に溢れている。これこそまさしくわたしが科学者たちに求めていた姿勢であり、宗教を含めあらゆる既存の観念に対する批判精神、疑いである。

フェデルツォーニ 驚かれるでしょうが、天の殻なんてものも存在しないのです。
 哲学者 どんな教科書にだって、天の殻は存在すると書いてありますよ、君。
 フェデルツォーニ だったら、新しい教科書をつくらなければ。
 哲学者 殿下、我が尊敬すべき同僚と私が論拠としておりますのは、あの神聖なアリストテレスその人の権威に他ならないのであります。
 ガリレオ (殆どへりくだって)皆様方、アリストテレスの権威を信じることと、事実を手でつかむということとは、別のことでございます」(88〜89ページ)

ガリレオ 真理とは、時代の子供であって、権威の子供ではありません」(90ページ)

 科学者、という言葉は、そのままわたしのお気に入りの呼称、知識人と呼び代えることもできる。そういう意味では、この戯曲のなかのガリレオは、サイードが『知識人とは何か』のなかで挙げていたあの輝かしい三作品の主人公たち、すなわちバザーロフ(ツルゲーネフ『父と子』)、ディーダラス(ジョイス『若い藝術家の肖像』)、そしてフレデリック・モロー(フロベール『感情教育』)と並べても、まったく見劣りしない。

ガリレオ もし私が沈黙するとしたら、それは疑いなく、じつに低級な理由からだ、いい生活を送り、迫害されないため、とかね」(146ページ)

ガリレオ 三角形の内角の総和は、教皇庁の要求があっても、変更はできません。天体の運行を、箒の柄にまたがる魔女の飛行のように計算するわけにはいかないのです」(148ページ)

 さきに挙げた三冊とこの本の違いは、ガリレオは最初に登場した時点ですでにして知識人であり、物語の進行に合わせて徐々に哲学を培っていく、というわけではないことだ。こういった、すでに成熟した主人公が自身の哲学を曲げることなく物語に翻弄されていく、というのも、またひとつの魅力的な文学的類型であると言えるだろう。すぐに思いつくのはゲーテの『ファウスト』だが、アナトール・フランスの『シルヴェストル・ボナールの罪』も思い出した。通称「おじいちゃん文学」である。わたしは「おじいちゃん文学」が大好きだ。

ガリレオ 旅の前の夜に、ごつい手で藁をひと束よけいに驢馬に食わせてやる老婆、船の貯蔵品を買う時に、嵐や凪のことを考える船乗り、雨が降りそうだと思ったら、帽子をかぶる子供、そういう人間のいることが、僕の希望だ。ちゃんと根拠を大事にする人たちだ。そう、僕は、理性が人間に与えるおだやかな力というものを信じている。人間はいつかはそれに抵抗できなくなる」(63ページ)

ガリレオ マルガリティフェラという牡蠣がどうやって真珠をつくりだすか、ご存じですかな? たとえば砂粒のような耐えがたい異物で致命的な病気になった牡蠣が、その異物を粘膜でくるんでしまうからです。その過程で、ほとんどの牡蠣は死滅してしまう。真珠などくそくらえです。私は健康的な牡蠣のほうが好きだね」(145ページ)

 ガリレオの疑いは揺るがないが、もちろん教会はそんな彼を捨て置かない。時代は異端審問がまだ猛威をふるっていた17世紀である。

ガリレオ 忘れないでくれ、あのコペルニクスが要求したのは、彼の数字を信じろということだったが、僕が要求しているのは、ただ、連中に、自分の目を信じろということだけだ。真理が弱すぎて自分を守れないときには、攻撃に転じなきゃあ。だから僕は、あの連中の首根っこをつかまえて、この望遠鏡を覗かせてやるのさ」(70ページ)

サグレド さっき君が望遠鏡の前に立って新しい星を見ていたとき、僕には、君が燃え盛る薪の上に立っているように見えた。証明されたことは信じると君が言ったときには、肉の焦げる臭いさえしたんだ。僕は科学は好きだが、それ以上に友人である君が好きだ。フィレンツェに行くのはやめ給え、ガリレオ」(71〜72ページ)

 解説に詳しすぎるほど詳しく書かれていることだが、ブレヒトは本作の執筆に当たって、第二次世界大戦の影響で亡命生活を余儀なくされた自分自身、それから自身と同じ亡命者でありガリレオ同様に科学者であるアインシュタインの運命を、作中のガリレオに重ねあわせていたそうだ。20世紀における異端審問はナチスであり、マッカーシズムによる赤狩りであった。そういえばこんなセリフも目についた。

ガリレオ ときおり考えるんだ、光が何であるかが分かるなら、光の差し込まない深い地下の牢獄に閉じ込められたっていいと」(149ページ)

 光の正体というのは科学史上最大の疑問としての地位を20世紀まで揺るぎないものにしていた。ニュートンはそれを粒子であると言い、マクスウェルの電磁気論はそれを波であると科学者たちに信じこませた。そしてアインシュタインが持ち込んだ光量子という概念が、この議論にとうとう終止符を打ったことはよく知られている。ブレヒトがガリレオにこのセリフを言わせたとき、アインシュタインのことが念頭になかったとは考えづらい。以下のセリフも同様である。

ガリレオ 私は思うんだ、科学の唯一の目的は、人間の生存の辛さを軽くすることにある、と。科学者が利己的な権力者に脅かされて、知識のための知識を積み重ねるのに満足するようになったら、科学は不完全になり、君たちの作る機械だって、新たな災厄にしかならないかもしれない。時を重ねれば、発見すべきものはすべて発見されるだろうが、その進歩は、人類からどんどん遠ざかっていくだけだろう。君たちと彼らの溝はどんどん大きくなって、新しい成果に対して君たちがあげる歓呼の叫びが、全世界のあげる恐怖の叫びになってしまう、という日もいつか来るかもしれないのだよ」(239ページ)

 これはもちろん原爆のことを指していると考えるべきなのだろう。だが、こういったガリレオ=アインシュタインという考え方は、いかにも文学者が採りそうな穿った見方であるので、個人的には素通りして構わないと思う。作品の内側がこんなにも魅力的なのだから、一介の読者がわざわざその外にあるものに目を向ける必要もないだろう。

ガリレオ 科学が貧困である最大の理由は、たいていは思い込みが充満しているからだ。科学の目的は無限の英知の扉を開くことではなく、無限の誤謬にひとつずつ終止符を打っていくことだ。メモしておきたまえ」(162ページ)

ガリレオ パンを食卓でしか見たことのない連中は、そのパンがどう焼かれたかには関心がない、だからパン屋によりも神に感謝したがる。だが、パンを作っている人たちなら、動かさないと何も動かないってことを、理解するだろうよ。オリーブの実を絞っているフルガンツィオ君の妹さんだって、太陽は貴族の金色の紋章ではなく、地球を動かしている梃子で、だから地球は動いているんだと聞いても、たいして驚きもせず、笑って受け入れるんじゃあないかね」(174〜175ページ)

 歴史を学んだことのある方はすでに知ってのとおり、ガリレオは最終的に自説を撤回し、異端審問所による火あぶりをすんでのところでまぬがれる。このことを肯定的に捉えるか否定的に捉えるかで、ガリレオ・ガリレイという人物に対する評価はまったく違ってくるはずなのだが、ブレヒトはガリレオ自身には容赦ない自己断罪を課し、忠実な教え子であり助手であったアンドレアには、最終的にはガリレオを許すような態度を採らせている。ちなみにその直前に現れるのが、「英雄のいない国は不幸だ!」という、あのアンドレアの叫びなのだ。土壇場で英雄を志向できなかったガリレオは、じつに人間らしく、わたしにはとても好ましい。

ガリレオ 同学の士で、裏切りの仲間よ、この溝にようこそ、だ。君は魚を食うかね? うちでは魚も売っているよ。だが臭いのは売り物の魚ではなく、売り手の私だ」(236ページ)

 ガリレオの地動説が人口に膾炙したときの、人びとの力は凄まじい。疑いが心を占めることによって、学者でもない人びとも大きく進むことができるのだ。これこそがまさしく、ガリレオが「理性が人間に与えるおだやかな力」と呼んだものの正体なのだろう。疑うことの大切さ。わたしはどんどん宗教を嫌いになっていく。

ガリレオ 真理を知らぬ者は馬鹿だが、真理を知りながらそれを嘘だと言う者は犯罪者だ!」(154ページ)

ガリレオ 科学は知識を扱うが、知識は疑いから生まれる。万人のために、万物についての知識を生み出しながら、科学は万人を、疑う人間にしようとする。ところが、地上の大部分の人たちは、領主や地主、聖職者たちによって、その陰謀を覆い隠すための迷信や古いお題目といった、真珠色に塗り立てられた無知の靄に取り囲まれているわけだ。多くの人々の貧困は、山と同じくらいに昔からあり、教会の演壇や説教壇の上からは、それが山と同じくらいに動かしがたいものだと説明されてきた。その人々の心を、疑うという我々の新しいやり方が虜にした。その彼らが望遠鏡を我々の手からひったくって、それを自分たちを鞭打つ人たちに向けたのだよ」(237〜238ページ)

 ブレヒトを読むのはじつは初めてのことだったのだが、ほかの著作も読んでみたいと思った。それからガリレオ自身の著作も。読みたい本がたくさん増えて、とても嬉しい。


〈読みたくなった本〉
ホラティウス『詩論』
「かつて私は、ほんのちっぽけなイチジクの樹の切れ端だった、
 その昔、工匠がこの私を使って、
 プリアポスの像をつくろうか、椅子をつくろうかと迷って、
 プリアポスの像をつくろうと決めたのだった……」
(ホラティウスからの引用、147ページ)

ベルトルト・ブレヒト『母アンナの子連れ従軍記』
ガリレオ・ガリレイ『天文対話』
ガリレオ・ガリレイ『星界の報告』
ジョルダーノ・ブルーノ『無限、宇宙および諸世界について』
アルベール・カミュ『ペスト』
アナトール・フランス『舞姫タイス』
ヴァルター・ベンヤミン『複製技術時代の芸術』
フリードリヒ・デュレンマット『物理学者たち』

4
リヒテンベルク先生の控え帖 二ヶ月ほどかけてショーペンハウアーの『読書について』を何度も読んでいたら、彼が頻繁に引用する作家たちの名前をリストアップできるようになっていた。ホラティウス、アリストテレス、セネカ、そしてリヒテンベルクである。最初の三人はギリシア・ローマの古典としてすぐに思い浮かぶし、ショーペンハウアーがちょうどモンテーニュやエラスムスのようなユマニスト的側面を持っていてもなんの不思議もないのだが、最後の一人が問題だ。ていうか、リヒテンベルクってだれ? 調べてみたところ、こんな訳書が見つかった。


ゲオルク・クリストフ・リヒテンベルク(池内紀編訳)『リヒテンベルク先生の控え帖』平凡社ライブラリー、1996年。

 リヒテンベルクは1742年生まれ1799年没の物理学者で、著作と呼べるものは没後出版された15冊のノートだけである。小説を書いたわけでもなく、生前に物理学以外の分野で名を知られていたわけでもなかった。しかしこれらのノートは、「全部を訳したりしようものなら、二千頁をこえる」ほどの分量であり、リヒテンベルクはこれを35年もの歳月にわたって、ひっそりと書きつづけていたのだ。

 わたしは「名言集」や「格言集」といったものにはまるで興味がないが、ノートとなると話は別である。第三者によって著作を抜き書きされた「名言集」なる本はおしなべて紙クズだが、ノートというのはふとした思いつきや考えたことを、他人に見せることを前提とせずに書きとめたものだからだ。自分のノートがみずからの死後だれかの目にとまることを知っていたら、リヒテンベルクは同じ書き方はしなかったにちがいない。似たようなことを、彼自身も書いている。

「有名人の著書の場合、書きとめられたことよりも消し去られたものを読みたい」(42ページ)

 ところで、長年にわたってひそかに書き貯められたノート、というと、だれか思い出さないだろうか。そう、もちろんヴァレリーである。ヴァレリーの『カイエ(cahier、フランス語でノートの意)』も、発表することを意図せずに書かれた膨大な思索の痕跡だった。量はヴァレリーのほうが圧倒的に多いものの(およそ二万六千ページ!)、基本的な性格は同じだといえるだろう。また、匿名性という点では、ペソアの「断章」も思い出す。これらの文章は、書いている当人以外の読者は想定されておらず、そのため文学的野心のようなものとは無縁で、伝達を目的としているわけではないので余計な説明で飾りたてられているわけでもない。言うなれば思考のもっともまっさらかつ濃密な箇所だけを抽出したエスプレッソのようなものであり、それが何ショットも集められたのがこれらのノート、「カイエ」であり「断章」であり「控え帖」なのだ。おもしろくないわけがない。

「商人は「控え帖(ウェイスト・ブック)」をもっている(ドイツ語では「ズーデルブーフ」とか「クリッターブーフ」というはずだ)。彼らはそこに毎日、売買のすべてを、即座に、秩序づけずに書き入れる。そののち、その日の台帳に書き写し、最後にイタリア式簿記で整理する。貸方に借方、複式簿記の方法である。学者もまたこれに倣っていいのではあるまいか。まずノートだ、そこに見たもの、思ったことのすべてを書き入れる。そののちに分類して秩序づけ書き写せばいい。思考の簿記であって、そうすれば物事の関連性と、そこから生じる解明とが、きちんとした表現を見るだろう」(38ページ)

「ノートには、ふとした思いつきが委細をつくして記されたりする。事柄が目新しいと、通常、人が陥るところであって、それに親しむに従い、不要なものに気がついて簡明に記しだす。私の場合にも同じことがいえる。かつては論文であったものが、ただ一つの表現で足りる」(94〜95ページ)

 エスプレッソと書いたものの、上の言葉を借りれば、わたしが読みたいのは「ただ一つの表現」に圧縮される以前の「論文」なのかもしれない。

 ところで、その二千頁超のノートを編纂したのは池内紀である。編訳者が彼でなければ、よく知りもしない作家の本をこれほど早く手に取ることはなかっただろう。ここではすでにゲーテやカフカをはじめ、シャミッソーやホフマンなども紹介しているが、池内紀が訳した本がつまらなかったことなどないのだ。手放しに全幅の信頼をおける数少ない翻訳者である。

 刊行された(されてしまった、というべきか)ノートや日記といった書物の常で、内容に一貫性などはもちろんない。こういった書物を読むときには、時間をかけてゆっくり味わう心構えが肝心であるが、この本の場合は編纂者が最強なので、これらの書物が陥りがちな冗長さとは無縁である。池内紀は訳出した文章で短い章を構成し(ちなみに選択に「さして意味はない」とのこと。さすがである)、それぞれの章のあいだにリヒテンベルクにまつわるエピソードを挟み込んでいるのだ。リヒテンベルクが書いていること自体も、基本的に短いうえ機知に富んでいるので、ちょっと驚くほどスムーズにページが進んでいく。

「私は目覚めているときよりも夢の中のほうが、はるかに人にやさしい」(28ページ)

「目の見えない人が足の不自由な人にたずねた。
 「ちかごろ、どうかね?」
 「見てのとおりさ」」(62ページ)

「墓場ではじめて同じベッドにつくのを悲恋という」(65ページ)

「小生は留守であると、このたびは使いをやって申し伝えさせました。しかし、いただいたお手紙より思いまするに、次回お越しくださる節は、玄関で小生直々にお迎えしてお伝えいたす所存――」(112ページ)

「「水を飲むのが罪でないのは残念だ」と、あるイタリア人がいった。「もしそうだと、ずっと甘い味がするだろうに」」(143ページ)

「あるカナダの原住民がパリに来た。花のパリを見物し終わって、何がいちばん気に入ったかと問われて、彼は答えた。
 「肉屋」」(149ページ)

 ネタ帳かよっ! という突っ込みが相応しいだろう。ちょっと『尾崎放哉句集』を読んでいるときのような感覚である。また、リヒテンベルクは女好きで、良く言えば女性讃美をしている文章も多い。「女好き」なんて書いてしまうと下品な印象を与えるが、彼はあくまでも紳士的に、あからさまな男女差別をするのだ。ここまで扱いがちがうと、見ていて気持ちがいい。

「(某嬢宛)
 いとしい方、もしあなたが
 金と男をお望みならば
 金は神さまにおねだりなさい
 男は私が引き受けましょう」(56ページ)

「外国の女性がわれわれのことばを話し、美しい唇でいいまちがうのを目にするのは、こころうれしいものである。男の場合は、そうではない」(92ページ)

「神だか何だか知らないが、人類の存続に共寝のたのしみをもってしたことは、カントの道徳原理の場合にも考慮されてしかるべきであろう」(148ページ)

 さて、「神」という言葉が出たので、ちょっと自然科学者と無神論の関係について書いてみたい。沈黙期間、わたしはやけに科学がらみの本を多く読んでおり、そのうちのいくつかはいつかこのブログでも紹介したいと思っているのだが、それらの書物から学んだことのひとつとして、自然科学を研究する者は神を信じなくなる、というのがあった。もちろん例外はあるのだが、ルクレティウスが『物の本質について』を書いたとき、あれが人類史上最初の物理学書であって且つ神意に対する初めての「ノン」であったことを思い出そう。考えれば考えるほど、無神論者でない自然科学者というのはちぐはぐな、なにか間違った存在に思えてくるのだ。ところで先述のとおり、リヒテンベルクは物理学者である。無神論の告白も彼らしく、非常にユーモラスだ。

「カトリックの頭をのせることができなかったので、せめてもと思って、人々は彼のプロテスタントの頭を剥ぎ落とした」(87ページ)

「人間にとって天国ほど手のかからない発明品はなかっただろう」(172ページ)

「神さまはカトリックだと、彼らは信じているのだろうか?」(198ページ)

「私は確信しているのだが、神がもし、哲学の諸先生方が思い描くような人間を創造するなら、第一日目にして精神病院へ送られるにちがいない」(117ページ)

「魂の世話をするのは司祭と哲学者だけである。しかも両者は、しばしば互いに角突き合う。肉体のほうは、医者や薬剤師のほかにも、どっさり世話方がいる。農夫、粉碾き、パン屋、ビール醸造主、肉屋、ブランデー製造方。外見だけでも、織工、仕立て屋、靴屋、帽子屋、皮なめし工。さらにちっぽけな住居ひとつに、大工、レンガ工、指物師、錠前屋などが大わらわになる。これとつり合う魂には司祭ひとり。むろん、ここに学問の入りこむ余地はない」(147ページ)

 ショーペンハウアーのみならず、リヒテンベルクはニーチェのお気に入りでもあった。推して知るべし、という感がある。

 ところで、リヒテンベルクの断章を覗いていると、彼はいつか小説を書こうと思っていたのではないか、という気がしてならない。上の「魂の世話をするのは〜」という文章もそうなのだが、描写に非常な、執拗といっていいほどのこだわりを感じるのだ。そういう文章はじつは、枚挙に暇がない。

「1792年春、あるここちよい夕方、庭に面した窓辺にいた。市中から隔たること約二千歩、そこで寝そべり、耳をそばだて、麗しの町ゲッティンゲンの発する声を聞きとった。以下、列挙する。
 (1)大水車小屋近辺の水音。
 (2)馬車、または辻馬車数台。
 (3)かん高い子供の叫び。おそらくは草むらでこがね虫を追っかけているガキどもだろう。
 (4)あちこちの犬。吠えるときの声もちがえば吠え方もちがう。
 (5)郊外か、あるいは市中に棲息する小夜鳥三、四羽。
 (6)蛙多数。
 (7)九柱戯のピンを投げた音。
 (8)見上げると、いびつな半月。ちなみに、こいつがいちばん不快だった」(23〜24ページ)

「ひどい雨だった。豚はきれいになり、人間は泥まみれになった」(38ページ)

「彼は一日中、あたたかい想像のなかで日光浴ができる」(41ページ)

「そのスープときたら、ひどい味のしろものだった。将軍か国王だったら、とっさに毒殺を恐れただろう」(185ページ)

「まるで一連隊全部が突然くしゃみをしたような奇妙な騒音」(197ページ)

「ある自殺者が自殺の直前に行なった演説
 友よ! ぼくはいま死の覆いの前にいて、それを開こうとしている。覆いの向こうで、こちらと同じように平静でいられるかどうか、たしかめてみたい。絶望などによる発作的な行為ではないのだ。自分がこれまで生きてきた日常から、この世の生がいかなるものかよく知っている。これ以上は、もう御免だ。ここで終わりにしたい。今夜かぎりとしたい。ぼくの肉体を受け取って元素にもどし、そこから再び藪なり雲なり、何なりとつくるがいい。人間であってもいいが、この同じぼくをつくるのはやめてくれ。思考を乱しにくる信心ぶった道化なしでいられるとは、わが哲学に感謝しよう。さて、時が来た。恐れるものは何もない。いざ、死の覆いを引き下ろしてくれようぞ!」(153ページ)

 どうだろうか。いつか小説でも書こうと思っていなかったら、書き留めそうもない文章ばかりではないか。だが肝心なのは、リヒテンベルクは書かなかったということだ。それは野心の欠如なのかもしれないが、むしろその逆なのかもしれない。彼の野心が、自分にとって最高と思えないのなら小説を刊行することはできない、と告げていたのかもしれない、ということだ。現代的には、この傾向には呼び名がある。「バートルビー症候群」である。これら失書症に陥った作家、まるで頭を指しながら「作品はここにある」と言った作曲前のモーツァルトのように、まだ一冊も作品を著していない作家たち、わたしたちがほんとうに読みたいのはこういった人びとの作品なのだ。そして、それを可能にするのがノートなのである。人間観察や人びとの習慣について書かれたものにも、おもしろいものが多い。

「「人間通」とよばれているものは、たいていのところ、当の自分の弱点を他人に見てとっただけのことだ」(70ページ)

「彼は自分の目くばりの及ばないところでは、ことのほか規則的だった。たとえば、きちんきちんと三週間に一ポンドの嗅ぎタバコを消費したが、それと決めていたわけではないのである。これをまじめに規則立てようとしたら、ひどいタバコ呑みになるにちがいない」(46〜47ページ)

「私は健康であるかぎり、朝の太陽よりもひと足早く起きるのを原則にした。いたって簡単なことだった。というのは私は、破るのがほとんど不可能とわかったことのみを自分に課すことにしていたからだ」(47ページ)

「無党派とはナンセンスである。人間はいつも党派的であって、それ以外にありえない。無党派ですら党派的であって、無党派の党をなしている」(140ページ)

「いつも暇のない人は、何もしない」(163ページ)

「才気走った人が死ぬのを見るのは辛い。この世の中は天国以上に、その種の人間を必要としている」(181ページ)

「ルソーの『エミール』で読んだのだと思うが、ある男が毎日、日の出とともに起き、日の入りとともに床につく生活をして百歳をこえるまで生きた。必ずしも早寝早起のせいではあるまい。もしそのような習慣をもつとしたら、ほかにもいくつか自分なりの秩序をもっており、そちらがむしろ長寿の秘訣だったかもしれない」(215ページ)

 さて、またしても話は変わるが、自然科学が専門家の仕事となったのはつい最近のことである。数学や物理学、生物学という分野が、それぞれの研究の進歩から専門性を増し、ひとが一生涯かけて探求しなければなにも見つけられない次元にまで難解になったことがその理由であるが、ではそれ以前、たとえばリヒテンベルクの生きた18世紀に、分野間の乖離がそこまで進行していたかというと、きっとそうではないだろう。古代ギリシアの哲学者たちが「自然哲学者」と呼ばれていたように、自然科学は哲学の一分野であった。物理学者が哲学者であることは、じつは不思議でもなんでもないのだ。

「前代の自然科学者は今日よりもずっと無知であって、すでに自然のおおかたを究めたと思っていた。その後の学問的進歩の結果、私たちは本来の目標からはるかにへだたっていることをよく知っている。まっとうな人間は、知識がふえればふえるほど、おのれの無知を思い知る」(114ページ)

「思考においては、過去よりも未来のほうが、よりたやすく見通せるのではあるまいか。昆虫の生態を見ると、経験よりも予感に導かれて行動していると思わせるものが少なくない。動物が未来の予感と同じほど過去の記憶をそなえているならば、昆虫の多くは人間よりもすぐれている。だが予感の強さはつねに過去の記憶と逆比例しているようだ」(124ページ)

「ディオゲネスはいつものおそろしく粗末ないでたちでプラトンを訪れ、部屋ごとにある豪華な敷物の上を歩んでいった。「いま自分は」と彼はいった。「プラトンの驕りを両足で踏みつけている」。「なるほど」とプラトンはいった。「ただ別のかたちの驕りでね」」(75ページ)

「何かをなお信じることと、それを再び信じることとは、大きな相違がある。月が植物に影響を与えるといったことを、いまなお信じているのは、愚かな迷信そのものだが、それをあらためて信じるのは、哲学と思考性のあらわれである」(145ページ)

「想像は、いま一つの人生であり、いま一つの世界である」(218ページ)

 しかし哲学とはいっても、リヒテンベルクのそれはどこまでも軽妙である。

「意見さえもたなければ、心はすこぶる平安だ」(178ページ)

「この世をたのしく、軽妙に過ごすために必要なのは、ただ一つ、すべてをうわべだけ見ることだ。思案しだすと、重々しくなる」(180ページ)

「ほかに何ができたか、あれこれ思案するのは、いまできるうちの最悪のことだ」(198ページ)

「私はしばしば犯したまちがいのために非難された。相手には犯すだけの勇気と洒落っけがなかっただけだというのに」(203ページ)

 さきほども書いたとおり、リヒテンベルクの熱烈な信奉者として知られる二人、ショーペンハウアーとニーチェは言うまでもなくどちらも哲学者である。そして、ショーペンハウアーがこの作家からどれほどの影響を受けているか、わたしたちはじつにたくさんの箇所から読みとることができるのだ。言うなれば、リヒテンベルクを読みながらショーペンハウアーの影を見る、という感覚だ。『読書について』は、彼との出会いなくしてはけっして書かれなかっただろう。

「たいていの読書家は、考えずにすむように、そのためせっせと読書に励む」(59ページ)

「あまりに本を読みすぎると、単語の意味が摩滅する。思想というものは、そんなふうにして表現されているからだ。表現は思想とゆるやかに同居している。ちがうかね?」(66ページ)

「どうして読んだものをほとんど保持していられないのか。それだけほとんど自分で考えないせいである。他人が述べたところをきちんと反復できる人は、通常、自分でよく考える。その頭は文字の貯蔵庫だけではない。記憶力で注目をあびる人も、その種の頭の持ち主である」(66〜67ページ)

「おどろくほどよく読書する人が、しばしば、いたって思考がお粗末なのは、頭脳の特性にもよるのだろう。あることを労なくして学びとるのと、自分のシステムのなかでようやくそれにたどりつくのとは同じではない。後者には、すべてが根っこである。前者は、ただ貼りついただけ」(89〜90ページ)

「人間の理性が、ごく近年にやってのけた最大の発見は、私見によると、一行も読まずに、その本の判定法を見つけたことである」(99ページ)

「彼は八巻の書物を著した。八本の木を育てるか、八人の子供をつくるほうが、むろん、ずっとよかった」(100ページ)

「書評は、生まれたての本が多かれ少なかれ体験する幼児病の一種である。この病いによって健康児が死んだケースもあれば、虚弱児が生きのびたりもする。まるで患わない子も多い。序文や献辞のお守りで予防したり、みずからの判断を示して予防接種をする人もいるが、必ずしも効能があるとはかぎらない」(168ページ)

 以上がすべてリヒテンベルクの文章であるというのは、信じがたいほどだ。これらの文章が長い時間をかけてショーペンハウアーの頭のなかに沈殿していき、そこから彼自身の発想が育まれて『読書について』が書かれたのだろうと思うと、とても微笑ましい。というのも、これこそまさしくショーペンハウアーの描いた「思索家」の方式なのである。『読書について』はその報告であると同時に、実践でもあったのだ。

「英知にとっての最初の一歩。すべてに非を鳴らす。
 最後の一歩。すべてをあきらめる」(100ページ)

「ある事柄を上っすべりに学ぶよりも全然学ばないほうがむろんいい。何かを判断するとき、健全な人間理性はナマ半可な知識よりも正確である」(111ページ)

「若い人に読ませたければ、直接すすめてはならない。それとなくその本を誉める。すると彼らは自分でさがし出す。私はそうした」(142ページ)

 とはいえ、ユーモアという観点でいうとショーペンハウアーはリヒテンベルクには遠く及ばない。リヒテンベルクはショーペンハウアーが「紙クズ」と呼ぶ本たちの、たいへん有効な使い道を教えてくれているのだ。

「提案――寒い冬には本を燃やそう」(41ページ)

「人は単に読むために本を書くのだろうか? それとも家計の足しにするのか。読み通される一冊に対して、多くはパラパラとめくられるだけ。あるいは立てかけてあるのみ。鼠の穴ふさぎになるのもあれば、走り出た鼠に向かって投げつけられるのもある」(69ページ)

 書かない作家たち、バートルビーたちの著作は非常に見つけづらい。というか、ほかの本に言及でもなければ、とても見つけられないだろう。しかし見つけたときのこの喜びが、探索の労すべてに報いてくれている。ショーペンハウアーが教えてくれた、ひっそりとした怪しい作家、わたしにとっての大きな喜びである。

「精神の病院にはシェイクスピアさながらに話す人がいるにちがいない」(144ページ)

「変わればもっとよくなるとは、むろんいえない。しかし、よくなるためには変わらなくてはならない、ということはいえる」(171ページ)

「ズボンを二本もっている者は、一つを金に換えて、この本を手に入れるべし」(183ページ)

 全訳の「二千頁」でも大歓迎する内容だった。


〈読みたくなった本〉
池内紀『ぼくのドイツ文学講義』岩波新書

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読書について 更新をやめてからおよそ一年が経ったので、これを機にブログを再開したいと思う。この一年間、本を読んでいなかったわけではもちろんないのだが、読書量はかなり減っており、選書傾向も以前とは幾分異なっていた。おかげで、以前なら気にも留めていなかった、本の外の世界で起きていることの価値に気がつけた面もあるのだが、そういった発見は同時に、わたしをもう一度本の世界へと駆りたてる推進力ともなった。つまり、良質な本を読むこと以上にわたしを満足させてくれることはなく、読書以上に価値のある時間の使い道などない、と気づいたのだ。その発見を報告するうえでは、今回紹介する本ほどうってつけの作品はないと思う。


アルトゥール・ショーペンハウアー(鈴木芳子訳)『読書について』光文社古典新訳文庫、2013年。

 じつはこれまで読んだことがなかった。おまけにこの本は「じつは読んだことがないんです」と他人に告白するのをためらわせるだけのものものしさ、古典の風格とでも呼ぶべきものを備えている。とはいえ、言いわけがましくなるが、読もうと思ったことなら何度もあった。薄いので、それほど手に取りにくい本ではないはずなのだ。それでもわたしがこの年になるまでこの本を敬遠しつづけてきた理由は、思うにこの本のことが語られるときに必ず引用される本文中の言葉、以下の一文が放つ、ただならぬ気配のせいである。

「本を読むとは、自分の頭ではなく、他人の頭で考えることだ」(「自分の頭で考える」より、14ページ)

 有名な言葉なので、知っている人も多いと思う。この一文だけ切り離されてしまうと、まるで書物というもの全体が悪であるかのようで、読書家とはおしなべて物事を自分の頭で考えることができない連中、というように響く。これは読書好きのわたしとしては、とうてい認められない。わたしはそもそも、書物が個人にとって有益なものである、という確信を捨てることができないのだ。すると当然、「ショーペンハウアー、好きになれそうもないな。偉そうなこと言いやがって、このハゲ」となる。だからこれまで手に取れなかったのである。

 ところが、実際に読んでみると、これは書物そのものを否定した文章などではぜんぜんなく、むしろ乱読(もしくは濫読)によってそれぞれの書物の内容を反芻することをやめ、思考停止状態になることに対する警鐘だったのだ。上掲の文章ではじまる一節をまるまる引用すると、以下のようになる。

「本を読むとは、自分の頭ではなく、他人の頭で考えることだ。たえず本を読んでいると、他人の考えがどんどん流れ込んでくる。これは、一分のすきもなく完璧な体系とまではいかなくても理路整然たる全体像を展開させようとする、自分の頭で考える人にとって、マイナスにしかならない。なぜなら他人の考えはどれをとっても、ちがう精神から発し、ちがう体系に属し、ちがう色合いを帯びているので、決して思想・知識・洞察・確信が自然に融合してひとつにまとまってゆくことはなく、むしろ頭の中にバベルの塔のような言葉の混乱をそっと引き起こすからだ。他人の考えがぎっしり詰め込まれた精神は、明晰な洞察力をことごとく失い、いまにも全面崩壊しそうだ」(「自分の頭で考える」より、14〜15ページ)

 この文章中にある「自分の頭で考える人」については、本章のこれ以前の節で明確に語られている。というか、ご覧のとおり章題がすでに「自分の頭で考える」なのだ。この本のページをめくっていちばん最初に目にするのが、以下の文章である。

「どんなにたくさんあっても整理されていない蔵書より、ほどよい冊数で、きちんと整理されている蔵書のほうが、ずっと役に立つ。同じことが知識についてもいえる。いかに大量にかき集めても、自分の頭で考えずに鵜呑みにした知識より、量はずっと少なくとも、じっくり考え抜いた知識のほうが、はるかに価値がある。なぜなら、ひとつの真実をほかの真実と突き合わせて、自分が知っていることをあらゆる方面から総合的に判断してはじめて、知識を完全に自分のものにし、意のままにできるからだ。自分が知っていることなら、じっくり考えることができる。だから私たちは学ぶべきだ。だが、とことん考え抜いてはじめて真に知ることができる」(「自分の頭で考える」より、8ページ)

 ここではふたつの「知識」が対比されている。「自分の頭で考えずに鵜呑みにした知識」と、「じっくり考え抜いた知識」である。前者は乱読によってもたらされ、後者は自分の頭で考えることによって培われるものだ。

「多読に走ると、精神のしなやかさが奪われる。自分の考えを持ちたくなければ、その絶対確実な方法は、一分でも空き時間ができたら、すぐさま本を手に取ることだ」(「自分の頭で考える」より、10ページ)

「学者、物知りとは書物を読破した人のことだ。だが思想家、天才、世界に光をもたらし、人類の進歩をうながす人とは、世界という書物を直接読破した人のことだ」(「自分の頭で考える」より、11ページ)

 これは、自分の頭で考えずに本の内容を鵜呑みにすること、つまり批判精神なき読書に対する警句である。同じことが次節ではより明確に語られる。

「読書は自分で考えることの代わりにしかならない。自分の思索の手綱を他人にゆだねることだ。おまけに多くの書物は、いかに多くの誤った道があり、道に迷うと、いかにひどい目にあうか教えてくれるだけだ。けれども創造的精神に導かれる者、すなわちみずから自発的に正しく考える者は、正しき道を見出す羅針盤をもっている。だから読書は、自分の思索の泉がこんこんと湧き出てこない場合のみ行うべきで、これはきわめてすぐれた頭脳の持ち主にも、しばしば見受けられる。これに対して根源的な力となる自分の思想を追い払って本を手にするのは、神聖なる精神への冒瀆にひとしい。そういう人は広々した大自然から逃げ出して、植物標本に見入ったり、銅版画の美しい風景をながめたりする人に似ている」(「自分の頭で考える」より、11〜12ページ)

 つまり、重要なのは「羅針盤」なのだ。ちなみにこの文章は旧来の岩波文庫版の表紙を飾っている。光文社版とは翻訳がすこし異なるが、いわく「読書とは他人にものを考えてもらうことである」。前掲の有名な言葉同様、自分の頭で考えるということの重要性を訴えている、という文脈を無視してしまっては、読書という行為そのものが悪であるかのように受け取られかねない。これは正直、出版社が悪いと思う。引用するからには文脈を考慮すべきなのに、この一文のみを抜き出したことで、ショーペンハウアーの思想そのものに対する誤解、つい先日までわたしが抱えていた勘違いを生みだしてしまっているのだ。わたしのように早とちりな人間が、ほかにいないとは言い切れないではないか。彼は書物そのものを悪と見なすような人間ではまったくなく、問題となっているのは書物といかに付き合っていくかということなのだ。それは以下の一節を見ても明らかである。

「自分で考える人は、まず自説を立てて、あとから権威筋・文献で学ぶわけだが、それは自説を強化し補強するためにすぎない。しかし博覧強記の愛書家は文献から出発し、本から拾い集めた他人の意見を用いて、全体を構成する。それは異質な素材を寄せ集めて作られた自動人形のようなものだ。これに対して自分で考える人は、生きた人間を産み出しているにひとしい。すなわち思索する精神が外界からの刺激で受胎し、それが月満ちてこの世に生まれ出たようなものだ」(「自分の頭で考える」より、13ページ)

 自分で考える人というのは、自分に関心のない書物を手に取らないはずだ。それは、自分の考えようとしていることと合致しないのだから。ところが乱読家は、内容に関心がなくてもその本を読破するために手に取る。そうなると無論「羅針盤」も働きようがなく、結果として「自分の頭で考えずに鵜呑みにした知識」が蓄積され、「頭の中にバベルの塔のような言葉の混乱をそっと引き起こす」のである。このような状況に対する警告が、上に挙げた有名な句なのだ。書物それ自体が悪いものであるなどとは、どこにも書かれていないのである。最初にまるまる引用した、「本を読むとは、自分の頭ではなく、他人の頭で考えることだ」という言葉ではじまる一節の、さらに続きを引いてみよう。

「この状態は、多くの学者に見受けられる。そのため、良識や正しい判断、場をわきまえた実際的行動の点で、学のない多くの人のほうがすぐれている。学のない人は、経験や会話、わずかな読書によって外から得たささやかな知識を、自分の考えの支配下において吸収する。
 まさしくこれを学問の世界で思想家も行っている。ただし、もっと大規模だ。つまり思想家はたくさん知識が必要なので、たくさん読まねばならないが、精神がはなはだ強靱なので、そのすべてを克服し、吸収し、自分の思想体系に同化させ、有機的に関連づけた全体を、ますます増大する壮大な洞察の支配下におくことができる。思想家自身の考えは、オルガンの根音となる低音のように、つねに全体を支配し、決して異質な音にかき消されたりしない。これに対して、単なる博覧強記が取り柄の場合には、すべての音色がいわば音楽の切れ端のように迷走し、基音がもはやまったく聞き取れない」(「自分の頭で考える」より、15ページ)

 はじめの一節を読むと、エラスムスの言葉を思い出す。「賢人は古代の書物のなかへ逃げこんで、そこから学びとるものはたんなる屁理屈だけ。愚者のほうは、現実や危険に接していって、私の考え違いでなければ、ほんとうの分別というものを身につけます」(『痴愚神礼讃』78〜79ページ)。言葉は違えど、語られているのは同じことではないか。世に賢人と呼ばれている人間は数多いが、ショーペンハウアーは彼らを大多数の「学者」と少数の「思想家(思索家)」に分類する。そしてこの対比は、じつはサイードが『知識人とは何か』で語っていた図式にもそのまま当てはまるのだ。このとき使われていた言葉では、「思想家」は「知識人」、「学者」のほうは「専門家」だった。まったく同様に、ヘッセは「真の読書家」と「乱読者」を明確に区分している。「よい本とよい趣味の敵は、本を軽蔑する人や字の読めない人ではなくて、乱読者である」(『ヘッセの読書術』52ページ)。興味のある方は、以前わたしがこれらの本を紹介したときの記事をのぞいてみてほしい。あまりの関連の強さに、ちょっとびっくりすると思う。

「自分の頭で考える真の思索家は、君主に似ている。直接判断を下し、自分の上に立つ者を認めない。彼の判断は君主の決定のように、みずからの絶対的力に由来し、彼自身が直接下したものだ。換言すれば君主が他人の命令にしたがわないように、こうした真の思索家は権威をうけいれず、自分でたしかめたこと以外、認めない。これに対して、さまざまな世論や権威、偏見にとらわれた凡庸な脳みその持ち主は、法律や命令に黙々としたがう民衆のようだ」(「自分の頭で考える」より、21〜22ページ)

 つまり、サイードのあの輝かしい言葉、「迎合するまえに批判せよ」(『知識人とは何か』64ページ)は、19世紀にはすでに放たれていたのだった。

 さて、ここまでエラスムス、ヘッセ、サイードと名前を連ねてきたが、じつはこの本を読みながらもっとも頻繁に思い出したのはヴァレリー・ラルボーだった。そう、あの不朽の名作、『罰せられざる悪癖・読書』である。というのも、この本は最初の「自分の頭で考える」を過ぎると、人はどのような本を手に取るべきなのか、という話題に移っていくのだ。

「私たちが本を読む場合、もっとも大切なのは、読まずにすますコツだ」(「読書について」より、145ページ)

「悪書から被るものはどんなに少なくとも、少なすぎることはなく、良書はどんなに頻繁に読んでも、読みすぎることはない。悪書は知性を毒し、精神をそこなう」(「読書について」より、145〜146ページ)

「良書を読むための条件は、悪書を読まないことだ。なにしろ人生は短く、時間とエネルギーには限りがあるのだから」(「読書について」より、146ページ)

 では、良書とはいったいどのような本のことなのか。ショーペンハウアーはまず、個々の本が持つ名声の理由に目を向けている。考えられるのは「素材」と「表現形式」のふたつである。

「有名な本なら、それは素材のおかげか、表現形式のおかげか、よく区別しなければならない」(「著述と文体について」より、41ページ)

「読むに値する本が書かれ、それが素材のおかげでなければないほど、すなわち素材がよく知られた陳腐なものであればあるほど、書き手の功績は大きいということになる。たとえばギリシアの三大悲劇詩人は、みな同じ素材を取り上げ、それに手を加えている」(「著述と文体について」より、41ページ)

「素材によって効果をねらう悪しき傾向に拍車をかける企ては、作品価値を表現形式で問うべき領域、すなわち文学の領域では、どうあっても排すべきだ」(「著述と文体について」より、43ページ)

 この「素材」と「表現形式」というのは、たとえば文学においては「ストーリー」とその「語り口」と言い換えることもできるだろう。奇抜なストーリーで世に知られている作品は数多いが、そういった作品を実際に読んでみると、たいていの場合、じつは読む必要がなかったということを教えてくれるだけだ。反対に、さもすでに読んだことがことがある気がするほど「あらすじ」をよく知っているような古典作品、たとえば『ロミオとジュリエット』『若きウェルテルの悩み』『ドン・キホーテ』などは、実際に読んでみると驚くほど多くのものをもたらしてくれる。これは、シェイクスピアやゲーテといった作家の語り口に価値がある証拠で、彼らの手にかかればどんなストーリーでも「読むに値する」ものになるということである。

「精神の産物、著作の価値をさしあたり評価するのに、必ずしもその書き手が「何について」「何を」考えたかを知る必要はなく(そうしたら全作品を通読せねばなるまい)、まずは「どのように」考えたかを知れば、じゅうぶんだ。この「どのように」考えたか、つまり思索の根っこにある特徴と一貫したクオリティーを精確にうつし出したのが、文体だ。文体はその人の全思想の外形的特徴であり、「何を」「何について」考えていようとも、つねに同じはずだ。それはいわば、どんな形にも練りあげてゆくことのできるパン生地のようなものだ」(「著述と文体について」より、60ページ)

 それでは、このような価値、すぐれた「文体」はいかにして培われるのか。

「すぐれた文体であるための第一規則、それだけでもう十分といえそうな規則は、「主張すべきものがある」ことだ」(「著述と文体について」より、65ページ)

「真の思想家はみな、思想をできる限り純粋に、明快に、簡明確実に表現しようと努める。したがってシンプルであることは、いつの時代も真理の特徴であるばかりでなく、天才の特徴でもあった。似非思想家のように、思想を文体で美々しく飾り立てるのではなく、思想が文体に美をさずけるのだ。なにしろ文体は思想の影絵にすぎないのだから。不明瞭な文章や当を得ない文章になるのは、考えがぼんやりしている、もしくは混乱しているからだ」(「著述と文体について」より、65ページ)

「重厚で内容豊かな、そもそも書くに値する思想があれば、素材と内容にことかかず、そうした思想は文法や語彙のうえでどこをとっても完璧な文章を十二分に満たし、空疎で無意味、軽率な箇所はまったくないばかりか、つねに簡潔で簡明的確な文体となる。いっぽう思想はそこにわかりやすく、ぴったりの表現を得て、優美に伸びやかに展開する」(「著述と文体について」より、104ページ)

 つまり、「書くべきテーマ」を持つ作家だけが、すぐれた文体を持つことができる。書物とは常に作家の「書くべきテーマ」を反映しているはずのものなのだが、近代的な出版の仕組みが商業的に完成されていくにつれて、「書くべきテーマ」を持たない作家が本を書くという事態が頻繁に起こるようになってしまった。著作で生活費が稼げるようになったからである。

「報酬と著作権保護のための複製禁止は、根本的に文学を堕落させる。書くべきテーマがあるから書く人だけが、書くに値することを書く」(「著述と文体について」より、33ページ)

「どんな作家でも、かせぐために書きはじめたとたん、質が下がる。偉大なる人々の最高傑作はいずれも、無報酬か、ごくわずかな報酬で書かねばならなかった時代の作品だ」(「著述と文体について」より、33ページ)

「ドイツ国内でも国外でも、今日の文学は悲惨をきわめるが、その元凶は本を書くことでお金をかせげるようになったことだ。お金が要る者は、猫も杓子も、机に向かって本を書き、読者はおめでたくもそれを買う。その付随現象として、言葉が堕落する」(「著述と文体について」より、33〜34ページ)

 さて、19世紀のドイツが「悲惨をきわめる」のなら、現代の日本はいったいなんと表現すればいいのだろう。わたしはもうすぐ10年も日本の出版業界に身を置いている人間だが、「書くに値すること」の書かれている本が、客観的に見てもあまりに少ない。たとえば明日刊行される予定の100冊の本のうち、手に取ってみたいと思える本が1冊あるかないかというのは、悲惨をとっくに通り越しているではないか。毎月新刊を出すような「売れっ子作家」がごろごろいるが、まっとうな作家であれば1年に1冊以上の本を書けるはずがないのだ。原稿というのはそれ以上推敲の余地がないと判断されたときにだけ出版社の手に渡るべきなのであって、ヴァレリーはそれさえも「諦め」と表現していた(『ヴァレリー文学論』21ページ)。つまり、世の「売れっ子作家」たちは毎月推敲を「諦め」ており、「読者はおめでたくもそれを買」うのである。

「読者の注意と関心をつねに惹きつけておこうとしたら、永遠に価値あるものを書くか、さもなければ休みなく新しいものを書き続けなければならない。後者の道を選べば、書くものは悪くなるいっぽうだ」(「著述と文体について」原注より、123ページ)

 身近な例に、文庫本がある。毎月各社から600点以上も刊行されているが、大半はまるで大量生産工場がどこかにあるのではないかと思われるような時代小説、ライトノベル、陳腐なロマンス、陳腐なミステリーである。これらは本のかたちをしているが、じっさいはただの紙クズだ。そして、こういった紙クズが書店を埋め尽くしているという状況は、そのまま出版業界全体のモラルの低下を表していると言えるだろう。われわれの一生はあまりにも短く、読むべき本はあまりにも多いのだから、本来ならこんなものにかかずらっている時間はないはずなのだ。自然破壊云々と言う前に、この状況をなんとかしないことには、紙クズは増える一方で、良質な本を読みたいという人々の欲求は肩すかしを食らいつづけることだろう。それが書物一般に対する人々の期待さえも裏切っているのだから、これはもう立派な犯罪である。

 ところで、ヘミングウェイは『移動祝祭日』のなかで、登場人物にこんなことを言わせている。「いまの時代にいちばん欠けているのは、野心をまったく持たない書き手と、本当に素晴らしい、埋もれたままの詩だと思うんだ。もちろん、どうやって暮らしていくかという問題もあるけどさ」(『移動祝祭日』203ページ)。くだらない時代小説などと並べるのはためらわれるが、こういった「野心」という心情は、通俗小説にはけっして分類されない純然たる文学の書き手たちとも無縁ではない。その文学的野心の変遷を追ったのがロラン・バルトの『零度のエクリチュール』なので、興味のある方は手に取ってみてほしい。ちなみに、わたしがその野心をまるで感じなかった20世紀以降の作家は思いつくかぎりたったの3人、フェルナンド・ペソア(『不穏の書、断章』)、ヨシフ・ブロツキー(『ヴェネツィア』)、それからエステルハージ・ペーテル(『ハーン=ハーン伯爵夫人のまなざし』)の3人だけである。野心の有無が文学にどう作用するのか、というのは、また別の問題だが。

 ショーペンハウアーに戻ろう。通俗小説というのはラルボーが書いていたとおり、「≪永遠の忘却≫という恐ろしい判決によって」ごく近いうちに歴史から姿を消すのだから、わざわざ相手にする必要もない(『罰せられざる悪徳・読書』35ページ)。「誠実な人間として、いかさま師たちの裏をか」くことのほうが重要である。

「評論雑誌は、現代の無責任な三文文士の書きなぐりや、なおもますます大量に出回る無用の悪書に対して清廉潔白、公正かつ厳正な態度で判断を下して、その防波堤になるべきだ。書く力も資格もない者が書いた冗文や、からっぽ財布を満たそうと、からっぽ脳みそがひねり出した駄作は、書籍全体の九割にのぼる。評論雑誌は当然、それらを容赦なくこらしめ、書きたい気持ちにまかせてペンを走らせる詐欺まがいの売文行為を阻止しなければならない。それなのに著者や出版業者とのさもしい馴れ合いから、それらを奨励し、読者から時間と金を奪っている」(「著述と文体について」より、49ページ)

「社会では、いたるところにうごめく頭の鈍い能無しに対して寛容でなければならないが、この寛容の精神を文筆の世界にも持ち込むのは、あやまりだ。というのも文筆の世界において、かれらはあつかましい侵入者であり、悪をそしるのは、善に対する義務だからだ。何ひとつ悪とみなさない人間にとって、善もまた存在しないからだ」(「著述と文体について」より、51ページ)

 そもそも、新刊や話題になっている本を読まなければならない理由など、どこにもないのだ。出版業界、なかでも大出版社のほとんどは、広告などありとあらゆる商業的な方法を用いて出たばかりの本を賞讃し、読者の興味を掻き立てようと躍起になっているが、それは彼らが企業として販売部数を伸ばす必要に駆られているからに過ぎない。そして、そういったときの大袈裟な賞讃の対象が、「素材」ではなく「表現形式」だった試しがあるだろうか。それは先にも引いた「素材によって効果をねらう悪しき傾向に拍車をかける企て」の極みとでも呼ぶべきもので、とくに文学においては許されるものではないのだ。

「いちばん最近語られた言葉はつねに正しく、後から書かれたものはみな、以前書かれたものを改良したものであり、いかなる変更も進歩であると信じることほど、大きな過ちはない。真の思索家タイプや正しい判断の持ち主、あるテーマに真剣に取り組む人々はみな例外にすぎず、世界中いたるところで人間のクズどもがのさばる。クズどもは待ってましたとばかりに、例外的人物の十分に熟考した言説をいじくり回して、せっせと自己流に改悪する」(「著述と文体について」より、37ページ)

「ヘロドトスによると、ペルシア王クセルクセスは、雲霞のごとき自陣の大軍を見て、百年後にはこの中のだれひとり生きてはいまいと考え、涙ぐんだという。書籍見本市の分厚いカタログを見て、早くも十年後にはもはやこの中の一冊も命脈を保っていないと考えると、泣きたい気持ちにならない者があるだろうか」(「読書について」より、143ページ)

「無数の悪書は、この世界に生い茂る雑草のようなもので、小麦から養分を奪い、小麦を枯らしてしまう。すなわち悪書は読者から、本来なら良書とその高尚な目的に向けられるべき時間と金と注意力をうばいとる。また悪書はお金めあて、官職ほしさに書かれたものにすぎない。したがって役に立たないばかりか、積極的に害をなす。今日の著書の九割は、読者のポケットから手品のように数ターレル引き出すことだけがねらいで、そのために著者と出版社と批評家は固く手を結んでいる」(「読書について」より、143〜144ページ)

 最近出たばかりの、それもあなたがその作者の「表現形式」の価値を知らないような本を手に取るということは、常にギャンブルだ。そのギャンブルの賭け金となっているのはほかならぬあなた自身の「時間と金と注意力」であり、しかもそのギャンブルは、そもそも実践する必要性がない。そんな危ない橋を渡らなくても、100年以上前から読み継がれている良書が世界には満ちあふれており、そのほとんどをわれわれはまだ読んでいないのだから。

「できれば原著者、そのテーマの創設者・発見者の書いたものを読みなさい。少なくともその分野で高い評価を得た大家の本を読みなさい。その内容を抜き書きした解説書を買うよりも、そのもとの本を、古書を買いなさい」(「著述と文体について」より、38〜39ページ)

「あらゆる時代、あらゆる国の、ありとあらゆる種類のもっとも高貴でたぐいまれな精神から生まれた作品は読まずに、毎年無数に孵化するハエのような、毎日出版される凡人の駄作を、今日印刷された、できたてのほやほやだからというだけの理由で読む読者の愚かさと勘違いぶりは、信じがたい。むしろこうした駄本は、生まれたその日のうちにさげすまれ、うち捨てられるべきだ。いずれにせよ数年後にはそのような扱いをうけ、過去の時代のたわごととして、永遠に物笑いの種になるだけだ」(「読書について」より、147ページ)

 おそるおそる開いてみたショーペンハウアーではあったが、読み終えるころには我が意を得たりと拳を握りしめるようになっていた。いちばん最初に引いたとおり、読書という行為そのものが有害なのではない。問題はなにを読むか、どのように読むか、ということで、さらには「読まない」という選択肢を知ることなのである。

「読書しているとき、私たちの頭は他人の思想が駆けめぐる運動場にすぎない。読書をやめて、他人の思想が私たちの頭から引き揚げていったら、いったい何が残るだろう。だからほとんど一日じゅう、おそろしくたくさん本を読んでいると、何も考えずに暇つぶしができて骨休めにはなるが、自分の頭で考える能力がしだいに失われてゆく。いつも馬に乗っていると、しまいに自分の足で歩けなくなってしまうのと同じだ」(「読書について」より、139ページ)

「たくさん読めば読むほど、読んだ内容が精神にその痕跡をとどめなくなってしまう」(「読書について」より、140ページ)

「読んだものをすべて覚えておきたがるのは、食べたものをみな身体にとどめておきたがるようなものだ。私たちは食物で身体をやしない、読んだ書物で精神をつちかう。それによって現在の私たちができあがっている。だが、身体が自分と同質のものしか吸収しないように、私たちはみな、自分が興味あるもの、つまり自分の思想体系や目的に合うものしか自分の中にとどめておけない。目的なら、だれでも持っているが、思想体系めいたものを持つ人は、ごくわずかだ。思想体系がないと、何事に対しても公正な関心を寄せることができず、そのため本を読んでも、なにも身につかない。なにひとつ記憶にとどめておけないのだ」(「読書について」より、149ページ)

 ショーペンハウアーはまた、思索という行為についても大きく紙幅を割いている。ほとんどは読書と関連して語られたことであるが、はっとさせられる文章がたくさんあった。彼の本職が哲学であることを忘れてはいけない。もっと彼の著作を読んでみたいと思った。

「思索家の奮闘、尽力をいぶかしく思う人がいるかもしれない。問題そのものをよく考えたいなら、ほんの少し自分の頭で考えるだけで、ほどなく目標に達するように思えるからだ。だが、思索は私たちの意志と無関係なので、それは少しばかり違う。いつでも座って本を読むことはできるが、考えるとなると、そうはいかない。つまり思索は人間のようなものだ。いつでも好きなときに呼びにやれるわけではなく、あちらが来てくれるのをじっと待たねばならない。外からの刺激が、内なる気分や心の張りと、なごやかに首尾よく出会うと、あるテーマについて自然に考えられるようになる。こうした思索は、博覧強記の愛書家には決して経験できない」(「自分の頭で考える」より、17〜18ページ)

「自分の頭で考える思索家は、真剣で、直接的に根源的なものを取り扱うという特徴があり、自分の考えや表現をすべてみずから検証してゆく。これに対して博覧強記の愛書家は、なにもかも二番煎じで、使い古された概念、古物商で買い集めたがらくたにすぎず、複製品をまた複製したかのように、どんよりと色あせている。型どおりの陳腐な言い回しや、はやりの流行語から成る彼の文体は、他国の硬貨ばかり流通している小国を思わせる。すなわち自分の力ではなにも造り出せないのだ」(「自分の頭で考える」より、20ページ)

 また、さらにこれらと関連して、執筆、すなわち思想を言語化することについても語られていた。思考を言葉によって固定化することの弊害は、なにかを書こうとしたことのあるひとならばだれしもが経験していることだろう。

「思想本来の息吹は、言葉になるぎりぎりの点までしか続かない。その時点で思想は石化し、あとは死んでしまう。だが太古の化石化した動植物と同じように、末永く保たれる。思想本来のつかのまの生命は、水晶が結晶化する一瞬にも比せられる」(「著述と文体について」より、44ページ)

「思索が言葉を見出すと、たちまち奥深いところにあった切実さと厳粛さが失われる。思索はなにか他のもののために存在しはじめると、私たちの中で生きることをやめてしまう」(「著述と文体について」より、44〜45ページ)

「思考は、頭から紙に降りてゆくのは容易だが、紙から頭に上がるのはそれよりはるかにむずかしく、手持ちのありとあらゆる方法の手助けがいる。これがうまくゆくと、そこに記された言葉は、完成した油絵作品のように、純粋に客観的に作用する。これに対して主観的な文章はあやふやな印象を与え、それは壁の染みにも劣る。染みなら、一般の人にはただの染みでも、たまたま想像力を刺激されて図柄に見える人がひとりぐらいいるかもしれないが……」(「著述と文体について」より、105〜106ページ)

 そして、みずからの思考を明確に伝えるためには、まずは上掲のとおり確固たる「書くべきテーマ」を持つことが第一規則であるが、言葉を過剰に用いないこと、また的確な比喩を駆使することなどが語られていた。比喩については、ここに引用したいくつかの文章だけでもショーペンハウアーがどれだけ意識的であったかを教えてくれていると思う。

「どんな作用も度を過ぎれば、ほとんど初めねらったのと反対の結果をまねく。たしかに言葉は思想をわかりやすくするのに役立つが、その効用はある点までだ。その限度を越えて、やみくもに言葉を積み上げてゆくと、伝えるべき思想はどんどん明快さを失ってゆく。この限界点を見極めるのが、文章表現のかんどころであり、判断力のつとめだ。よけいな言葉はみな、本来の目的を真っ向から阻むからだ。この意味でヴォルテールは「形容詞は名詞の敵だ」と言っている。だが多くの書き手が言葉を過剰に用いて、思想の貧しさを隠そうとしているのは言うまでもない」(「著述と文体について」より、74ページ)

「比喩は認識の強力な推進力となる。だからこそ意外性に富み、しかもぴったりの比喩を駆使できれば、深い理解力のあかしとなる。アリストテレスも言っている。「ずばぬけて偉大なのは、比喩を見出すことだ。言い換えれば、これだけは他人から学べるものではなく、天賦の才のしるしだ。すぐれた比喩を駆使するには、同質性を見抜かねばならないからだ」(『詩学』)」(「著述と文体について」より、117ページ)

「言葉は芸術作品であり、芸術作品として客観的に受け止められるべきだ。したがってすべて規則にかない、ねらい通りに表現されていなければならない。どの文も、主張すべきことが客観的に明白で、実際に証明されうるものでなければならない。言葉は人それぞれの主観的なものにすぎないと考え、自分が思っていることは他人が推測してくれると期待して、文法の格をまったく表示しなかったり、過去をすべて未完了過去で表したり、前つづりを除去したり……等々のお粗末な表現をすべきではない」(「著述と文体について」より、120ページ)

 それから、個人的に見過ごすことができなかったのは、ショーペンハウアーのフランス語に対する敵意だ。19世紀ドイツではフランス流の振る舞いがもてはやされていたようで、ショーペンハウアーはこの風潮を、それはもうあからさまに嫌悪している。彼の舌打ちが聞こえてくるようで、これらの箇所はにやにやしながら読んだ。

「フランス語はボキャブラリーが乏しいせいで、前置詞〈pour〉がドイツ語の四つか五つの前置詞の役割を一手に引き受けているが、やはり同じような理由からドイツの三文文士たちは、〈gegen〉〈um〉〈auf〉や他の前置詞を置くべきとき、あるいはまったく置かなくてよいときまで、この〈pour〉に相当する〈für〉を置く。フランス語の〈pour, pour〉を猿真似したいだけだ。前置詞〈für〉が六回使われていたら、そのうち五回は誤用されているほど、はなはだしい」(「著述と文体について」より、81ページ)

「ドイツ語以外の主なヨーロッパ言語はギリシア語やラテン語の方言にすぎないのに、そちらを称えようとするなんて、ばかげているではないか。ドイツ語はギリシア語やラテン語に劣らない、みごとな文章を書くことのできる比類なき言葉だ。だからこそドイツ語は、他のヨーロッパ言語とは比べものにならないほど気品があり、格調高い」(「著述と文体について」より、101ページ)

「気取ったフランス人の国民的うぬぼれは何世紀も前からヨーロッパじゅうのお笑い種になっているが、その極みがかれらの言語観だ。大学で用いられる『比較文法入門、三つの古典語学習の手引き』(エグル編、第五版、1857)では、第三の古典語としてフランス語をあげている。もっともみじめなロマンス語の隠語、このうえなくひどくラテン語を不具にした言語が第三の古典語とは! このみすぼらしい言語がギリシア語やラテン語と並ぶ「古典語」とは! ヨーロッパじゅうが高笑いして、あらゆる気取り屋の中でも、もっとも恥知らずな連中の鼻っ柱をくじいてやろうではないか」(「著述と文体について」原注より、134〜135ページ)

 いつもながらものすごく長く書いたが、ここで紹介したことがこの本のすべてではもちろんない。自分でじっさいに読んでみて、ショーペンハウアーの思想に直接触れてみてほしい。あなたは必ずや、ここにわたしが引用した文章以上のものを持ち帰ることだろう。ちなみにわたしはこの本を、飛ばした部分もあるものの、三度続けて読んだ。以下の文章がわたしにそうさせたのである。

「重要な本はどれもみな、続けて二度読むべきだ。二度目になると、内容のつながりがいっそうよくわかるし、結末がわかっていれば、出だしをいっそう正しく理解できるからだ。また二度目となると、どの箇所も一度目とはちがうムード、ちがう気分で読むので、あたかも同じ対象をちがう照明のもとで見るように、印象も変わってくるからだ」(「読書について」より、149〜150ページ)

 おかげで引用したい文章が膨大になってしまったわけだが、削った文章はさらに多い。そのすべてを記憶に留めておくことはできないと釘を刺されたばかりなので、いまはいさぎよく諦め、次に読み返すときの楽しみにしたい。この本はきっと何度も読み返す。

「この世が真に考える生き物に満ちあふれているとしたら、あらゆる種類の騒音がかくも無制限にゆるされ、野放しにされることも、ありえないだろう」(「自分の頭で考える」より、26ページ)

「本を買うとき、それを読む時間も一緒に買えたら、すばらしいことだろう」(「読書について」より、149ページ)

「哲学は文学史の根音をなし、それどころか他の歴史、すなわち政治史へも響き渡り、そこでも根底から意見を導いてゆく。哲学は世界を支配する。したがって真の正しく理解された哲学は、最強の実質的な力でもある。だがその影響はたいそうゆるやかだ」(「読書について」より、152ページ)

 こんなに高揚する読書はじつに久しぶりのことだった。


〈読みたくなった本〉
池内紀編『リヒテンベルク先生の控え帖』

文学によって人生を台なしにしたいのなら読むべき30冊の本Today I was talking with my colleagues about a list from Esquire called "30 BOOKS EVERY MAN SHOULD READ BY 30". When I was looking at it, same as all the time I see this kind of list, I had lots of complaints. Obviously, nobody could be satisfied if you can only choose 30 books. Even 300 is not enough. If it was 3000, well, there will be another problem that you might forget to include some important title and it will make the whole list incomplete garbage. So, in the end, 30 is actually quite good number to compromise (if you can be subjective enough and people look at it are tolerant enough on that point). As I’m not 30 yet and I know several people who want to start reading books but still don’t know where to start, I prepared a super personal prejudiced list of 30 books, called “30 BOOKS YOU SHOULD READ IF YOU WANT TO SPOIL YOUR LIFE BY LITERATURE”. But please always remember a sentence by Hermann Hesse, “There is no such thing as «Best 100 books». There is only a selection of their own favorite books worthwhile for each individual”. If you feel forced to read these books below, you are already spoiling them and you will never be able to enjoy. Alberto Manguel wrote “The ideal reader reads all the literature as if it were anonymous”.

Aujourd'hui, je parlais avec mes collègues sur une liste de Esquire qui s'appelle "30 LIVRES TOUT LE MONDE DEVRAIT LIRE JUSQU'A 30". Quand je la regardais, même que toutes les fois que je vois ce genre de liste, j'avais trop de plaintes. Évidemment, personne ne pouvait être satisfait si vous choisissez seulement 30 livres. Même 300 n'est pas suffisant. Si elle était 3000, il y aura un autre problème que vous pourriez oublier d'inclure quelques titres importants et il fera toute la liste des ordures incomplètes. Ainsi, en fin, 30 est en fait assez bon nombre de compromettre (si vous pouvez être assez subjective et les gens qui la regardent sont assez tolérants sur ce point) . Comme je n'ai pas encore 30 et je connais plusieurs personnes qui veulent commencer à lire des livres, mais ne savent toujours pas par où commencer, j'ai préparé une liste super personnel et préjugé de 30 livres, qui s’appelle "30 LIVRES VOUS DEVRIEZ LIRE SI VOUS VOULEZ GATER VOTRE VIE PAR LA LITTERATURE". Mais s'il vous plaît, rappelez-vous toujours une phrase de Hermann Hesse, "Il n'y a pas une telle chose comme « Les 100 meilleurs livres ». Il y a seulement une sélection de leurs propres livres préférés valables pour chaque individu". Si vous vous sentez forcé à lire ces livres ci-dessous, vous êtes déjà en train de les gâter et vous ne pourriez jamais vous amuser. Alberto Manguel a écrit "Le lecteur idéal lit toute la littérature comme si elle était anonyme".

今日、同僚たちとエスクワイア誌に掲載された「30までに読みたい30冊の本」というリストについて話をしていました。こういうリストの常で、もちろん満足できるものではありません。そもそも30冊しか選べないのでは、だれかを満足させられるリストなど作れるはずもなく、正直300でも足りないくらいです。3000だったらどうか、と考えてみると、これはこれでまた別の問題が浮上します。つまり、なにか重要な1冊の本を入れ忘れることで、リストそのものが不完全な無用の長物と化してしまうのです。そう考えてみると、30冊というのはじつはそんなに悪くない妥協点です(もちろん、選者がどこまでも主観を貫くことができて、しかもリストを見る人たちがその点について寛容であれば、の話ですが)。幸いわたしはまだ30歳には達していませんし、本を読みたいけれどもどこから手を付けたら良いのかわからない、というひとを数名知っていることから、超主観的かつ偏見だらけのリスト、題して「文学によって人生を台なしにしたいのなら読むべき30冊の本」を作成しました。とはいえ、ヘルマン・ヘッセの言葉を思い出しましょう。「千冊の、あるいは百冊の≪最良の書≫などというものは存在しない。各個人にとって、自分の性格に合って、理解でき、自分にとって価値のある愛読書の独自の選集があるだけである」。もしもこれらの書名を見て「絶対読まなくちゃ」などと思ってしまうようであれば、あなたはすでにその本を楽しむための下地を失いつつあります。アルベルト・マングェルの言葉も気が利いています。「理想的な読者というのは、すべての文学作品を匿名作家のものとして読む」。

■30 BOOKS YOU SHOULD READ IF YOU WANT TO SPOIL YOUR LIFE BY LITERATURE■
■30 LIVRES VOUS DEVRIEZ LIRE SI VOUS VOULEZ GATER VOTRE VIE PAR LA LITTERATURE■
■文学によって人生を台なしにしたいのなら読むべき30冊の本■

* Links to the description of each book are only in Japanese
* Les liens vers la description de chaque livre sont uniquement en japonais

01.Raymond Queneau, Zazie in the Metro (French)
01.Raymond Queneau, Zazie dans le métro (français)
01.レーモン・クノー『地下鉄のザジ』(フランス文学)
published in 1959.

02.Erich Kästner, The Flying Classroom (German)
02.Erich Kästner, La Classe volante (allemand)
02.エーリヒ・ケストナー『飛ぶ教室』(ドイツ文学)
published in 1933, original title Das fliegende Klassenzimmer.

03.Pelham Grenville Wodehouse, Ukridge (English)
03.Pelham Grenville Wodehouse, Ukridge (anglais)
03.ペルハム・グランヴィル・ウッドハウス『ユークリッジの商売道』(イギリス文学)
published in 1924.

04.Fernando Pessoa, The Book of Disquiet (Portuguese)
04.Fernando Pessoa, Le Livre de l'intranquillité (portugais)
04.フェルナンド・ペソア『不穏の書、断章』(ポルトガル文学)
published posthumously in 1982, original title Livro do Desassossego.

05.Paul Valéry, Monsieur Teste (French)
05.Paul Valéry, Monsieur Teste (français)
05.ポール・ヴァレリー『ムッシュー・テスト』(フランス文学)
published in 1926.

06.Anton Chekhov, The Lady with the Dog (Russian)
06.Anton Tchekhov, La Dame au petit chien (russe)
06.アントン・チェーホフ『かわいい女・犬を連れた奥さん』(ロシア文学)
short stories, published in 1899, original title Дама с собачкой.

07.Gilbert Keith Chesterton, The Man Who Was Thursday (English)
07.Gilbert Keith Chesterton, Le Nommé Jeudi (anglais)
07.ギルバート・キース・チェスタトン『木曜日だった男』(イギリス文学)
published in 1908.

08.Gustave Flaubert, Sentimental Education (French)
08.Gustave Flaubert, L'Éducation sentimentale (français)
08.ギュスターヴ・フロベール『感情教育』(フランス文学)
published in 1869.

09.Edward Morgan Forster, Where Angels Fear to Tread (English)
09.Edward Morgan Forster, Monteriano (anglais)
09.エドワード・モーガン・フォースター『天使も踏むを恐れるところ』
published in 1905.

10.Georges Bataille, Blue of Noon (French)
10.Georges Bataille, Le Bleu du ciel (français)
10.ジョルジュ・バタイユ『空の青み』(フランス文学)
published in 1957 (written in 1935).

11.Anatole France, The Gods Are Athirst (French)
11.Anatole France, Les dieux ont soif (français)
11.アナトール・フランス『神々は渇く』(フランス文学)
published in 1912.

12.Italo Calvino, If on a winter's night a traveler (Italian)
12.Italo Calvino, Si par une nuit d'hiver un voyageur (italien)
12.イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』(イタリア文学)
published in 1912, original title Se una notte d'inverno un viaggiatore.

13.James Joyce, A Portrait of the Artist as a Young Man (Irish)
13.James Joyce, Portrait de l'artiste en jeune homme (irlandais)
13.ジェイムズ・ジョイス『若い藝術家の肖像』(アイルランド文学)
published in 1916.

14.Jorge Luis Borges, Ficciones (Argentine)
14.Jorge Luis Borges, Fictions (argentin)
14.ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』(アルゼンチン文学)
short stories, published in 1944, original title Ficciones.

15.Raymond Chandler, Farewell, My Lovely (American)
15.Raymond Chandler, Adieu, ma jolie (américain)
15.レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』(アメリカ文学)
published in 1940.

16.Franz Kafka, In the Penal Colony (Czech, German)
16.Franz Kafka, La Colonie pénitentiaire (tchèque, allemand)
16.フランツ・カフカ『流刑地にて』(チェコ・ドイツ文学)
short story, published in 1919, original title In der Strafkolonie.

17.Antoine de Saint-Exupéry, Night Flight (French)
17.Antoine de Saint-Exupéry, Vol de nuit (français)
17.アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ『夜間飛行』(フランス文学)
published in 1931.

18.Albert Camus, The Stranger(or The Outsider) (Algerian, French)
18.Albert Camus, L'Étranger (algérien, français)
18.アルベール・カミュ『異邦人』(アルジェリア・フランス文学)
published in 1942.

19.Samuel Beckett, Waiting for Godot (Irish)
19.Samuel Beckett, En attendant Godot (irlandais)
19.サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』(アイルランド文学)
original French version published in 1952, English version by the author himself in 1954.

20.Louis-Ferdinand Céline, Journey to the End of the Night (French)
20.Louis-Ferdinand Céline, Voyage au bout de la nuit (français)
20.ルイ=フェルディナン・セリーヌ『夜の果てへの旅』(フランス文学)
published in 1932.

21.Adolfo Bioy Casares, The Invention of Morel (Argentine)
21.Adolfo Bioy Casares, L'Invention de Morel (argentin)
21.アドルフォ・ビオイ=カサーレス『モレルの発明』(アルゼンチン文学)
published in 1940, original title La invención de Morel.

22.Michael Ende, Momo (or The Grey Gentlemen) (German)
22.Michael Ende, Momo (allemand)
22.ミヒャエル・エンデ『モモ』(ドイツ文学)
published in 1973.

23.Ivan Turgenev, Fathers and Sons (Russian)
23.Ivan Tourgueniev, Pères et Fils (russe)
23.イワン・ツルゲーネフ『父と子』(ロシア文学)
published in 1862, original title Отцы и дети.

24.Robert Louis Stevenson, New Arabian Nights (Scottish)
24.Robert Louis Stevenson, Les Nouvelles mille et une nuits (écossais)
24.ロバート・ルイス・スティーヴンスン『新アラビア夜話』(スコットランド文学)
short stories, published in 1882.

25.Péter Esterházy, The Glance of Countess Hahn-Hahn (Down the Danube) (Hungarian)
25.Péter Esterházy, L'œillade de la comtesse Hahn-Hahn (hongrois)
25.エステルハージ・ペーテル『ハーン=ハーン伯爵夫人のまなざし』(ハンガリー文学)
published in 1992.

26.Ray Bradbury, The Martian Chronicles (American)
26.Ray Bradbury, Chroniques martiennes (américain)
26.レイ・ブラッドベリ『火星年代記』(アメリカ文学)
published in 1950.

27.Marcel Aymé, The Second Face (or Beautiful Image) (French)
27.Marcel Aymé, La Belle image (français)
27.マルセル・エイメ『第二の顔』(フランス文学)
published in 1941.

28.Raymond Radiguet, The Devil in the Flesh (French)
28.Raymond Radiguet, Le Diable au corps (français)
28.レーモン・ラディゲ『肉体の悪魔』(フランス文学)
published in 1923.

29.Lewis Carroll, The Hunting of the Snark (English)
29.Lewis Carroll, La Chasse au Snark (anglais)
29.ルイス・キャロル『スナーク狩り』(イギリス文学)
published in 1876.

30.Richard Brautigan, Revenge of the lawn (American)
30.Richard Brautigan, La vengeance de la pelouse (américain)
30.リチャード・ブローティガン『芝生の復讐』(アメリカ文学)
short stories, published in 1970.

I purposely excluded all the classic titles which are always included in this kind of list (Shakespeare, Goethe, Austen, Dickens, Dostoyevsky, Proust, etc.), so my list became a collection of beautiful legacies from 19th and 20th century. Hope this list can help someone to find his/her favourite book one day.

J'ai intentionnellement exclu tous les titres classiques qui sont toujours inclus dans ce type de liste (Shakespeare, Goethe, Austen, Dickens, Dostoïevski, Proust, etc), donc ma liste est devenue une collection de beaux héritages de 19ème et 20ème siècle. J'espère que cette liste aidera quelqu'un à trouver son livre préféré un jour.

こういったリストに普段含まれることの多い古典作家(シェイクスピア、ゲーテ、オースティン、ドストエフスキー、プルーストなどなど)を入念に除外したところ、できあがったのは19世紀と20世紀の輝かしい遺産目録でした。このリストがいつかだれかのお気に入りの一冊を増やすことになれば嬉しいです。

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黒蜥蜴 またしても一ヶ月が経ってしまい、気づけば年が変わろうとしている。本を読んでいないわけではなく、むしろ記事を書くための時間すら惜しんで、かつてない勢いで読み漁っているのだ。目の前にはすでに三十冊ほど、読み終えたまま印象を書き留めていない本が積み上がっている。今日できることは明日やろうという主義の人間なので、おもしろかったものだけでも来年中には書けたらいいな、なんて思っています。

 というわけで、2012年最後の記事は、書きかけたまま放置していた乱歩。年末恒例行事の「好きな作家ベスト100」は、あまり意味が感じられなくなったので、今年はやりません。心境の変化がないかぎり、もうやらないと思います。


江戸川乱歩『黒蜥蜴 江戸川乱歩ベストセレクション5』角川ホラー文庫、2009年。

 角川ホラー文庫の「江戸川乱歩ベストセレクション」の魅力については、じつは以前にも書いたことがある。刊行されていた当時、2009年3月に紹介した『芋虫』だ。「この「江戸川乱歩ベストセレクション」は非常に良い。乱歩がどのように読まれる作家か、完全に理解した上での編纂が成されている。一冊が200ページほどしかないのだ。これまで乱歩を読もうとすると、どうしても創元か光文社になってしまっていた。創元は字が小さいし、光文社は煉瓦みたいに分厚い。講談社のは絶版で、古本屋では頻繁に見かけるが巻によっては手を出せないほど高い。乱歩はもっと、気軽に読まれるべきだろう。角川のこのシリーズはその点、非常に手に取り易い」。この感想は、三年以上経ったいまも変わっていない。さらに付け加えると、田島昭宇によるカバーイラストもすばらしい。

 この本、『黒蜥蜴』はこんなふうにはじまる。

「この国でも一夜に数千羽の七面鳥がしめられるという、あるクリスマス・イブの出来事だ」(7ページ)

 じつにわくわくする書き出しである。そして描かれる聖夜の歓楽街の景色は、まるで19世紀末のフランス文学を読んでいるかのようなデカダンの世界、頽廃の美の饗宴なのである。なんというか、いかにも澁澤龍彦が好きそうな感じの。そこに君臨する女王が、黒天使、ダーク・エンジェル、黒衣婦人、またの名を黒蜥蜴なのだ。

 物語の序盤、読者は早速歓声をあげることになる。

「黒衣婦人の手にする懐中電燈の丸い光は、何かを探し求めるように、ソロソロと床の上を這って行った。
 敷物のない、荒い木目の床板が、一枚一枚と、円光の中を通りすぎる。やがて、ニスのはげた頑丈な机のようなものが、脚の方からだんだんと光の中へはいってくる。長い大きな机だ。おや、人間だ。人間の足だ。では、この部屋にはだれかが寝ているのだな。
 だが、いやにひからびた老人の足だぞ。それに足首に、紐で木の札がむすびつけてあるのは、一体どういう意味なのだ。
 おや、このおやじ、寒いのにはだかで寝ているのかしら。
 円光は腿から腹、腹からあばら骨の見えすいた胸へと移動し、次には鶏の足みたいな頸から、ガックリ落ちた顎、馬鹿のようにひらいた唇、むき出した歯、黒い口、くもりガラスのような光沢のない眼球……死骸だ」(19〜20ページ)

 ああ、もう、乱歩め! と叫ばずにはいられなくなる描写ではないか。

 怪盗(この言葉は乱歩の世界観にあまりにも合致しすぎていて、乱歩以外の作家たちはほとんど使用を禁じられてしまった)黒蜥蜴と明智小五郎の関係は、穂村弘が書いていたとおり、じつに魅力的だ。お互いに好敵手であることを認め合っているからこその、絶対的な信頼感。それはもう恋人たちのつくりあげる「二人だけの世界」と、なんら変わるところがない。

「「あたしはね、潤ちゃん、不意打ちなんて卑怯なまねはしたくないのよ。だから、いつだって、予告なしに泥棒をしたことはないわ。ちゃんと予告して、先方に充分警戒させておいて、対等に戦うのでなくっちゃ、おもしろくない。物をとるということよりも、その戦いに値打ちがあるんだもの」
 「じゃ、こんども予告をしたのですね」
 「ええ、大阪でちゃんと予告してあるのよ。ああ、なんだか胸がドキドキするようだわ。明智小五郎なら相手にとって不足はない。あいつと一騎打ちの勝負をするのかと思うと、あたし愉快だわ。ね、潤ちゃん、すばらしいとは思わない?」」(29〜30ページ)

 明智小五郎のほうでも、彼女に対する信頼を隠すことはしない。

「「僕は待っているのですよ」
 「え、待っているとは?」
 「『黒トカゲ』からの通知をです」
 「通知を? それはおかしい。賊が通知をよこすとでもおっしゃるのかね。どうかお嬢さんを受け取りにきてくださいといって」
 岩瀬氏は憎まれ口をきいて、フフンと鼻さきで笑って見せた。
 「ええ、そうですよ」名探偵は子供のように無邪気である。「あいつはお嬢さんを受け取りにこいという通知をよこすかもしれませんよ」」(115ページ)

 二人が交わす会話も、もちろん愛に溢れている。溢れていないはずがあろうか。

「「ねえ君、僕は夕食からずっとここに寝ているので、あきあきしてしまったよ。それに、君の美しい顔も見たくなった。ここから出てもいいかい」
 いかなる神算鬼謀があるのか、明智はますます大胆不敵である。
 「シッ、いけません。そこを出ちゃいけません。男たちに見つかったら、あなたの命がありません。もう少しじっとしていらっしゃい」
 「ヘエー、君は僕をかばってくれるのかい」
 「ええ、好敵手を失いたくないのよ」」(158ページ)

「実にへんてこな会話であった。一人は椅子の中の闇に横たわっているのだ。一人はそのからだの上に、クッションをへだてて腰かけているのだ。お互いに体温を感じ合わぬばかりである。しかもこの二人はうらみかさなる仇敵。すきもあらば敵の喉笛に飛びかからんとする二匹の猛虎。そのくせ、言葉だけは異様にやさしく、まるで夫と妻の寝物語のようであった」(157〜158ページ)

 読めば読むほど、黒蜥蜴は澁澤龍彦好みの女性である。彼女の美術品コレクションを眺めていると、澁澤龍彦の本を読んでいるような感覚さえ覚えてしまう。彼がこの本のことを知らないはずはないので、きっとどこかで愛を告白しているにちがいない。探してみようと思った。

「それから、地底の廻廊を進むにつれて、古めかしい名画を懸け並べた一郭があるかと思うと、その隣には仏像の群、それから西洋ものの大理石像、由緒ありげな古代工芸品、まことに美術館の名にそむかぬ豊富な陳列品であった。
 しかも、黒衣婦人の説明によれば、それらの美術工芸品の大半は、各地の博物館、美術館、貴族富豪の宝庫におさまっていた著名の品を、たくみな模造品とすりかえて、本物の方をこの地底美術館へおさめてあるのだという。
 もしそれが事実とすれば、博物館は模造品を得々として展覧に供し、貴族富豪は模造品を伝来の家宝として珍蔵していることになる。しかも、所有者はもちろん、世間一般も、少しもこれを怪しまないとは、なんという驚くべきことであろう」(168ページ)

 また、『黒蜥蜴』には乱歩自身の作品に対するいくつものオマージュが潜んでいる。「あ、これ知ってるぞ」というのがところどころに出てきて、具体的には「白昼夢」と「人間椅子」を読み返したくなった。ひょっとするとファンサービスのつもりだったのかもしれない。

「ホホホホホ、よくできた生き人形でしょう。でも、すこうしよくでき過ぎていはしなくって? もっとガラスに近寄ってごらんなさい。ほら、この人たちのからだには、細かい産毛が生えているでしょう。産毛の生えた生き人形なんて、聞いたこともないわね」(169ページ)

 この本を手に取った日は、じつは朝方に穂村弘の『整形前夜』を読んでいた(こちらもまだ感想を書いていないが、穂村弘のエッセイは読書に疲れたときの読書にうってつけで、気づけばいくつもの冊数を読んでしまっているものである)。そのなかで、『世界中が夕焼け』のときと同様、この本の魅力が語られていたのだ。今度こそ読まずにはいられなくなった。そうしてうっかりページを開いてしまったのが最後、予定していた外出もとりやめる羽目になり、読み終えるまで結局片時も本を手放せなかった。乱歩を開くときには注意が必要だ。こんなにも軽いのに、なかなか解放してはくれない。

「エレベーターの上昇とともに、大阪の街がグングン下の方へ沈んで行く。冬の太陽はもう地平線に近く、屋根という屋根の片側は黒い影になって、美しい碁盤模様をえがいていた」(121ページ)

 でも、乱歩のような作家はいつだってそんなふうに、物語に全身全霊を委ねて読みたいものだ。知識を得るためでも美しい一文を探すためでもなく、だれに誇れるわけでもない、ただただ快楽のための読書。こういう喜びを忘れてしまった読書は、もはや単なる苦行でしかない。乱歩は快楽の側からいつも手を差し伸べてくれている。読んでもためにならないということの贅沢さ。また唐突に読みたくなるにちがいない。

 今後も月に一度は更新していこうと思っています。みなさま、よいお年をお迎えください。

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チャイコフスキー・コンクール ずいぶん長いあいだ更新をさぼっていたおかげで、じつにたくさんの本が読めた。あるひとりの作家やテーマなどについて熱心になっているときは、つまらない記事などを書いて自分の気持ちを整理してしまうより、時間を無駄にすることなく、情熱がつづくかぎりそれに没頭しているほうがいい。とはいえ、情熱というのは常にすこしずつ形を変えていくものなので、このあたりで一度後ろを振り返ったほうが良いようにも思えた。というわけでこの二ヶ月ほどのあいだに読んだたくさんの本のうち、かなり最初のほうの一冊。


中村紘子『チャイコフスキー・コンクール ピアニストが聴く現代』新潮文庫、2012年。

 この本について語るときに聴いていたいのは、ヴァン・クライバーンの演奏によるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番変ロ短調だ。変ロ短調だのなんだのと書くとまるで得体の知れない呪文のように見えるかもしれないが、じつはだれでも聴いたことのある、とりわけその第一楽章の序奏が有名な曲である。

 ヴァン・クライバーンというアメリカ人ピアニストは、この曲を超有名曲にした立役者とでもいうべき人物で、彼は1958年にモスクワで初めて開催された国際音楽コンクール、第一回チャイコフスキー・コンクールの優勝者なのだ。わたしがいま聴いているのは、彼がアメリカに凱旋帰国した際の優勝記念演奏会、カーネギー・ホールでのライヴ盤である。当時のソ連が国家の威信をかけて開催したコンクールで優勝をかっさらったこのアメリカ人青年は、冷戦下という時代背景もあって一挙に国民的スーパースターと化し、このライヴ盤のCDは発売後わずか二週間足らずで100万枚も売れたそうだ。

 クライバーン以来、国際コンクールというものはスーパースターを生みだす装置として一般的関心を集めるようになったという。だが、そんなふうにして生まれたスーパースターたちの運命は、今も昔もほとんど変わらない。クライバーンの辿った道筋はスーパースターの典型とでもいうべきもので、じつに象徴的だ。

「彼の栄光が輝かしいものになっていけばいくほど、クライバーンの演奏そのものは不調に陥っていった。アメリカという社会は、スターに決して休息の間を与えない。一日休めばその間にライヴァルが現れてチャンスを奪いとることを、みな知っているからである。それゆえスターは、まるでくるくる廻るコマのように、休むことなく人々の前に登場し続けることになる。クラシック音楽のスーパースター、クライバーンとてもこの例外ではなかった。いつ何処に行っても大衆は、クライバーンにチャイコフスキーのピアノ協奏曲を要求した。彼には新しいレパートリーを勉強する時間もなかったし、また、そんなものに関心をもってくれる人は、ごく少数であった。批評家たちは彼を「どれもこれも速く弾きすぎる」とこきおろし、同業者のピアニストたちは「ヴァンはこの頃どれもこれもゆっくり弾きすぎる」とあざ笑うようになった。彼は青ざめ、不安に満ちた眼差しで、おどおどと人を見つめるようになった」(27ページ)

 そんなことを踏まえてみると、この1958年のライヴ盤もずいぶんちがった響きを帯びてくるものである。

 中村紘子による本書は、彼女が審査員を務めた第八回(1986年)の大会の模様を中心に、コンクールというものが本質的に抱える問題点や現代ピアニズムの方向性などを記したノンフィクションだ。新潮文庫に入ったのは今年のことだが、1991年にはすでに中公文庫に入っており、そもそもの親本は大会のわずか二年後、1988年に刊行されたものである。

「今から十五年前、ニューヨーク・タイムズ紙上で四半世紀にわたって卓抜な音楽評論の筆を揮ってきたハロルド・ショーンバーグが初めて来日し、私を案内人にして、東京の演奏会のハシゴをしたことがあった。さまざまな演奏を聴きながら、彼は膝の上に拡げたプログラムに盛んにメモしていたが、時々ニヤッとして私にそのメモを示すことがあった。ミッキー・マウスがうまく描けたときであった。
 コンクールの一ヵ月間、私も審査用紙によく愛猫タンクの絵を描いた。隣の審査員がのぞきこんで尻尾にリボンをつけ足し、うしろからのびた鉛筆が眼鏡を描き込んだりした。
 しかし、審査用紙に書いたのはもちろん猫だけではなかった。以下、私が記すのは、いわばその審査用紙に書き込んだメモ、そしてそれに連なるもの想いである」(4ページ)

 世界に音楽コンクールは数あれど、ことピアノに関して言えば、なかでも圧倒的権威を持つといわれるのはショパン・コンクール、エリザベス・コンクール、そしてこのチャイコフスキー・コンクールの三つである。ワンランク下のコンクールとなるとその数は膨れあがり、さらにまた下位となると収拾がつかないほどの数となる。しかし、コンクールという場で実施されていることはどこの場合でもきわめて似通っていて、その特徴は1890年に行われた史上初の国際的大コンクール、第一回アントン・ルビンシュタイン・コンクールにてすでに表れていたそうだ。

「最初の国際的大コンクールである第一回アントン・ルビンシュタイン・コンクールの優勝者は、かのイタリアのフェルッチョ・ブゾーニであった。そして第二回は五年後の1895年に行われ、モスクワ音楽院の学生で二十歳のジョセフ・レヴィンが一位の栄冠を得た。先に登場したヴァン・クライバーンの育ての親であり、私のジュリアード音楽院における恩師でもあったロジーナ・レヴィン夫人の未来の結婚相手である。
 このときのプログラムは記録を見ると、すでに「国際コンクール」というものの趣旨と目的とスタイルとが、この時点ではっきりと出来上っていることに気づく。
 即ち、五年に一度の開催、古典から現代曲に至るまで、小品から大作、独奏曲から協奏曲に至るまでのピアノの主要作品を網羅した課題曲、名誉だけでなく多額の賞金とそして多くの演奏契約を含む賞の内容。百年後の今日私たちが行っているものと、何ひとつ変るところがない」(52ページ)

 課題曲の範囲の広さから、コンテスタントたちはどんな作曲家の作品でも、ひととおり平均点以上の演奏ができることを求められている。なかでも大きな比重がかかっているのはロマン派、とりわけショパンの作品だ。

「ピアノにおけるコンセルヴァトワールの具体的意味が十九世紀ロマンティシズムの継承であるということは、
 「ショパン(あるいはロマン派の作品)を聴くまで、その才能に決定的評価を下すのは待て」
 という言葉によく象徴されている。
 この言葉は、かつて私が教えを受けたロジーナ・レヴィンやニキータ・マガロフのような、ヴェテラン教育者であると同時に優れた演奏家でもあった人々が実によく口にする言葉であった。即ち、ショパンが弾ける者にはバッハもベートーヴェンもあるいはいっそジョン・ケージまで弾ける可能性があるが、その反対はまず起らない、と」(66〜67ページ)

「好むと好まざるとにかかわらず、ピアニスト修業の仕上げの過程においてロマン派を多く勉強せざるを得ないのは、ピアノという楽器自体の発展と一体化して成熟していったロマン派の奏法を身につけることによってこそ、ピアノの表現能力の多彩さ、そしてその制御方法を知ることになるからである。そしてそのなかに、あたかもロマン派ピアノ音楽の核を成しているかのように存在するのが、フレデリック・ショパンである。
 「ショパンはピアニストの試金石」といわれる意味は、まさにここにある。
 ショパン・コンクールが、そのプログラムの内容をショパンという作曲家の作品に限定しているにもかかわらず、何故チャイコフスキー・コンクールやエリザベス・コンクールなどといった大コンクールと同様に重要視されているのかは、もうここでその理由を改めて述べるまでもないことであろう。
 また、チャイコフスキー・コンクールにしても、その課題曲は古典から現代曲までと幅広いが、しかしその中心となっているのは十九世紀ロマン派の作品と、そしてチャイコフスキーからラフマニノフにつながるロシア・ロマン派の作品であることも当然といえよう」(70〜71ページ)

 ここに書かれているとおり、ロマン派というのはなにも19世紀の作曲家たち、すなわちショパンやリスト、シューマンやメンデルスゾーンのみを指した言葉ではないのだ。その流れはとりわけロシアにおいて長く継承され、チャイコフスキーやリムスキー=コルサコフ、さらにはリヒャルト・シュトラウスやラフマニノフらを輩出した。コンクールと関連してじつにおもしろいのは、このロシア・ロマン派の最後の継承者と言われたピアニスト、ウラディミール・ホロヴィッツに対する審査員たちの評価である。

「コンクールにおける審査には「コンセルヴァトワール」に象徴される或るオーソドックスな価値判断の基準があり、その基準とはよい音楽を生むためのさまざまな具体的な要素の集積として採点される現実性を或る程度までもっている(そうでなければ、コンクールは成立しない)。ところが、一見唐突のようではあるが、そういった価値基準を総合し、つきつめていったところには、コンクールの現実とはかけ離れた理想のピアノ音楽、理想のピアニストとでも呼ぶべきものがあるわけで、そういった理想のいわば典型が、現在ではホロヴィッツとリヒテルに代表されるのである。
 たとえばどこのコンクールにおいても、審査をしながら審査員たちが、思わず冗談半分にぼやく言葉がある。
 「こんなに厳しい審査では、仮にホロヴィッツが受けたとしても、とうてい受かりっこないだろうね」
 これは大体、一つのミスもせず難曲を速いテンポで弾きのけ、にもかかわらず結局落選という結果に終ったコンテスタントたちの点数を眺めたりしているときに出る冗談である。ところがそうぼやく彼らが、ではピアニストの中でいったい誰を一番尊敬しているかといえば、異口同音に、「ホロヴィッツ」という答が返ってくるのだ」(59〜60ページ)

 クラシック音楽が好きなひとにはわざわざ言うまでもないことだが、ホロヴィッツというのは逸話の多い人物で、いまでもじつにたくさんの人びとに愛されている。そのことがよくわかるのは彼についてなにかが語られるときで、そういうときの語り口はたいてい、ちょうど親しい友人の話をしているときのような、語っているひとの微笑みが目に浮かんでくるような愛情のこもったものなのだ。本書でもハロルド・ショーンバーグはこんなことを言っている。「ホロヴィッツに、ネコの脳ミソほどの知性も期待してるやつはいないよ。しかし、彼の演奏は素晴しい」(234ページ)。同時代のピアニスト、こちらもまた圧倒的技巧で知られる、スヴャトスラフ・リヒテルとの対比もじつに興味深い。

「端的に言ってホロヴィッツは、ピアニズムからいうとラフマニノフで頂点を極めた十九世紀ロマン派的ロシアン・スクールの、現代における唯一の継承者といえよう。彼が現代最高のテクニシャンである(あった?)ことは知られているが、しかしその魅力の最大の特徴は、実はディテイルの扱い方にひそんでいる。たとえば、ショパンのマズルカなどにおけるさり気ないメロディの歌い方、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」の二曲目などの内声部のゆらめきなど、何気ないものが彼によって突如ズームレンズのように拡大されたり、遠くにふっと突き放されたりする。メロディやベースを美しく魅惑的に弾くピアニストは沢山いるが、ホロヴィッツのように内声にひそむさまざまなメロディを、あたかも第三本目の手が備わっているかのように自由奔放に弾きのけるピアニストは他にいない。
 興味深いことに、そういった彼の最も魅惑的なディテイル、例えば或る一音を強調する為にハーモニーを崩して弾いたり、構成上当然大きく盛り上ってしかるべき個所を、むしろ逆に弱音におとして心理的な効果を一層高めるというようなことは、大抵の場合、アカデミックな演奏解釈の約束事においては「やってはならない」とされていることが多い。即ちホロヴィッツの演奏には、世のまじめな先生方が「真似をしてはいけませんよ」と生徒に諭すものの典型が「きらきらと」溢れているのである」(61〜62ページ)

「リヒテルの演奏は、すべてのピアニストから尊敬され、勉強の手本とされる。しかし、「リヒテルのようなピアニストを目指して頑張ろう」と本気で思うピアニストは少ない。というところがまた、極めて興味深い点であろう。
 一方ホロヴィッツの演奏は、すべてのピアニストから憧れられるが、実際に勉強の手本にしたら一巻の終りだと広く信じられている。まるでセレーネかローレライといった感じであるが、しかし、「ホロヴィッツのようになりたい」と心密かに思ったことのないピアニストはいない」(62〜63ページ)

 コンクールという場においては、ホロヴィッツのような異常な天才は求められていないのだ。求められていない、というのは言いすぎかもしれないが、たとえば特定の作曲家の作品だけを抜群にうまく弾ける、といった類の個性的なピアニストは、コンクールの膨大な課題曲を前にしては勝ち抜くことができない。必然的に、オールラウンダータイプのピアニストばかりが駒を進めることになるのだ。

「コンクールの参加年齢の制限は、簡単に言うと、コンクールというものが、クラシック音楽の普及とその大衆化という社会基盤の発展の上に成立したことに関係する。
 クラシック音楽の普及と大衆化とは、即ち音楽教育の普及と制度化ということでもあるが、それは言いかえると、優れたピアニストが広く組織的に育てられることを可能にする一方で、思いもかけぬ神童が突如として未知の領域に生れる、そしてしかも三十歳過ぎまで埋れたまま終る、などということはほぼあり得ない、という状況を「常識」としてもたらしたと思われるのである。言ってみれば、コンクールとは極端に早熟、或いは極端に晩成の異常な天才のためにあるものでなく、あくまでも正常な才能のための定期的発掘装置とでもいうべきものなのだ。
 言うまでもなくこれは、なんだか少し淋しいような常識である。とりわけ早熟の天才を期待しないという意味を持つ下限制限の方は、夢に欠けるであろう。そこで興味深いことには、むしろそのアンチテーゼのように、欧米には神童モーツァルトの六歳でのデビュー以来、まことに根強い「神童出現願望」のようなものがあって、それはそれで伝統化されている感じさえある」(44〜45ページ)

「このような形でふるいにかけられると、結果は当然のこととして、「万能型」のピアニスト、しかもロマン派音楽の演奏において「ヴィルチュオジティ」をふるうタイプのピアニストが、一般に有利になる傾向になる。82年、86年と二度にわたって、私が審査員として見聞したチャイコフスキー・コンクールに限っていっても、たとえば或るピアニストがモーツァルトやバッハ、あるいはドビュッシー、ラヴェルといったロシア物以外の或る特定の作曲家の作品において、仮に圧倒的な出来映えを披露しようとも、そういったいわば異能奇才型よりも、満遍なく一応すべてのピアノのレパートリーを水準以上に演奏し、バランスよく能力を披瀝する優秀な“凡才”の方が、はるかに勝ち残る可能性をもつということがいえるのである」(160ページ)

 中村紘子は審査員として、万能型ではないという理由でコンクールを去っていった、優秀なピアニストたちのことを想う。

「第一次予選の百十一人のなかには、本当に素晴しい才能に恵まれた若者が、少なからずいた。ある者はバッハを、ある者はベートーヴェンを、実に深い味わいと共に演奏した。しかし、ラフマニノフやリストやショパンで失敗し、ステージから消えていった。その姿を思うと、私の心は痛む。チャイコフスキーのあの華やかなピアノ協奏曲が弾けなくとも、あのように美しく知的なバッハが弾けるなら、それもまた素晴しい人生ではないだろうか、と、私の心は恐らくはもう二度と聴くチャンスは廻ってこないであろうランダルのバッハを懐かしむ」(175〜176ページ)

「あの、ランダルをはじめとするいわば万能型ではない、しかし素晴しい才能に恵まれた若者たちの中から、未来のミケランジェリやベルマンが育つだろうか。そしてその特異な才能を発揮させられる場に十分恵まれるだろうか。そんなことをふと想像するとき、私は、人が人を選ぶコンクールというものの虚しさ哀しさ、とでもいったような感情が、一瞬私の心の中深くを通り過ぎていくのを感じるのだった」(176〜177ページ)

 もちろん、コンクールだけがピアニストとしてデビューするための道というわけではない。上に名前が挙がっているミケランジェリやベルマンというのは、エリザベス・コンクールで失敗をしながら、その後世界的な名声を築きあげたという稀有な例である。とはいえ、そういった人びとがやはり幸運な例外であるということも忘れてはならない。そうでなければ、こんなにも厳しいコンクールをわざわざ受ける人間などいないだろう。幸運を求めるピアニストたちのエピソードとして、以下のルービンシュタインに関する逸話には衝撃を受けた。中村紘子が演奏会前の楽屋に、挨拶に行ったときの話である。

「そのとき、私たちの横を黙ってすり抜けて楽屋を出ていく三人の若者がいた。あとで知ったのだが、なんと彼らは高齢のルービンシュタインの万が一を狙って自主的に現れ待機していた無名のピアニストたちだったのである。彼らは、老ルービンシュタインにとっては気の毒なことだが彼らにとっては千載一遇の幸運になるかもしれないこと、の勃発を期待していたわけだ。もっとも、そんな若者が目の前をウロチョロしていたにもかかわらず、この当時すでに八十六歳の老巨匠は若者顔負けのエネルギーと艶やかさをもって、ショパンとベートーヴェンの協奏曲を二曲演奏し、更に余裕たっぷりにアンコールを三曲弾きのけて、悠々とステージを退場したのであった」(56ページ)

 おとなしくコンクールを受けて研鑽を積むことにしたピアニストたちの道も、一筋縄ではいかない。コンクールの乱立と課題曲の構成の類似は、「プロフェッショナル・ファイナリスト」と呼ばれる人びとを生みだしてしまったのだ。

「近年、国際コンクールの席上でしばしばささやかれていることとして、大物の新人が見当らなくなったこと、一位が登場しても芸術家として大成しなくなったこと、などがあるということは既に述べた。今改めて思うことだが、若いピアニストが、乱立するコンクールという場で例の「プロフェッショナル・ファイナリスト」としてあちらで三位、こちらで二位と経験を積み重ねていく過程において、何か芸術家にとって大変に大切なものをすり減らしていっているということが確かにあるのではないだろうか。
 今回のチャイコフスキー・コンクールにおいても、その甚だしい例として、世界の主だったコンクールを十数ヵ所受けて、みなそれぞれに二位や三位や六位や七位を獲得したというキャリアをもつ猛者がいた。しかしそれは彼の演奏の平均点の高さを示して人々を感心させる効果よりも、彼のピアニストとしての資質のなかで、何か決定的な魅力が欠如しているのではないかという疑惑、いや確証につながってしまうことになった。コンクールのヴェテランたちの演奏を聴く時、ふと私は、若い才能を聴く喜びよりも未来を憂う重い気持にさせられてしまうことがある」(303ページ)

「彼らは必ずしも優勝を狙ってくるわけではないのですよ。彼らのなかには、ただよい聴き手の前で演奏するチャンスが欲しくてくる、いわば永遠のアマチュア・ピアニストがいるんです。彼らには弾くチャンスがない。たとえあったとしても、よい聴き手、彼らが信頼するに足るような聴き手に聴いてもらうチャンスなど、全くない。コンクールにくれば、少なくとも審査員たちは真面目に聴いてくれますからね」(308〜309ページ)

 これは、とても淋しいことだ。

「プロの演奏家と学生の演奏との相違はなにか。それは、他者の耳と心に曝された体験の多さと深さで決まる。他者の耳と心に曝されることによって、プロはしたたかにたくましく、より複雑に成長をとげていく」(123ページ)

 クラシック音楽界における需要と供給のアンバランスはじつに深刻な問題で、「コンサートよりもコンサートに出たいピアニストの数の方が上廻る」のである(301〜302ページ)。そのくせ乱立するコンクールはたくさんのコンクール優勝者を輩出し、それらに片っ端から挑戦する「プロフェッショナル・ファイナリスト」のような人びとを生みだしてしまう。問題はあまりにも根深い。

「クライバーンのようにずば抜けた才能が参加していないときには、コンクールというのはまことに判定が難しくなる。そんな場合、特に審査員が多い大コンクールとなると評価は極端にまちまちとなり、そうした中で突如幸運に見離される者が出るかと思えば、風向きがくるりと変って幸運を手にする者も出てくる。一位もそうだが、特に二位以下の判定は曖昧にならざるを得ない。すなわちコンクールであるからには、それがどの程度のものであれ一位にはそれなりの意味がある。しかし、一位以外であるならば二位も十位も、あるいは三位も六位も、その才能や技術には数字で表されるほどの違いはないといっていい」(172ページ)

「どこのコンクールでも、古典から現代曲に至るまでのピアノ独奏曲の主要作品を中心に課題曲が構成されており、違いといえば、モスクワではチャイコフスキーを、スペインのコンクールではアルベニスを弾かされるといったこと、また場合によってはセミ・ファイナルで他の器楽と室内楽を演奏させられる、といった程度でしかない。そして、しかもその課題プログラムは、現代では質量共にますます重くなって、時には「いったいこのコンクールは、何を目的としてこんなに多大な量のプログラムを参加者たちに要求するのだろうか」と、半ば呆れさせられてしまうことさえある。これでは、まるでピアノ演奏のトライアスロンではあるまいか。実際のところ、参加者たちは、音楽的才能や芸術的感性がいかに優れているかなどということよりも先に、一にも二にも人並みはずれて強靱な肉体、体力と、そして何事にもたじろがない図太い神経を持ち合せていなければ、こうしたタフな長丁場を勝ち抜いてはいけなくなる。「悩める青白きインテリタイプの病的芸術家」ふうなどでは、とてもピアニストとして生きていくことはできないといった有様になっているのである」(281〜282ページ)

 ところで、コンクールの本選ではオーケストラとの協奏曲が課題となることが多いが、協奏曲においては経験がものを言うのだそうだ。プロとしてデビューする前のコンテスタントたちに、オーケストラと協演する機会などそうそうあるものではないだろうから、これはじつに苛酷な課題といえるだろう。なぜ経験が重要なのか、中村紘子は自身のピアニストとしての体験から、とても貴重なことを書いてくれている。

「一般的にいっても、普通の演奏会の場合、オーケストラとソリストが合せるチャンスは、滅多に上演されることのないような難曲大曲あるいは現代物の初演などということでもない限り、大抵は前日と当日の会場練習との二回限り、というのが国際的にも習慣となっているようである。
 もちろん、その作品をオーケストラと合せた経験がない場合は、私たちソリストはオーケストラ・スコア片手にレコードを聴いたりするのはもちろんのこと、友人などに頼んでオーケストラの部分をピアノで弾いて貰って二台のピアノで一緒に合せたりして、事前にオーケストラ・サウンドに馴染んでおこうと努力する。
 具体的に言うと、ここでティンパニーを三拍聴いて、四拍目に一緒に出る、次は主題がチェロに移って、ピアノは半拍ずつズレながらそれに合せる、そして、という具合に、協演のポイントをチェックし、ピアノ譜に注意マークを書き込んだり、あれこれと詳しく分析をしたりする訳だが、ところが、ああ、なんということだろう、いざ、オーケストラと一緒に弾き始めてみると、どういう訳かレコードでは手にとるように聴こえていたチェロが、実際にはさっぱり響いてこない、などといった事態が必ず、それも一つや二つならず発生するのだ。そのため、あのチェロを合図にこちらが弾き始めればいい、などと頼りにしていると、とんでもないことになったりして、それでカーッとあがってしまって、あとはもう……といったような苦い味わいを、ソリストならば誰しもが一度は体験しているであろう」(252〜253ページ)

「オーケストラにぐるりと囲まれて座ってみて初めて知るのだが、あの中には響きの時差とでもいうようなものも存在するし、自分の近くに座って演奏している楽器の響きに消されてしまって、遠くにある楽器の音が聴きとり難くなるなどということは、むしろ当然のことである。例えばベートーヴェンのピアノ協奏曲第五番に「皇帝」というニックネームで知られた名曲があるが、その最終楽章のそれこそ一番最後の部分に、十四小節にわたってピアノとティンパニーだけが二人で演奏する個所がある。だんだん音を弱めテンポもゆるやかになっていって、そのあと華やかに一気に駆けのぼるフィニッシュを「嵐の前の静けさ」ふうに強調する部分なので、とても緊張感に満ちているのだが、この部分はコンサートホールの響きによっては、オーケストラの最端部に陣取っているティンパニーと最前列中央のピアノとの間に時差が生じて合せにくくなるのだ。お互いに見合ったりして合せようとすると、音はかえってズレたりする。こんなときは、ほとんどカンに頼る他はない。何故、指揮者という存在が原則として皆より一段高い所に上って、しかも立ちっ放しでいることになっているのかが、突如として納得させられたりもする。私のやや強引な一人合点によれば、あれでは恐らく背のひどく高い指揮者とひどく低い指揮者では、それが良いか悪いかはべつとして、聴こえてくる音響の世界は相当に違ったものとなっているに相違ない」(253〜254ページ)

 これからコンクールを受けようと思っている日本人ピアニストは、中村紘子の著作の存在を喜ぶことだろう。がんばれ。日本人ピアニストといえば、こんな記述もあった。

「国際的なコンクールなどの場では何故か今でも依然として、日本人のピアニストといえば「一つのミスもなく平然と演奏するが、機械のように無表情である」「きちんと弾くが、個性に乏しい」といった評判を耳にする。今回のチャイコフスキー・コンクールにおいても、善戦した岡田氏や小川さんに対して、むしろ予想以上に厳しく醒めた反応があったのも、このような先入観によるところがあるのではないかと思われる。こうした印象は、ワーカホリックでエコノミック・アニマルとされる例の日本人の既成流通イメージと重なって、一般論としては何やらもっともらしい説得力さえ帯びてくる感じがある。そしてコンクールの場で私が一番つらくもの思いに沈むのは、実にこの点に他ならない」(222ページ)

 がんばれ。

 それから、クラシック音楽の演奏家、とりわけピアニストを育む土壌についても、印象的な文章があった。これはなにもクラシック音楽にかぎったことではなく、おもしろいものに溢れている現代ではすべての芸術に共通の困難なのではないかと思う。

「極端に乱暴で大雑把な言い方になるが、クラシックの演奏家、特にピアニストは、要するに他に面白いことがいっぱいある社会では成熟しにくいのではあるまいか、と私はかねがね考えてきた。経済的にも豊かで、多元的な価値観のもと、文化的にも技術的にも次々と新しい知的冒険と刺激が生まれ、多様なライフ・スタイルが試みられる社会では、長時間に亘る持続的で精妙な鍛錬を必要とするピアニストの育つ土壌は極めて限られるのではないか。逆に言えば、或る程度貧しく、固定された価値観のもとにあって、保守的で時の歩みの遅い種類の国の方がピアニストにはよろしい……」(360ページ)

 でも、そのぶん続けることにも価値が生まれるのだ。

 中村紘子の文章はユーモラスで、ひとつの大きなテーマがあると、じつに楽しく言葉を紡いでいってくれる。テーマが、などと余計なことを書いたのは、じつはこの本よりも先に、同じ著者の『ピアニストという蛮族がいる』を読んでいたからだ。これについては、いずれこの本を紹介するときに書こうと思っている。

 ぐんぐん進んでいける読みやすさや現実特有のおかしみなど、ノンフィクション作品の持つ楽しさに溢れた一冊で、すばらしい読書時間を過ごせた。これはおすすめ。

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田園交響楽 先日の『クロイツェル・ソナタ』に引き続き、青柳いづみこの『六本指のゴルトベルク』に紹介されていて、どうしようもなく読みたくなった本。さすがは神西清、文字の大きさだけを変えつづける新潮文庫の海外文学のなかにあって、すこしも訳文が古びていない稀有な例である。


アンドレ・ジッド(神西清訳)『田園交響楽』新潮文庫、1952年。

 いま、また音楽を聴いている。わざわざ書くまでもなく、曲はベートーヴェンの交響曲第六番「田園」だ。指揮はカルロス・クライバー。この指揮者の名はクラシックの愛好家のあいだではすでに伝説となっていて、録音嫌いな彼が遺した数少ない演奏はどれも「超」が付くほどの名盤として大切にされている。ヨハン・シュトラウス二世とベートーヴェンのものは特に有名で、とりわけ後者の交響曲第四番にいたっては、わたしはこの指揮者のものを聴いてから他の録音が聴けなくなってしまったほどだ(ついでに書くと、幸福な例外は「リハーサルの鬼」として知られるセルジュ・チェリビダッケのそれで、テンポがまったく異なり、ほとんど別の曲のように聴ける。ちなみに彼もまた録音嫌いで有名な指揮者である)。

 ヘ長調で書かれていることや「田園」という標題からも連想されるとおり、全体的にとても明るい、爽やかな曲である。五楽章から成り、珍しいことにそれぞれの楽章にも標題が付されている。第一楽章「田舎に到着したときの晴れやかな気分」、第二楽章「小川のほとりの情景」、第三楽章「農民たちの楽しい集い」、第四楽章「雷雨、嵐」、そして第五楽章「牧人の歌 嵐のあとの喜ばしく感謝に満ちた気分」。後半の三楽章は切れ目なく連続して演奏され、ヘ長調、ヘ短調、そしてまたヘ長調と、情景が目まぐるしく変化する。

 ベートーヴェンがこれと並行して交響曲第五番「運命」の作曲にとりかかっていたことはよく知られていて、彼は現代風に言えばマルチタスクの名人だった。「運命」と「田園」という対比からもわかるとおり、同時期に書かれたものはたいてい雰囲気をまったく異にしている。ひょっとするとベートーヴェンは、とめどなく溢れてくる色とりどりの着想を余さず記録するために、常に複数の受け皿を必要としていたのかもしれない。単純に言ってしまえば、悲痛なものは「運命」に、陽気なものは「田園」に、といった風に、汲めど尽きせぬ音楽の泉からこぼれだした着想を割り振っていたのではないだろうか。

 交響曲第六番「田園」には、悲愴なところがすこしもない。それはすべて「運命」に吸収されてしまっていたのだから。アンドレ・ジッドは、そこに目をつけた。

 ジッドの『田園交響楽』は、ひょんなことから盲目の少女ジェルトリュードを引きとることになった牧師の話である。死に瀕した老婆に祈りを捧げるために赴いた家で、牧師は少女と出会う。この出会いの情景は、読む者に壮絶な印象を与えるものだ。

「近所の女は蝋燭を手に取って、暖炉のほうへ差しつけて見せた。火床のなかにうずくまって、どうやら眠っているらしいものの姿が、おぼろに見わけられる。房々した髪の塊が、ほとんどその顔をおおいかくしている。
 「この娘は盲目で、女中さんの話では姪だとかいうことです。家の者といっても、これっきりらしいのです。養育院へでも入れなければなりませんでしょう。さもないとこの娘は、どうなることやらわかりませんものね」
 本人を前において、ずけずけと身の上を決めてかかるのが、私にはいやな気持だった。この薄情な言葉が娘の胸に、どんなに悲しく響くことかと気づかわれた。
 「起さないようにおし」
 せめてこの女の声なりと低くさせようと思って、私は穏やかにそう言った。
 「いいえ、眠っちゃおりますまいよ。この娘は白痴なんでございます。口もきけませんし、人の話も何ひとつわかりませんのです。私は今朝がたからこの部屋におりますが、この娘は身じろぎひとつしないで、じっとこうしていますの。最初は聾かと思いましたが、女中さんの話ではそうでもないらしく、聾なのはお婆さんのほうだということです。その婆さんがまた、この娘にといわず、ほかのだれかれにといわず、まるっきり口をきいたことがなかったそうで、口をあけることといったら、もうよほど以前から、物を食べるときだけだったそうです」」(9〜10ページ)

 ジッドの文章には、ちょうどアナトール・フランスの『シルヴェストル・ボナールの罪』のような、一人称という形式の使い方を熟知した作家だけが与えてくれる安心感がある。上に引いたものだけを見ても明らかだが、すべての描写が語り手の主観と分かちがたく結びついていて、三人称のときに絶えず忍びこんでくる無駄がすこしもない(これに関してはヴァレリーが、自分はぜったいに「侯爵夫人は五時に外出した」というような文章を書かないだろう、と見事に要約してくれている)。

「まだ気持ははっきり決っていたわけでもなく、そのまましばらくは老婆の寝顔に、じっと見入っていた。落ちくぼんで、ひだの寄った口もとは、びた一文も出すことではないと、紐できりりとくくった守銭奴の財布の口を思わせた」(10〜11ページ)

「もし人間に、いい加減な反対を唱えてうれしがる癖がなかったら、世間の物事はずいぶんすらすら運ぶにちがいない。周囲の者の、「あいつに何ができるものか」と繰り返す声が耳にはいるばかりに、私たちは、したいと思うあれやこれやのことを、子供のころからどれだけ手をつけずにすごしてきたことだろう」(11ページ)

 とりわけ傑作なのは妻アメリーの描き方だ。どんな読者も彼女に対して好意的にはなれなくなるような描写なのに、それでいて彼女はじつに魅力的なのだ。彼女の名が出てくるたびに、お、今度はなにをやらかしてくれるのかな、と期待してしまう。

「アメリーは、どうせ私なんか、なんの言うこともないのですけれどと、いつも長談義にはつきものの前置きから始めて、それにあなたが、たとえどんなに習慣や常識にはずれた非実際的なことをお思いつきになろうと、私はやっぱりあなたの言いなりになっているほかはありませんものねなどと、不服を並べはじめた」(15ページ)

「妻の詰問の初めの文句を聞きながら、キリストの言葉が胸から口もとまで上がってきた。しかし、聖書の権威のかげに自分の行為をかくまうのは、いかにもにがにがしいことに思われたので、私はそれをじっと噛み殺してしまった」(16ページ)

 アメリーは盲目の少女ジェルトリュードを家族の一員に加えることにそもそも反対していたため、物語全編を通じてことあるごとに、夫である牧師を苛立たせるのだ。彼女の態度はじつにいやらしく、ねちねちとしている。読者はかなり早い段階で彼女の性格を知らされるので、牧師がなにかするたびにこの妻の反応を思って、夫が悩みはじめるよりも先に戦々兢々することになるのだ。

「白状すると、行きつけの小間物屋の払いをすませ、ついでに糸を一箱買ってきてくれというアメリーの頼みを、ヌーシャテルに着くやいなや私はすっかり忘れてしまったのだ。これには、おそらく彼女が腹を立てたより以上に、私も自分で自分に腹が立った。けっして忘れまいと心に誓ったことではあり、「小事に忠実なものは大事にも忠実ならん」ということも心得てはいるし、忘れたら最後どんな文句をつけられまいでもないことも、内々恐れていた私であってみれば、なおさらのことであった。責められる義理は立派にあるのだから、いっそ頭ごなしに責めつけてもらいたかった。だが例のひとり合点の不服を心のなかに包んだ彼女は、はっきりと非難の言葉を口に出そうとはしなかった。ああ、疑心暗鬼などには耳もかさずに、現実の悪だけで満足ができたなら、人生はどんなに美しく、われわれの不幸はどんなにか忍びやすいことだろうか」(47ページ)

 さて、盲目の少女ジェルトリュードは、牧師のもとで教育を受けはじめる。生まれつき目の見えない者にいかにして教育を授けるかというくだりは、じつに興味深く読んだ。ずいぶん前、サラマーゴの『白の闇』やアデアの『閉じた本』を紹介したときにも書いたけれど、わたしは目が見えないということと文学の関連性にただならぬ関心を持っている。小説を読みながらわたしたちが見る景色というのは、盲人に対して語られる世界の景色とほとんど変わらないはずだからだ。

 だがもちろん、盲目の人びとは小説に登場する風景を実際に見たことがないのだから、勝手はぜんぜんちがってくる。というか、彼らが抱えている困難は、はっきり言ってわたしの想像を絶している。ジェルトリュードが言葉を解するようになってから牧師に話すことは、どれもじつに突飛で、印象的だ。

「あとで話してくれたことだが、そのとき聞いた鳥の歌声を、頬や手をなでるあの熱と同じに、やはり光の作用なのだと想像していたそうである。もとより深く考えたわけでもないが、熱い空気が歌いはじめるのは、水を火にかけると煮えたつのと同じことで、すこしも不思議はないと思っていたという」(32〜33ページ)

「よく人のするようにわかったふりをけっしてしないのが、ジェルトリュードの美点だった。わかったふりをする人は、自分の頭の中を知らず知らずのうちに、不正確なあるいは間違った知識で満たし、したがってその判断も毒されていくことになるのだ。彼女にあっては、その明確な観念を把握できないかぎり、あらゆる概念はいつまでも不安と焦慮の種になった」(39ページ)

 そして牧師のまえに立ちはだかった最大の困難のひとつが、色という概念の説明である。ここに、とうとう音楽が登場する。

「そのうちに、ヌーシャテルへ連れて行って、そこの音楽会を聞かせる機会があった。交響楽の中のいちいちの楽器の役割は、偶然にも色の問題を解くのに都合がよかった。真鍮楽器、弦楽器、木管楽器が、それぞれみんな違った音色をもち、音の強弱はあるにしても、それぞれいちばん高い音からいちばん低い音にいたるまでいっさいの音階が出せることを、ジェルトリュードに気づかせておいて、さてそれと同じようにして自然界にも、ホルンやトロンボーンの音色に似た赤と橙色、バイオリンやセロやバスに似た黄色と緑、それからフルート、クラリネット、オーボエなどを思わせる紫や青のあることを、考えてごらんと言ってみた。するとたちまち、疑惑の色は消えて、魂の中からわき出た一種の恍惚がこれに代った。――
 「じゃ、どんなにきれいなことでしょうねえ!」と、彼女は繰り返して叫んだ」(37ページ)

 この文脈に沿って考えてみれば、「音色」という日本語の字面はじつに気が利いているではないか。そしてジェルトリュードの世界の美しさは、彼女がベートーヴェンの「田園」を聴いたことによって最高潮に達する。

「曲目はうってつけの『田園交響楽』だった。私が「うってつけの」と言うのは、だれにもすぐ合点がゆくように、この作品ほど彼女に聞かせたい作品はないからである。会場を出てからも、ジェルトリュードはずっと黙りつづけて、深い法悦にひたっている様子だった。
 「あなたがたの見てらっしゃる世界は、本当にあんなに美しいのですか?」彼女はやがてこう言った。
 「あんなに、っていうのは?」
 「あの『小川のほとりの景色』のように」
 私はすぐには答えられなかった。えも言われぬその諧調が、実は世界をあるがままに写しだしたものではなくて、もし悪と罪とがなかったらさだめしこうもあろうか、こうもあったろうかという世界を描いたものだと私には思い返されたからである。それに私は、悪や罪や死のことを、まだジェルトリュードに言いだせずにいたのである。
 「目の見える人間は」と、私はやっとのことで言った、「見えるという幸福を知らずにいるのだよ」
 「けれど、目の見えないあたしは」と彼女はすぐさま叫んだ、「耳できく幸福を知っていますわ」」(39〜40ページ)

 ジェルトリュードがとりわけ第二楽章を名指していることにも注目したい。変ロ長調で書かれたこの楽章は「田園」のなかでも特に静謐な性格を備えていて、ベートーヴェンによる標題のとおり、まさしく自然を描いた楽章なのだ。そのあまりの美しさは、ジェルトリュードに疑いの種さえ植えつけてしまう。

「「ほんとうに」と彼女は言った、「この世界は、小鳥の歌うようにきれいなのかしら? なぜ人間はもっとそのことを話さないのでしょう? あなただって、ちっとも話してくださらないんですもの。見えないので、私が悲しがりはしないかと、それがご心配なの? そんなことありませんわ。私には鳥の声がこんなによく聞えて、言っていることがすっかりわかるような気がしますもの」」(33ページ)

「「まあ、あなたは、あたしを安心させようとばかりなさるのね」と、彼女は何かしらいらだたしげな調子で言った、「あたし別に、安心させていただきたくはないんですの。ちゃんとわかっていますわ、あたしに言わずにかくしてらっしゃることが、たくさんあることぐらい。あたしに心配させまい、気をもませまいってね。……あたし、知らないことがあんまりたくさんあるものだから、つい時々……」
 彼女の声はだんだん低くなり、やがて息ぎれがしたように彼女は立ちどまった。その言葉じりを引きとって私が、
 「時々、どうなの?……」と聞くと、
 「つい時々」と彼女は悲しそうに言いついだ、「あなたが授けてくださる幸福は、何から何まであたしの無知の上に築かれているような気がしますの」」(92〜93ページ)

 ジェルトリュードの知性の発達は留まるところを知らず、やがて牧師の手に負えなくなり、彼らの関係にも変化が生じはじめる。

「なんとか言いくるめようとしてみたがだめだった。総くずれになった私の論法の退却を告げる太鼓の音のように、私の心臓は激しく鳴っていた」(96ページ)

「主よ、夜というものを、これほど深くこれほど美しいものにお仕立てになったのは、わたくしたちのためなのでしょうか。それとも、わたくしのためなのでしょうか」(98ページ)

 一足飛びに終盤まで飛んでしまうことになるが、ジェルトリュードの視力は、手術によって回復する。そして目が見えるようになった彼女は、「田園」の背後に隠されていたもうひとつの世界、ベートーヴェンの喩えにこだわるなら「運命」のほうの世界と、対峙することになるのだ。そこから先は、ご自身の目で確認してもらいたい。

「人の魂にとっては、この世を残るくまなく曇らせ汚し堕落させ苦しませる無秩序や罪悪よりも、美や安らぎや調和などを思い描くほうが、いっそう容易でもあり自然でもあるわけだ。ところでわれわれの五官なるものは、いま言ったような無秩序なり罪悪なりについてわれわれに教えるとともに、われわれを助けて、この世に何らかの寄与をさせようとするものだ、とね。だから僕は、ウェルギリウスの句 Fortunatos nimium(まことに幸いなるかな)の次には、彼の言った Si sua bona norint(おのが幸福を知らば)よりも、むしろ Si sua mala nescient(おのが不幸を知らざりせば)と続けたいものと思うなあ。不幸を知らずにいられたら、人間はどんなに幸福だろう!」(27ページ)

「キリストのあのお言葉を思い出してくださいまし――『もし盲目なりせば、罪なかりしならん』。ところが今では、あたし目が見えるのです」(109ページ)

 フランス文学者の若林真も、巻末の「解説」風の文章のなかでこう書いている。

「依然として問題は残る。われわれは作者から最終的な解答を期待してもしょせんむだだろう。解答は読者各人がそれぞれの内心の独白のなかに見つけ出すべきものであり、読者の心にそういう独白を誘発することこそ作者ジッドの意図だったのだから」(若林真「『田園交響楽』について」より、134ページ)

 巻末にはまた、新庄嘉章による「ジッドの生涯と作品」という文章も寄せられている。1920年代パリの文学風景について興味津々なわたしとしては、1909年の『nrf』創刊のくだりがたまらなかった。

「この雑誌は別に新しい特定の主義主張をかかげたものではなく、各自の内的完成によって芸術のモラルを打ち立てようという誠実さを持っていて、当時の商業主義に毒されていた文壇に新風を吹きこんだ。そしてこの雑誌を中心として、彼の周囲には、アラン=フルニエ、ロジェ・マルタン・デュ・ガール、ヴァレリー・ラルボー、ジュール・ロマン、ジェック・リヴィエール等の若い有望な人々が集まった」(新庄嘉章「ジッドの生涯と作品」より、120ページ)

 新潮社は一時期ジッドに対してかなり好意的だったのだが、今ではこの『田園交響楽』以外には『狭き門』が残っているばかり、しかもこちらはひどい翻訳だった記憶がある。堀口大學訳の『一粒の麦もし死なずば』や石川淳訳の『背徳者』といった、訳者名を挙げるだけでも眩暈がするような作品に関しては、すでに絶版になってしまっていて久しく、復刊もあまり期待できなさそうだ。ペトラルカの表現を借りると、これは「私には大きな悲しみであり、現代にとっては大きな恥辱、後世にたいしては大きな不正」である(ペトラルカ『ルネサンス書簡集』153ページ)。

「ジッドの作品はそれぞれ、彼が人間性の自由を探し求めて彷徨したその巡礼の途上に打ち立てられた道標である。従ってそこには、完成したものはみられない。しかし、それは単なる未完成ではない。時代とともに悩み、時代とともに成長した発展途上の未完成である。ジッドは常に動いていった。そして、常に成長するものの味方であった。固定した、発展のない完成の敵であった」(新庄嘉章「ジッドの生涯と作品」より、125ページ)

「ジッドは小説の分野における大胆な実験者であった。彼は正しいと信じたことを宣言した。彼は純粋なモラリストであった。短見な道学者は彼に非難を投げかけたけれども、彼は精神の好奇心の極点を持ちつづけていった。彼の場合におけるような高度の好奇心は、懐疑主義となり、この懐疑主義はさらに創造力と変ってくる。彼はこの好奇心を、彼の好きな先人ゲーテとともに分け持っていた。彼はゲーテのように、絶え間ない衝動によって動かされ、探究の方に絶えず押しやられていた。魂の平穏無事や逃避は、彼のとらないところだった。不安、創造的な懐疑、無限の真理探求が、彼の領分だった。そしてこの真理の方へ、英知と芸術とによって与えられたあらゆる方法を以て、進もうと努力したのだった」(新庄嘉章「ジッドの生涯と作品」より、トーマス・マンの言葉、125〜126ページ)

 きっと長生きだったためだろうが、ジッドがヴァレリーやプルーストと同時代人だった、とあらためて考えてみると、軽い衝撃を受ける。これまで、わたしはこの作家をあまりにも蔑ろにしすぎてきたような気がする。フランス語の原書ではまだほとんどのものが新刊として手に入るので、もっと読んでみたいと思った。ジッドとヴァレリーの『往復書簡集』にも、興味津々である。

〈盲目であるということ〉
ジョゼ・サラマーゴ『白の闇』
ギルバート・アデア『閉じた本』
H・G・ウェルズ「盲人国」『タイム・マシン』

〈読みたくなった本〉
ディケンズ『炉ばたのこおろぎ』
「それから彼は、ディケンズのある小説のことを話した。これはローラ・ブリッジマンのことから直接ヒントを得たものにちがいないと言って、すぐに送ってよこすと約束した。はたして四日すると私は『炉ばたのこおろぎ』を受け取って、非常におもしろく読んだ。これは盲目の少女の物語で、いささか長すぎるけれど、ところどころ感動ぶかい個所がある。貧しい玩具作りの父親が、娘を安心と富と幸福の幻影のなかに住まわせておく話である。ディケンズは、この偽りをどうにかして信仰に適わせようと筆をふるっているが、ありがたいことに私は、ジェルトリュードのことでその真似をする必要はないだろう」(27〜28ページ)

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