ハムレット『オセロー』、『リア王』、『マクベス』と共に「四大悲劇」の一つとして数えられている作品、『ハムレット』。


ウィリアム・シェイクスピア(小田島雄志訳)『シェイクスピア全集23 ハムレット』白水uブックス、1983年。

先日まで私に起こっていた「空前のルイス・キャロルブーム」は、「いくらでも解釈の利く作品ブーム」に代わった。エンデの『スナーク狩り』から、ベケットの『ゴドーを待ちながら』、そして今、『ハムレット』である。

『ハムレット』は復讐の物語である。あらすじを略記するので、知りたくない方は見ない方がよろしい。

デンマークの王子ハムレットは父の亡霊の教えに従い、父を殺し母の再婚相手となった父の弟、自らの叔父にあたる現王クローディアスに復讐することを誓う。
ハムレットは狂人を装い機会を窺うが、過失から愛するオフィーリアの実父、ポローニアスを殺してしまい、オフィーリアは発狂、川に身を投げ、死んでしまう。
父と妹を失ったレアティーズはハムレットへの復讐を誓い、危惧を感じた国王クローディアスと共に計略を練る。
そしてハムレットとレアティーズの剣闘が準備され、レアティーズには毒を塗った剣が国王から渡される。試合の最中、ハムレットのために用意されていた毒を盛った杯を、何も知らない王妃が口にしてしまう。ハムレットとレアティーズの剣は試合の混乱から入れ替わり、二人とも毒を塗られた剣の傷を負ってしまう。王妃が倒れると、レアティーズが全てを明らかにし、ハムレットは残された力を振り絞り、王に毒の剣を突き刺す。幕の前には四人の死体が並び、あとは沈黙。

これが『ハムレット』である。『ハムレット』においてシェイクスピアが伝えたかったこととは何か、四百年経った今でも、議論は止まない。シェイクスピアの劇中の文言は至るところで引用されているが、その回数が最も多い作品の一つは、この『ハムレット』だろう。

「ハムレット:おお、きみたちか、なつかしいな。どうしている、ギルデンスターン? やあ、ローゼンクランツ、二人とも元気か?
ローゼンクランツ:まあ、並みの人間と変わらぬぐらいには。
ギルデンスターン:しあわせすぎないのが唯一のしあわせといったところです。運命の女神の帽子についた飾り、というわけにはいきません。
ハムレット:といってその靴の底でもあるまい?
ローゼンクランツ:そのとおりです。
ハムレット:それでは女神の腰のあたりか。ご寵愛のどまんなかだな?
ギルデンスターン:まあ、ほどよくかわいがられているほうで。
ハムレット:ほどよく? 情欲でかわいがられているほうだろう。ありそうなことだ、運命の女神は淫売女だからな」(87ページ)

シェイクスピアの名言集など、わざわざ編纂する価値もない。一つ一つの戯曲が、そのまま名言集である。

「きれいに化粧された娼婦の顔は、化粧がきれいなのであって実は醜い、だがそれ以上だ、美しいことばで飾り立てられたおれの行為の醜さは」(109ページ)

「死後の世界は未知の国だ、旅立ったものは一人としてもどったためしがない。それで決心がにぶるのだ、見も知らぬあの世の苦労に飛びこむよりは、慣れたこの世のわずらいをがまんしようと思うのだ」(111ページ)

あらすじだけを追っては何の意味もないほど、魅力的な言葉に溢れている。ストーリーだけを知りたいのなら、ラム姉弟の『シェイクスピア物語』で十分だ。それでもシェイクスピアが読まれるのは、あらすじには書き表せない登場人物たちの応酬のためだろう。

「いったいどんな悪魔にたぶらかされ、盲にひとしい行為をなさってしまったのです? 感じる力はなくても目があれば、目はなくても手があれば、手や目はなくても耳があれば、なにはなくても鼻があれば、こんなばかなまねはできぬはずだ」(152ページ)

「国王:ポローニアスはどこにいる?
ハムレット:天国に。使いをやってごらんなさい。そこにいないとなると、もう一つのところでしょう、ご自分で捜しに行かれるがいい」(169ページ)

四百年も前に書かれた戯曲で、感動できるということは、奇跡だ。あまりにも現代に生きる我々の感性に近い。

「食って寝るだけに生涯のほとんどをついやすとしたら、人間とはなんだ? 畜生と変わりがないではないか。人間に前後を見きわめる大きな力を授けた神は、その能力、神にも似た理性を、使わないままかびさせようとしてお与えになったのではあるまい」(174ページ)

「雀一羽落ちるのも神の摂理。来るべきものはいま来ればあとには来ない、あとで来ないならばいま来るだろう、いまでなくても必ず来るものは来るのだ」(233ページ)

ハムレットのキャラクターが非常に良い。本当にいたらこんなに嫌な奴もいないだろうが、幸いハムレットの皮肉は頭の悪い周囲の人々にはほとんど伝わらない。

実はエンデ全集を購入したとき、同時にこのシェイクスピア全集も購入している。自分への誕生日プレゼントだったのだ。一生楽しめる誕生日プレゼント。片方だけでも贅沢すぎるのに、今は二つの全集が部屋を占有している。どれから手を付けたらいいかわからない。贅沢すぎる悩みである。気長にゆっくりと、読んでいきたい。