サリー・マーラ全集 わたしは馬鹿馬鹿しいことに真剣に取り組む人が好きだ。だから、いちばん好きな作家はいつまでたってもレーモン・クノーなのだ。


レーモン・クノー(中島万紀子訳)「皆いつも女に甘すぎる」『サリー・マーラ全集』水声社、2011年。

 翻訳のないクノーの作品を読みたい一心にフランスまで行った身としては、今年の9月に刊行が始まった「レーモン・クノー・コレクション」は、ちょっと受け入れがたいほどの大事件だった。この「コレクション」、詩集を含まないのでおそらく「全集」を名乗れなかったのだろうが、国書刊行会刊の『あなたまかせのお話』を除く、すべての小説作品を網羅している。ラインナップを見て思わず、まじかよ! と叫んでしまった。全巻予約をし、すでに四冊を購入したいまでも、信じられない。そもそもクノーの作品に、簡単に翻訳できるものなど一作もないのだ。

 とくに驚いたのが、この『サリー・マーラ全集』だ。サリー・マーラとは、簡単に言ってしまえばクノーのペンネームなのだが、その性格はどちらかというとフェルナンド・ペソアの異名に近い。このアイルランドの少女の名が初めて世に出たのは1947年、『皆いつも女に甘すぎる』という小説の原著者として、である。アイルランド語で書かれた小説をミシェル・プレルという言語学者がフランス語に翻訳した、という設定で、初版刊行時にはクノーの名はどこにも書かれていなかった。

 そして1950年には『サリー・マーラの日記』が刊行され、さらに1962年には、これら二作品に「序文」と「もっと内密なサリー」を加えた『サリー・マーラ全集』が「レーモン・クノー著」として世に出ている。この翻訳は1962年版『全集』の順序にのっとって訳出されているので、つまり、二冊の本+αがいきなり本邦初訳されたのだ。ありえない、と叫ばずにいられるだろうか。

 それぞれの作品には少なからぬ関係もあるのだが、ここでは刊行された順番に、三つに分けて記事を書いてみたい。まずは『皆いつも女に甘すぎる』である。わたしが初めてサリー・マーラの名を知ったのも、この小説を通じてのことだった。なにせ、フランスの古本屋に行けば、これは一冊の本としていまでも購入できるのだから。

「マック・コーマックは局長の椅子に座った。彼は電話器を操作して、そして叫んだ。もしもし! もしもし! と、受話器の中へ。聴取器のほうで、応答が聞こえた。もしもし! もしもし! そこで、マック・コーマックは合言葉を声高く言った。
 「フィネガンズ・ウェイク!」」(270〜271ページ)

「「そうか」とカフリーが言った。「今日は新しい言葉を覚える日だな。ジェイムズ・ジョイスの国にいるってことが実感できるよな」」(322ページ)

 これは1916年の「復活祭蜂起」という事件を題材にした小説で、舞台はダブリン、主人公はイギリスに反旗を翻す共和主義者たちである。1916年という設定にもかかわらず、ご覧のとおり彼らの合言葉は「フィネガンズ・ウェイク」。ちなみにジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』が書かれたのは1939年のこと、『ユリシーズ』ですら1922年なので、あきらかに時代背景がおかしなことになっているのだが、そこはクノーのこと、おもしろければ、なんだってありなのである。

「彼はギネスの瓶を取ると、それを飲み屋のスミスの頭で壊した、スミスの頭はざくろシロップ色の黒ビールを滴らせはじめた。しかし彼は死んだわけではなかった、単に殴られただけだった」(286ページ)

「アイルランド的精神の持ち主は、それは知られていることだが、デカルト的理屈の規則には従わないし、実験的方法の規則にも従わない。フランス人でも、英国人でもなく、ブルターニュ人とかなり隣人であるアイルランド人は、「直感」によって行動する」(298ページ)

 アイルランドを舞台にしているということを、ときおり思い出したかのように活用しながら、クノーは物語を押しすすめていく。この小説のストーリーには、じつはとてつもない疾走感があるのだが、それを語る一文があまりにも輝いているので、思わず手を止めてしまうことが多い。

「カリナンは、両手をポケットに入れ、肘掛け椅子に沈み込み、天井に蠅を探しては、それにつばを吐きかけようとしていたが、少し高さがありすぎた」(277ページ)

「夜は、平静で、まばゆい月をその煤色の太腿でしめつけていた、そしてその星座のにこ毛は、メキシコ湾流によってもたらされる古典的なそよ風の息吹に、弱々しく揺れ動いていた。テロリストたちによってテロルにとらわれた民間人たちは家に閉じこもり、軍人たちは、武器を突きつけつつも、戦略・戦術的な動機から、この夜の時間帯の静寂を尊重していた。この時間帯の暗い明るさは、撒き散らされたように約二千の星々が存在するおかげであったが、その約二千の星々というのは、惑星とその衛星は数に入れずにであって、衛星の中でも、比較的最も大きなものは、確実に、先ほどその名をあげたものである」(314ページ)

 確信犯的な表現も多く、読んでいる最中はにやにや笑いが絶えない。ああ、クノーを読んでいるんだ! と、うきうきしてしまう。

「「こんなこと言ってても」とカフリーが言った。「やっぱり何も説明がつかないよ。この子に何もとがめるべき点がないにしても、トイレで何をしようとしてたんだ、このつまんない娘っ子はさ、自分では郵便局女子職員って言ってるけど? どうなんだ? 何しでかしてたんだよ、便所でさ、このイギリスっぺのくそおもしろくもないタラ女は?」
 「もういい」とマック・コーマックが言った。
 彼は叩いた、再び叩いた、再び再び叩いた、再び再び再び叩いた、机の敷物の上を、そしてしたがって(間接的に)机を」(312ページ)

「カリナンは非常に速く熟考した(これほど速く考えるときには、もはや熟考する、という言い方すらしない)」(347ページ)

 この作品が発表された当初、クノーがどの程度正体を見破られていたのか、気になって仕方がない。そもそもミシェル・プレルってだれ? これ、クノーじゃね? と、読者が訝らないわけがあるだろうか。英訳が発表されたときのアイルランド人たちの反応も知りたい。

「「死人が怖いなんてことがあるか」とマック・コーマックが言った。「生きてるやつ以上に怖いわけない」」(306ページ)

「おれたちの祖国のためなら、おれは、何も恐れやしない。永遠なんだ、おれたちのエールは。西暦と同じくらいにな」(359ページ)

「カートライト司令官は、彼の補佐官たちに伴われて、地面に降り立った。自分たちの靴にほこりがくっつくという危険を冒して、彼らはエデン河岸通り郵便局の残骸に入った」(421ページ)

 ところで、この『皆いつも女に甘すぎる』は、パスカル・ピア編纂の『エロティック作品辞典』に掲載されるという栄誉を得ているそうだ。クノーの作品でこの『辞典』に載ったのは、ほかには一作品しかなく、しかもそれは『サリー・マーラの日記』である。たしかにこれらの作品は、読みようによってはエロティックである。とはいえ、「読みようによっては」などとわざわざ書かなければならないあたりも、いかにもクノーらしい。クノーの性に関する嗜好が異常なのは『性についての探究』に書かれていたとおりだが、サリー・マーラが絡んでくると、それが十全に発揮されるのだ。

「当然、彼女は頭の上にブロンドの髪の塊を持っていたが、切ってあって、妙な感じだった。彼女は背が高く、ろうそくの明かりが、彼女のブラウスの二つの突起物をちらちらと照らしていた。その顔は緊張が緩んでいた。顔はほとんど醜くなりはじめていた。今や、赤くはない唇は噛み締められていて、その肉感性でもって二つの分厚い中括弧記号{}を描いていた」(310ページ)

「例の若い娘は、相変わらず床に横たわっていた、椅子に縛りつけられて、そして静かな様子を保っていた。ディロンが彼女を起こそうと彼女のほうへ向かったが、しかしオルークの方が早かった。ガーティの腕の下をつかみ、彼はすべてを、その六本の脚の上に立て直した。彼はいっとき、自分の両手を彼女の、熱くて少し湿った脇の下に置いたままにした。彼はその両手をゆっくりと引き出し、そしらぬ風に、それを自分の鼻の下にかざした。彼は軽く青ざめた」(325ページ)

 このいかれた女ガーティが、たまらなくいい。ところで、この小説は1970年にミシェル・ボワロン監督の手によって映画化もされていて、ガーティ役はエリザベス・ウィナーが演じたそうだ。どうしようもなく観てみたいのだが、残念ながらフランスでもDVD化されていないので、打つ手がない。ほんとうにどうにかしてほしい。

「「この女にはしまいにゃいらいらしてくる」とケルハーが言った。
 「いらいらは、とても弱さを表す感情よ」とガーティが言った」(418ページ)

 初めてフランス語の原書を開いたときには、途方もない無力感とともに本を閉じた。いちいち挙げていたらきりがないほど、言い回しがややこしいのだ。まさか日本語で、それもこんなに明晰に、この小説を読める日が来るなんて思いもしなかった。翻訳者に感謝と拍手を。ほんとうにすばらしい仕事です。