銀河ヒッチハイク・ガイド 次に記事にしようと思っている本がいつまでたっても読み終わらないので、すこし前に読んだ本を採りあげることにした。リチャード・ドーキンスを読んでいたころに読みたくなった本の一冊で、SFの世界を舞台に英国ユーモアを爆発させたダグラス・アダムスの出世作。


ダグラス・アダムス(安原和見訳)『銀河ヒッチハイク・ガイド』河出文庫、2005年。

 ところでわたしはいま海外の書店で働いているのだが、英文書の文芸書の陳列は、日本の方式とはまるでちがう。古典や純文学は「Literature」の棚につめこまれ、「Mystery(もしくはThriller)」や「Science Fiction」は別枠で陳列されているのだ。日本だと、特に文庫の場合、大型書店になるほど出版社別の陳列になってしまいがちだが、ハヤカワ文庫や創元文庫などのSFとミステリーが、別々かつ一箇所にまとめられていると考えれば想像しやすいかもしれない。こういった「ジャンル分け」は担当者の志向を如実に表すうえ、たとえばヴォネガットを文学に置くかSFに置くかという質問に明確な答えなどは存在しないため、じつは弊害も多い。

 さて、ごくごく恣意的な「ジャンル分け」が済んだら、それぞれの文学作品を著者名のアルファベット順に並べる。すると、どんな書店のSF棚を覗いてみても、この本の著者、ダグラス・アダムス(Douglas Adams)は、その店のSF棚の最初の棚に堂々と陳列されることになるのだ。なにせ『銀河ヒッチハイク・ガイド』である。「銀河」という単語を含む作品をSF以外の棚に置くほど勇気のある書店員などいるはずもないではないか。だが、アダムスをじっさいに読んでみると、アイザック・アシモフが「Asimov」ではなく「Acimov」だったらどんなによかったか、などと余計なことを考えてしまう。そもそもSFの棚を覗いて最初に目に飛び込んでくるのがアダムスというのは、彼が得意とする悪い冗談にしか見えないのだ。

「星図にも載っていない辺鄙な宙域のはるか奥地、銀河の西の渦状腕の地味な端っこに、なんのへんてつもない小さな黄色い太陽がある。
 この太陽のまわりを、だいたい一億五千万キロメートルの距離をおいて、まったくぱっとしない小さい青緑色の惑星がまわっている。この惑星に住むサルの子孫はあきれるほど遅れていて、いまだにデジタル時計をいかした発明だと思っているほどだ」(5ページ)

 イギリス人どもめ、と思う。「イギリス文学」という言葉にはオースティンやディケンズを彷彿させるような、多数の登場人物が織りなす壮大なドラマ、という印象があるが、じつはこれよりも比較的新しい時代には、これとはまったく別種の確かな伝統がある。ユーモア文学の伝統だ。

「どんな意味においても、この家に特別な価値を見いだしている人間はひとりしかいない。それはアーサー・デントで、その理由はただひとつ、彼がたまたまそこに住んでいるからだった。住みはじめたのは三年ほど前。ロンドン暮らしが神経にこたえてきたので、こちらへ引っ越してきたのだ。家と同じく彼も生まれて三十年ほど、長身で、黒髪で、いつもくよくよ思い悩んでいる。彼がなにより悩んでいるのは、なにをそんなに悩んでいるのかと会う人会う人に訊かれることだった」(8ページ)

「ミスター・L・プロッサーは、言うところのごくふつうの人類だった。言い換えれば、炭素型二足生物でサルの子孫だった。具体的には四十歳で、太っていて見栄えがしなくて、市の職員として働いていた。面白いことに、本人は知らなかったが、彼はまたチンギス・ハーンの男系直系の子孫でもあった。もっとも、重ねた世代とくりかえした人種混合に遺伝子をこねくりまわされて、外見にはモンゴロイドの特徴はまったく残っていない。ミスター・L・プロッサーに残っている偉大な先祖の痕跡と言えば、腹まわりの肉付きがやけによいことと、小さな毛皮の帽子が大好きということだけだった」(11ページ)

 わたしがこれまで読んだイギリスのユーモア文学のなかで最も古いものはジェローム・K・ジェロームの『ボートの三人男』(1889年)なのだが、彼はユーモア文学が大衆に受け入れられることを世に知らしめるという、たぶん重要な役割を果たした。それを継承し、さらに洗練させたのがウッドハウスなのだろう。以前『エムズワース卿の受難録』を紹介したときにも散々書いたとおり、ウッドハウスはもうほんとうに大好きな作家なのだが、その愛を脇にのけて考えてみても、彼が後世の作家たちに残したものは非常に大きい。ダグラス・アダムスがウッドハウスを読んでいないわけがないのだ。わたしの個人的な意見では、ウッドハウスの書く文章はシェイクスピアのそれと同等の価値があるので、アダムスのみならずイギリスの作家がウッドハウスを読まないなんていうことは到底信じられない。

「ミスター・プロッサーは言った。「提案とか抗議とかがしたければ、前もって申し出ればよかったんですよ」
 「前もって?」アーサーはわめいた。「前もってだって? 初めてこの話を聞いたのは、昨日作業員がうちに来たときなんだぞ。窓拭きにでも来たのかと訊いたら、いいえこのうちを壊しに来ましたって言うじゃないか。もちろんすぐにそう言ったわけじゃない。とんでもない。まず窓を二、三枚拭いてみせて、五ポンド頂きますと来た。そのあとだ」
 「ですがね、ミスター・デント、計画はもう九か月も前から地元の設計課で閲覧できるようになってたんですよ」
 「そうだろうとも。話を聞くなりまっすぐ閲覧しに行ったよ、昨日の午後に。あんたたち、あの計画を告知しようとちょっとは努力したのか。つまり、少しは人なりなんなりに話をしたんですかってことだ」
 「ですがね、計画書は貼り出して……」
 「なにが貼り出してだよ。わざわざ地下室まで降りていかなきゃ見られなかったんだぞ」
 「だって、地下が掲示場所ですからね」
 「懐中電灯を持ってだぞ」
 「そりゃ、たぶん電灯が切れてたんでしょう」
 「電灯だけじゃない、階段まで切れてたよ」
 「ですがね、いちおう告知はしてあったわけでしょ?」
 「してあったよ」とアーサー。「もちろんしてあったさ。鍵のかかったファイリング・キャビネットの一番底に貼り出してあったよ。しかもそのキャビネットは使用禁止のトイレのなかに突っ込んであって、ごていねいにもトイレのドアには『ヒョウに注意』と貼り紙がしてあった」」(13〜14ページ)

 なんだかウッドハウスのことばかり書いていたせいで肝心のアダムスのことを忘れてしまっていたが、彼はウッドハウスのやったことをSFの世界で実践した。ユーモア文学の楽しさはストーリーだけではないので、逆に言ってしまえばミステリーでもファンタジーでも、書き方次第ではなんだってユーモア文学にすることができるはずなのだ。ユーモア文学の楽しさ、それはさりげなく挿入された比喩や描写のおかしさである。

「フォードはなにも耳に入らない様子で、じっと空の一点を見つめていた。車に轢かれてくれようと身がまえているウサギのようだ」(20ページ)

「追い越し車線を快調に走っていて、必死で飛ばしている車を何台も軽々と追い抜いてすっかり悦に入っているときに、ギヤを四速(フォース)から三速(サード)に入れるつもりがまちがってローに入れ、エンジンがボンネットから飛び出してしっちゃかめっちゃかになってしまったら、たぶんだれでもちょっと調子が狂うだろう。アーサーのひとことは、フォード・プリーフェクトにそれと同様の効果をもたらした」(144ページ)

「「あの」アーサーは口を開いた。「えーと……」みょうな気分だった。人妻と励んでいるまっさいちゅうに、いきなり相手の旦那が部屋にふらりと入ってきて、ズボンをはき替え、ふたこと三ことなにげなく天気の話などして、そのまままた出ていったときのような」(206ページ)

 ただ、ウッドハウスが自作の多くを短篇というかたちで結晶化したのに対して、アダムスのこの作品は長篇小説である。長篇となると思いついた冗談ばかりを書いていては話が進まなくなってしまうため、当然ストーリーを展開させる必要が出てくる。そう考えてみると、アダムスが自作の背骨に、ありとあらゆる奇想天外な出来事を許容するSFというジャンルを選んだのは、必然だったようにも思えてくる。ちょっとラファティを思い出した(いまだに『宇宙舟歌』以外の作品を読んだことはないのだが)。

「「だけど、あの男は信用できるのか?」
 「ともかく、ぼくは信用できると思うね。少なくとも地球の終わりまでは」
 「なあるほど」とアーサー。「で、それはどれぐらい先の話なんだ?」
 「だいたい十二分後だ」フォードは言った。「行こう、飲まなきゃやってられない」」(28ページ)

「フォードはアーサーに本を渡した。
 「なんだこれ」
 「『銀河ヒッチハイク・ガイド』だよ。電子的な本みたいなものさ。知りたいことはなんでも教えてくれる。それがこの本の役目なんだ」
 アーサーはおっかなびっくりそれを引っくり返してみた。
 「このカバーはいいな」彼は言った。「『パニクるな』か。やっと役に立つ言葉を聞いたよ。今日は朝からずっと、役に立つどころか意味もわからないことばっかり聞かされてたからな」
 二週間前に死んだヒバリでも握るように、アーサーはその本をしっかりと握りしめている」(70〜71ページ)

 自分でもわけのわからないままに地球の外に出ていたアーサーは、じつは宇宙人だった友人のフォードと壮大な銀河の旅に出る。ガイド役は一冊の本、その名も『銀河ヒッチハイク・ガイド』である。目印は、河出文庫版のこの本の表紙にも書かれている「Don't Panic」という言葉だ。しかし「Don't Panic」を「パニクるな」と訳したこの訳者のセンスには脱帽である。書き忘れていたが、ご覧のとおりこの本の翻訳はじつにすばらしくって、おそるべきテンポで読み進めることができる。ちなみに地球が辿った運命は以下のとおり。

「「フォード」アーサーはしつこく尋ねた。「阿呆なことを訊くようだけど、ぼくはなんでこんなとこにいるんだ?」
 「わかんないのか? ぼくはきみを地球から救ってやったんだぞ」
 「それで地球はどうなったんだ?」
 「ああ、破壊されたよ」
 「破壊」アーサーは抑揚のない声で言った。
 「うん。蒸発して消えちまったよ」
 「あのさ」アーサーは言った。「ちょっとショックなんだけど」
 フォードはひとり顔をしかめ、アーサーの言葉を頭のなかで反芻しているようだった。「うん、わかるような気がするよ」ややあって言った。
 「わかるような気がするだって!」アーサーはわめいた。「わかるような気がするって!」
 フォードははね起きた。
 「この本を見るんだ!」切迫した声で言った。
 「なんで?」
 「パニクるなって書いてあるだろ」
 「パニクってなんかいない!」
 「いいや、パニクってる」
 「わかったよ、たしかにパニクってるさ。だけどこんな状況でほかにどうすりゃいいっていうんだ」
 「ぼくといっしょに来て、面白おかしくやりゃいいじゃないか。銀河系は愉快なとこだぜ。そうだ、この魚を耳に入れといたほうがいい」
 「それはどういう意味ですか?」アーサーは尋ねた。おれってずいぶん礼儀正しいなと思いながら」(75〜76ページ)

 手もとに原書もあるのだが、この「それはどういう意味ですか?」は、原文では「I beg your pardon?」である。英語もSFにしてはぜんぜん難しくないので、興味のある方にはぜひ手にとってもらいたい。訳者の仕事ぶりに身震いすること請け合いである。

「宇宙は大きい。むやみに大きい。言っても信じられないだろうが、途方もなく、際限もなく、気も遠くなるほど大きい。薬局はものすごく遠くて行く気になれないと言う人もいるかもしれないが、宇宙にくらべたらそんなの屁でもない」(104ページ)

「時のかなたにかすむ太古の時代、先の銀河帝国の大いなる栄光の日々、世界は荒々しく、豊かで、そしておおむね非課税であった」(155ページ)

 宇宙でアーサーたちはじつに色々なことを体験する。やはりストーリーにたいした意味はないのだが、以下のような描写を許すストーリーは大歓迎である。

「感じのいいやつだな。ぼくに娘がいたら、絶対あんなやつとは結婚するなって言ってやれたのに」(80ページ)

「「おい、あんたはだれだ?」彼はキーキー声で言った。「どこにいるんだ? いまなにがどうなってるんだ? これを止めるにはどうしたらいいんだ?」
 「落ち着いてください」声は愛想よく言った。片方の翼がもげていて、ふたつあるエンジンのひとつが火を噴いている旅客機のスチュワーデスのように、「まったく危険はありません」」(113〜114ページ)

「フォード、ドアの外に無限の数のサルがいて、『ハムレット』の台本を仕上げたからぼくらとその話がしたいと言ってるんだけど」(115ページ)

 ところでSFといえば宇宙、宇宙といえば宇宙船、宇宙船といえばロボットである。いや、自分があまりにも安直なのは心得ているのだが、『銀河ヒッチハイク・ガイド』のSFというのはそういうものなのだ。アーサーたちは宇宙船に乗船し、もちろんロボットたちとも出会う。

「『ギャラクティカ大百科』によると、ロボットとは人間の代わりに仕事をさせるためにつくられた機械である。〈シリウス・サイバネティクス〉社販売促進部によると、ロボットとは「いっしょにいて楽しいプラスティックの友だち」である。
 『銀河ヒッチハイク・ガイド』によると、〈シリウス・サイバネティクス〉社販売促進部は「革命が起きたら真っ先に銃殺される脳たりんの集団」である。この項には脚注がついていて、ロボット工学関係の記者が足りなくなったので興味のあるかたは応募歓迎という趣旨のことが書かれている。
 興味深いことに、たまたまタイムワープを抜けてきた一千年後の『ギャラクティカ大百科』によると、〈シリウス・サイバネティクス〉社販売促進部は「革命が起きたとき真っ先に銃殺された脳たりんの集団」である」(125〜126ページ)

「アーサーはしばらく耳を傾けていたが、フォードの言うことはほとんどちんぷんかんぷんだったので、いつのまにか聞くのをやめて別のことを考えはじめていた。なんに使うのかわからないコンピュータがずらりと並んでいて、そのふちを指でなぞっているうちに、手近のパネルに大きな赤いボタンがついているのに気づいた。それがいかにも押してくださいと言っているようで、なんの気なしに押してみた。パネルがぱっと明るくなり、「このボタンを二度と押さないでください」と表示された。アーサーは身ぶるいした」(127ページ)

 この本には「やたらテンションの高い船載コンピュータ」など、数多くの奇妙なロボットが登場するのだが、そのなかでも群を抜いて魅力的なのが「惑星規模の頭脳の持ち主」こと、マーヴィンである。彼は世界のすべてを呪っている。

「「先にお断りしておきますが、わたしはとても気が滅入っています」ロボットはぼそぼそと暗い声で言った。
 「やれやれ」ゼイフォードはうめいて座席に沈み込んだ。
 トリリアンはやさしく明るい声で言った。「それじゃ、きっとこれで気が紛れると思うわ。頼みがあるの」
 「むだです」マーヴィンはものうげに言った。「わたしは極端に大きな頭脳の持主ですから」
 「マーヴィン!」トリリアンが叱った。
 「わかりました」とマーヴィン。「なにをすればいいんです?」
 「第二搭乗区画に降りていって、ヒッチハイカーふたりをここまで連行してきて」
 一マイクロ秒の間をおき、細かい計算に基づいて声の高さと調子を微調整して(人が腹を立てて当然と思う限界を越えないように)、人間のやることなすことに対する根深い軽蔑と恐怖をそのひとことに込め、マーヴィンは言った。
 「それだけですか」
 「そうよ」トリリアンがきっぱりと言った。
 「面白くない仕事ですね」とマーヴィン。
 ゼイフォードが椅子から飛びあがった。
 「だれも面白がってくれなんて頼んでない」彼はわめいた。「言われたとおりにしろ」
 「わかりました」マーヴィンは、大きなひび割れた鐘のような声で言った。「やります」
 「それでいいんだよ」ゼイフォードはぴしゃりと言った。「……まったく……ありがたいやつだ……」
 マーヴィンはふり向き、平たい三角形の赤い目をゼイフォードに向けた。
 「うっとうしいやつだと思ったでしょ?」みじめったらしい声で言った。
 「なにを言うの、マーヴィン」トリリアンは快活に言った。「そんなこと思うわけないでしょ……」
 「うっとうしいやつだと思われたくないんです」
 「まさか、そんなこと気にしちゃだめよ」あいかわらず快活に、「ただ自然にしてればいいのよ。そうすればなんでもうまく行くんだから」
 「ほんとに思ってません?」マーヴィンはしつこく尋ねる。
 「もちろんよ」トリリアンは快活に言った。「心配することないわ、ほんとに……これも人生のひとこまよ」
 マーヴィンは、電子の眼光をさっと彼女に向けた。
 「人生」マーヴィンは言った。「わたしに人生を語らないでください」」(123〜125ページ)

 マーヴィンは要所要所で顔を出し、ただならぬ存在感を放つ。

「「燃える夜明けだ!」ゼイフォードが息を呑んだ。「双子の太陽、スーリアニスとラームだ!」
 「わかるもんか」フォードが低い声で言った。
 「スーリアニスとラームなんだよ!」ゼイフォードが言い張る。
 ふたつの太陽が暗黒の宇宙に燃える光を投げかける。そしてブリッジには陰気な曲が低く流れていた。マーヴィンがいやがらせにハミングしているのだ。彼は人間がそれほど嫌いなのである」(161ページ)

「「あのロボットはあんたのかね」
 「ちがいます」細い金属的な声がクレーターのほうから響いてきた。「わたしはだれの所有物でもありません」
 「あれはロボットなんてもんじゃない」アーサーが小声で言った。「どっちかって言うと、電子ふてくされ機ですよ」」(208ページ)

「「夜が来るぞ」彼は言った。「見ろよ、星が出てきた」
 暗黒星雲の中心部では見える星は非常に少ないし、見えてもごくかすかにしか見えない。それでも見えることは見えた。
 ロボットは言われたとおり星を眺め、またアーサーに目を向けた。
 「そうですね」彼は言った。「みすぼらしいですね」
 「でもあの夕陽はすごい! あんなのが見られるなんて夢にも思わなかったよ……太陽がふたつもあるなんて! まるで火の山が沸騰しながら落ちていくみたいだ」
 「見ました」マーヴィンは言った。「つまらない」
 「ぼくの生まれ故郷には太陽はひとつしかなかったんだ」アーサーはめげずに続けた。「地球っていう惑星だけど」
 「知っています」とマーヴィン。「あなたはいつもその話ばかりしている。ろくな星じゃなかったようですね」
 「そんなことはない。きれいな星だったよ」
 「海はありましたか」
 「あったとも」アーサーはため息をついた。「波の寄せてはかえす、大きな青い海が……」
 「海は見るのもいやです」
 「ちょっと訊くけど」アーサーは言った。「おまえ、ほかのロボットとは仲よくやってるのか?」
 「ロボットは嫌いです」マーヴィンは言った。「どこへ行くんですか?」
 アーサーは我慢できなくなって、また立ちあがっていた。
 「もういっかい散歩に行ってくる」
 「どうぞ、わたしのことはお気になさらず」マーヴィンは言い、五千九百七十億匹の羊を一秒で数えてまた眠り込んだ」(201〜202ページ)

 このロボットが以後も活躍するのなら、いつか続篇も読んでみたいと思ってしまう。

「「この星は安全なの?」彼は言った。
 「マグラシアは五百万年前に死に絶えたんだ」ゼイフォードは言った。「安全に決まってるだろ。幽霊だっていまごろは落ち着いて所帯を持ってるさ」」(167ページ)

「いいか、兄ちゃん。おまえがいま相手にしてんのは、銃をぶっ放すしか能のない頭のからっぽな単細胞じゃないんだ。ゴリラみたいに額が狭くもないし、豚みたいにちっこい目もしてないし、人並みの会話だってできる。おれたちゃふたりとも知的で繊細な男なんだよ。パーティかなんかで会ってみろ、好感を持つことうけあいだぜ。理由もなく人を撃ち殺してまわって、あとでいかがわしい宇宙突撃隊の酒場でそれを自慢するような、そういう警官とはわけがちがうんだ。おれはな、理由もなく人を撃ち殺してまわって、あとで何時間も恋人相手にそれを苦悩する男なんだよ!」(277ページ)

 ちなみにストーリーが進むと、「人類の存在目的」を教えるコンピュータというのが登場してきて、哲学者の反感を買うというくだりがある。さすがはリチャード・ドーキンスの親友、アダムスは根っからの無神論者であることを隠そうともしない。

「「その機械には足し算でもやらせておけばいいんだ」マジクサイズがすごんだ。「永遠の真理のほうはこっちに任せといてもらいたいね。法的な立場が知りたいなら教えてやろう。究極の真理の探究は、勤労思索家に与えられた奪うことのできない特権と法律ではっきりと定められているんだ。くされコンピュータがほんとに真理を見つけてしまったら、われわれはたちまち路頭に迷うじゃないか。そうだろう、神は存在するかどうかとひと晩じゅう議論していてなんになる? 夜が明けたら、機械が当たり前みたいに神の電話番号を教えてくれるっていうんだから」」(231〜232ページ)

 じつは無神論がらみの関心から手に取ったのだが、ウッドハウスの系譜を見いだすという嬉しい結果だった。これほど無害な本もなかなかないので、いつか続篇も手に取ってみたいと思う。上にも書いたが、憂鬱症を患った超高性能ロボット、マーヴィンにはぜひとも以後も活躍してもらいたいものだ。