January 26, 2017

幸子、誕生日おめでとう。
兄も今年は40歳になるし、お互い歳をとりますね。
楽しく健やかな日々を過ごしてください。

おじいちゃん誕生日おめでとう。
生きていたら何歳になるのでしょうか。
三重町に行く度に会いたくなります。 
行かなくても会いたいけれど。

社長、誕生日おめでとうございます。


1月26日は大切な人たちがたくさん生まれた日。

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January 23, 2017

3月1日が迫っているということだけでいろいろ頑張れる気がしてる。

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January 18, 2017

Happy Birthday.

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January 13, 2017

久々に自分のアンプができた。
なかなかに楽しい。

ninakotaro at 20:29コメント(0)トラックバック(0) 

January 05, 2017

会社のデスクトップPCが起動しない。
とても不便だしいろいろと支障はある。 

ただ、なんだか清々しい。

蓄積された過去のデータなんかいらないと言われているようで。
新しいことを常に考えろと言われているようで。

実際、書類の散乱したデスクを片付けてみたら必要なものなど1割程度。
PCの中に保存してあるからと捨ててしまったものもたくさんあるけれど。

真っ暗な画面にぼんやり映る自分をたまに見つつ、前に置かれたノートPCで作業。
そんな新年。

今年もよろしくお願いします。


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December 12, 2016

日本経済新聞のWEBより自分のためにコピペさせてもらいます。
素敵だし、何度も読み返したいので。



皆さん、こんばんは。スウェーデン・アカデミーのメンバーと、今晩ご臨席の素晴らしいゲストの皆さまに心からのごあいさつを申し上げます。

出席できずに申し訳ありません。しかし私の心は皆さんと共にあり、名誉ある賞を光栄に感じていることをご理解ください。ノーベル文学賞の受賞を、想像したり予想したりすることはできませんでした。私は幼い頃から、このような栄誉に値すると見なされた人たちの作品に親しみ、愛読し、吸収してきました。キプリングや(バーナード・)ショー、トーマス・マン、パール・バック、アルベール・カミュ、ヘミングウェーなどです。作品が教材となり、世界中の図書館に置かれ、恭しい口調で語られる文学界の巨人たちには、常に深い感銘を受けてきました。このリストに私の名前が連ねられることに、本当に言葉を失ってしまいます。

これらの人々が、ノーベル賞にふさわしいと自ら思っていたかは分かりません。しかし本や詩、戯曲を書く人なら世界中の誰もが、ひそかな夢を心の奥深くに抱いていると思います。恐らくあまりに深く秘められているため、本人でも気付かないほどでしょう。

私にノーベル賞受賞の可能性がわずかながらあると言われたとしても、月面に立つのと同じくらいの確率と考えなければならなかったでしょう。事実、私が生まれた年とその後の数年間は、世界でこの賞にふさわしいと見なされた人はいませんでした(注・1940〜43年は文学賞受賞者がいなかった)。だから控えめに言っても、私は自分が非常にまれな集団の中にいることを認識しています。

この驚くべき知らせを受けた時、私はツアー中で、正確に理解するのに数分以上かかりました。私は文豪ウィリアム・シェークスピアのことが頭に浮かびました。彼は自分を劇作家だと考えていたと思います。文学作品を書いているという考えはなかったでしょう。彼の文章は舞台のために書かれました。読まれることではなく、話されることを意図していました。「ハムレット」を書いている時、彼はいろいろなことを考えていたと思います。「ふさわしい役者は誰だろう」「どのように演出すべきか」「本当にデンマークという設定でいいのだろうか」。創造的な構想や大志が彼の思考の中心にあったことに疑いはありません。しかしもっと日常的なことも考え、対処しなければなりませんでした。「資金繰りは大丈夫か」「後援者が座る良い席はあるか」「(小道具の)頭蓋骨をどこで手に入れようか」。シェークスピアの意識から最もかけ離れていたのは「これは『文学』だろうか」という問いだったと確信します。

歌を作り始めた10代の頃、そして私の能力が認められるようになってからも、私の願望は大したものではありませんでした。カフェやバーで、もしかしたら将来、カーネギーホールやロンドン・パラディウム劇場のような場所で聴いてもらえるようになるかもしれないと考えていました。少し大きな夢を描けば、レコードを発表し、ラジオで自分の歌が聴けるようになるのではと想像したかもしれません。それは私の中で本当に大きな目標でした。レコードを作り、ラジオで歌が流れるというのは、多くの人に聴いてもらえることであり、自分がやりたかったことを今後も続けられるかもしれないということでした。

私は自分がやりたかったことを長い間続けてきました。多くのレコードを作り、世界中で何千回ものコンサートを開きました。しかし私のしてきたほとんど全てのことの中核にあるのは歌です。私の歌はさまざまな文化の、大勢の人たちの中に居場所を見つけたようで、感謝しています。

一つだけ言わせてください。これまで演奏家として5万人を前に演奏したこともあれば、50人のために演奏したこともあります。しかし50人に演奏する方がより難しい。5万人は「一つの人格」に見えますが、50人はそうではありません。一人一人が個別のアイデンティティー、いわば自分だけの世界を持っています。物事をより明瞭に理解することができるのです。(演奏家は)誠実さや、それが才能の深さにいかに関係しているかが試されます。ノーベル賞委員会がとても少人数だという事実は、私にとって大切なことです。

しかしシェークスピアのように私も、創造的な努力とともにあらゆる日常的な物事に追われることばかりです。「これらの歌にうってつけのミュージシャンは」「このスタジオはレコーディングに適しているか」「この歌のキーはこれで正しいか」。400年もの間、何も変わらないことがあるわけです。

これまで「自分の歌は『文学』なのだろうか」と自問した時は一度もありませんでした。

そのような問い掛けを考えることに時間をかけ、最終的に素晴らしい答えを出していただいたスウェーデン・アカデミーに感謝します。

皆さまのご多幸をお祈りします。

ボブ・ディラン



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September 25, 2016

天才的に素敵すぎて何故今まで知らなかったのか後悔する。




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September 21, 2016

最高だ。



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September 11, 2016

先日、ある仕事にて大分県中津市に3日間滞在し、いろいろな観光スポットやお店に訪れた。
同じ県内に住んでいても、行ったことのない場所ばかりだということを痛感する。
今回のようなきっかけがない限り、一生行かなかったかもしれないということを考えるとなんだかとてももったいない。

 「ポケモンGO」に関しても、ポケストップになっている場所を見るだけで、こんな所にこんな物があったのかという新たな発見があり、それだけで単純に面白い。
これも知らないままだったかもしれないことを思うと本当にもったいない。 

お金や時間がなくてどこかへ行けなくても、発見出来ることや場所や物って自分の周りに無限に存在する。

日々視野を拡げて。

ninakotaro at 02:48コメント(0)トラックバック(0) 

August 23, 2016

以前に何かで見つけて保存しておいた画像。
この漫画を見る度に涙が出そうになる。
なんだかそういうことなんだろうなと思う。


毎日かあさん



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