私は高齢・独居の「被保護者」(生活保護法第6条)です。私は2013年1月から生活保護の受給を開始しました。2015年の夏には住宅扶助費が引き下げられ、2016年にはやむを得ず現在のエアコンの無い老朽アパートに転居しました。一人での引越の荷造り作業の過労もあって、脳内出血で倒れ、救急入院しました。現在も2カ月に一度は医師の診察を受けていますが、以前に比べて季節ごとの暑さ・寒さに耐える力は、眼に見えて無くなりました。
その上、エアコンが無いためこの夏は夜も熟睡できず、朝になって身体が疲れ切った状態になってようやくまどろむといった状態が続いています。
5月10日、厚労省の8部局10課が各自治体の衛生・民生主管部局、労働局などに対して、「熱中症予防の普及啓発・注意喚起について(周知依頼)」の事務連絡を発しました。そこでは「国民一人一人に対して熱中症予防の普及啓発・注意喚起を行う等、対策に万全を期すことが重要」とし、「特に、熱中症への注意が必要な高齢者、障害児(者)、小児等に対しては重点的な呼びかけ」を行うように促し、そのために「リーフレット」を作成した旨を伝えています。6月27日には厚労省社会・援護局保護課が各自治体の民生主管部局に対して「一時扶助における家具什器費の見直しについて(事務連絡)」「『生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて』の一部改正について(通知)」などを発しました。それらは「今般、一時扶助における家具什器費については、近年、熱中症による健康被害が数多く報告されていることを踏まえ、冷房器具の購入に必要な費用の支給を認めることとしました」と述べています。
エアコンは一般市民においては、すでに「最低限度の生活」(生活保護法第6条)には必需のものである、絶対に必要なものであるという合意ができていたと私は考えます。今回、厚労省はエアコンのそのような社会的必需性を明確に認めたということです。
「保護を、無差別平等に受けることができる」(法第2条)ならば、「本年7月以降に保護開始時や転居の場合などの要件に該当する者」及び「本年4月1日から6月30日までの間に…支給される要件に該当していたと保護の実施機関において認定」された者と、それ以前に「被保護者」となった者との間に
合理的な理由の見出せないまま線を引いて、それ以前に「被保護者」となった者を「冷房器具の購入に必要な費用の支給」から排除することは生活保護法第2条に違反し、「すべて国民は、法の下に平等であって…差別されない」とする憲法第14条に違反する措置であると考えざるを得ません。私としては、このような分け隔てを行った差別行政によって不平等・不利益な取扱いを受けることは納得できません。

 生活保護・人権のたたかい★私の予定
2018年9月7日(金)午前11時00分【生活保護変更決定処分取消請求事件=生活保護基準引下げ違憲訴訟】千葉地裁601法廷
 *この裁判の原告を支援してくださる方はどなたでも、法廷での傍聴、報告の集いに参加して下さい。報告の集いは弁護団主催で、千葉弁護士会館会議室に移動して行います。
2018年9月30日(日)【立憲フェス2018(立憲民主党大会)】東京・ベルサール高田馬場

「英国の大衆メディアにおける貧困報道」=シンポジウム「貧困とメディア:バッシンを分析する」から学ぶ〔その1〕

(1)2013年生活保護基準引下げ、法改定と女性週刊誌のバッシング報道
国・厚労省は2013年8月から3段階で生活扶助費670億円の削減を行いました。このときの580億円分は、「生活扶助相当CPI」を使って生活保護世帯の消費者物価指数が4.78%も下落したからというCPI下落の「偽装」を行った結果によるものでした。
そして2013年12月6日には「生活保護法の一部を改正する法律」を成立させました。この改定法について国・厚労省は「必要な人には確実に保護を実施するという基本的な考え方を維持しつつ、今後とも生活保護制度が国民の信頼に応えられるよう、就労による自立の促進、不正受給対策の強化、医療扶助の適正化等を行うための所要の措置を講ずる」ものであると説明しました。改定法は、政府提出案に対する議員修正(保護申請の取扱いは現行と変わらない旨の明確化)を反映の上、2014年7月1日には施行となりました。これに対し日弁連は、「違法な『水際作戦』を合法化し、保護申請に対する一層の萎縮的効果を及ぼすという看過しがたい重大な問題がある」との会長声明を発表しました。
これらの動きに先立って、2012年には4月12日発売の週刊誌『女性セブン』が、推定年収5000万円の人気お笑い芸人の母親が生活保護を受給している旨の報道を行いました。お笑い芸人の母親は生活保護法上は何ら違法ではなく、不正受給ではありませんでした。生活保護法では扶養は生活保護受給の要件ではなく、それが現にあった場合に収入認定を行なうということに過ぎないのに、同誌は「一定の収入がある子どもがいる場合は、親は生活保護を受けられない」との誤った認識の上に、「全国の生活保護受給者は過去最高を記録した。これが国の財政を圧迫しパンク寸前まで追い込んでいる。それに伴って生活保護費の不正受給や、働けるのに働かないで生活保護の甘い汁を吸い続ける若者が急増している」との論調の報道を行ったのです。
2013年の改正法の国会審議(5月29日、衆議院・厚労委)では、当時の厚労副大臣(桝屋敬吾)は「生活保護受給者を十分扶養することができると思われる人に対して、そのまま保護費を支給することは、国民の生活保護制度に対する信頼を失わせることになりかねない」という認識を、扶養義務規定の改定の理由として述べています。
2012年4月の『女性セブン』を発端とするメディアの生活保護バッシング報道は、国・厚労省と自民党のメディア対策計画に取り込まれることで、法改定・生活扶助費引き下げの作業の一環を担っていったのだろうというのが私の認識です。
7月15日に開催された公開シンポジウム「貧困とメディア:バッシングを分析する」(首都大学東京 子ども・貧困研究センター主催)の趣旨はおおよそ「新聞・テレビに加えて、インターネットメディアの台頭によって生活保護バッシングがいっそう激化しているもとで、貧困・生活保護に対する人びとの意識が何に如何に影響され、その過程にメディアが如何に関わっており、どのような人びとが生活保護制度の厳格化を望み、どのようなメディアから情報を得ているか」について分析を試みるということでした。このシンポジウムで学ぶことによって、私は自分の問題意識に対して認識を深めることが出来ました。
(2)イギリスのタブロイド紙、テレビ「リアリティ番組」による貧困・福祉バッシング
『原告☆当事者通信』前号で私は、このシンポジウムでは6人の研究者による各々の視点からの分析が行われたことを報告しました。ここでは、まず鈴木宗徳さんの分析=「英国の大衆メディアにおける貧困報道ー連立政権下の福祉改革への影響を中心に」から学んだことを報告します。
鈴木さんによれば、イギリスでの新聞発行の部数上位はタブロイド紙であり、クオリティペーパーの影響力はその数分の一です。例えば『The Sun』が156万8000部、『Daily Mail』が142万6000部、これに対して『The Times』が45万部、『Financial Times』が18万5000部、『The Gurdian』が14万9000部というように。これらタブロイド紙は2010年~2015年に次のような論調の貧困・福祉バッシングを行ってきました。
「就労不能給付の申請者の75%は、働くことができる」(2010年10月27日『Daily Mail』)
「英国に400万のたかり屋家族が」(2011年9月2日『Daily Express』)
「痩せてウツになって生活のために働くより、太ったままで福祉に頼る」(2015年1月14日『The Sun』)
「福祉のたかり屋の母親が1万ポンドのラスベガス旅行」(2015年4月5日『Daily Star Sunday』)
テレビでは「リアリティ番組」がドキュメンタリーを装いつつ「貧困層の不道徳な振舞い方」に焦点を合わせて、「福祉依存」「ブロークン・ファミリー」をバッシングする言説を流してきました。それは2009年~2014年を3つの時期に分けると、以下のような具体例があります。
第1期には「困難を克服したセレブが登場して、悔い改めた貧困者にアドバイスをする」、「支配者のナルシズムから自助の道徳、個人的責任について教え、社会問題を個人化する」、第2期には「視聴者の一方的な自己満足のために、貧困層の破綻したライフスタイルを表層的に描いて断罪する」(これを「貧困ポルノ」と呼ぶ)、「登場人物が自分の怠惰・犯罪歴を語り、酒・たばこにふけりながらのんびりと過ごす様子を映して、働かないことは個人的な選択であるとして描く」、第3期には「長期失業者に仕事を紹介するトレーナーを登場させて、『社会保険給付の予算は増え続けて、現在は英国の納税者が払う所得税をすべて足した額よりも大きい。あらゆる政党が、仕事嫌いには厳しく、必死で働く人を支援するというフェアな制度を達成できなかった』というナレーションを流す」等です。
鈴木さんは以上のようなタブロイド紙や「リアリティ番組」は、貧困層を「他者化」「悪魔化」して労働者階級を分断し、政府による「ワークフェア型福祉改革」を正当化する役割を果たしてきたと指摘しました。
(3)「ベヴァリッジ報告」から、サッチャリズム、キャメロン政権の緊縮財政までを概観する
2016年5月24日の「ニューズウィーク日本版オフシャルサイト」に、障害者支援団体「ブラックトライアングル」のジョン・マカードルという人の「財政赤字を本気で削減するとこうなるー弱者切り捨ての凄まじさ」という記事が出ています。ここには「頭蓋骨半分でも”就労可能”」という見出しで、イギリス労働年金省が、頭蓋骨の半分を失って重度の記憶障害、半麻痺の男性に対して「就労可能」と裁定したとの新聞報道を紹介しつつ、公的支援を受けるための「障害」について、それが労働能力評価により再定義されることで、事実上は「片方の手に脈と指1本があって電話を掛けることができれば、何らかの仕事に就く能力はある」というような基準になっていることを紹介しています。
このシンポジウムで鈴木さんの分析を学ぶ前には、そもそも生活保護受給以前には政治・社会や現代史の知識に乏しかった私としては、イギリスといえば「ゆりかごから墓場まで」の「福祉国家」という何十年も昔のイメージしかありませんでした。だから、その崩壊状況、貧困・福祉バッシングの実態の一端を知って衝撃を受けたというのが正直な感想です。
イギリスは1942年に発表された「ベヴァリッジ報告」の原則に基づいて福祉国家を築き上げてきたのは周知の事実です。「報告」は資本主義の市場では解決できない欠乏・病気・無知・不潔・怠惰という「悪」である貧困を社会保障によって根絶することを提案したものと考えられます。社会保障についての「ベヴァリッジ原則」とは、政府が国民に保障する生活水準としてのナショナル・ミニマムに社会保障を設定すること、すべての人を包摂して給付・拠出は均一であること等であったと考えられます。これらの原則に従って労働党政権が福祉国家を築いてきたのですが、保守党政権に代わっても福祉国家体制の継続は両党のコンセンサス(合意)であったと考えられます。
ところが1970年代に「英国病」とよばれる停滞状況に入り、保守党内部には反福祉・自由市場の徹底を主張する勢力が勢いづき、他方の労働党内部には公有・計画経済化の徹底を主張する勢力が勢いづき、そのため結果として福祉国家のコンセンサスに対する攻撃が激しくなったものと考えられます。1970年代には、「英国病」に陥ったイギリスを立て直すという旗じるしで、サッチャーの新保守主義と新自由主義の混合イデオロギーであるサッチャリズムの改革路線がイギリスを席巻していったと考えられます。サッチャリズムの本質については「国家・国民・家族、法と秩序という伝統的保守主義のテーマを、新自由主義的経済政策と結びつけた権威主義的ポピュリズム」という指摘もあります。
経済学者のミルトン・フリードマンは1980年代にレーガン大統領の経済顧問を務め、サッチャー、小泉純一郎などの政策の背景となった新自由主義の提唱者であることは周知のところです。フリードマンの考え方では、政治的自由は私企業体制による自由市場経済を条件とします。ゆえに現代の資本主義国の政府は市場メカニズムに介入し過ぎるのであって、社会保障制度や公営住宅、公営機関による住宅補助制度なども政府が行うことは正当化できないとしているとのことです。サッチャーもまた1987年に雑誌のインタビューで「社会などというものは存在しない。あるのは家族と国家だけだ」と述べ、その認識の欠如が人びとの「福祉依存」体質を生んで勤労意欲を奪ったのだということを語ったといいます。
しかしサッチャリズムによる失業・貧困の「個人の道徳・倫理」問題化、自助努力で解決せよとの路線は行き詰まり、国民に対する説得力も失います。そこで労働党のブレアが、サッチャリズムの新自由主義、伝統的な社会民主主義の双方を乗り越えるものとしての「第3の道」を掲げて政権を担います。結局、「第3の道」は新自由主義から自由ではありえなくて、むしろサッチャーとの間には新自由主義的コンセンサスがあったとまで言われます。「第3の道」で提唱された、貧困に対する「社会的排除」という新たな把握の仕方は、重要な意義をもっていると私は考えます。しかしブレア政権は、福祉の目的を就労=労働市場への誘導におくワークフェアの政策を推進することもしました。鈴木さんは分析の中で、ケン・ローチ監督の映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」(2016年)がワークフェアについて国民の権利である福祉を、条件と制裁とをもってスティグマ(恥辱)を与える制度に置き換えていくものとして描いていることを紹介しています。
2010年5月には総選挙でブラウン首相の労働党が第2党に後退し、保守党キャメロンの自民党との連立政権が発足しました。
(4)キャメロン首相(当時)によるバッシング言説
シンポジウムの分析の中で鈴木さんは、キャメロン政権の「福祉改革」がタブロイド紙、「リアリティ番組」など大衆メディアによるバッシング報道をテコにして進められたと指摘しました。そこでは、福祉受給者に対して「福祉依存者」「壊れた家族」(broken family)などの言説によって増幅された表象が利用されているといいます。
2011年8月6日、ロンドン北部のトッテナムという所で黒人の男性が警官に射殺されたことを契機として抗議運動が全国に波及し、25日までに5人が死亡し2000人以上が暴動・放火・略奪の容疑で逮捕されました。この大暴動の背景には、失業・貧困や貧困地区での警官の過剰警備があったと、鈴木さんは指摘しました。保守党キャメロンは総選挙の最中から、「道徳観念の喪失」、「壊れた英国」(Broken Britain)の克服を最重要課題としてきました。キャメロンは大暴動について、おおよそ次のように発言したといいます。
「ごく最近の数世代において、わが国のあちこちで起こっているゆっくりとした道徳的腐敗に立ち向かう決意が我々にはあるだろうか。無責任、わがまま、自分の選択の結果を顧慮しない振る舞い、父親のいない子ども、規律の無い学校、努力無しでの報酬、懲罰無き犯罪、責任を伴わない権利、統制無きコミュニティ。人間性の最悪の部分が大目に見られ、甘やかされ、そうする動機さえ与えられている。働かずに福祉を受給する者への条件を厳しくすること、そして働ける者すべてを労働に戻らせる我々の努力を急ぐことに注目してほしい。この暴動は貧困の問題ではない。これは振舞い方(behavoir、行為)の問題なのだ。」
(5)鈴木「分析」の結論
鈴木さんはキャメロン連立政権の「福祉改革」に与えた大衆メディアの貧困報道の分析について、次ぎのようにまとめています。
①2010年~2011年のタブロイド紙、「リアリティ番組」によるバッシング報道と同じ時期に福祉受給者への世論が厳しくなっている。
②保守党政権による緊縮政策への批判の高まり、労働党ジェレミー・コービンへの人気によって世論が変化している。
③大衆メディアのバッシング報道は現在も継続しており、貧困当事者がスティグマを与えられ、プライドを傷つけられる事態が深刻化している。
④日本においてもメディアの報道が「貧困層の不道徳な振る舞い」を焦点にすえたエンターテイメントと化す傾向、一方的に優越感を充たそうとする大衆の欲求に応えるものになる傾向があることを警戒すべきである。
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 原告☆当事者通信 №26 2018年8月26日 作成:水野哲也