writing practice

文章の練習、書くことが無いし、フィクションを書いてみたのです、一部。書いたのは2016-17年、ネタは古い。遺跡、データバックアップです。

 


マリーシャの元いたボスのアジトが、大規模な捜索を受けた。

容疑は、ハッキングや、違法なマルチウェアの配布。

ンプトラに不正なルートで献金をしたとか、集計作業を操作したとか、

左派のゴシップ誌の噂の余波を受けたのだ。

マリーシャはそれを新聞で読んで、少し気が晴れた。

マリーシャは、その新聞記事を、近所の奥さん連中へ見せた。

こいつ、女から金を巻き上げて、ロクな男じゃなかったわ。

私はしょうもない、紫のキャミソールとか着てたのよ。トイレは臭くって、その辺にボンクラがウロウロしてた。

ルシーア妻たちしかいない、あぜ道での立ち話だ。

農夫たちは、彼女たちを何回か買ったかもしれないが、お前はあの時、しょうもない紫のキャミソールを着ていたな、なんてことは言わなかった。

彼らの中で、それは無いことになっていた。

今は、大切な家族のメンバーで、妻で、子供の母親だった。

しかし、彼女たちのパソコンの、イケメン・ツアーリのアイコンは消えなかった。

どこかの他のボンクラがやっているに違いなかった。

 

 

 

 

 

 

優しい牛は、スパイをやっていたマフィアの手から逃れて、サーシャたちの村へ潜伏した。

ルシーアの鷹の爪は壊滅したが、彼がスパイなことは、他のマフィア組織にも知られていた。

優しい牛は、村はずれのバーに入り、農夫たちへ言った。

俺のことを覚えているか。

農夫たちは、ジョッキをテーブルに置いて、きょとんとしたあと、互いの顔を見合わせた。

誰も覚えていなかった。

優しい牛は、サーシャもマリーシャも、あんたしか客にとらなかった、

ルシーアのマフィアはロクな奴らじゃない、

彼女たちは、あんたを見つけて幸せだ、

とビールを煽りながら言った。

優しい牛は、村にしばらく滞在していると、継ぎ手のいなくて空いていた農地を、1000ペソほどで譲られた。

 

 


「カーチャさんは、彼氏とかいないのか。

ヒラリーさんみたいな怖い女の人の元にいると、男が逃げていくよ。

よかったら俺んところのイケメン警官を紹介するよ。

正義感あふれるNPOの女性に、汚れ仕事の出来る警官たち、鬼に金棒ってやつだ」

アレックスはヒラリーのNPO事務所にやってきて、一通りカーチャにちょっかいをかけたあと、優しい牛の録音テープの顛末をヒラリーに話した。

ライウクナ・マフィアには、大したペナルティが課されなかった。

例の市議の親族のヒラ警官を殺した奴をつきださせて、事は収束した。そいつは身代わりかもしれない、本当の殺し屋は腕が良いから、温存したままかもしれない。

確かに、ライウクナ・マフィア経由で、ライウクナに武器が流れているが、それはある程度、ルシーアを牽制する為のアメリカの国益にかなっていた。

そういう裏事情を表ざたにするのは都合が悪いし、地元の警察にはどうしようもできないことだ。

しかしこういう情報を警察に提供しているから、ヒラリーのNPO事務所はトラフィッキング摘発の活動が滞りなくできた。

「あんたは気を悪くしているだろう。

あいかわらずチンピラの奴らは、気の毒な売春婦から稼ぎを巻き上げて、不法行為に流している」

「気を悪くするのは、当たり前よ。本当に腐った世の中、アメリカとは思えない。

でも、私たちは、銃を持ってマフィアの巣窟に、突撃することはできないのよ。そういうところは、アレックスさんに、感謝しないといけない」

「ヒラリーさんのところは、きちんとした政治活動をしているし、副業で稼いでいるスタッフもいるだろう。

それに気の毒な女性たちを救うモデルは、集金力が高い。何しろ地球人口の半分は、女性だから」

「でも恵まれた女性は、そういうことに理解を示さないわよ。

売春婦に身を落とすのは本人が悪いと思っているし、アメリカに外国人が流入するのも快く思ってないし」

「アンタは警察がクソマッチョの巣窟だと思ってるんだろう。

でも、例えば、うちの婦人警官連中だって、ああいうのは嫌いなんだ。

もちろん彼女たちは、あんたのいうように、売春婦に身を落とすような女を軽蔑している。彼女たちはエリードだよ。

警察に採用されるほどの資質もなく、そうならざるを得ない女性がいる状況までは理解していないよ。

でも、行き場の無い女性をつかまえてきて売り飛ばす、トラフィッキングは許せないと言うよ」

カーチャは、来客にコーヒーを出したついでに椅子を持ってきて、彼らのそばに座って話を聞いていた。

カーチャはアレックスが気になっていた。でも彼は既婚者だろう。

かつて彼女に立ちんぼをさせていたマフィアが悪魔で、警察は正義の味方。カーチャは別にそんなことを思ってるわけじゃない。

警察なんか、彼らなりの何か用事があって、たまに悪魔の元にガサ入れに来る程度だった。カーチャを助けたのはヒラリーだ。

だけどそういう庶民の願望が、イケメン・ツァーリの台頭を許した。世界中の人々が、救世主を待望していた。

マフィアと警察、もしくは、KGB。彼らは相互利益の元に結託しているのかもしれないし、本当に対立しているのかもしれない。真相は藪の中だ。

自分にあの警棒と拳銃と体があったら、自分を凌辱した、マフィアをぶちのめすだろうか。

カーチャはモララーほど大胆に彼に話しかけることができない。何しろ、ただのヒラのスタッフなんだし。

 

 

 

各自、自分の敷地でトラクターを一通り回したあと、ジェイとトニーは、あぜ道で座り込んで休憩をした。自宅から持ってきた水筒のゲータレードを飲んだ。

「ンプトラの話を聞くために、中心街くんだりまで、行ってきたのか?

お前は、本当にボンクラだな。

あんなもの聞いて、何が面白い。

オッサンがフガフガ言ってるだけじゃないか。

だったら、近所で草野球でもやってたほうが、体に良いぜ」

「お前の出た腹は、あんまり体に良さそうじゃないけどな。

それに、ンプトラは、今までの奴と、違うんだよ。

奴のスピーチはすごい。狂ってる。

ユーチューブでやってるから見てみろ」

夕食後、トニーが、テレビを見ながら、ソファでゴロゴロする時間、

トニーは、妻と2人の子供の前で、ジェイの言ったユーチューブのページを開いた。

「俺ならイケメンツアーリをファックできる。

あのババアじゃ、無理だ。他の男でも、無理だ。だけど、俺にはできる。

俺にしかできない。いいか、俺ならできる。ツアーリをファックしろ」

 

 


メモリのコピーを取った後、ヒラリーは優しい牛の録音テープを、親しい刑事のブラッドリーに渡した。

ヒラリーのNPO組織が、独自にルシア・マフィアへスパイを入れていることは、ブラッドリーにも話してあった。

アメリカの警官とルシア・マフィアの癒着が全くないとは言えない。

昔から、ある種のマフィアは、人手の足りない警察の代わりに、チンピラ連中の暴発を押えていた。

かつて、イタリマ・マフィアの映画、ゴッド・ファーザーはどうして世界で流行したか。

善良な人々から文句の出そうな、100パーセント正当化しきれない必要悪を代行する、便利屋みたいなもの。

紛争地区のテロ組織や、昔のヤクザまで枚挙にいとまがない。

それで結局、マフィアが力を持ち過ぎて、不法行為が拡大していったり、マフィアと警察はいつも縄引きをしていた。

一蓮托生ってやつ。そういうことをしているから、人相が似てきて、マフィアと区別がつかない警官も多い。

そういうところは、ヒラリーは警察と全く相いれない。

警察はある程度、男尊女卑的な組織だった。

男性と同じ任務を果たす女性警官を認めるにやぶさかでないが、街頭に立つようなだらしのない女は、野放しにしておくわけにはいかない。

警察の支持基盤は、ピューリタンが多い。

だらしがないだけではなく、立ちんぼは不法移民の温床にもなっていた。

そういう退廃現象を、警察が全て管理するのは無理だから、彼らはマフィアと手分けした。

ただ海外の新興マフィアとなると、話は別だ。コロンビアや中国のマフィアは、既に警察の手に余り始めて久しい。

彼らの勢いは、麻薬取引や経済力をバックに、とどまるところを知らない。

彼らは中国の不法移民やコロンビアの貧民の味方とはいえ、アメリカ当局には敵だった。

ルシアマフィアは、対抗勢力として利用された。

ヒラリーーはブラッドリーをある程度、信頼していた。その辺のゴロツキ警官とは違う。

マフィアのトラフィッキングの監視を担当しているし、彼がルシア・マフィアから裏金を貰っていないことは、インターネットや市議連中への噂からハッキリしていた。

ただ、優しい牛には、念の為、100キロメートルほど離れた街に、潜伏するように言った。

この件が警察に漏れたからには、「ルシアの鷹の爪」で犯人探しが始まる。

優しい牛は疑われて、マフィアに処分される可能性が高い。情報提供者は守るのが、最低限の仁義だ。人を使い捨てにするマフィアとは違う。

 

 

 

「お前、俺のママはビッチなのかどうか、聞いて来いって言ったよな」

プレステの電源を入れながら、トニーが言った。アンソニーが持ってきた新作のゲームソフト、中央街まで遠征して買ったやつだ。

アンソニーは飲んでいた変な粉のジュースのコップをトレイの上に置いた。真っ赤なジュースだ。唇まで赤くなっていた。ゲーム店の近くの変な駄菓子屋で買った、粉末のイチゴソーダ、コレは失敗作だ。

俺はもう飲まない。お前にやるよ。

「言ったよ。先に俺のママをビッチ呼ばわりしたのは、お前だよ」

「お前のせいで、ウチがヤベー雰囲気になっちゃったじゃないか」

「シラネーヨ。俺は父さんがいるところで聞いたけど、別にヤバくならなかったよ」

「マジで?父さんがいるところで聞いたのか?お前根性あるな。ビッチを何だか知ってるのか?」

「誰とでも寝る奴のことだろ。うちのママは違うんだよ。お前のママそうだって言ったのか?」

背後で、ドアが開く音がした。

気が付かないうちに、トニーのママが後ろに立っていた。

2人はマジヤベエーて感じで硬直した。

画面から、テレビゲームのオープニングミュージックが流れてきた。耳慣れない音、このゲームはアタリなのか、ハズレなのか。

 


トニーのママはアメリカ人、アンソニーのママはロシア人だ。

2人の見た目はそんなに違わないし、子供たちは英語を話すから、そういうことを意識する機会は少ない

トニーのママは壁に手を付きながら、けだるそうに言った。ママらしくない、街にいるギャルみたいな仕草だ。アンソニーはドキマキした。

「ママはビッチじゃないし、ターニャもビッチじゃないの。分かった?」

 


「ヒラリーさん。世の中、あんたみたいな、自由意志の塊みたいな、エリートさんばかりじゃないんだよ。

アメリカは自由の国だ。どこよりも人々が自由になれる国だ。こんな良いところはないよ。

でも、それが建前なことは、よほどの豆腐頭でない限り、誰でも知ってる。

世の中に、誰かに売られたことの無い奴なんているか。

俺は毎日、自分に値札がついているのを感じるよ。少しでもヘマをしたら、そのうち降格だ。沢山ヘマをしたら、クビになって路頭に迷う。

俺たちは、なかなか思い通りにならないけど、それでも少しでも幸せになろうとしてるよ」

チェスターは、市長の右腕と言われていた。警視正から異例の政治家秘書へ転進を果たし、ハードな共和党支持者だ。

政治活動で、大量の借金が嵩んだという噂があった。つねに金絡みの噂が付きまとい、公式の場にいない時の言葉遣いは汚い。

「それは極論でしょう。

でも私たちは、収まる処に収まった、田舎の奥さん連中を、今更どうのこうのしようとは言ってないでしょう。

トラフィッキングは重大な犯罪です。

貧しい女性たちが、体を売ることを強要され、売れなくなってきたら、女っ気のない田舎へ売り飛ばされる。

それを許すのがアメリカですか」

トラフィキングを放置したら、やったもの勝ちだ。横行しすぎて、そのうち誰も文句を言えなくなる。奴隷制度の復活だ。

チェスターは、「ヒラリーは、黒人やインディアンを煽って、謀反を起こさせようとしている売国奴」という、右翼のゴシップ雑誌をヒラヒラさせた。

お前の理屈は世間に通じない。こと右翼ってのは、こういう奴らなんだよ。アメリカで虐げられているやつは腐るほどいる。いちいち特例扱いをするな。お前が何を言っても、無駄だ。

「私たちは、昔のことを蒸し返して騒ぎたいわけじゃありません。今、ここで起きている犯罪を食い止めたいんです」

 

 

 

 

カーチャは、ヒラリーに「イケメン・ツアーリ」というスクリーンショットを見せた。

大統領のアイコンに、どこかのコンピューター・オタクが捏造した、不気味なメッセージ。

サーシャが、ネタで送ってきたものだ。コレ、不気味でしょ。

カーチャは、例のクソ田舎の聞き取り取材で、親しくなったルシーア妻のサーシャと、インスタント・メッセージの交換をしていた。

これはスクリーン・ショットだから、踏んで経路を調べることはできない。

ヒラリーは首をかしげた。

「コレは、どこのパソコンにも仕組んであるの?ルシーア・カフェとか」

「分かりません。彼女の家のパソコンにはあるみたいです」

ルシーアが発生元とみられるフィッシング詐欺などの噂は多い。

ルシーア人の写真を使った、偽の婚活マッチング・サイトも大量にあるそうだ。

本当に生身の女性を売り飛ばしているより、ニセサイトのほうがタチが悪くないと、hラリーは思っていたが、

真剣に結婚相手を探している人からすると、そいつらは許しがたいということになる。

彼らにとって、生身の女性を売ってくれるマフィアは、逆に救世主だ。倒錯していた。だからマチズモとフェミニズムは永久に相入れないのかも知れない。

しょうもない旦那を持つヒラリーは、その手の男に全く同情しないタイプじゃなかったから、逆に脇が甘いと、人に言われた。

彼女たちの一部は、全ての持てる力を発揮して、他人を押しのけることにあまり躊躇しない。企業社会でのし上がったり、イイ男を見つけたり。

ヒラリー、あんた変な奴よ。

そんなことしていたら生きて行けないのよ。

 

 

 

マリーシャは、ソファで野球を見ているビリーの隣へ座った。持ってきたミルクコーヒーのカップを2つ、テーブルへ置いた。

「最近、ルシーアの家族と連絡を取れるようになったの。

相変わらず、暮らし向きは、あまりよくならないって。私は心配しているの」

「そうか。ルシーアも大変だな。共産主義っていうのは本当にクソだ」

「私はママや妹たちを、クソな地域にとどめておきたくないの。

もし迷惑でなかったら、ここへママたちを呼んでも良い?」

ビリーはマリーシャの顔をまじまじと見た。彼女たちにも家族がいるだろう。俺たちと同じように。俺はあまり想像したことがなかったけど。

「もし仕事を手伝ってくれるなら、いいよ。

そういえば、最近、若い奴が出稼ぎに出て、村の農場が空いてるんだ、人が増えたら、農地を拡大できる」

 

 

「ライウクナのマフィアが、市議の親族のヒラの警官を殺した?それがどうかしたか?」

「ライウクナの奴らは証拠隠滅が上手いです。それにライウクナの紛争には、アメリカが一枚噛んでいます。

だから、あんなに事態が長引いているんです。それで、その市議の殺人容疑が、俺たちに掛かっています」

「いくら俺たちがシロだからと言って、調べてもらえば良いってわけにはいかないな。

俺たちは市議は殺してないかもしれないが、ガサが入ったらマズいことが腐るほどある。

お前なら、どうする?一度畳んで書類を燃やし、どこかへ逃げて再起を図るか」

「俺はボスほと頭が回りません。

俺たちのやってきたことがマズイのは確かです。対策が必要です」

「だからその対策を考えろって言ってるんだよ、ウスノロが」

ボスはイラついていた。優しい牛は、あいかわずパンツの内ポケットに録音機を入れていたが、これも大した証拠にならないと思った。

市議を殺したライウクナのマフィアは恐らく、ライウクナに隠密にアメリカの武器を流していた。ただ、それは優しい牛の担当でないから、詳しいことは分からない。

いずれにしても、警察にガサに入ってもらうことは必要だ。

殺しとかそういうことは、ヒラリーのNPOには手におえないし、優しい牛自身の手にも負えない。

 

 

 


「ねえハニー、最近、ママと口聞かないじゃない。何か都合の悪いことでもあるのかしら」

何一つ不足のない食卓。

ソ連が崩壊して、極度の物不足やマフィアの横行、戦乱に巻き込まれる前のルシアで、家族とボルシチを食べていたのと似たような、一家団欒だった。

綺麗な英語を話す子供たちと比べると、少し怪しいターニャの英語。

アンソニーはから揚げをフォークにさして口に放り込み、しばらくもぐもぐと口を動かした。

祖父の代からの古時計の時を刻む音が、リビングルームに響いていた。

息子は一家の視線の集中と、食卓の沈黙に耐えかねた。

「トニーが俺のことビッチの息子とかいうんだよ」

夫婦の食事を取る手が止まった。ケイティがプッと吹き出し、ターニャに睨まれた。ケイティは笑った拍子にサラダを喉に詰まらせて、咳込んだ。

「あんたはビッチが何なのか、知ってるの」

アンソニーはから揚げをつつきながら、チラチラと両親の顔を窺った。姉にテーブルの下で足を蹴られた。

「ビッチは、ビッチだろ。誰とでも寝る奴だよ」

「ママはビッチじゃないわよ。ママが他の男と寝ているところを、一度でも見たことがあるの」

「トニーは、ママは絶対にビッチだって言ってた」

「じゃあトニーのママはビッチじゃないのかって聞いてきなさいよ」

「ハハハハハ」

ハワードは大笑いすると、テレビのスイッチを付けた。

 

 

 

 

「随分、綺麗な姉さんだな。婆さんにいじめられてないんかな?」

ヒラリーの顔なじみの刑事が、カーチャを見て、目を丸くした。美しいストレートの金髪に、上品なスラブ系の顔立ち。

ここの来客に、彼女を振り向いていく人は多い。

ルシア人は若い頃はだいたいこんな感じだから、カーチャは、とくに綺麗とか何とか、などと言われたことは無い。

とくにルシーアマフィアはルシアの田舎で美しい女を選んで、トラフィッキングの対象にしていた。

俺たちは、娘さんにアメリカで就業させてあげることができます。仕送りも入ります。良い話ですよ。

一家離散の多い戦乱地区も狙い目だった。ヒラリーが奥のデスクの席を立った。

「いじめてるのはあなたよ。何しに来たの。

あなたたちのガザツな取り締まりのせいで、またルシア人女性の死体でも上がったの」

ブラッドリーは、この中央街の治安を担当する、ベテランの刑事だった。

彼らは、警官の常で、マフィアとはある程度癒着しているし、全面追い出し作戦などは、なかなかしない。どのグループのマフィアであろうとも。

「そんなに簡単に死体なんか出てこないよ。

ああいうの、マフィアは商売でやってるんだ。

そうやすやすと、自分の商品を傷つけたり、死体になんか、しない」

「私たちは、立場の弱い女性から、自由をはく奪して、小銭をむしり取るのが、違法だと言っているのよ。

男なら、自分の体で稼ぎなさいよ。チンカスが。

あなたは、死にたくなければ、奴隷になれと言われて、納得できるの」

ブラッドリーはヒラリーの剣幕に肩をすくめた。確かに奴らは、チンカスだ。ロクなことをせず、アメリカ社会を荒らすだけ。ブラッドリーだって、軽蔑していた。

「彼女たちに、アメリカ国籍は無いよ。

あんな商売にそうやすやすと、就労ビザは出ない。

ただ、アメリカの男と結婚しちまったら、別だけどな」

 

 


異国の地でも、台所は彼女たちの城になった。農夫の旦那は入ってこない。

ホットケーキを作り過ぎてしまったの、遊びに来て頂戴。

サーシャは、ターニャの家のリビングでホットケーキを御馳走になり、ターニャのいじっているパソコンを覗きこんだ。

彼女たちは、子供の草野球チームの、ホームページの更新をしていた。ルシア語と英語。

英語の書き言葉は、彼女たちにはまだ難しいから、旦那と子供が作っていた。

ルシア語のページは、アメリカ向けではなく、ルシア向けだった。互いのページは、相互にリンクしていなかった。

それは何となくヤバイから。とは言え、何がヤバイのかよくわからなかった。

私たちはこのクソ田舎で縁があって結婚して、旦那と子供が、草野球をやっている。だから?

世の中、素人が知らない方が良いことは多くある。

「ターニャ、そのアイコン、クリックしてるの?」

「してないの?」

デスクトップに、ルシアのイケメン・ツアーリのアイコンが浮かび上がっていた。

「タチの悪いウイルスに感染しそうじゃない」

「クリックしないほうが、逆に危ないんじゃないの?

私たちが、どうやって、ここにたどり着いたか、忘れたわけじゃないでしょ」

「私とサーシャは、同じところにいたわけじゃない」

彼女たちは、平然と昔のことを話せるほど、ここの生活に馴染んでいた。

あの汚いタコ部屋には、ロクな想い出がないのに、もう想い出は色あせていた。

自動小銃を持った男に見張られながら小用を足すこと、毎日違う男に身を任せながら、一銭の報酬ももらえず、一切、外出もできなかったこと。

「ターニャのところのボスは、連絡をブッチしても大丈夫だったの」

「うちのボスは、良い人だった。

ライウクナ付近で引っ捕まった男より、良かった。

あそこの男たちは、私たちを裸に向いたり、人に言えないことをした。

あそこの男とかいっても、本当は何人だったのか、サッパリ分からないけど。

当時のライウクナは、戦乱で、まともに暮らせる状況じゃなかったから。

アメリカで引き渡された先のボスは、そういうことはしなかった。

ただ、やってることは、同じだと思うけど。ルシアの女たちを売って、そのお金を全部、自分の懐に入れるの」

「良いボスと、良くないボスがいる。まあ、そういう考え方もあるわね。確かにそうかもしれない。

彼らは、私たちを裸に向いて、寒空に転がしたり、野蛮な飲んだくれたちの、エジキにしたりするわけじゃない。

私は今の旦那が好きよ。これまでの男の中で、一番好きよ」

「そう。でも、私は良く思うの。マイクと、うちの旦那に、どういう違いがあるのかって」

「私は、旦那は良い奴だと思うんだけど。

私はこんなに大きな温かい家に住んだことなんかない。ジェイは悪い男なの?」

サーシャは、そう聞かれると、自分でもよくわからないことを口にするのが躊躇われた。それで、話を元のところへ戻した。

「ツアーリのアイコンは、どこにつながってると思う?

ボスが、まだ私たちのことを監視していると思う?」


「私が聞きたいくらいよ。ツアーリのアイコンについて、サーシャは何か知ってるの?」

サーシャは肩をすくめた。

「私はパソコンをいじらないから、分からない。

いつも旦那がクリックしてるのかしら。それをクリックすると、どうなるの?」

サーシャはパソコン画面に浮き上がる、イケメン・ツアーリのアイコンを見た。

「何も起こらないよ。ルシアの聖母たちへ、とかいうメッセージが出るだけよ」

 


「お前は、随分長い間、連絡を怠っていたようだな。

ルシアの聖母。アメリカの農夫をかっぱぐのは快適か?」

サーシャは、好奇心でイケメンツアーリのアイコンをクリックしたことを、早くも後悔した。

「人聞きの悪い事言わないで頂戴。コレは何なの。

ツアーリのアイコンなんか使って、何かの詐欺に決まってる。

ルシア人は、アメリカで、悪い事を沢山するし」

「あんたの、そのメッセージが、本当にイケメン・ツアーリに届いたら、どうする」

「意味が分からないことを言わないで。

このウィンドウは、どうやって消せばいいのよ。早く消えなさいよ。

コレは旦那のパソコンなんだから、おかしなことをしないで欲しいの」

「待てよ、そんな敵対的になるなよ。

お前はルシアの為に全てをささげている。俺はお前を祝福している。俺とお前は深い絆でつながった同志だ」

「ツアーリのアイコンで、そのセリフを言うの、キモイからやめろ。

どうせあんたは、頭のおかしい飲んだくれプログラマか何かなんでしょ。

ルシア人の写真を盗んできて、詐欺サイトを作ってる。

それに、私はイケメン・ツアーリとかどうでもいいのよ。私は今の夫が好きなのよ。無駄な口出しをしないでくれる」

メッセージボックスは、静かに消えた。

 

 


このルシーア・マフィアの闇娼館は汚い建物だが、扱う金は少なくなかった。

赤毛は、ここで大した仕事をしていないボンクラの1人だ。髪が赤毛だから赤毛、他にこれといった特徴がない。

自動小銃を持って歩哨に立ったり、雑用をこなしていた。マフィアの下っ端にありがちなように、少し頭が弱かった。

赤毛は、見たことの無い量の札束をボスが扱うのを見ていて、思わず軽口が出た。

「儲かっちゃって、儲かっちゃって、笑いが止まりませんね」

赤毛はボスの発砲した玉で死んだ。ボスがバカが嫌いなことは、ここの半分くらいの人しかしらない。

かといって、自動小銃を持った歩哨がウロつく、マフィアの巣窟で軽口をたたくバカもそんなに多くない。そうして希少人種の赤毛は死んだ。

ボスは銃口を拭いて、アゴで優しい牛に死体を片づけるように指示すると、黙って札をアタッシュケースに詰める作業へ戻った。

優しい牛は体が大きくてボディーガートに向き、上に従順で、下にも憎まれない、優秀な人材だった。口が堅く、よけいなことは言わない。どこででも働けそうな奴だ。どうしてこんなところにいるか、不明だ。

不法移民なのか。こんなクソ溜めで、そんなことを聞くのはヤボだから、誰も誰のことを知らない。誰も同僚の素状を知らない。互いに誰が不法移民で誰がそうでないかなんて、知らない。

ボスのアタッシュケースの納入先だって、ここのメンバーのほとんど誰も知らなかった。世の中、知った方が良いことと、知らない方が良いことがあった。しっかりその区別がつくのが、ここの分別だ。

彼らは「ルシアの鷹の爪」を名乗り、麻薬取引や売春の、ほとんどの売り上げを下っ端のメンバーから巻き上げた。

 


「儲かっちゃって、儲かっちゃって、笑いが止まりませんね」

スマホの音声再生機能を止めて、優しい牛は、苦笑いをした。コレ、使えないですね。

ヒラリーも苦笑いをした。彼女はこのNPOの事務所の代表で、もうけっこうな年だ。

貧しいスキルの無い市民たちの教育、就労支援や、

トフラフィッキングの被害にあう女性たちへの募金を呼びかけ、救済に動いてきた。

ソ連が断末魔の叫びをあげ、アメリカでルシーア・マフィアが産声を上げた頃から、ずっと活動をしてきた。

彼女たちの敵はルシーア・マフィアに限らないが、ルシア人のグループは、白人女性を扱うマフィアの中では最大手だった。

他には、ンチェチェ、ルイウクナなどのグループがあり、互いに縄張り争いをしている。

「こんなの、証拠にならないですよ。この男は、死んだんだし」

「殺人でしょっ引いてもらうとか」

「チンピラが死んだくらいで、警察は動かないよ」

赤毛の死は、アメリカの裏路地では、ほとんど意味がなかった。ただの不法移民が、他の不法移民に殺されただけの話だ。

アメリカの刑法で扱うような事象ではない。

「決定的な瞬間に立ち入るのは難しいです。ボスは無口ですから」

優しい牛は「ルシーアの鷹の爪」のボスの秘書をしていた。いわゆるスパイ。

優しい牛のデスクを囲っていたNPOのスタッフが、失望して、また持ち場へ戻っていく。

 

 

 

「あんたみたいな婆が、どれだけ騒ごうが、うちの嫁は良い女だ」

農夫の野太い声が収録されている。「ルシーアの鷹の爪」の黒鼠が言った、クソ田舎の大きなフカフカのベットってやつの正体だった。

また他の日、カーチャがヒラリーNPO事務所のスタッフの前で、スマホの再生機能を押した。

その村落の人の、多くの声が録音されていた。100キロ先のクソ田舎の農夫の住処たる村落で、カーチャが先日、聞き込みをした結果だ。

彼女はルシアマフィアの元を、運よく生きて脱走できたルシア人女性の1人だった。他の娼婦たちとは違う。

彼女の目の前には、蜘蛛の糸が垂れてきた。他の娼婦の前には垂れなかった。それだけの違い。

彼女はヒラリーのNPOに保護されたとき、娼婦の格好のままだったから、変な豹柄のミニスカートをはいて、キツ過ぎる口紅をつけていた。

今日のカーチャは、ナチュラルメイクで、青いセーターに黒のパンツを合わせていた。

ヒラリーは彼女をここのスタッフとして雇うことを民生委員に掛け合い、アメリカのビザの発行を認めさせた。

それ以来、彼女はもう不法移民ではない。

英語をすぐに覚え、ここのスタッフの仕事が板についている。元々、頭の良い子だったんだろう。

優しい牛とカーチャは、ルシア語が出来るから、ルシアマフィアのトラフィッキングを追跡しているモララーのNPOには欠かせないスタッフだった。

トラフィッキング、行き場の無い、貧しい地域の人などを、誘拐同然の方法で連れてきて、二束三文で働かせる雇用主などに、売り払うこと。

 

 

 

この取材用にカーチャは、膝丈のスカートに、トレーナー姿でカモフラージュをした。

何となく共和党大会の写真を見て、真似てきた。が、微妙にズレているような気がした。

村落の他のルシーア人女性たちは、縞模様のワンピースや、コリー犬のイラストの入ったセーターなどを着ていた。やっぱり違う。

「あなたもルシーアから来たの?」

小さな野球場にしつらえた観客席の女性たちは、胡散臭そうな目でカーチャを見た、仕方がない。この辺で見かけない顔、でもナチュアルなルシーア語を話す、部外者だ。

「どこから来たの?何しに来たの?この街は面白い?」

カーチャはルシア妻たちの質問攻めにあった。足元の芝生の臭い、小麦畑のかすかな鼻孔をつく香り。

ここのルシーア妻たちは、自分たちの故郷が戦乱のあと、どうなったのか知らない。自分以外の幼馴染たちが、どこへ行ったのか、知らない。

「私は、田舎のボンクラ農夫が、休日に草野球をする姿を見るが、好きなのよ。こんなクソ田舎まで見に来ようと思うくらいには」

「そう、変な趣味ね」

「あなたの旦那は、どれなの」

「遊撃手よ。彼はボンクラじゃないわよ。野球は下手だけど」

「パパたちは、お腹が出てるから、動けないんだよ。俺たちの方が、上手いよ。俺たち、グラウンドが空かないから、困ってるよ」

子供がサーシャと名乗った女性の後ろから顔を出した。胸元についている番号は6。

ルシーア人女性たちの側で、ユニフォームを来た子供たちが、退屈そうにつつきあったり、帽子をいじくったりしていた。それぞれの胸に別の番号がついていた。

「ヘタクソなくせに、出たがりなのね」

「試合が長引いてるのよ。子供たちと、お昼にグラウンドを交代の予定だったのに、点の取り合いになって、ムキになっちゃって」

「パパたちはヘタクソだからエラーが多くて、点数ばかりがかさむんだよ。ピッチャーの玉もヘボイし。僕たちは、もっとスマートな試合をするよ」

カーチャは、彼女たちに、いくつか質問した。

スカートのポケットに入ったスマホの録音機能をオンにしながら。

ここの生活は楽しいの。旦那は良い奴かしら。

 

 

「救済キャラバンを、やめる?」

「そう、あんな田舎くんだりまで行っても、何か無駄な気がしてきたの」

カーチャの録音を聞いてから、ヒラリーは考えを改めた。

「ヒラリーさんらしくないじゃないですか」

「トラフィッキングの摘発は、マフィアの人身売買に絞ったほうが良いと思うの。

彼女たちは、嫁ぎ先で、上手くやってるのよ。旦那は典型的なレッド・ネックだわ。

共和党支持者の、田舎の農夫。

コンベアーで大きな農場を耕し、妻がたまに、収穫や雑用を手伝う。

彼女たちは、それに馴染んでいる。

何も他人の票田を、荒らすことも無いし」

レイチェルは、学生のインターンだった。大学での専攻は、女性学、いかにもって感じだが、頭の回転は速い。


「納得いかないですよ。

女性は、そういう状況に置かれたら過剰適応してまうものなんですよ。知ってるでしょう。

ドメスティック・バイオレンスの被害者は、暴力を振るわれると分かっていても、自分から夫の元へ戻るんです。

ボンクラ男連中は、だから女なんか、一発殴って、黙らせてやれ、と最後には言いだします。それが既成事実になる。悔しいです」

この事務所のボス、ヒラリーはため息をついた。

「気になるなら、レイが、一件一件訪ねて歩いたらいいわ。

私には、そんな時間がないし。

それで、もし被害者を連れてきたら、私たちが、何とかするから」

ここのスタッフは全員、マフィアに搾取されている女性たちを助けたかった。そういう志の元に結集していた。

でも、せっかく嫁ぎ先で上手くやっている妻たちの幸せを壊すのは、やるべきことじゃない。

 

 

ヒラリーがNPOの事務所を構える中央街では、共和党と民主党の票は、拮抗していた。

ヒラリーは支持政党である民主党の応援演説に立つことが頻繁にあったし、逆に共和党の集会で、マフィアの取り締まりの強化や、不法移民の水際での阻止を訴えることもあった。

今日は、後者だ。

共和党からルシア系の候補者が出て、ルシア系の住人が集まっていた。黒人やワスプの白人も混ざっていた。

ヒラリーは、彼らの政策意図に沿ってスピーチをしたつもりが、彼女が元々、民主党の支持者なのは広く知られていて、聴衆の不評を買った。

「民主党の犬。俺たちを、支配しようとしても無駄だ。俺たちの縄張りを荒らすのを止めろ」

「これは共和党とか、民主党とか、そういうことではないのよ。

私たちは、アメリカを荒らすチンピラやマフィアの摘発の強化で、手を取り合うことができます」

「そんなことない。ここは保守の牙城だ。でていけ、ババア」

「フーン、保守の牙城が、アメリカに不法移民を受け入れて、ルシアのマフィアと取引しているのね」

見たところ、スラブ系の女性が、男と一緒に、後列からツカツカと壇上へ近づいてきて、叫んだ。

「私は不法移民じゃないわ。アメリカ国籍を持ってるわ。ソーシャル・セキュリティ・ナンバー、見せて上げようか?」
「あなたは、本当にこの人が好きなの」
ヒラリーが、女性の隣の小太りの男性を見た。USAと書いてある野球帽に、変な模様のTシャツ。
「何か文句あるの」
スラブ系の女性は、たどたどしい英語で叫んだ。今は立派なルシーア系アメリカ人だ。
「あなたの旦那は、感じの良い男なのね」
「そうよ。女をお金で買うことくらい、誰でもやってるわ。アメリカでも、ルシーアでも。それが、まるで犯罪者みたいなことをいわないで。侮辱よ」
「そう、良い男なのね。うちの旦那みたいに、お調子者じゃなくて羨ましいわ」

聴衆から笑いが起こった。

ヒラリーの夫は、市議をしていた。彼はよく、地元のゴシップ誌を賑わす。

見てくれが良く、女の噂は多いが、ただ、どれも出来心にすぎず、昔からヒラリーに懐いていて、彼が妻を一番愛していることは、衆目の一致するところだった。

彼自身、ヒラリーに、俺を見捨てないでくれ、などと公衆の面前で訴えることすらあった。

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