4月1日に解散を発表していたロックバンド「Janne Da Arc(ジャンヌダルク)」のボーカル・リーダーのyasuこと林保徳さん(44)が、ついにコメントを発表。

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画像はmatome.naver.jpより

解散をめぐっては、メンバーのka-yuが社会的正義に反する行為があった可能性があるとされ、ka-yuが「Janne Da Arcよりも大事にしたいものが見つかった」として脱退、解散につながったとされる。

ただ、解散発表時のリリースの中で「最終的には、yasuが現在、身体の治療ゆえアーティスト活動そのものを休止中であり・・・・」という文章があり、一部ファンの間では「yasuのせいで解散したように書かれている」として物議も醸していた。

【参考記事】Janne Da Arc解散、ka-yuが社会的正義に反する行為か。脱退理由は「JDAよりも大事にしたいものが見つかった」

【参考記事】Janne Da Arc解散「原因はyasu」と読める発表に批判続出。you「今日まで一生懸命守ろうとしていたのはyasu」


それから17日。

公式サイト上で「Janne Da Arc解散につきまして、yasuよりファンの皆様へ」という文章が発表された。

要約すると、

・たくさんの人に惜しまれるバンドになれたと初めて実感。心苦しく、決していい終わり方ではないが、ファンには感謝しかない。申し訳ない。誰もこんな結末は望んでなかったが、どうしようもなかった


・僕のパソコンの中には、Acid Black Cherryを始めたときから、Janne Da Arcの音源が一つも入ってない。これが僕の生き方


・体がおかしいと思い始めたとき、素直に体のシグナルをとらえていれば、と悔やむが、それも含めて乗り越えてきたから今がある


・Janne Da Arcは僕たちにとって青春そのもの。今まで聴けなかったJanne Da Arcが、解散してから聴けるようになるなんて皮肉にもほどがある


・今はリハビリとプータローの日々。首をやってから、昔のような強い声は出なくなった。自分で作った歌が歌えないのは辛い。担がれても、やれるのはここまでかなと思います


・身勝手だが、自分を少し労りたい。これからは林保徳としての人生を見つめ直す。今の僕は声出ないおじさんなので、とりあえず歌えるおじさんまでは戻したい。焦らずにやらせてください

・ありがとうございました。これからもメンバーの応援よろしくお願いします。


とのことだ。全文は公式サイト「Janne Da Arc解散につきまして、yasuよりファンの皆様へ」で。


Janne Da Arcは1990年中盤に前身となるバンドが結成され、1999年にメジャーデビュー。yasuさんは同バンドのリーダーであり、多くの曲で作詞作曲をてがけてきた。

一方、2007年にソロプロジェクトとしてAcid Black Cherryを開始。ただ、2017年以降、頚椎損傷が原因とされる体の痛みなどにより、活動を休止していた。



ネットでは、そんな彼のコメントに様々な声があがっている。













































これで一区切りか・・・・・