「司様よ!」


つくしは同僚の囁き声を聞いて正面ドアに目を向けた。
(つ、司様!?)
同僚達に合わせ、慌てて立ち上がる。

ガラス戸の向こうで黒くて大きな車が何台も停まり
黒いスーツの男達が一斉に降りてくる。
(ひぇ〜!映画みたい。)
安全を確認したのだろう、リムジンのドアが開けられた。
ロビーの期待感が目に見えるよう。
あちらこちらで囁き声が聞こえた。


ゆっくりと長身の男が降りてくる。
つくしの心臓が音を立てた。


守衛が2人、ドア端に立ち一行を出迎える。
スーツの男達に囲まれ、一際目を引く男が正面ドアに向かい歩いてきた。
受付はロビーの真ん中の位置にあり、役員用エレベーターまでは
必ず受付の前を通ることになる。


「きゃあっ、今日も素敵!」
「ほら、騒がないの!」


ロビー中の視線を集めて御曹司が入ってきた。
今日は黒のスーツ。
だけどただの黒じゃない。
よく見ると少し光沢がある細いピンストライプが入っている。
ネクタイは赤。これもすごくお洒落な模様が入っていた。


「おはようございます!」
「副社長、おはようございます!」


社員達からの挨拶を受けながら、御曹司が軽く手を上げた。
仕草一つが何故こうも優雅なのか。
お上品という感じの男ではないのに、つくしにはそれが不思議だった。
黒い壁に囲まれながらもその姿は輝きを放っている。

カッカッカッ…

一団が受付の前を通る前、つくしは周りに合わせて礼をした。
つくしだけ長過ぎる程に頭を下げる。
見たいような見たくないような、そんな気持ちだったから。

足音が過ぎて行くとつくしはゆっくりと顔を上げた。
ふぅ。
…へ?
行ってしまったと思っていたら…。
司は受付の少し先で足を止めていた。


司が受付をチラリと振り返る。
つくしはカッと頬が熱くなった。

司はつくしと目を合わせ…
微かに微笑んだ。


「こちらを見たわ!」


同僚達がお互いをつつき合ってる横で、つくしは顔が火照るのが分かった。
(むしろ頭皮まで赤くなってるはず。)
あいつの秘書も視線をとめるし、なんかすっごく恥ずかしいんだけど!
司の去っていく後ろ姿を見ながら、顔を扇ぎたい衝動と必死に戦った。


道明寺を見たのは昨日の朝以来。
夜に電話があって…初出勤はどうだったかと聞かれた。
社食に行けなくて残念だったと言うと笑って…
朝からお前に会えてビックリした、と言ってた。
お前の声が聞こえて、空耳かと思ったよって。
私も朝から受付って聞いて驚いたんだって返すと、何で秘書課じゃないんだってブツブツ言ってるの。

“社内恋愛とか、効率落ちるし近過ぎだろって思ってたんだが…
お前がいると思ったら明日も楽しみになってきた。
いいな、社内。”
だって。うう、恥ずかしい。


言われて気付いたの。
これって社内恋愛なの?なんかドラマみたいだなぁ。
あれでしょ、給湯室で呼び出し…じゃないか。
一緒に残業したり、エレベーターに一緒だったり…
って、ないない。
沢山の女子の目もあるけど、本当に距離があるんだもん。
あいつはてっぺん。
私は1階。
社内恋愛じゃなくて、これって…格差恋愛ってやつじゃないの?


「牧野さん、人事課から内線よ。」

「あ、はい!…お電話代わりました、牧野です。」






それからは目まぐるしかった。
何にせよ、道明寺ホールディングスは大企業だ。
この日本支社ビル内だけで、毎日物事が早いスピードで動いていく。
国内だけでなく海外にも拠点があるので展示会やコンペ、会議だけでも相当な数になる。

派遣会社ではなくつくしは道明寺ホールディングスと契約を結んだので
配属の人事課からはひっきりなしに通訳や対応の電話がかかってくる。
受付専属ではなく、受付補助。
そして言うなればお助けマン的な位置付けになっていた。


「すみません、午後からはCADシステム事業部に行ってきます。」

「あら、通訳?」

「超特急の納品の手伝いみたいです。」

「噂を聞いたわ。大量の設計画面がシステムエラーで呼び出せないって。」

「それみたいです。すみません、午後からはそちらに行ってきますね。」









「…それで?」 

「はい。初日はそのまま展示会でした。
本日は受付業務中にまた要請があり、CADシステム事業部へ。
急ぎの納品手伝いのようです。」

「CAD?CADまで扱えるの?」

「そのようですね。
今までの派遣会社での職務内容は多岐に渡っております。」


美しく手入れをされた指が机をコツコツと叩いた。


「…面白いわね。」

「ええ。」

「報告は絶やさないで頂戴。」

「はい、社長。かしこまりました。」


秘書が出ていった後も、鉄の女はじっと手元のタブレットに目をやる。
そこには受付の制服に身を包み、ニコニコ笑っているつくしがいた。










「あと何枚ですか?」

「4枚!」

「了解です。」

「助かるよ〜!」


こんな黙々とする作業も好きなんだ。
首と目にはくるけどね。


「サーバーももう落ちないはず。こっち終わったよー!
よし、それ手伝う!」

「あ、ここお願いします!」 


何かこういう一体感楽しいよね。
部活みたいな感じ。

終わった時にはとっくに定時を過ぎていたけど
心地よい疲れがあって
満足感が気持ち良かった。
助っ人だったけど皆さんが優しいし、顔見知りになれて良かったな。
沢山いると知った顔があるだけでホッとしちゃうよね。

ロッカーに荷物を取りに行き、携帯をチェックすると…
道明寺からは連絡がなかった。
昨日みたいにまだ遅くまで仕事だろうしな。
今のお腹具合を考えながらエレベーターを待つ。



…揚げ出し。
あー、揚げ出し豆腐食べたいかも。
焼き鳥もいいな。
豚バラにつくね、鶏皮…めちゃめちゃ食べたくなってきた。
ビールは飲めないけどサワーをぐいっともいいよね。
会社出たら進に電話してみようかな。

ウインナー…
手羽先…
えのきベーコン…

あー、ダメだ!
こりゃ食べなきゃ収まらない。
シメのお茶漬けまで絶対、絶対!


その時、つくしはあまりにも脳内に集中していたので
後ろから近付いてきた一行に気付いてなかった。



「…おい。」


耳元に囁かれた瞬間、つくしはピョンと小さく飛んだ。
後ろから吹き出す音がして、つくしは大きな瞳を更に大きく見開いて振り返る。



目の前にはスーツのボタン。


高そーなスーツ。
高そーなシャツ。
そして…このネクタイ、見覚えがある。



顔を徐々に上げていくと…





そこには極上の男が立っていた。











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