道明寺ホールディングスの日本支社ビル
高層階にある会議室では、一人の男が激昂していた。
書類を打ち付ける音が響く。

ファッショナブルでゴージャスなビル。
表参道や虎ノ門にあるその商業施設は道明寺財閥の経営だ。
とある戦略チームが時間をかけて準備をしていた
大規模な改装計画。
世界的なブランドショップだけでは、インバウンドが落ちた時には大きなダメージを受ける。
もっと今までにないものを、といくつか案が上がったうちの一つを
ライバル企業のショッピングモールが発表したのだ。

情報漏洩の恐れは常にある。
副社長が激怒していたのは、その疑いがあると分かっていながら
報告をしなかったことだ。
ただ一人の護身が多大な損害に繋がり、計画の大幅な遅れに繋がったから。
部下の監督不行届を詫びる上司を含め、会議室でチーム全員に叱責をし
計画の改善や見直しを命じた。

道明寺は巨大企業だ。
一人の野心や一人のミスが多大な損害に繋がってしまう。
巨大だからこそ風通しをよくしなければ、内側から腐っていくのに気付かない。
人間誰でもミスはある。
それをいかに挽回するかだ。



「新しい資料は届いたのか?」

「はい。今チームが準備しております。」

「スケジュールを変更しろ!午後にチームで会議を開く!」

「かしこまりました。」



昔に比べれば随分怒りをコントロール出来るようになった。
ガキだった俺は暴れまくり、目につくもの全てを壊していた事もある。
それは絶望からなのか。
閉塞感からなのか。

あんなに嫌だった母親に似てきた自分。
仕事しかない人生なんて真っ平ごめんだと思っていた。

なのに…
結局俺には仕事しかなかった。







会議予定時刻。
道明寺ホールディングスビル内にある、一つの会議室内は緊張に包まれていた。

男女7人がため息をついたり、ソワソワしたりと
急遽そろえた別案の資料の出来に、それぞれが不安を抱いている事がわかる。


「大丈夫だ、皆。自信を持とう。」


チームリーダーが声をかけた時…足音が聞こえた。



懐刀と呼ばれる秘書を伴い、美貌の男が入ってきた。
入り口にスポットライトを当てているかのように
誰もが目を奪われる。
モデルのように完璧なスタイルに超絶美形と呼ばれる顔立ち。
そして世界経済を担うと言われる経営能力。

そんな男が鋭い目をして入ってきたのだ。
緊張するなというのが無理だろう。
その人がその場にいるだけで、皆姿勢を正す。
誰もが気に入られたいと願わずにはいられない。
それが道明寺司だった。


「遅くなった。始めてくれ。」


上座に腰を下ろすと一同をぐるりと見渡し、前置きなくチームに促す。
プロジェクターが下り、全員に最新資料が配られた。
映像やデザインを見ながら積極的に意見を出しあう。
1時間半程経っただろうか。
少し煮詰まりを感じた時、副社長が手を軽く上げた。


「10分休憩だ。」


それを合図に西田が内線で指示をする。
司は椅子に身体を預け、もう一度資料を確認していた。

ノックの後ドアが開き、一人の女性がトレイを持ち入ってくる。



「失礼致します。」


イライラと疲労で鈍りかけた司の耳にもその声は届いた。


サッと顔を上げると、サラサラの黒髪をした華奢な女が部屋に入ってくる所だった。
トレイに小さな湯呑を沢山抱えながら真っ直ぐ上座を目指す。
女も気付いた。
大きな瞳が更に大きく見開いたからだ。




近付いてくる。


ヤベェ。
マジであいつだ。
一気に体温が上がったように感じる。


「失礼します。」


コトリ、と湯呑が司のテーブルの右上に置かれた。
小さな手。
華奢な指。

触れたい。


そしていい匂いがして、司の身体が微かに揺れた。


甘い匂い。
それは彼女の匂いだった。


甘いものが大嫌いな司が、唯一欲する甘いもの。



すぐ側にいる。
彼女の熱を感じて、存在を急激に意識した。




そして一人一人にお茶を置いていく姿をじっと目で追う。
どうぞ、と小さく言いながらお茶を出す姿。
すっげぇ可愛かった。

おかしいよな。
今までお茶出しを意識した事などない。
だが、あいつがしてるだけで細やかな気配りが必要なんだと分かる。
観察していると、お茶を受け取る人間も様々だった。


目を合わせて礼を伝える者。
ありがとう、と言葉に出す者。
出されて当然のように振る舞う者。
お茶を配る者を全く見ない者。



…礼ぐらい言ったらどうなんだ?
性格悪いやつもいるもんだ。


ブツブツ言いながら湯呑を手に取り、一口飲んだ。
途端に顔が綻ぶ。


「美味いな。ありがとう。」


低いがよく通る声が会議室に響いた。
びっくりしたのはつくしだけではない。
会議室にいた者達も、副社長がお茶に礼など言ったことを初めて聞いた者ばかりだ。
目をパチパチしたり咳をしたりして、動揺が顔に出ている。
つくしははにかんだように笑った。


思わず笑顔を返そうとした司の後ろから、秘書の咳が聞こえ
振り返って睨んだ。


“なんとかしろ。”

“は?”

“あいつだ!”


目線で会話している二人に気付かず、つくしは部屋を出ていこうとした。


「牧野さん。」


ん?

つくしが振り向くと、副社長第一秘書が咳を一つした。


「えー、速記の資格をお持ちでしたね。」

「あ、ハイ。」

「このまま残り、会議の内容を記録して頂けませんか?
担当部署には私から伝えておきます。」

「あ、はい。分かりました。」



机の下でガッツポーズをした者が一人。






ひょんなことから会議に参加する事になったつくし。
端の離れた席とはいえ、これでやる気が出るというもの。
司は大層ご機嫌だった。
仕事は仕事だが、側にいるだけで…自分が安定する。
スゲェなあいつ。

せっせせっせと馬鹿正直にメモをとる姿を見ながら、口の端が緩む。
甘いもんでもこの場で差し入れしたいが…そんな事今までしたことが無い。

だが何を思われてもいいさ。
恋人がいるんだ、ここに。



何が好きか、何がいいか考えていると会議がまとまってきた。
会議に集中する。
そしてまたつくしを見ると、顔を上げたあいつと目が合った。



“ちゃんと仕事してるだろ?”




そんな得意げな目線。

二人は小さく微笑み合っていた。






秘書の咳がさっきから響きわたっていたが。








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