動物園のパンダってこんな気持ちなんだろうか。


「お前パンも食べたいのか?よく食うな。」


ハッと気付いた時には、あいつはパンのバイキングに向かっていってた。
あうあうあう。

ザワめきは一段と大きくなった。
道明寺の御曹司がわざわざパンを取りに行ってるからだ。
パンコーナーからは一気に人が引いて、逆にめちゃくちゃ目立っている。


「どのパンがいいんだ?あり過ぎるから分かんねぇ。」


でっかい声でこっちに向かって叫んでるし。


「クロワッサンでいいのか?マフィン?サンドイッチ?」


知らない知らない知らない!


「おい!」

「はいっ、道明寺様どうされました!?」

「あいつ気に入ったのがないらしい。シェフに言って何かすぐ焼かせろ!」


つくしは勢いよく立ち上がった。


「クロワッサンで!!」


あいつが笑った。


「おう。」


パンダじゃないわ。
F4のリーダーをパシらせる女は、ネッシーかツチノコレベル。
じろじろからガン見に変わっていく。
ああ、いたたまれない。


さっさと食べて出ていこう。

むしゃむしゃむしゃ。
涙が出るほど美味しいのに、ゆっくり味わえないのが悲しい。


…ごくん。


一流シェフが作るハンバーグは、ハンバーグステーキだ。
合い挽きじゃない。
牛肉100%で、しっかり肉の味がするの。
泣ける。


「そんなに美味いのか。」


笑いながら向かいに座るあいつはご機嫌だ。
全校生徒からの視線にも全く動じない。
カフェテリアの隅を選んだはずなのに、この注目度。
この席だけ赤いテーブルクロスまで敷かれ、食器も高そう。
呆れるぐらい特別待遇なんだな、ほんと。


「ほらよ、パン。」

「あ、ありがと。」


むぐむぐむぐ。


「…食べないの?」

「あ?ああ。食うよ。」


こっちばかり見てこいつは全然進んでない。
慌てて下を向き食べ始めるけど…やっぱりチラチラ見ている。


「ふぁに?」

「いや…美味そうに食うなって思ってよ。」

「…むぐ。美味しいもの食べたら誰だってそうなるでしょ。」


王様がシニカルに笑った。


「周りにはいねぇな。」

「ふぅん。」


…それにしてもこいつって…。
なんて食べ方がキレイなんだろう。全てが絵になるみたいな優雅さ。
やっぱりおぼっちゃまなんだな。

手が止まる。


ガツガツ食べてた私とは大違い。
だけど何か文句ある?
うちだってママが煩かったんだから。好き嫌いするな、食べ物を残すなって。
ん?ちょっと違うか。


「…つも教室で寝てるな。」

「え?」

「いつも教室で寝てるなと思ってよ。…いや、ほら、たまたま通りかかっただけだぞ。
別に意味はねぇ!」


たまたま2年生のクラスに?
ん?と思ったけどまぁいい。


「今バイト掛け持ちしてるから。」

「何でだ?」

「…別にいいでしょ。」

「何でだよ。」

「…弟がもうすぐ修学旅行なの。」



全く分かってない顔。
意味不明って書いてある。


「絶対行かせたいから、その為に増やしてるの。」

「何でお前が?」


答えは簡単。
私が一家の大黒柱だから。
…言わないけど。


まだ温かいクロワッサンを手に取る。
じゅわ〜っとバターの香りにまた涙が出そうになる。
(ハイジみたいにエプロンに隠して持って帰りたい。)


「…修学旅行?そんなのに行きてぇのか?」

「私も一番いい思い出だから。中学のめちゃめちゃ楽しかったの。」

「……へぇ。」

「あのコ遠慮してるけど…絶対行きたいはずだから。」


だからつくしは今掛け持ち中なのだ。
進には何も言っていない。
つくしにとって、学生時代のいい思い出は中学の事ばかり。
笑い合って、はしゃいで、ただ楽しかった。
年相応でいれた貴重な時間。


「…英徳に…、」


つくしが顔を上げた。


「…いや、何でもねぇ。」



聞こえた。
来なきゃ良かったか?そう呟いたでしょ。


そりゃそうだよ。
早くこの制服を脱ぎたい。
早く自由になりたい。


「スープ冷めるよ。」

「…ああ。」


つくしは窓の外を眺めていた。
同じ高校生なはずなのに、ここにいる生徒は何もかも違う。
ブランド物やショッピング旅行、株価の話、親の会社の話じゃなくて…
もっと気軽な話はないのかな。
昨日のテレビや、好きな芸能人、面白い漫画の話とか。
(今は私も疎くなってるけど)


デザートが運ばれてきた。
うわぉ!
大好きなモンブラン!!
栗がおっきい、ツヤツヤしてる。うう、泣けてきますな。
よし。これを食べたら行こう。

よく考えたら、何でこいつとご飯なんかしてるんだろ。
プライベートな事までペラペラ喋ってしまったし…
ますます馬鹿にされるだけなのに。



道明寺が席を立つ。

へ?


戻ってきた時は手に小さなお皿を持っていた。


「ほら。」

「へ?あ…どうも…。」


美味しそうなフルーツがたっぷり乗っている。


「…あんた意外とマメだよね。」

「豆?まだ食うのか?待ってろ、」

「だー!!違う違う!もう満腹です!」


つくしは頭の上で大きく手を振った。
道明寺が不思議な顔をする。


「マメって何だ?」

「んー、世話焼き…じゃないな。よく働く…でもない。」

「何だそれ。」


道明寺が笑った。
周りから叫び声があがる。

この男、まとう空気は氷点下なのにさ。
笑うと…


意外とかわいい。


いやいやいや、今の無し!




こいつって…
綺麗な顔過ぎて彫刻みたいだよねぇ。


「あんたそんなに身体デカいのに、それだけしか食べないの?
珈琲ばっかりは良くないよ。」


あー。


また長女気質が出てしまった。
進からも、ウザがられるっていうのに。





ちら。

…なんで笑ってんだろ。
あんな嬉しそうに。


「おう。」



なんか調子狂うなぁ。
もう行こう。



「ん。美味しかった!ご馳走さまでした。」

「…ああ。」

「食器って…」

「店のやつが下げるからそのままでいい。」


満腹で苦しい。
久しぶりにお腹いっぱいになった気がするなぁ。


「じゃあ…。」

「牧野!」

「へ?」


今では司も立ち上がっていた。


「…挨拶ぐらい、してもいいよな?」

「え…。」


一応年上だし、一応先輩だし、一応ご馳走になったから。
頭を下げて頷くと、つくしは早足でカフェテリアを出て行った。

挨拶ぐらい誰とでもするしね。
近所の人や、野良猫にもするんだからあいつもそんなレベルでいいしょ。
うん。






伸びやかに歩く。
黒髪が揺れる様を、司はじっと見つめていた。






身体が震えるほど、幸せだった25分。


このままは嫌だ。
知り合いも嫌だ。
友達は嫌だ。


あの大きな瞳にうつりたい。
見つめられたい。
頼られたい。



いつでも電話出来る仲になりたい。
手を繋ぎたい。





その時、つくしが振り向いた。
真っ直ぐな眼差し。




司は心臓を無意識に抑えた。


ドキドキする。
何だこれ。
不整脈か?


何でこんなに…ドキドキするんだ?







司のハートは、美味しそうに食べる女が奪っていった。





道明寺司の、不器用で一途な愛は始まったばかり。













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