「…い、おい!起きろ!」 


揺さぶられて、深い沼から急に引き上げられた。
いい気持ちだったのに。
まだまだ起きたくない。



「営業時間外でふ…」

「起きろって!」

「…ただいま閉店中…、またのお越しを…」

「おい!朝から冗談言ってんじゃねぇ。」


渋々、つくしは起き上がった。


「…なぁによ。」

「ネクタイ結んでくれ。」


もしゃもしゃの髪の隙間から見えたのは、あいつがシャツの襟を立てた姿。
眩いぐらいの真っ白いシャツ。
完璧なアイロン。
長い脚を包むダークなスーツのスラックス。
いつもなら朝はちょっと眠たそうにしているのに…


ぶっ!

見てよ、この…うっれしそーな顔。
ネクタイを大事そうに首に掛けた。


「メガネが待ってるんだよ。」

「メガネじゃないわよ、西田さんって言いなさい。」


ベッドの端に座ると、ポケットに両手を入れたまま
身体を近づけてくる道明寺の額を軽く叩いた。
深い赤のネクタイをぐいっと引っ張る。


「おい!大事に扱え!破れるだろうが!」

「はいはいはい。」


つくしはネクタイを結び始めた。
昔から結んであげてたけど、寝ているなら起こさなかったのに。

…浮かれてるんだ、この男。



「両手が塞がってるからって…もぉ。」


頭に髪に額に、ちゅっちゅとキスを落とす男に呆れながらも笑ってしまう。


「…どうだ?似合うか?」

「ん。」


少し動かし、ネクタイを真っ直ぐに整えた。


「サンキュ。」

「はーい。」


私の頭をポンポンすると、ジャケットを羽織った。


ひゃー。
スーツってホント格好良く見えるよね!


「行ってくる。」

「はーい、行ってらっしゃーい。」


ふぁ。
あくびを一つ。


「忘れ物だ。」

「へ?」


朝っぱらから、眩しい男に抱きしめられた。
185センチで筋肉質の完璧な身体はエネルギーで満ち溢れてる。
腰に腕を回して温かさを感じた。

いい匂い。


額にそっと唇が触れる。


「…昨日無理させたか?」

「ん?ううん、だいじょーぶ。」

「もう少し寝とけ。」

「寝る寝る。」


そして、さっきから鳴り響いていた携帯を持つと
道明寺は出ていった。
去り際に振り返り、笑う。

つくしもほほ笑んだ。



鍵をかける音。



「やった!あと1時間寝れるー♫」


まだぬくぬくな布団に入り、つくしは天井を見ながら
思い返していた。


「あいつ、すっごく…喜んでたなぁ。
もっと早くプレゼントすれば良かった。」


毎回受け取るばかりだった。
道明寺はお礼という名の、いつもよりちょっと豪華な晩御飯を喜んで…


「あんたが贈りたがる気持ちがわかったよ。」


喜ぶ顔が見たくて。

相手を考えながらプレゼントを選ぶ楽しさ。
こっちまで嬉しくなるんだね。


つくしは道明寺の匂いが残るベッドで、幸せな気持ちでまた眠りについた。









「司様、おはようございます。」

「おはよう。いい朝だな。」


そう言い、いつものリムジンに乗り込んだ。
優秀で有能な秘書は頭を下げながら、ピクリと揺れた。 

いつもの『ああ』だけではない。
なんとご機嫌なことか。

あの方の側にまた居れるようになり、司様は格段に血色が良くなられた。

ようやく眠れるようになったのだろう。
毎日飲まれていた頭痛薬と睡眠薬がいらなくなった。

すごいものだな、一人の存在でこうも変わるとは。

西田がリムジンに乗り込むと、ご機嫌な美男子が
ゆったりとネクタイを触りながら座っていた。


「これ、いいだろ?」

「はい。」


新しいですね、という言葉は目の前に座る男性には当てはまらない。
超一流のものが常時更新されていくからだ。


「あいつからのプレゼントだ。」

「それはそれは。良うございました。」

「おう。」

「とても似合っておられます。」

「…そうか?」


ほころぶ顔に、西田もふっと笑みが溢れる。


「オーダーでこのタイに合うスーツをいくつか作らせてくれ。」

「かしこまりました。」

「今日は新しい契約を結ぶ日だよな?」

「はい。」


道明寺ホールディングスは巨大な企業だ。
一日に結ばれる契約はそれこそ無数にあるはず。

どのことか分かってるよな、と無言の圧力がかかる。
優秀で有能な秘書は小さな咳をした。


「どの契約か分かっております。」

「誰が来る予定だ?」

「相手先からは社長と営業部長、営業担当の3名予定です。」

「営業担当?女か?」

「いえ。営業一筋のベテラン男性だそうです。」

「ウチは?」

「部門の責任者と担当者の予定です。」


革張りの豪華なシートをトントンと指で叩く音。
不服、ということらしい。


「コホ、…畏まりました。」


美貌の御曹司は小さく頷いた。
そして決済の束を受け取る。



「あ、少し時間取れるか?髪も切りてぇな。」


西田は脳内で今日のスケジュールを小刻みに動かしていく。


「今からでしたら、何とか。」

「それでいい。」


まだ外は薄暗い。
こんな時間に開いてる美容室はない。

だから道明寺の専属がいるのだ。
時間も予定もない。
プロたちは、全国各地だろうが司様に合わせて飛んでくる。
有能な秘書は早速電話をかけ始めた。


「西田です。今からお願いします。場所は…、」


頭が切れると評判の美貌の御曹司は、今また嬉しそうにネクタイを眺めていた。









今日はお弁当じゃない。
何を食べようか…。
うーん、お腹さん、何の気分ですかー?

あ。お蕎麦に行こうかなー、奮発して海老天蕎麦とか!?
今日のラッキーは海老だったしね。
あったかいお出汁に…じゅわっと出汁で崩れる海老天…
うわ!最高過ぎる。
蕎麦だ、蕎麦蕎麦蕎麦蕎麦。




「牧野ちゃーん。」

「はい?」

「なんかね、急遽ある契約についてきて欲しいんだって。」

「えっ?あ、そうなんですね。午後からですか?」

「今からだって、もうすぐ営業がこっち着くらしいよ。」

「そうですか…。」



さようなら、海老天蕎麦…。

つくしは切り替えて出かける用意を始めた。






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