中国は危険な国ではないのか?

人から聞いた情報で書くのだが、五島列島沖の日本の領海は、中国も魚を取っていいという協定を結んでいるそうだ。

そこに日本の漁船が数隻で漁に行くと、百倍の数の中国漁船に包囲されることがあるという。

中国漁船は網を投じて、日本の漁船を出られなくするのだそうだ。

日本の漁師は漁に行くのが怖いと感じるという。

日本は領海内の海洋資源を守るために一定の基準で漁をするが、中国船は、他国の領海だから気にしていないで、いわゆる乱獲をやっているそうだ。

こういうことを日本人がやったら、日本ではどういう反応が出るだろうか?

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尖閣列島では連日、中国の船が大挙してやってくる。

中国の法律では尖閣は中国の領土なのだそうだ。一方的に決めてしまう。竹島を盗られたのと同じやり方だそうだ。

(すべて人からの情報。自分では調べてない。それを前提に、書き続ける。)

尖閣実効支配のシナリオは次のようなものだそうだ。

先ず、漁船に乗った漁民を装った兵士たちが船舶の故障などを人道上の理由で尖閣に上陸する。

そして、漁民を救出するためということで、中国の軍艦がやってくる。

軍人が上陸してしまえば、それで、実効支配なのだそうだ。

取り戻すには、もう、戦いしかない。竹島と同じく、戦わない日本なのだから、「我が国固有の領土である」と言うだけしかなくなる。言っても言っても、言葉だけで、尖閣が戻って来ることはない。

日米安保条約では、実効支配された場合、安全保障活動の適応外なのだそうだ。つまり、戦わない日本の頼みの綱のアメリカ軍は動かない。

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日本人は、自分たちが戦争をすることや、侵略することや、他国に被害を与えることを厳しく抑制している。

しかし、自分たちが被害を与えられることについては、黙っている。

それは、被害を与える国と対峙すれば、どうしても、戦いを避けられないからだろう。

戦争はもちろん、小さな衝突をも含めて、戦いは絶対に避ける。

この方針を変えない国が、中国の隣にいれば、どういうことになるのかは、わかりきったことだと思う。

しかし、そう思うのは、ネトウヨなのだそうだ。

これまで書いてきた人づての情報が事実に反しているのなら、中国の脅威に脅えるのは、ネトウヨという、一握りの妄想に取りつかれた人たちということになる。

判断は、事実に対して行われなければならない。

だから、先ずは必要な事実を、必要な分、すべて、明らかにするべきだ。

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南京事件にしろ慰安婦にしろ、日本と中国や韓国とで対立している問題はこじれにこじれているように見えるが、事実をはっきりさせれば、こじれようがない。

刑事裁判と同じだ。

もし、事実を証明する証拠があれば、有罪。証拠が出なければ、無罪である。

だから、当事国、そして第三国からも学者を呼んで、学術的な側面から(政治的な利害から離れて)徹底的に「事実そのもの」を洗い出してみるべきだ。

日本は、それを提案しているのだそうだ。

どうして、中国や韓国はそれに応じないのだろう。(証拠が出なければ無罪ということに我慢がならないのかもしれない。日本人でも「日本軍ならやったに決まっている。証拠がなくてもあっても、やってる」という気持ちの人がいるようだ)

ここでも、日本人は、自分たちに対する態度と他国に対する態度が違ってくる。もし、事実を明らかにする討論に参加しない態度を日本が取っていたら日本では相当な批判が巻き起こるはずだ。しかし、韓国や中国を非難する声は聞こえない。

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オスプレイに反対したり、沖縄の米軍基地をなくそうとしている人たちによると、中国は日本にとって危険な国ではないらしい。

どういう事実に基づいて、中国を脅威とみなしているのか、或いは、危険でない国とみなしているのか、政治家や識者に公開で討論してほしいものだ。

討論と言っても声の大きい方が勝つというテレビ討論番組式ではなく(あれは言論プロレスというエンタメ)、それぞれの言い分をまとめてパネルに表示してゆき、各国の一般国民が、見れば理解できるようにする。

その様子は、できるだけ多くの言語を通して、インターネットで世界に配信する。

それぞれの言い分が過不足なく、事実とロジックに基づいて何枚かのパネルによって明らかになれば、それが図解となる。

そうなれば、一般国民である私たちにも、それに対する判断が出来るだろう。

英語

小学校五年生から英語が正式の教科になるんだそうで。

冗談やめてよ、ちょうど言語習得の臨界期を過ぎた時ではありませんか?

この年齢を過ぎると、いくら勉強しても、話せるようにはなれません。

(たまに、話せるようになる人がいるが、そういう人は例外。大人になってからピアノを弾けるようになるような人です)

読む英語にしても、やるなら、漢文みたいに小学校に入る前から素読でいくべき。

日本人に英語なんて要らない。

ほんとうは、そうなんだけど、鎖国できない今では、そうも言ってられない。

わたしたちはアメリカのことをよく知ってゐるつもりだが、それは日本語の新聞やテレビや本を通じてのこと。

英語を通してアメリカを知ってゐる人はほとんどいない。

その稀少な日本人のひとりが、この人、ランダムヨーコ

早くからトランプ支持を宣言していた。ぼくなんかは、やけになってんのかなと思っていた。

しかし、この人がトランプを支持したのは、英語を通して直接情報を収集し、分析していたからだった。

誰かが言ったことを元にものを考えたり行動したりしたら、その誰かが本当のことを言っていなかったら、考えも判断も行動もすべて間違ったものや、その人の誘導するものとなってしまう。

英語が分からずに、アメリカや世界のことを考えているわたしたちは、誰か、つまり、マスコミや評論家などといった人たちの言うことを本当のことだと信じて疑わず、と言うより、まるで自分が自分で情報を収集しているようなつもりで、考え、判断し、行動している。

英語ができない人は、直接、自分で情報を得ることができない。

日本人が英語をしゃべりだすと、「ああ、アメリカ人になりたい、日本人であるのがイヤだ」と思うような人も増えるのかもしれないが、それでも、英語がわからないことには、これからの時代を生きることはできないのかもしれない。

不思議なのは、過去、ほんとうに英語が出来る人は、かえって日本を大切に思う人(ぼくは愛国者という言葉がキライなので、大切に思う人と言うことする)になることがおおかった。

白洲次郎とか。

これからはどうだろうか?

まだカウンセラーに話を聞いてもらってるの?

切々たる思いを、カウンセラーに、話す。

しかし、カウンセラーはそれを聞いてかすり傷さえ負わない。

何も聞いていないからだ。

もし、あなたにとって大切な人が、切々たる思いを語ったら、あなたは心が傷つき、内容によっては心をえぐられるだろう。

話を聞くとは、そういうことだ。

カウンセラーは、他人事として聞いている。わたしたちは、テレビドラマを視て、心に傷を負わない。自分とは関係の無いことだとわかっているからだ。

相手との繋がりがあり、気持ちが流れ入り、流れゆく関係の時、相手の悲しみ、苦しみは、自分の心を痛ませ、傷つけ、血を流させる。

カウンセラーは、相手とのつながりも、交流もないから、一日に何人も、週に二十人でも、話を聞いても、お金以外のものを相手から受け取ることはできないのである。

カウンセラーに話をしている人は、目の前で頷いている人間とは、人間としての関係が無いことに、いつか、気づく。

その時に、カウンセラーは「クライアントさん自身が、自分で気づいて、自分の生き方を決めていく」と言う。

カウンセリングには何の意味も無い。

それがわかることが、カウンセリングの、ただ一つの成果である。

あなたの話を聞くのは、その人にとってあなたが「大切な人」である場合だけだ。

そして、あなたが自分の悩み苦しみを話すことで、必ず、相手の心は傷つき、痛み、血を流す。

話をして、そして、聴いてもらうとは、そういうことなのだ。
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