テッちゃんテッちゃん原画展

テッちゃんとの十八年の暮らしを記念して、テッちゃんテッちゃん原画展をしてます。
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@猫喫茶『猫の箱』 (12時~21時)
11月12日土曜日~11月26日土曜日(最終日なので18時まで)

百五十枚の葉書漫画のうち、七十五枚を展示。

来年一月末から二月にかけて、同じ猫喫茶『猫の箱』さんで、 後半の七十五枚を展示します。

1月28日土曜日~2月11日土曜日

よかったら、見に来てくださいね。

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この葉書漫画は、京都五条烏丸の紅茶店キトゥンカンパニーさんに、気が向いた時に、テッちゃんの近況を描いて送ったのが、いつのまにか、七年間、百五十枚になっていたというものです。

キトゥンカンパニーさんでは、情報満載のトイレの一角に掲載させていただいてました。

百枚になった時に、キトゥンカンパニーさんで記念に原画展をさせてもらいました。

今回は、枚数ではなくて、テッちゃんとの十八年を記念して原画展をしています。

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見た人が、「ああ、うちもそうだなあー」と思ったり、「えー、そんなことがあるの?」と思ったりしながら、自分と暮らす猫のことを振り返ってもらえたらいいなと思っています。

ついでにオーブン陶土で作った立体の猫、Tシャツ、絵ハガキなども展示及び販売してます。
そして、テト庭セラピーも在廊の時に受け付けています。今回は、もう、最終日の二十六日土曜日だけになってます。気軽に声をかけてくださいね。
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来てくれた人の感想は、先ずは、絵柄がバラバラ、そして、ゆるーい。

実のところ、原画展なんて仰々しい名前でお見せするような技術的に優れた作品ではありません。
原画しかないので、原画展(^○^)

そして、自分でいうのは気が引けますが、誠実な原画です。

つまり、ぼくや妻やテッちゃんはほんとに真面目で、しかもオモロイ日々を、テッちゃんや妻と暮らせることに心から感謝の気持ちをこめて、折に触れ、メモしたものです。

人と暮らす猫、猫と暮らす人の日常のスケッチとして見ていただければ幸いです。

テッちゃんはにゃんこ先生

テッちゃんは、うちに来た時から、いろんなことを教えてくれてきた。

教えると言っても、答えを教えるのではなく、問いを与えてくれる。

問いかけることを通して教えてくれるという、ほんとに、生徒を成長させてくれる、巧みな先生なのだ。

テッちゃんからの問いは、たくさんあって、まだ、その一部にしか答えを出せていない。

でも、困ったというより、ありがたい。

テッちゃん先生からの質問を考えて、それに自分たちなりの答えを考えると、考えることですでに人生が豊かになる。

何年も経ってから答えが間違っていたことに気づくことも一度や二度ではない。

それもまた、ぼくと妻の暮らしを豊かにしてくれている。

テッちゃん先生、ありがと~(^○^)

テッちゃんからの問いかけを、生涯、考えていきたい。たぶん、今生では全部答えを出すことはできないだろうから、次の人生でも持ち越しで考えていくことになるだろう。

その時は、テッちゃんがヒトで、ぼくらが猫だったりするんではないかなと、ぼくと妻は話している。
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幽霊はタクシーに乗る

ネットで時々調べるのは、臨死体験とか超心理学とかで、動機としては「死んでも命がある」という証拠が出てないかなということ。

このごろ、大震災後の石巻あたりで語られる幽霊の話がマスコミに出ているようだ。

NHKの番組で取り上げられたり、大学の卒論のテーマになったりしているらしい。

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私は死んだのですか?」と言った直後に姿を消した女性
東日本大震災から3カ月ほどたった、ある深夜の出来事だった。タクシー運転手の男性がJR石巻駅(宮城県石巻市)の近くで客を待っていると、もう初夏だというのに、真冬のようなふかふかのコートを着た30代くらいの女性が乗車した。

目的地を聞くと「南浜まで」と一言。震災の津波で、壊滅的な被害を受けた地区だった。運転手は不審に思って「あそこはもうほとんど更地ですけど構いませんか?」と聞いた。すると女性は震える声で答えた。「私は死んだのですか?」。運転手が慌てて後部座席を確認すると、そこには誰も座っていなかった。

幽霊の話を聞き取っても、幽霊が実在するかどうかを検証するためには何の役にも立たない。

かつてUFOの目撃談は山ほどあったし、五十年くらい前までなら、狐狸に騙されたという人は数えきれないほどいた。

日本のポルターガイストと騒がれた町営団地での異音騒ぎの時も、幽霊目撃談がいくつも報告された。

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目撃談を、例のなんでも学問にしてしまう社会学で扱えば、時代の状況や、人がその状況の中で抱く思いがあぶりだせるだろう。

今、幽霊の話を大真面目でテレビが取り上げたり、学術論文のテーマにしたりできるのは、肉体が死んでも魂は生きていて欲しいという願いが多くの人の胸にあふれているからだと思う。

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子供の頃、知り合いにニヒルな大人がいて、「死んだら終わり」、「生きることには何の意味も無い」と常々言っていた。

自分の飼っている犬が死んだとき、その人が大声を上げて泣いたのを見て、ぼくは、驚いた。

自分の親の葬式でも薄ら笑いを浮かべていた人だった。まわりの人が咎めるような視線を送るのを、むしろ、楽しんでいるようだった。

後で、悲しくなかったのかと尋ねたら、「人間は死んだらゴミなんだ。お前は、毎週ゴミ袋を家の前に出すたびに、泣くのか?」と言われた。

家に行くと、仏教の本が書棚にたくさん並んでいた。

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その人が、犬の死骸を揺さぶって叫んでいた。

ぼくは、その光景を見て、ちょっと背筋が寒くなった。

その人は、「自分は仏教徒だから、神も霊魂も信じない。死後の供養は一切要らない。死んだらゴミ袋に入れてゴミの日に捨ててくれ」と言っていた。笑っていたが、本気だったと思う。

しかし、その犬を清掃局に持って行くことはしなかった。

動物霊園に立派なお墓を建てた。

ぼくもその犬は好きだったから、一度、一緒にお参りに行った。

その人は、お墓の前にしゃがむと、何やら、長い長い祈りを口の中で呟いていた。
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