2017年02月26日

映画「一人息子」とスリランカのスタッフの実家のお母さんの話

映画『一人息子』鑑賞。
この映画を観て、なぜかスリランカ人スタッフの実家の家族に挨拶に行った時の事を思い出した。
その時は、息子を苦労して苦労して勉強させて都会に送り出したお母さんが、就職先の会社の経営者である、しかも外人の僕をどんな風に思っただろうと複雑な気分だったが、家庭料理で大歓迎してくれた。
一度だけだがお母さんや姉妹を東京の僕の自宅に招待して一週間くらい僕の家族と一緒に過ごした事があった。そんときは東京タワーや浅草など東京見物に連れて行ってあげたが、最終日の食事の後、僕の前でお母さんが、息子さんが赤ちゃんだった頃に唄って聴かせていたスリランカの子守唄を僕に歌って聴かせてくれた。そのとき「大事に大事に育てた私の長男をくれぐれもよろしく」と頼まれてるように感じた。
彼は8年近く勤めてくれて僕を支えてくれた後、独立して会社を起業したけど、その後は悲しい結末になってしまって今は天国にいる。葬式の後、彼の実家を訪ねたときの彼の家族は泣きながら僕に昔のアルバムを見せてくれたりご飯を作ってくれたりした。

一人息子

2017年02月20日

戦場の話

カミサンが子供に読ませようと図書館から借りてきた本
「これから戦場に向かいます」読みました。子供でもわかりやすく作られています。
この本を読んだあと、数年前まで内戦だった国に、当時毎月のように仕事で通っていた頃の経験を思い出しました。
僕のスリランカの工場のスタッフの弟が兵士として戦場に行くことになったとき、餞別にコンバースのスニーカーをプレゼントしましたが、半年後にその弟は戦死してしまいました。葬式に行ったときに遺体を見ると、とてもきれいな体でしたが胸に銃弾を受けていました。遺体には僕がプレゼントした新品のコンバースのスニーカーを履かせてもらっていました。次男坊が経済的理由で兵役につくことは多かったそうで、僕はビジネスマンとして、この国で工場をもっと大きくして、たくさん雇用を作れるような事業にしたいと強く思いました。
ぞうさんペーパーの画用紙とワイルドパステルで、子供環境絵画コンクールを毎年開催していた頃、危険地域(外務省の危険地域指定レベル4)に住んでいた子供が優秀賞を受賞して、遠方で授賞式に来れなかった子供のために、賞状と記念品を贈呈しにその子供が住む地域に尋ねたとき、その子の親戚や家族みんなが出迎えてくれたのがとても印象に残っていました。尋ねた時はその子供も家族もみんな緊張して無表情で無口でしたが、賞状を渡した後、帰るときに僕らの車を玄関から見送ってくれているとき、最後に僕らの車がカーブで見えなくなる寸前、緊張が解けたのか、その子と家族、親戚全員が飛び上がったり抱き合ったりして喜んでいる姿を一瞬見ることができました。それを見たときは僕らもみんな嬉しくて、車内で爆笑しました。
その後数年が経った後、政府軍の空爆でその地域が壊滅したとニュースで知りました。あの家族は無事に避難したのかわかりませんが、戦争の最後のほうはいつも罪のない人たちが人間の盾にされてしまいます。
僕のビジネスパートナーのお母さんは、地雷などで足を失った人たちに義足を製作して、リハビリとセットでプレゼントする運動をしています。そこにいる人たちは明るいですが、まったく笑わないチビッコもいました。どんな経験をしてきたのか聞かなかったのでわかりませんが、なんとも言えない表情でした。
平和がどれほど大切かが実感しづらい世の中ですが、限られた時間しかない高齢者の経験談に耳を傾けることがとても大事だと思います。インターネットなどの情報ではなく、実際の経験談に大事なことが詰まっていると思います。

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2017年02月14日

20回目の結婚記念日でした。

先週の金曜日の2月10日は結婚記念日でした。20回目です。
あっという間に20年経ちました。
記念に別府温泉に一泊二日で家族を連れて行きました。あいにくの大雪でしたので、地獄めぐりができませんでしたが、ホテルのブッフェは楽しく、別府の温泉もよかったです。

温泉ではカミサンに手紙を書いて渡しました。
家庭や仕事で支えてくれることへの感謝の気持ちと、寒さが苦手なのに豪雪地帯の田舎に移住したり、事業で不安にさせて苦労させていることへの申し訳ない気持ちと、これから必ず実現する計画や夢について書きました。
読んだ感想は聞いてませんが、気持ちを形にして残しておくと、のちに爺ちゃん婆ちゃんになったときに読み返したら楽しいと思います。
家族を退屈させてはいけないので、これからもチャレンジを続けていきたいと思っています。
チェリオ
別府

2016年12月01日

コラム寄稿しました。

ウエンディ12月号にコラム寄稿しました。

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2016年11月29日

夜の仕事の合間にユーチューブはイカン

 夜の仕事の合間にユーチューブを見始めると、あっという間に時間が逃げていくからイカン!夜よ、もっとゆっくりしていってくれ!

ということで、「夢は誰にも話してはいけない」と昔、安全地帯は「あなたに」という曲で歌ったけど、僕の経験では、「夢はむしろ言いふらす」ということになる。

チャンスが広がるのではないかと。軽い夢だとか法螺吹きだと思われるリスクはあるかもしれないけど人生は短い。じとっとして何もしないよりもずっといいのではないか。八方塞がりの時にでも壁を突破するきっかけになるかもしれない。

ひとりの力のみで夢を実現する事は難しい場合が多い。あと、話を聞いてくれて夢の実現を手伝ってくれたりアドバイスやヒントをくれた人への気持ちを忘れたら最終的に夢は完結しない。一度言いふらした事は必ず実現するぞという気持ちがより強固になると思う。

僕の場合はいまのところは運よく広く浅く実現しているとは言えるし、これからも仲がいい人たちと一緒に実現していくアクションプランだ。

去年、広島の上野学園ホールで玉置浩二のソロコンサートに家族で行ったが「あなたに」は安全地帯の曲だから歌ってくれなかったです。チェリオ


2016年11月28日

ナメコ茸とビジネスNOW

夕方、博士と一緒に収穫したナメコ茸。
これは移住したばかりの2011年に木を切って椎茸とナメコ茸の菌を打ち込んで仕込んだ原木から毎年収穫している。
もう5年前だが、今年もたくさん収穫できた。3日にいっぺんくらい行かないとすぐにナメコは大きくなってしまうので、忙しい時はたいへんである。
僕がよくやるなめたけの料理は、醤油やみりんなどで甘く煮て、アツアツの炊きたてご飯にどろっと乗せて生卵をかけるナメコ丼で、ほどんど噛まずにのどごしで通食を楽しむ一瞬の味わいである。もちろん味噌汁にも入れる。この時期の味噌汁には毎日入っている。
 広島の山里、北広島町芸北に引っ越してきた最初の年は、ほとんど仕事をしないで、田舎暮らしの準備ばかりしていた。当時はまだ東京に本社機能を残していたのでスタッフが東京で頑張ってくれてる間、僕はずっと農業や自給自足の準備や地域コミュニティに仲間に入れてもらうためにいろいろ気を使って行動していた。東京には毎月1週間ほど勤務したり、スタッフに来てもらったりして仕事をしていたが、やはり僕がほとんど営業をしないために売り上げは加速度的に下がっていった。が、それに反比例するように生活の質QOLはどんどん上がっていったように思う。もちろん不便なことも多いし、豪雪などで吹雪の運転や極寒の雪かきなどたいへんな目にあうこともあるが、生活そのものは非効率や昔風の手間がかかる事も楽しめるようになった。日本に残して海外長期出張中の家族の安全保障の向上も、留守をする間の僕の心の安心になり、スリランカなどでの仕事も集中できた。
家賃や給料、光熱費などのけっこうかさばる固定経費、ランニングコストが東京にいた頃よりも格段に安くなり、損益分岐点がぐっと下がった事もあり、毎月のサバイバルノルマをあまり気にせずに今まで密かにやりたかったにもかかわらず着手できなかった夢事業、達成したり実現したり元を取るのに何年もかかるロングの事業にも手を出しやすくなった。実際、今やっている漁業や出版事業などは実際に軌道に乗るのに時間がかかりそうだ。
ただ、田舎でビジネスをすることイコールのんびりできるという事はなく、僕に関して言えば、癒しの生活とかとは無縁で、むしろ東京にいた頃よりもスピード感を意識してやっていかないと、なにしろやる事は多いうえに非効率な場合が多々あり、そのうえで外の世界のスピードに対応していくには、意識的に今まで以上にスピード感をもってやっていかなくてはいけない。働き盛りの年代なので多少無理をしても今の所は大丈夫だけど、将来は豪雪の冬くらいはトロピカルな地域にも拠点を持って仕事ができるようにちょっとずつでも準備しておきたいズラ。

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2016年11月21日

病院にて

CTスキャンのために採血してもらうなどして広島市内の病院です。
待ち時間が長いので退屈だけど、早朝に山で100キロ級の猪を運んだりしてくたびれていたのでちょうどいい休憩になっている。

たくさんある病室の一部屋で、僕が採血してる横で5歳くらいの女の子がお母さんと一緒に採血の順番を待っていた。見るとすごく怯えた表情で、順番が来て注射針を見た途端、女の子は火がついたように泣き始めた。

そのかわいい光景を横で見ていたら、僕の娘が幼児の頃によく注射の時に泣いていたのを思い出した。
僕の娘はよく笑う明るい性格だけどとても怖がりで、幼い頃はハリーポッターを見せただけで夜寝られなくなりオネショしたりしていた。

そういや保育園の帰りに寄った公園で知らない放し飼いの犬が吠えながら娘を追いかけ回したことがあったが、噛みつきそうな勢いだったのでその犬を軽く蹴っ飛ばして追っ払ったら、娘は泣きながら僕の首にしがみついて、娘の涙とヨダレで僕の首がビショビショになったことがあった。娘のかわいい思い出だけど、ふと何処かでよその子の無力で弱く必死なところを見かけたりすると、どんなことがあっても家族を守るという気持ちを再確認できます。

2016年11月04日

シドニーつながりのお客さん

シドニーで日本レストランを経営されている娘さんがいるご家族が芸北ぞうさんカフェへよく来てくれます。
僕はシドニーに3年ほど住んでいたのでオーストラリアの話を聞くと懐かしいです。
娘さんもよくシドニーから僕のフェイスブックを見てくれているとのことですので、フェイスブックにご家族と一緒に撮った写真をアップしますよ!今後とも宜しくお願いします!
シドニーは二十歳のときにワーキングホリデーでプータローをして、その後2年間ウイリアムスというノースシドニーのビジネスカレッジで学生をして、合計3年住んでました。ミチが留学中のクラスメートだったので、結婚式も日本とオーストラリアから両家の家族や友達を呼んでシドニーのチャツウッドという街の教会でやりました。
渡豪したばかりの頃は英語が全然できなかったので、JALのニッコーホテルや日本レストランなど日系企業でバイトしてましたが、そのうち自分も学生でしたが留学生用のシェアハウスを経営したり、韓国の友達と一緒に学生専用進路コンサルタントオフィスもジョージストリートというメイン通りに構えたりして面白おかしくやってました。
今でも知り合いがけっこうシドニーやブリスベンでビジネスをしてるので、僕もいずれお爺ちゃんになったら冬だけシドニーに住んでトロピカルな老後を過ごしたいです。

シドニーに行ったらサカエ日本レストランへどうぞ!

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2016年11月02日

すでに朝4時

すでに朝4時になった。気晴らしにちょっと昔のブログを見ていた。
ところで、5年経った今でも「なぜ広島の田舎に引っ越してきたの?」とあちこちで今でもよく聞かれる。メディアなどで聞かれた時は毎回違うことを言うが、たいていは「大自然で自給自足ができる環境を求めて」とか「これからは地方の時代」とか「アジアが近い」とか「田舎暮らしをしながら子育てがしたい」などと答えていた。

本当は子供達の安全のために引っ越した。いつの日か「パパどうして守ってくれなかったの?」と言われないようにちゃんと子供達をビシッと守ることができる環境を探した。
僕は海外出張などで長期間留守にすることが多い。東日本大震災後の日本列島は地震が多くなった。

3.11の当日も僕は韓国のソウルにいて、日本から電話で僕の会社のショールームが地震でメチャクチャになってるとスタッフから報告があった時、まず家族が心配で仕事にならなかった。実際、急遽仕事を切り上げて次の日すぐ帰国して、その日のうちに家族を福岡のカミさんの実家に車で連れて行った。その後は念のため家族を福岡に1ヶ月間のこして、僕だけ単身東京オフィスでビバークしながら仕事していた。
僕は心配性だ。スリランカで内戦テロやスマトラ沖地震の大津波を経験したからかもしれない。悲観的に考えてリスクヘッジの準備をアクティブにするほうだ。
だから震災後もつねに大地震や原発シビア事故などが起きた時のことを考えると心配になった。

芸北は目立った活断層もなく、標高も高いため津波は絶対に来ない。食料自給率が高いため、物流が麻痺しても毎日家族を満腹にすることが可能だ。
安全保障のために僕はリスクをとって人口が密集する大都会から田舎に生活と仕事の拠点を移した。

最初は芸北に知り合いは一人もいなかったし、東京のスタッフも辞めてしまって困った。今は広島の田舎を拠点にしたことがチャンスに変わりつつある。
家族を守ることは何よりも大事だけど、仕事も面白くしていきたいし、田舎暮らしでも家族を退屈させないように考えて頑張りたいダス。

2016年11月01日

三笠宮殿下の思い出

 三笠宮崇仁(みかさのみや・たかひと)親王殿下が27日、心不全のため、薨去されました。三笠宮殿下は昭和天皇の弟宮にあたります。100歳とのことでした。

僕らのぞうさんペーパーはスリランカで作られています。そして東京の多摩動物園の人気者スリランカゾウ(名前はアヌーラ)は、1956年5月、三笠宮崇仁殿下、同妃殿下がセイロン(現スリランカ)を訪問されたのを記念して、両国の友好のシンボルとしてセイロンから贈られたぞうさんです。

そんなアヌーラの来日50年記念式典が2007年に多摩動物園にて行われました。
式典で僕らはぞうさんペーパーのデモンストレーションを行い、さらに当社の絵本「ぼくのウンチはなんになる?」の紹介&来賓への贈呈なども行われました。

イベントでは、この本の翻訳者でもあるTBSアナウンサーの秋沢淳子さんが、絵本の紹介やデモンストレーション、絵本の贈呈などを担当してくれました。秋沢さんは今でも僕の大事な宝物のような友人です。

来賓は三笠宮崇仁殿下、同妃殿下を始め、日本スリランカ協会会長の福田康夫衆議院議員ご夫妻、アヌーラ・バンダラナイケ大臣、ランジット・ウヤンゴダ駐日スリランカ大使などでした。

僕はミチコーポレーション社員みんなと妻と子供達を連れて行きました。来賓のお一人お一人とお話しをさせて頂き、素晴らしい経験をさせていただきました。

三笠宮殿下は僕にとって歴史上の人のイメージでしたが、実際にお姿を目の前にしてとても優しそうで穏やかでなんとも言えない雰囲気で、昭和天皇にとても似た顔立ちで強く印象に残っています。

僕の家族や親戚もみんな喜んでくれた素晴らしいイベントでした。三笠宮殿下ご夫妻がぞうさんペーパーを手にとってご覧になっている写真をスリランカの工場の仲間に見せたらみんな喜んでくれて、今でも目立つところに飾ってあります。芸北の祖母にも母が写真を送ったそうですが、近所中に見せて回ったそうです。今でもとても良い思い出です。

謹んで哀悼の意を表します。

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2016年10月28日

河野先生の書

湯崎広島県知事と昼食会をさせていただく機会を頂きましたので、遠慮なく芸北のみんなで行ってきました。
その時に湯崎知事へのお土産にと、事前に妙徳寺の河野先生に書を色紙に書いてもらい、それを湯崎知事にプレゼントしました。

湯崎知事は広島県で大人気の若きチャレンジャー知事ですが、巨大都市のトップリーダーの立場ですから、なかなか助言や説教をするような人はまわりに少ないのではないだろうかと勝手に考え、それなら90歳の今まで芸北のあらゆることを知り尽くしている偉い和尚さんである河野先生なら、湯崎知事の政治活動に何か参考にしてもらえる言葉を書いてもらえるのではないかと思い、妙徳寺まで行ってお願いして書いてもらい、知事室まで持って行きました。

しかしながら、河野先生が色紙に書かれた言葉の意味は、学生時代から勉強が大嫌いで学のない僕には少々難しく、あまりうまく湯崎知事に色紙に書かれた書の言葉の意味を説明できないままお渡してしまいました。実際、書かれた書も達筆すぎてなかなか読めません。
ちびっ子達は僕みたいにならないように、もっと勉強することをお勧めします。

書に書かれた言葉は
『噫!!弘誓(あゝ!!ぐぜい)』

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2016年09月29日

執筆活動

 またしてもブログが止まってしまった。今日から再開です。
実は一睡もしてません。ずっと昔の資料を探したりまとめていました。

出版事業を新しく始めるにあたり、まずは自分を本を出してみようと思っており、ずっとこの一年準備しておりますが、なかなか進みません。

まずはスリランカビジネスの10年間をまとめる予定です。
この10年間の事をよく講演で話して欲しいと依頼されます。大学や起業、金融機関やJCなど様々なところで講演をしました。

ですのでわりと記憶に残っており、スラスラ書けるかなーと思っていましたが、ぜんぜん進みません。何しろ自分の出版社なので締め切りがなく、ズルズルと遅れています。

そんな中でブログも書くってのも大変といえば大変ですが、ブログは現在進行形の話ですので、これも大事です。
チェリオ

2016年09月16日

クルーズの打ち上げ

宇宙海賊船クルーズの打ち上げ@焼肉大学!
打ち上げの時に、大勢の人たちのおかげでイベントができるんだということを再確認できる。
恩を忘れないように頑張ります!

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2016年09月15日

宇宙海賊船クルーズ

 昨夜の「宇宙海賊船クルーズ」の模様が早速今日の夕方の広島テレビ『テレビ派』で紹介されました。
ということで、
15日のイベントは芸北ぞうさんカフェ恒例の都会出張イベントとしては規模が大きいものになりましたが、無事にたくさんの方々にお越しいただき大成功でした!100名の乗船者のみなさんと中秋の満月の下、飲み放題の船内で、宇宙トークショーや音楽ライブ、宇宙演劇などを楽しみました。
総合プロデューサーの山根さんをはじめ、たくさんの方々に支えていただているという事が改めて実感できたイベントでした。いつも本当にありがとうございます!
北広島町や他県など遠方からわざわざ参加してくださった皆様、泊りがけで来てくださった方もいらっしゃいました。どうもありがとうございます!
長く続けていきたいと思ってます。今後ともよろしくお願いします!

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2016年09月14日

風邪をひいてしもうた。

 風邪をひいたらサウナで汗を流して、気合で治していたのは昔で、今は安静にしているだけ。
でも今日はマムシ酒をショットで飲んでみた。なんか髪の毛が逆立った感じがするが、体にはいいらしい。

今年は全部で7匹のマムシを捕獲、そのうち4匹は酒に漬けてある。あと3匹は今ペットボトルに真水と一緒に入れてある。そのうち酒に漬けてしまう予定。

欲しい人はぞうさんカフェまでどうぞ。

2016年09月13日

田舎の話

 田舎の良さは田舎にずっといるとわからなくなるらしい。美味しい米を毎日食べていると、その米がどれほど美味しいかわからなくなるが、程よく他の地域で不味い米を食べると地元の米がいかに美味しいかわかるのと同じだ。

地元にずっといる人達は地元で事業を起こすケースが少ない。新しくカフェをしたり自然農法など変わった事をする人達は決まって外から来た移住者ばかりだ。ネットを使ってうまく発信しているのも移住者のほうが多いらしい。

ということから、外から来た人達をもっと上手に利用したほうが地元の活性化に繋がる可能性が高まると思う。

第一ぞうさん丸のアンカーを設置

 浜田港に停泊してある第一ぞうさん丸ですが、ちょっと前にアンカーのロープが切れて隣の船にぶつけてしまったので、今回の台風が来る前に新しいアンカーを沈めてロープで固定しました。

いつもお世話になっている漁師のタカさんは潜りの名人で、今回のアンカーとチェーンとロープをつなげる作業など大変御世話になった。

僕ももっと海の仕事を覚えていかないといけない。

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2016年09月12日

ブログをマメに更新します。

昨日言ったとおり、また以前のようにマメにブログを更新することにしました。

ということで、今日は午前中に東京と岡山からお客さんが6名来てくださいました。
クレスの竹堂社長のご縁で、岡山の井原市美星町という、僕らと同じように宇宙で村おこしをしている方々が来てくださいました。

ぞうさんカフェで対談後、岩本農園の視察、妙徳寺で河野先生の説法を聞いていただき、記念の書を書いていただきました。

地域活性化、過疎対策、村おこしなど、日本のいたるところが過疎問題で苦しんでいますが、どうすれば町を活性化して人口を増やすかということなど、事例をお互いに話し合い、今後の地域間連携を進めようということになりました。

地域活性化というと簡単に言えば人口を増やすことだと思いますが、そのためには雇用を増やすことがができる起業家が頑張らなければいけないと思います。

新しい事業を失敗を恐れずにどんどんチャレンジしていきたいと思います。他の人がチャレンジする場合はみんなで応援したいと思います。

今日はこんなところで。
チェリオ
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2016年09月11日

ブログをまた熱心に更新するズラ

今日からまたこのブログをこまめに更新することを心に誓う。
誰も読まないという感じで、自分のための記録のために書こう。

なぜなら今、スリランカビジネス立ち上げからの約10年間のことを書籍にするために毎日執筆活動をしているのだけれども、どうも記憶が曖昧で時期や詳細を忘れてしまっていることが多く、このブログの記録が大いに役立っているのだ。

芸北ぞうさんカフェのこともドキュメンタリーになったし今後書籍化することになるので、ちゃんと記録しておくことが大事だあるため、ここに記す。

ということで、今日は日曜日ということもあり、ぞうさんカフェは大忙しで食事をする時間すらなく働いていた、というのは嘘で、なんだか暇な日曜日だった。途中で八幡高原のブナの里というカフェに行ってサボったりして、夜はとんかつを調理してみんなで食べたあとは近所の温泉にチェリーとヒロヒロと3名で行ってきた。

それにしても昨夜のカープ25年ぶり優勝は広島中が大騒ぎだった。フェイスブックのタイムラインは赤いユニホームの写真ばかりが続いていた。僕の友達も広島の人たちがだいぶ増えたんだね。
おめでとうカープ。

ということで、今日からブログは熱心に更新するズラ!
チェリオ

2016年09月10日

井筒博士は人気者

 今日も井筒博士は講演で呉まで出張です。
世の中は宇宙ファンが多いようですが、博士の宇宙トークショーは特に面白いです。
ビジネスマン向けや地方活性化系、体験型、ソーシャル系や学生の進路関係など、様々な講演内容を取り揃えてます。
ご興味がおありの方はぜひ井筒博士へ講演依頼をしましょう!

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毎月金曜日10:30〜11:00
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