2019年05月13日

母の日

日曜日は母の日でした。
母の日と言えば、スリランカの僕の友人セナを思い出します。
彼は僕のビジネスパートナーで、僕らはシナモンやライム、紅茶の枝など通常の商品の廃棄部分を有効利用して作る鉛筆「ネイチャーペンシル」を商品化しました。東京ビッグサイトで行われたギフトショーにも一緒に出展したことがあります。
彼は元々は弁護士で、さらに親の後を継いで州議会議員もしていましたが、スリランカでは唯一の車椅子の政治家ということで少し有名な人でした。
セナと奥さんのラサンティが日本に来た時、僕の家族と一緒にディズニーランドに行きましたが、車椅子ということでスペースマウンテンなどの人気パビリオンにはほとんど入れずに、とても申し訳ない気持ちになりましたが、彼はいつもニコニコしていました。東京のほとんどのレストランもまだまだバリアフリーの店が少なくて、あちこち探しても入れなくて、僕は彼を情けない気持ちにさせてしまったのではないかと心配そうにしていると、ジョークを連発したり鼻歌を歌ったりしておどけて見せたりして、とても強くて優しくていいヤツでした。
僕がスリランカに出張中も、よく一緒に過ごしていましたが、彼は必ず毎朝と夕方に、母親に電話をかけていました。
「おはようママ、今日も僕は元気だよ、ママは気分はどう?」などと優しい声でゆっくりお母さんに電話で話しかけるセナに、僕は
「毎日ママに電話して、セナはマザコンだねえ」とからかうと、セナはニコニコしながら、
「ママに電話するのは当たり前だよ。僕は身体が弱いからママは僕が毎日元気か心配しているから電話して声を聞かせてあげて安心させてやるんだ。ママを喜ばせる為に毎日電話することが、どうしてマザコンなんだい?誰だって自分の母親はすごく大事だろ」
僕は、母親に毎日電話するような男は甘ったれのヌルいヤツだと勘違いしていたが、セナの話を聞いて自分の子供染みた考え方が恥ずかしくなった。
セナは去年、感染症で突然亡くなってしまい、僕は大事なスリランカの友人を失ったが、今でも奥さんのラサンティとは連絡を取り合っている。ウンセカの表紙には、セナと商談している写真を使った。
僕はセナに見習って、自分も母親を大いに大事にしたいと思っている。僕の母はアルツハイマーと診断されて、毎日の生活でいろいろと不便なことが増えてきたが、残りの人生を楽しく過ごせるように、できる限りをしたいです。
写真はセナと一緒に商品化したネイチャーペンシル、そしてウンセカの表紙のセナと僕、そしてセナが亡くなる前の最後の商談での写真。

60175241_10214916207080565_285804299450056704_n


60003336_10214916213960737_7772908057113133056_o


60130173_10214916587730081_7663886058970415104_n

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
ワイルドファンキーストア
wfsバナー

世界で最もファンキーな
オンラインショップです。
IndyGoods.COM
bnr_indygoods

インディジャケットなどの
オンラインショップです。
最近のコメント
最近のトラックバック
スリランカ 2007/09/15~09/21 ((メモ的)話題の動画・情報収集ブログ 第四倉庫 旅行)
スリランカに到着
アーカイブ