2017年10月13日

秋田の風邪3

 昨日の続き・・・

 秋田キャンペーン最終日。キャンペーン参加者で結果が出ていないのは僕だけである。なんとしても結果を出さねばならない。昨日はたっぷり寝た。

 しかし体調は昨日より良くない。確実に熱がある。完全に風邪である。

 コンビニを見つける度、飛び込んで栄養ドリンクを買う。飲む。そんなもんで死んでくれるような菌ではなさそうだ。ふらふらするので1社行っては30分休み・・・また飛び込んでは30分休む。

 これで成績が獲れるほど僕は立派な輩ではない・・・6社アタック・・・して・・・全滅。

 いままで2日間タコで最終日まで0報告は出来ないので”後から1社もらえます”的な報告をして盛岡に帰った。

 盛岡の事務所で事務処理をさっさと済ませ帰宅。

 なにはなくともパブロン・・・ジヒドロコデインリン酸塩よ、僕の咳を止めてくれ!・・・とばかりに3錠飲み下す。それでまぁ咳は止まる。素晴らしい劇薬の力。

 しかし風邪はどこから来たのだろう・・・と布団の中でつらつら考えた。僕の周りで風邪をひいていた人物は2名である。

 盛岡支店の地区営業部技術のNさんと我が息子軽音楽部・・・だ・・・。

 実家にいたのが7日から9日まで・・・風邪の発症が12日。潜伏期間2日・・・で軽音楽部???

 あるいは10日に一緒だったNさんとすれば・・・潜伏期間は1日・・・どちらにしても咳が出る時はマスクをしてほしかったなぁ・・・と・・・思う・・・まぁ、ここでクレームを言ってもしょうがないが・・・。

 ふとたまに起きてふらふらの頭と体で極妻やら家族やらのlineにメッセージを送る。

 「熱が出てる」とか「風邪ひいた」とか「死にそうだ」ということである。普通の家族は心配で「大丈夫か?」とかの返信をよこすのだろうなぁ・・・と思うのだが・・・僕の所はそうでもない・・・返信は「軽音楽部(本当は名前が書かれていたが・・・)の風邪が今?」という返信・・・のみ・・・このままくたばったら化けて出てやろう・・・と思った・・・あはは・・・。

 秋田で営業結果は出ず・・・そのうえ・・・酷い風邪までひいた・・・。何のための秋田キャンペーンじゃ・・・と散々な日々を思いながら布団の中で「まぁ、それもタイミング・・・良い時もあれば悪い時もある。」と思うのであった。

 パブロン飲んで寝て治す!

 明日が土曜で会社が休み・・・で・・・また明日・・・。

 
 

 

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2017年10月12日

秋田の風邪2

 昨日の続き

 その夜が飲み会であった。秋田駅前の笑笑。

 事業部のこういう集まりは大事である。いつもは盛岡に1人だからねぇ・・・。山形2名、八戸1人、仙台2人、秋田1人そして僕盛岡1人総勢7人。本日は秋田を除く全員が秋田の駅前のホテル泊まりなので皆様話が尽きずいつまでも飲み続けた。

 午後11時ぐらいから僕はそろそろ飽きてきた。そのうえ眠い。なぜか元気一杯独演会をやる輩がいるのはどこも同じなのかなぁ・・・。初めは話さなくていいので独演会大歓迎なのだけれど・・・時間が経つと相槌を打つのも疲れる・・・かもしれない・・・。

 解散は0時過ぎ。以前にも書いた事があるけれど僕は平日に飲むのが苦手である。翌日2分の1の確率で調子が悪くなる。中生1杯、梅サワー1杯、梅酒のソーダ割2杯・・・大した量じゃないんだけどねぇ・・・。

 ホテルに着いてシャワーを浴びて「さぁ寝るか」と布団に入ってふと会社のスマホを見たらメールが来ている。

 「藤井四段の特集、今、再放送やってます!」・・・これが1時6分の事・・・。

 八戸の先輩営業マンは僕と同じ将棋ファンで先の飲み会の時に「藤井四段の特集見た?」と尋ねられ「えっ、やってたんですか?見たかったなぁ・・・」と言ってしまっていたのである・・・。

 OHなんというタイミング・・・。

 人生はすべてタイミング・・・である・・・。恋も結婚も仕事も契約も何もかも・・・そして就寝も・・・。

 藤井四段の再放送は1時50分まで・・・明日・・・というか今日か・・・7時起き・・・でもまぁ、5時間は眠れるか・・・。

 10月12日(木)

 死んだように寝て死んだように起きた。・・・と・・・ここで調子が悪い事が発覚。喉やら頭やらに来ている。二日酔いかとも思ったけれど・・・にしては咳も出る・・・。

 でも・・・まぁ・・・仕事はしなくてはいけないので13社ほど飛び込みを決行。結果出ず。実力なし・・・あはは・・・。

 駄目なものは駄目なのだから・・・調子を整えて明日頑張ろうと・・・思い事務所でさっさと事務処理をしてホテルに帰る。

 途中山形2名よりきりたんぽ鍋の誘いがあったけれど・・・もう体調がぐちゃぐちゃなのでしようがない。丁重にお断りした。食べたかったなぁ・・・きりたんぽ・・・。

 そしてその日は睡眠を十分にとったのであった。

 

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2017年10月11日

秋田の風邪1

 組員の皆様、こんにちは。組長だ。

 本格的に風邪をひいた。咳が出てのどが痛い。たぶん熱もある。計っていないけれど・・・。

 僕の風邪の時の対策は1つ、パブロンを飲んで寝る・・・である・・・。書いている本日は15日日曜だ。

 では・・・11日の出来事から・・・。

 10月11日(水)

 本日から秋田に出張キャンペーン。11日12日13日で秋田2泊である。

 昨日午後6時ごろ盛岡の事務所が地域停電となった。暗いので仕事が出来ず帰宅。山ほど仕事が残っていたので朝4時に事務所に行き残務をこなし6時30分に事務所を出て秋田に向かった。ネットで調べた所、東北電力停電理由調査中・・・なんだそりゃ・・・。

 事務所から秋田市に向かう。田沢湖町に入れば秋田県である。田沢湖町に入るのに車で1時間もかからない。熊だのカモシカだのに注意の看板を横目に山道をただ走る。

 秋田市内の事務所へ着くには2時間ちょっとの道程だ。9時ぐらいに秋田の事務所に着く。9時30分朝礼。その後は上司と同行で仙北市田沢湖町を営業。せっかくなので田沢湖見物。

 田沢湖は日本で一番深い湖だ。眺めもいい。今の季節は紅葉も綺麗。そのうえ人は少ない、あれっ?

 江戸時代は大蛇やら龍やらが住んでいたそうだが、今もいる・・・ってことで・・・人を呼ぶ・・・ってのはどうだろうか・・・手法が古いか???でもまぁ、いまでも出そうではある。

 肝心の営業はさっぱり・・・気合の問題かねぇ・・・まぁ、数字が獲れないってのは実力以外の何ものでもない。駄目なもんは駄目だ。

 ・・・で・・・仕方なく・・・”たこすけ”で秋田事務所に帰ってきた・・・。

 この時までは自分の体調に酷い異変・・・まぁ、風邪だが・・・が起こるとは露も思っていなかった。

 では・・・明日・・・。

 

 

 

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2017年10月09日

いかに書けないかを書くのだ

 組員の皆様、こんにちは!組長だす。

 今盛岡に帰ってきた。一昨日パスポートを受け取るために柏に行った。朝5時起き。盛岡6時31分発である。

 柏ではパスポートを受け取り水着やら服やらを揃えなければならない。初めて読む方すまぬ。来月ハワイに行く事になっている。準備である。

 なにしろ最近忙しい。今週は秋田出張があるし来週には母と叔母夫婦が盛岡に来る。母と叔母は岩手に実家がある。墓参りだ。ハワイは11月13日からだけれど準備もある・・・と思う・・・。どう準備していいのかよくわからぬのだが・・・。

 これでは遅れに遅れているブログが追い付かない・・・。まぁ、百歩譲って日付が追い付かないのは良しとしよう・・・(良くはないが・・・)。しかし1週まるまる休むのは組員離れが進むのではないだろうか・・・。それでなくても組員は今や10人に満たないかもしれぬ・・・。これ以上減っては書く張り合いがなくなる。

 ・・・と思い・・・柏にPCを持って行った。僕はいざとなれば”やる男”だ。柏はなかなか集中はできない場所であるけれど夜中とかなら書けるに違いない・・・固い決意のもと・・・初日の夜。カレー男(長男)が遅番であった。カレー男の仕事は流通業で不規則だ。帰ってきたのが0時過ぎ・・・。結局彼は夜中までなんやかやで起きていて僕はPCをバックから出すことなく就寝。ノ〜〜〜〜。明日に架ける橋。

 翌日・・・昼間は買い物など忙しく・・・夜を待つもカレー男が連休で夜中まで起きていた。仕事が休みの時ぐらい自由に夜中まで起きて遊びたい・・・それは仕方のない事である。とても待っていられず就寝。結局PCは柏にいる間バックから出る事はなかった。ノ〜〜〜〜〜。

 ・・・で・・・今である・・・。

 明日は10時30分に陸前高田にアポがある。8時30分には事務所を出なくてはならない。仕事の準備が出来ていないので6時起き。7時に事務所に入り仕事準備。

 お〜寝なくては明日が大変・・・というわけ・・・だが・・・しかし・・・更新もしたい・・・

 どうしたら上手に更新もしたうえで風呂に入って睡眠もとり仕事もばっちり・・・といくのだろう・・・と試行錯誤をしている。頭は混乱を極める。

 まぁ、なんとかなんだろ・・・と書き始めた今日のブログではあるけれど・・・わけがよくわからぬまま何を書いているかもわからない・・・しかし柏は暑く盛岡は寒い・・・と・・・関係のない事も書く。

 オリンピックは参加することに意義がある・・・かもしれない・・・ブログも・・・と言ったら組員の皆様に怒られるであろうか・・・。頭の中がぐちゃぐちゃではあるけれど・・・それなりにしっかり書いている・・・つもりではある・・・あはは・・・。

 ・・・というわけで・・・いかに書けないか・・・ということを書いた・・・本日の記事なのであった・・・。

 ・・・と・・・唐突に終わる・・・。

 う〜ん、次は落ち着いて書きたいぜ!
 

nishigumikumichou at 22:28|PermalinkComments(0)

2017年09月25日

ウスバカゲロウの話(後編)

 組員のみんな、こんばんわ。組長だよ。

 馬乃輔、スイカ・・・いつもコメントありがとう。コメントを支えになんとか少しずつ進んでいる。いや、ほんと少しずつ・・・あはは・・・。

 ・・・昨日の続き・・・


 さて今回のお彼岸で2つの不可思議な事があった。

 1つはTVが突然消えた事。昨日TVがいきなりぱっと消えたのでなんじゃらほいと思いリモコンをいじるが点かない。結局岩手版に調整されていたのがフラットになっていた。原因は不明。突然である。チューンしなおしたら通常に戻った。もしかしたら説明がつくことかもしれない・・・そんなことはわかっているが・・・お彼岸というタイミングで手も触れずにTVが消える事がびっくり・・・そして大事なのである。

 霊感に全く興味がない方はすぐ科学で片付けようとする。そんなもんじゃない。

 もう1つがウスバカゲロウである。

 昨日夜中にベランダで煙草を吸っていた。僕は日に1本タバコを吸う。家に仏壇がないので線香の代わりである。

 すると・・・エアコンの室外機の後ろでバタバタと音がする。たぶん蝉の最後のあがきであろうとほおっておいた。

 吸い終わって部屋に入ったらなにやら虫がバタバタ羽音をさせて僕と一緒に部屋に飛び込んできた。バタバタという室外機の後ろの音を聞いていたのでかなり素早く戸を閉めたつもりだったのだけれどほんの一瞬、狙っていたかのように入られた。バタバタ音をさせる虫は部屋に入るとすぐTV台の後ろに入った。バタバタとうるさいのでTVの後ろにいるということはわかる。わかるが・・・引きずり出すわけにもいかない。覗き込むとぶわっと飛び立って反対側の壁に止まった。室外機の後ろやらTV台の後ろやらにいたのでもしや元気がない・・・そのバタバタは最後のあかき・・・と思いきやそうでもなさそうなのである。

 正体はトンボ。ウスバカゲロウよりはどうもしっかりしている。

 壁に止まったトンボを外に出そうと近づく。近づけばあっちへこっちへ飛んで逃げそうなものだが・・・逃げない・・・。ここで待ってるよ・・・といっているかの如くじっとしている。かなり慎重に羽をつかんで外に出してやった。お彼岸に殺生はできない。

 僕にはどこの誰だかわからないストーカーのような霊(誰彼かまわず”うらめしや”みたいな霊とか・・・)や犯罪者のような霊(誰彼かまわず脅かすとか・・・しかしまぁ、あの手の霊は脅かすのを面白がっているのかねぇ・・・)は見えない。都合よく出来ているのである。

 僕の母にも霊感はない。母の父つまり僕の祖父は母が女子高生の時に癌で亡くなった。母が放課後掃除をしていてバケツを持って転んだのだが一滴も水がこぼれなかった。母はその時祖父が亡くなったとわかったそうだ。

 僕の都合いい霊感は遺伝なのである。

 今回のTV事件とウスバカゲロウ事件(トンボだが・・・)はお彼岸なので親父がやったのではないか・・・と思っている。友人のクボくんはどうも出てくる気配を感じないし・・・(いやもしかするとお盆に墓参りに行ったのでお彼岸に会いに来たかもしれない・・・)まさかニシムラさんやナラさんその他親戚系などは僕よりもっと他に寄るところがあるだろう・・・。

 TVとウスバカゲロウ(トンボだが・・・)のおかげで僕は本日がお彼岸中であることを思い出した。「ばかやろう。俺が気づかせる前に気づけよ。」と親父だかクボくんだかは言っているに違いない。

 

 

 

 

 

nishigumikumichou at 13:57|PermalinkComments(1)

2017年09月24日

ウスバカゲロウの話(前編)

 組員の皆様、どーも。組長です。

 昨夜、PCと将棋を指したのだがレベル8には勝つけれどもレベル9にどうしても勝てない。これはいつもの事・・・ではなくて・・・勝てる時は勝てるのである。調子の問題だ。

 調子というのはいつも良いわけではなく常に悪いわけでもない。PC将棋をやっているとよくわかる。PCの方に調子は関係ない。・・・となると・・・勝つ負けるは人間の方の力量・・・そしてその日の調子の問題だ。

 冴えてる瞬間があり冴えてない瞬間がある。組員の皆様もわかるのではなかろうか。

 仕事、遊び、恋愛・・・すべてにおいて・・・である・・・。勝負事など調子がわかる最たるもの・・・だ・・・。

 本日、言いたい事は霊感にも調子がいい時と悪い時がある・・・と言う事である・・・。

 そもそも霊感なるものが存在するかどうか・・・と言う事であるけれど・・・単に興味の問題なのではないだろうか。そのあとはレベルではないか・・・と思うのである・・・。いつでもどこでも霊が見える方はレベルが高く、霊なんていやしない・・・という方はレベル0・・・ではなく・・・興味がない・・・方なのである。霊感の部分を将棋だと思えばわかりやすい。

 僕は霊感の持ち主ではない。しかし霊感に興味がないわけでもない。へぼ将棋ならぬへぼ霊感である。

 へぼであるからむやみやたらに霊を見たりはしない。だいたい僕は自分にとって都合のいい霊しか・・・見ない・・・あはは・・・。学生の時、父が心臓病で亡くなったが、家に帰ると家にウスバカゲロウがいた。先にも後にも家でウスバカゲロウを見たのはその時だけである。その夜、誰もいない2階から降りてくる足音を聞いた。朝母に聴いたら母も聞いたと言っていた。まぁ、聞こえないという方が難しいほどはっきりした音だった。

 社会人になってから遠くに住んでいる友人の霊を見た事がある。まぁ、いまでも生きている人なので魂といえるかもしれない。前談で申し上げたが霊は見せる側よりも見る側の能力と調子が大きいと思う。もしやこの生霊に関しては僕側の事も大きいやもしれぬ。

 僕が最初の会社を辞めた直後だから25歳、もうすぐ26になろうかという頃だ。もう20年以上前の事である。(もしかするとだけれど・・・30年ぐらいかもしれない・・・)僕は1週間ほど高熱を出したことがある。原因は不明。ただその前にある友人から手紙をもらってその友人に電話をかけたという事実が関係している・・・と思う。

 高熱は40度近かった。その時に僕は枕元に座っているその友人を見た。友人は800キロ先に住んでいる。僕の家になど来れるはずはないのである。

 僕側の事が大きいのは・・・まぁ、そうかなぁ・・・でも友人側の感情も大きかったからこその現象・・・やにいまもって思うのである。

 続き・・・明日・・・

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2017年09月19日

柏での出来事

 組員の皆様、こんばんわ!組長だ!

 書く順番があっちこっちになっているけれども柏での出来事を書く。

 9月16日から18日まで柏の実家にいた。

 16日の夜に家族4人で回転寿司「はま寿司」に行った。長男カレー男が16日から18日まで全部仕事のシフトが入っている。16日が早番で17日が遅番なので16日の夜が家族総出の外食、唯一のチャンス。

 外食と言えば寿司か焼肉。庶民の楽しみ・・・である・・・。

 まず柏の葉の「くら寿司」を覗くと異様に混んでいる。僕の家族は混んでいるのが嫌いだ。そんなわけで柏の葉の「はま寿司」に車を向けた。・・・が・・・これまた非常に混んでいる。どこの家庭も考える事は同じだ。結局茨城県守谷の「はま寿司」に落ち着いた。

 実家に帰って家族と外食をすると・・・戻ってきたスイッチがオンになる。家族団らん・・・いいね・・・。柏では17日の昼が極妻と二人で「五右衛門」、夜が軽音楽部を加え三人で「サイゼリア」であった。

 17日は僕の運転で極妻と柏駅方面にパスポートの申請書を取りに行った。

 パスポートを取るのは僕も極妻も初めてで要領を得ない。ネットで調べたら「ファミリー柏」に「柏駅前行政サービスセンター」という所があり申請用の用紙が置いてあるらしい。行ってみるとなにやら書類がたくさんある所にパスポートの取り方だとか申請用紙が置いてある。5年用と10年用を3枚ずつぐらい引き抜いて持ってきた。書き損じをするに決まっているので3枚ずつである。

 柏駅前行政サービスセンターのあと、極妻と野田のイオンに行った。パスポートの写真を撮るためである。無事パスポート写真を撮り終えイオン地下で極妻おすすめのイタトマのアップルパイを買った。途中イオン店内でたまたまやっていたDVDのセールを覗いたら欲しくなって「ららぴぽ」「貞子3D22Dバージョン」「群青」と3枚も買ってしまった。この手の無駄遣いを極妻は許してくれる。う〜ん素晴らしい。そういえば子供のおもちゃとか今でも押し入れ一杯に入っているなぁ・・・。

 ・・・というわけで・・・(まぁ、どういうわけかはまったくわからないが・・・)その足で野田のブックオフへ行った。

 長く組員をやっている方はご存じのように僕はブックオフをこよなく愛している。スマホアプリ「蔵書マネージャー」に登録されている本は2795冊。うち極妻所有が1000冊、カレー男所有が1000冊として僕の本が700冊強。たぶん読んでいない本は半分以上400冊という所か・・・本当に生きているうちに読めるのだろうか・・・ただブックオフに行く度に本は増えていく・・・あはは・・・。

 家でパスポート申請用紙に記入したらば案の定5枚書き損じた。僕は自分をよく知っている・・・あはは・・・。

 うまく書けた最後の1枚が10年用だったので「これも運命。10年用を申請し10年以内に極妻を海外へ連れて行こう。」と思い5年用より値段が高いのだけれどそれで出す事にした。だいたい自分一人で行くのは本意ではないのである。

 2泊3日はあっという間。9月18日には家路についた。あれっ?盛岡に行くのが家路なのか?まぁ、だんだんどっちが本当の家かわからんくなってきている。いいや。

 パスポートを受け取らねばならないので10月も柏に戻らなくてはならない。ハワイ旅費は会社持ちとはいえ出費がないわけではない。11月がハワイ行きだから11月も柏に戻る。成田集合だからね。

 12月は年末年始の休みで戻るしリフレッシュ休暇1週間は2月までに取らなくてはいけない。

 毎月戻るようだなぁ・・・ブログ更新遅れそう・・・まぁ、人生いろいろ・・・である・・・。

 

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2017年09月18日

名古屋〜柏〜盛岡

 組員の皆様、こんばんわ!本日盛岡に帰ってまいりました組長でございます。

 15日が名古屋で会議。その流れで16日から本日まで柏の実家にいた。本日盛岡に戻ってきたのは20時前である。

 以前にも書いた事があるけれども実家ではブログの更新は出来ない。集中力が出ないのだ。1日分のブログ更新であるなら1時間も集中できればイケるのだけれどその1時間がままならない。

 そんなわけで今日の更新は盛岡に戻ってきた本日1日分がやっとだ。これでもう1ヶ月ほどヌケが出来ている。どうやって間の部分を埋めていくのか・・・まぁ、なんとかなんだろ・・・と思ってもいるのだけれど・・・なんと!!!!やんごとなき事情で10月の連休やら11月やらもどうやら書けない週が出来そうなのである。

 組員の皆様には1年間のブログを書き終えるのが2年くらいかかる・・・ということも視野に入れておいて頂きたい・・・あはは・・・。(もちろん、もっと早く書き終えたい・・・しか〜〜〜し1年分書くという目標達成が第一である。)

 なぜ10月も11月も忙しいのか・・・というなら11月にインセンティブツアーなるものに参加することになったからである。たぶん9月15日あたりのエッセイに書いてあるはず・・・。

 パスポートは柏で取らないといけないので10月も実家に行く事になった。

 海外なんて僕の柄ではないが、会社が連れて行ってくれるというのならこの際人生の一部として楽しんで来ようと思う。会社は極妻と一緒に連れて行ってくれるわけではない。今回は僕が下見をしておいてあとで自腹で一緒に行く感じでいいのではないでしょうか・・・極妻とは・・・。

 しかし盛岡は落ち着く。名古屋やら柏もいいけどやっぱり盛岡が落ち着く。

 コーヒーもうまい。

 まぁ、「コードブルー」やら「ごめん、愛してる」やらの最終回も放映されたし今週から月末まで見るTVドラマはなくなる。日々更新ってこう1回でもさ・・・やっていけば・・・このブログも少しは遅れずに済む。頭ではわかっているんだけどねぇ・・・。まぁ、仕事は仕事で忙しいから思惑通りにゃいかねぇ・・・。

 まぁ、この3連休はハードスケジュールで今回の更新がやっと。まぁ、ここまで。

 仕方がねぇ・・・あきらめてくれ・・・。

 来週はイケんだろ・・・たぶん・・・。

nishigumikumichou at 21:00|PermalinkComments(2)

2017年09月17日

名古屋で会議3

 昨日の続き

 OさんとKさんは川越のキャンペーンの時に一緒だった。Oさんは5ヶ月、Kさんは2ヶ月川越のウィークリーマンションに住んでいた。OさんもKさんも川越の時は出張扱いだったので毎日出張手当が出た。その出張手当で彼らは毎日のように飲み歩いていた。まぁ、僕は川越支店へ柏から2時間かけて通っていた地元営業、出張手当も出ていないので毎日は無理。せいぜい週1回ぐらいのお付き合い・・・であった・・・。

 2年前の川越キャンペーンはとにかく盛り上がった。毎日毎日川越支店フロアには20人余りの社員がワイワイにぎやかに仕事をしていた。盛り上がりに比例して成績もよかった。

 たまに電話で話はするもののOさん、Kさんとは久しぶりの再会である。

 3人でKさんの地区営業の時のお客さんのお店に行った。居酒屋だ。

 どて煮なるものを頼みビールやら梅サワーやら梅サワーを頼んだら間違えてやってきた桃サワーやらを飲んで楽しくお話・・・どて煮はうまい。何をお話ししたかはよく覚えていない。美味いし楽しかった☚小学生のような感想。

 ・・・で・・・なんやかやしているうちに・・・これまた川越の時のチームリーダーO支店長にOさんが電話をかけた。

 O支店長は現在岐阜支店の地区営業支店長だ。

 「変わって、変わって」と電話を変わってもらい話していると午後10時ぐらいなら合流できる・・・と言う。

 こちとら名古屋泊りである。10時だろうが、11時だろうが待つことはやぶさかではない。3人でただ飲んでりゃいいのだから「では待ってます。」ってなもんだ。

 午後10時ぴったりにO支店長はやってきた。この人も飲んべぇである。川越キャンペーンはN支店長とリーダー交代で途中から参加だったのだが、川越に来た夜にいきなり川越の街にひとりで飲みに出た・・・と・・・これが本人談。

 ビールやらつまみやらを再度注文。O支店長と再会を祝した後、「支店長はつらいよ」話を聞く。給料は良いのだろうが・・・その分プレッシャーはかかる。う〜ん中間管理職〜〜〜。

 なんやかやで夜も更け12時に再開を誓い解散。Kさん、O支店長は自宅に帰らねばならないからねぇ・・・。

 今回の出張で名古屋がどんな土地なのか・・・は・・・よくわからなかったが・・・そんなことよりOさん、Kさん、O支店長に再会できた事が大収穫であった。

 翌日・・・東北営業課の中には名古屋観光をする方もいらっしゃるとの事だったが、僕は柏の実家に寄ってから盛岡に帰るので東北営業課とは別行動。まぁ、昨日も別行動だったけど・・・。あんバタートーストサブレとういろうを土産に午前9時何分かの新幹線に乗った。

 

 

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2017年09月16日

名古屋で会議2

 昨日の続き・・・

 全体会議は2部構成である。1部が前期の成績、2部が今期の方針。

 1部では全体成績の他、個人成績も発表され僕は3回名前を呼ばれ立たされた。東北での取得件数1位と売り上げ2位、全国での売り上げ2位である。前期は成績がよかった。たまたまである。

 個人成績の取得件数、売り上げについては2位までが表彰される。会議では名前を呼ばれその場で立って頭を下げる。表彰は会議の後に行われる全体の懇親会の時だ。

 売り上げの全国2位は結果としてはなかなかだけれどたまたま8月31日のゴールの時に2番目だった・・・とも言える。僕は8月月初では3位。途中で2人抜いて1位。8月30日まで1位だったが、最終日に抜かれて2位になった。3位でもおかしくなかったし1位の可能性もあった。

 僕は取得件数が多いから売り上げが多いタイプ。表彰される中で唯一だ。他の競争相手2人は1つまとまった大きな売り上げを持ってるという理由で売り上げをあげている。

 もし僕が3位なら大きな売り上げを1つ取った人間にはかなわない・・・というドラマがある。1位なら大きな売り上げをコツコツやってひっくり返したというドラマがある。2位は中途半端・・・ドラマには出来ない・・・残念・・・。

 ・・・で・・・まぁ、その後今期の方針など常務、事業部長、部長、課長らからお話を頂き全体会議は終了。全体の懇親会に移った。

 会場は会議場から歩いて5分の洋風の居酒屋。貸し切りだが、100名余り入るとなるともう一杯一杯、すし詰め状態、座ったら動けない・・・ってな感じ・・・。

 表彰が3回だから前に出て3回表彰状をもらう。前に行くのは一苦労。まぁ、それはいい。しかし3回も100人の前でコメントするのが嫌。

 関西方面の方はコメントがユーモアに富んでいて面白い。気が利いている。

 僕はまったく気の利いたコメントを思いつかない。それもそのはず実はそれほど喜んでもいない。表彰されるのが2位までというのも誰かが決めた事である。全国で3位までなら僕は取得件数でも表彰されているし1位しか表彰されないのなら僕は東北の取得件数だけである。つまりたまたま結果として・・・その枠に入った・・・にすぎない。2位のコメントって・・・。

 自分一人の力ではいい成績は収められない。特に僕の部署は他力がモノを言う。そう思うと・・・「どうだ!」みたいな顔をして前に出る事はまぁ・・・出来ない。僕のコメントはさっさと流した感じ。どうせ誰も覚えてやしない。

 全国2位の方に副賞がついた。(東北1位、2位は表彰だけ)ハワイホノルルへのインセンティブツアーと1万円の商品券である。

 関西方面の方は「ハワイに行った暁にはハワイで高圧物件を見つけて切り替え営業をしようと思っております。ぜひハワイ支社を作って頂き・・・」などとコメントしている。上手〜〜〜。

 ハワイか〜〜〜。人生初の海外である。興味はある。しかし何かうれしいというより連れて行ってくれるのなら行ってもいいなぁ〜ってな感じである。それまでの僕の人生設計の中に海外はなかった。今回極妻が一緒でないのが残念だ。次は極妻と行きたい。本当だよ。

 その後も満員御礼なので飲んでるときは動けずビールをつぎに回る事もままならない。そんなこんなで懇親会は終わった。

 外に出てOさんとKさんを見つけ2次会。Oさんは僕と飲むためにわざわざ自腹で宿を取っていた。うれし〜。
僕は会社指示で名古屋泊りである。

 名古屋の夜は更ける。

 ・・・で・・・明日・・・。

 

 

 

 

 

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2017年09月15日

名古屋で会議

 組員の皆様、こんばんわ。組長だぎゃー。

 いつもコメントを頂ける馬乃輔、スイカ、ありがとう!エッセイだったり小説だったり・・・その他・・・なにやらでっち上げだったり・・・まぁ、いつもぎりぎり瀬戸際にありながらもがんばって書いていけるのも読者の皆様のおかげ感謝。

 名古屋に行った。会社の今年度の全体集会があったのである。僕が所属する事業部の全体集会は年に一度。去年は大阪。今年は名古屋。

 まず盛岡駅から花巻空港までバスに乗った。朝7時25分。花巻空港に8時10分に着く。8時55分発のフジドリームエアラインズ搭乗。1時間15分のフライトで名古屋小牧空港着。

 そして名古屋小牧空港には中部営業課のKさんが迎えに来ている・・・という寸法・・・である・・・。なに???僕って偉い人???・・・みたいな待遇だが・・・ま〜〜〜〜ったくそうではない。2年前僕が川越支店在籍の時に3ヶ月ほど川越に出張に来ていた中部の方が親切にも前の日に電話をくれたのだ。

 「もしもし西さん、明日名古屋のどっちの空港?セントレア?」
 「え〜っと・・・小牧空港です。」
 「何時に着くの?迎え行ってやるわ。」
 「ほんとですか?お願いします。」
 「小牧空港だと名古屋駅まで行くのややこしいで。」

 名古屋の人はとてもやさしい。名古屋に行くのはほぼはじめてである。(大学生時代、クボくん、ユージとともに・・・夜中じゅう車を飛ばして名古屋駅に行き電車の切符買って即帰ってきた・・・という事が1度ある・・・)右も左もわからないので迎えに来てもらえるのはそうとううれしい。

 全体集会は名古屋駅近くの会議場で午後3時から。その前にKさんのお供で中部営業課に寄った。

 中部営業課はでかい。人数も何十人という単位である。中部営業課だけで1フロア。盛岡支店地区営業に机と椅子を1つ置かせて頂いて東北営業課盛岡を名乗る僕とは大違い。目が丸くなった。

 中部営業課ではKさんと共にこれまた川越で一緒だった仲良しの先輩Oさんと合流。Oさんは今年の12月に定年だ。定年後も会社には残るとの事だけれど給料は4割カット。する仕事同じなのに・・・。

 昼はKさん、Oさんと共に中部営業課近くの洋食店へ。名古屋名物のあんかけスパゲティなるものが食べたかったが、行列である。僕は行列が嫌いだ。Kさん、Oさんも同様でそのうえ「あんかけスパゲティは好き嫌いがあって大したことはない・・・。」との地元2名の意見により・・・並んでいないところに入った。

 注文したのは「やきそば定食」。Oさんによると名古屋では”炭水化物×炭水化物は日常”であるらしい・・・中部地方の組員のみなさん、真偽のほどはどうですか?

 「やきそば定食」は面白かったけれど・・・家でも再現できそう・・・であった・・・。僕は最初の1口2口はチャレンジをしてみたが・・・どうも焼きそばをおかずにご飯を食べるのは慣れておらず・・・付け合わせできた漬物やらサラダやら赤だし味噌汁をおかずにご飯を食べてそのあとゆっくり焼きそば・・・という順番で食す・・・まぁ、そんなもんだ・・・。

 Kさんがさかんに「赤だしの味噌汁」は飲んだ事ないでしょ・・・的な事をおっしゃっていらっしゃったが・・・飲んだ事はあった・・・。「あさげ」か「ゆうげ」って赤だしだよねぇ・・・。赤だしが名古屋名産とは知らなかったが・・・。

 Kさん、しまいには「味噌ラーメン」って食べたことないでしょ・・・的な事を宣っておられたのだけれど・・・「味噌ラーメン」は全国どこでもあるのではないだろうか・・・少なくとも関東以北には間違いなく存在する・・・赤だしの味噌ラーメンは名古屋だけなのかしらん・・・。

 明日に続く・・・。

 

 

nishigumikumichou at 16:47|PermalinkComments(2)

2017年09月09日

4人の支店長とその顛末 序章

 僕がその会社をクビになったのは今から10年ほど前だ。クビと言っても不正をしたわけでも仕事がまったくできなかったわけでもない。リストラだ。僕が入社した時200人いた社員はリストラされた時20人になっていた。僕にクビを言い渡した部長は次の月にクビになった。
 会社名をH社という。10年後の今H社が存在するのかは定かではない。存在したとしても10年前のやり方を続けてはいないだろう。H社は無店舗販売の会社だ。
 無店舗販売とは展示会などでものを売る販売方法だ。H社は主に着物、宝石、婦人服などを販売していた。
 H社の営業社員はお客様を展示会に誘うのが主な仕事だ。販売は展示会場の専門の販売員がやってくれる。
 お客様に展示会場に来てもらうのは楽ではない。着物、宝石は高い。安いもので10万、高いものだと1000万以上する。その辺の人にただ展示会に来てくれと言っても誰も来てはくれない。だから誘えばノッテくれそうなイベントを一緒に用意する。たとえば氷川きよしや五木ひろしのコンサートだったり、屋形船での夕涼みだったり・・・。「えびで鯛を釣る」とことわざがあるけれど氷川きよしやら五木ひろし、屋形船はえび・・・である・・・。
 「氷川きよしのコンサートに行きましょう。招待しますよ。その前に宝石の展示会があるんですけどきれいなものを見てから行きましょう。」・・・ってな感じである。展示会があるという事は必ず言わなければならない。言わなければ詐欺になってしまう。それでも来てくれるお客様を探すのだ。
 1人の営業目標・・・いわゆるノルマは月200万〜300万、多くとも500万程度。お客ひとりに500万でも20万〜30万を10人に売ってもいい。営業は数字だ。
 各営業には得意客がいる。ホストクラブやキャバクラの「自分の客」みたいなものだ。
 怪しげな会社と思われるかもしれない・・・まぁ、実際怪しげな会社だ・・・しかし怪しげな会社ほど売り上げを維持するのは難しい。ホストだっていい生活ができるのはほんの一部だ。ほとんどは厳しい生活をするか辞めていく。まぁ、ホストなどは堂々とした「怪しげ」でむしろ清々しい。世の中は「うちは立派ですよ。」という顔をした怪しげなものがあふれている。営業と呼ばれる職種は昔「数字のために殺人以外はすべてやれ。」と言われた職種だ。営業である限り銀行員であろうが何だろうが清廉潔白であるわけがない。まぁ政治家や弁護士だから清廉潔白・・・と言えるのかどうかも・・・いや、怪しい・・・。
 おっと・・・話が逸れた・・・。
 お客の単価が20万だとしてノルマを達成するためには月に10人への販売が必要だ。毎月売るわけにはいかないから年3回買って頂くとしてもひとりの営業には40人の得意客が必要になる。実はこれは実に健全な考え方なのだ。毎月ランキングのトップに立つ営業はいわゆる「太い客」を持っていて同じ客に毎月100万売ったりする。もちろん「太い客」もお金持ちだからそういう買い方が出来るのだが・・・はじめは良くても長くは続かない。1年か2年もすると息が切れてくる。営業は数字だからランキングトップをはれば当然会社内で「いい顔」が出来る。一度「いい顔」をした営業はいつまでも「いい顔」のままでいたい。実力がない本当の顔を見せたくなくなる。でもそういう営業がいつまでも良かったというのを見た事がないし聞いた事もない。いずれ「太い客」と一緒につぶれていく。そして会社の評判を落とすのである。
 僕はといえば・・・健全な考え方をしていたのでランキングトップに立った事はない。いや、実は1度だけある。そのトップだったのがリストラを言い渡される前の月だった。大笑いの皮肉である。トップになった翌月、リストラを言い渡される前に社長と顔を合わせた際、社長は僕のトップはまぐれだと宣った。まぁ、これからリストラを言い渡す社員がトップではそう言うしかなったのだろう。ほとんどの社員が辞めるやらクビやらでいなくなっていたので僕もそろそろ自分の番だろうと思っていた。クビはいい。なにしろすぐに失業保険が出る・・・あはは・・・。

 次回は一人目、S支店長の顛末。
 
 
 

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2017年08月12日

東組カラオケの会

 組員の皆様、こんにちわ!組長だ。

 皆様はカラオケというものをご存じだろうか?

 東組でカラオケに行った。東組は皆様ご存じの新沢としひこをはじめ僕そしてスギウラとその妻それからユリシヅカとasukaからなる一派だが、今回asukaは実家に帰っていたため不参加・・・5人での会となった。

 ちなみにカラオケとは歌唱またはメロディパート(主旋律)を担う楽器を演奏する際に、事前に制作された伴奏を再生し合唱・合奏や演奏する行為をいう。また、事前に制作された伴奏の事もカラオケと呼ぶ。(ウィキペディア)

 会に至る流れとしては以下である。

 )佑実家に帰る予定を「東組Line」に投稿。

 他の5人がその予定で空いている日を「東組Line」に投稿。

 最大公約数にてカラオケ日決定。(ひとり、ふたり予定が合わないのは仕方ない。)

 ぞ貊蠅呂燭い討いい弔眛韻犬世、特別な事情がある場合(例えば、僕がカラオケ日当日に新幹線で岩手に帰らなければならないとか・・・)は別の所も可。

 セ臆端圓涼かが場所を予約(たいてい、スギウラ、asukaあたり・・・僕はそういうのがどうも苦手・・・申し訳なし・・・)

 ・・・で・・・当日、そのカラオケ・・・。

 まぁ〜〜〜〜、カラオケは楽しい。メンバーも気の置けない連中だし・・・。そして6人とも(今回は5人だが・・・)歌うのが好きである。まぁ、全員大学時代は音楽サークルでヴォーカル担当をしていたので当たり前と言えば当たり前だけれど・・・。

 僕のカラオケでの選曲はセリーヌディオンの「To Love You More」を中心に組み立てられる。いかに「To Love You More」を効率的に歌うか・・・。だからその前に歌う曲は・・・これで声を整えてだの・・・この曲で高い音が出るようにしてだの・・・と考えて選曲する。「To Love You More」をデンモクに入れるのはそれからだ。

 なぜ「To Love You More」なのか・・・それは歌っていて気持ちがいいからである。もちろんそれは僕の気持ちだ。聴く方がどう思うか・・・そんな事は知ったこっちゃない・・・あはは・・・。

 あとは桑田佳祐かルイアームストロングかToshi風に歌うのがいい。ストレス発散である。こちらの場合も聴く方の事は考えない・・・気の置けない連中だからね・・・。

 そして「To Love You More」が頂点とする選曲は組み立てられ「To Love You More」を歌えば燃え尽きる。あとは自分の事はどうでもいい。適当なメドレーなどを選曲し他の連中に歌ってもらう。他の方々の歌を聴くのは大好きなのだが・・・「To Love You More」を歌い終わるまでは自分の事で精一杯である・・・あはは・・・。

 そういえば・・・今回柄にもなく「さだまさしメドレー」を選曲したら(’もちろん「To Love You More」を歌い終わってからだが・・・)新沢くんがほとんど歌っていたなぁ・・・僕が選曲したのに・・・まぁ、ほとんどどの曲も知らなかったからいいのだけれど・・・(僕が知っているのは「精霊流し」と「親父の一番長い日」と♪教えてください 愛は死にますか♪っていう歌詞がある曲の一部ぐらいだ・・・)

 僕はRCが好きだが・・・東組ではそれほど選曲しない・・・むしろ歌謡曲とかの方が多い・・・やはりその場になじむ曲というのがある。「To Love You More」までは勝手にさせてもらうが・・・その後はなるべくなじむ曲を選曲するようにしている。だから普段めったに聞かないユーミンなどを選曲する時もある。

 今回asukaが不参加だったので中島みゆきを選曲する人がいなかった。面白いものである。竹内まりあも1曲あったっけ・・・ぐらいだ・・・。中島みゆきメドレーなど入れたら全く誰も歌えない曲が2〜3曲混じるだろう。まぁ、RCメドレーなど入れようものなら僕しか歌えないってことになるのだけど・・・。

 終盤はメドレーなどを選曲するとみんなで歌えて盛り上がる上に自分一人で歌わなくていいので楽なのだが(年寄か!)今回は後輩が多かったので(・・・といっても歳にして1〜3の差だが・・・)終盤にメドレーと単独が混じった。終盤で頑張れるのはすごい。僕は駄目・・・へなへな・・・だ・・・。

 いやいや若い力は素晴らしい。(1〜3歳だが・・・)

 

 

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2017年08月11日

あとがき

 組員の皆さん、こんにちは!組長だす。

 小説「スナックめぐみ13歳」を書こうと思ったのは遅れているブログの記事を一気に埋めることが出来ると踏んだからである。「スナックめぐみ13歳」はインスタントだ。組員の皆さんにインスタントコーヒーを飲んで頂くのは忍びないけれど何も出さないよりはましである。

 来客の時に「お茶も出さないで。」という事があるけれど「インスタントですが・・・」とお茶を出す方がいいではないか・・・。

 「スナックめぐみ13歳」を書くにあたって僕は2つの事を決めていた。

 1つは事件を起こさない事。

 殺人事件やら人間関係のもつれやらの事件を起こしてしまえばそれなりに話は進むかもしれない。けれどインスタントでは済まなくなる可能性が高い。僕は映画でも小説でも事件が全く起きない物語が好きだ。4分割で終わる物語が描きたかった。

 そしてもう一つが半分はフィクションである事。

 自分と同姓同名の主人公を使っているけれど半分はフィクションだ。確かに清野めぐみのモデルがいたけれどエピソードは半分フィクションだ。どこが本当でどこがフィクションかは読めばわかるかもしれない。

 そして最後に4日間分書いたらなんとなく終わろうと思っていた。(どうしても3つ目を書きたくなる。無理にでも・・・あはは・・・)

 小説を書くのが、ブログの日付を埋めていく特効薬になるのかはまだわからない。

 作詞をするという手もある。

 とにかく1ヶ月の遅れを取り戻すのは並大抵のことではないのである。

 今回の「スナックめぐみ13歳」の評判がよろしくないのであれば・・・手立ては2つしかない。

 ,發辰般滅鬚い發里鮟颪
 ∧未併を考える

 ・・・である。

 1月8日まで辞めるわけにはいかないので組員の皆様には逆に悪あがきを楽しんで頂きたい。

 組員の皆さん、悪あがきの感想をお待ちいたします。

 



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2017年08月10日

スナックめぐみ13歳(最終章)

 昭和49年9月・・・

 新学期が始まった。2学期になっても通常通りの朝だった。女子バスケ部のバスの前を通れば「キャー」と言われ名前を呼ばれた。でも1学期より彼女たちの勢いがないように感じたのは俺が少し背が伸びて大人に近づいたからかもしれない。

 「せーの」に続く言葉は「めぐみ」だ。それは「ヨーイ」に続く「ドン」、「ジャンケン」に続く「ポン」と同じでかかし中1年にとっては当たり前の事だ。でも清野めぐみの前でそれをいうやつはいない。だから清野自身が「せーの」に続く言葉を知っているかどうかはわからない。

 「せーの」「めぐみ」と松本と出島がふざけている。丸岡さんが「どうしていつもあんたたちは。」と怒る。丸岡さんは学級委員でもなんでもない。何が丸岡さんの背中を押しているのかはわからない。丸岡さんはどの部活に入っているのだろう。全く興味はないけれどきっと文化部のような気がする。丸岡さんは女子でもそう背の高い方ではない。俺はこの夏で背が伸びて丸岡さんの背丈ぐらいになった。俺はきっと丸岡さんは塾に行っているだろうなと思った。

 突然だが俺が小学校1年の時の話をする。授業中に先生がおはじきの数え方を教えてくれた。「にしろやと。こうやって2つずつ数えると早いですよ。」誰かが「ニシトシヤ」と数えだした。クラスは皆一斉に「ニシトシヤ」になった。どう考えても「ト」とか「2回目のシ」とか「ヤ」と時に止まるとおかしいのにみんなで「ニシトシヤ」とやっている。

 俺の時はみんな俺の前で「ニシトシヤ」そしてバスから「キャー」と言い名前を呼ぶ。清野にはわからないように「せーの」「めぐみ」。俺と清野は何が違うのだろう。

 体育館に入ろうとしたらばったり外山に出くわした。真ん前に俺より頭一つ背の高い外山がいた。外山は「あっ、ニシくん。」と言った。俺は外山の前で立ち止まった。10秒なのかそれとも1分ぐらいそうしていたんだろうか。外山にはいままで「キャー」と「ニシ〜」と叫ばれた事はあるが話したことがない。クラスも違うので共通の話題はない。お互い立ちすくんだ後に俺は「じゃあ」と言って外山の横をすり抜けた。

 翌日の休み時間に清野が話しかけてきた。相変わらず低いかすれた声で「昨日、外山に会ったんだって?」と言う。外山にはただ前に立ちはだかられただけだが、俺は「ああ。」と返事をした。清野に話しかけられると不思議な気分だ。癒されている感じがする。「スナックのママ」という職業はどんな職業なのだろう?大学生の彼氏はどんな人なんだろう?清野はそれだけ言うと自分の席に帰って行った。

 暑い中で連日のように体育祭の練習をした。清野が走る姿はクラスの人気の的であった。男子は口々に「清野はいいなぁ・・・」と言って清野を凝視した。しかし「ヒューヒュー」とも「キャー」ともいうやつはいなかった。俺はというと・・・俺が感じている清野の良さは周りの男子とは異質のもののような気がしていた。

 俺と清野は仲が良かった訳でもないし友達ですらなかった。俺は清野に恋心を抱いていなかった。憧れてもいなかったしオンナとして見た事もなかった。俺には清野はただの良いやつに見えた。

 松本が日曜日に自転車で家に遊びに来た。松本はクラス名簿を持ってきていた。

 「これから家庭訪問に行こう。」と声変わりはしたんだろうがそれでも割と高い声で松本は言った。俺は松本に誰の家に行くのか聞いた。松本は「清野の家。」とだけ答えた。

 松本は清野の家が本当にスナックなのか知りたいらしい。たとえ清野のお母さんがスナックのママをやっていたとしても家はスナックではないんじゃないのかと反論したけれど松本はどうしても清野の家に行きたいらしかった。俺は80%乗り気ではなかったが、後の20%興味がないわけでもなかった。清野をかかし祭りでは見かける事がなかったけれど休みの日の清野に会ってみたい気もした。

 俺は松本と清野の家に向けて自転車をこぎ出した。

 20分から30分ぐらいは走っただろうか。かかし中からは少し離れた田舎道に入った。松本が地図を見た。俺は松本に「もう近いか?」と聞いてみた。「あと10分ぐらいかなぁ・・・」と松本が言った。

 汗をぬぐいながら俺たちはまた自転車を漕いだ。晴れ晴れした気分だった。清野に会えればいいなと思った。

 FIN

 

 

nishigumikumichou at 22:48|PermalinkComments(0)

2017年08月09日

スナックめぐみ13歳(第3章)

 昭和49年7月後半・・・。

 夏休みに入った。

 女子バスケット部の口撃を受ける事はなくなった。それでも部活で学校に行くとたまに女子バスケ部に出くわす事もある。バスケットの練習中であれば彼女たちも俺に向かって名前を呼んで騒いだりはしない。真剣にバスケットをしている彼女たちはまぶしい。

 俺の家はかかし市のはずれにある仁志田という所だ。かかし中までは電車で2駅。かかし中は市立つまり公立だが、最寄り駅まで歩いて20分、電車を使い10分、駅から中学まで10分と片道40分かかる。仁志田は飛び地のような所だ。近くにある中学は隣の市のもので入学させてもらえなかった。

 仁志田には同じ小学校だった友達がいて同じように電車で通学していた。特に仲が良かったのはケンだった。ケンは同じ卓球部に入っていた。一学期は毎朝待ち合わせ同じ電車で中学校に行った。

 ケンと俺は部活が一緒で仲も良かったけれど中学に入ればクラスはバラバラだ。友達も変わってくる。卓球部には2年にバカ谷という頭のおかしい先輩がいた。ケンも俺もバカ谷が嫌いだった。バカ谷は何か理由をつけて卓球のラケットを縦にしてへらでない方の部分で俺たち後輩の頭を叩いた。毎日給食室に忍び込ませ余った牛乳を盗ませて吐くまで飲ませた。バカ谷のせいで多くの新入部員が辞めた。その中の一人がケンだった。

 休み中の部活は俺一人で行かねばならなくなった。それでも僕は部活には通った。ケンとは部活が離れてから遊ぶこともなくなった。部活のない日によくつるんだのは同じクラスの松本だ。

 松本はかかし駅東口駅前のイトーヨーカ堂の裏に住んでいる。成績は中の上ぐらい。部活動は便宜上なにやら文化部に籍を置いているようだが、放課後学校に残っている様子はないので幽霊部員だろう。塾に通っているかどうかはわからない。かかし中近隣の生徒はほとんど塾というものに通っているらしい。であれば松本も塾に通っているのかもしれない。

 部活のない日が暇だったので俺は松本の家にふざけて暑中見舞いを書いた。クラスの名簿があったので住所はわかるのだが、面白半分であて名を「かかし市イトーヨーカ堂の裏」と書いて出した。

 昭和49年8月・・・

 松本から電話が来た。どうやら「イトーヨーカ堂の裏」でも郵便は届くらしい。松本は少し怒っていた。近況などを話していると松本が「かかしまつりに行こう。」と言い出した。次の土日がかかし駅の周りでかかしまつりらしい。俺たちは土曜日にかかし駅で待ち合わせる事にした。

 かかし祭りはそれなりに活気を帯びていた。かかし踊りをやぐらを囲んで踊る人たちを見たり屋台を覗いたりバンドの演奏を聴いたりした。松本は浴衣姿だったけれど俺は半そでにズボン姿。半ズボンは中学生になってやめた。

 ぶらぶらふたりで歩いていると滝川を見かけた。滝川は同じクラスの崎山と歩いていた。崎山はサッカー部で女子から絶大な人気があった。滝川も崎山も浴衣姿でとても同い年には見えなかった。

 そういえば「清野めぐみの彼氏はすごい年上で高校生とか大学生だ。」と誰かが言っているのを聞いた事があった。クラスの誰かが近くで噂しているのが耳に入ったのだと思う。松本と歩いていて清野にも出くわさないかなぁ・・・と思った。

 夜のかかし市に少し涼しい風が吹き始めた。それでも昼間は厳しい残暑が続いていた。夏休みも終わりに近づいていた。
 


 

 

nishigumikumichou at 18:53|PermalinkComments(0)

2017年08月08日

スナックめぐみ13歳(第2章)

 昭和49年7月・・・

 期末テストが終わった。俺の成績はクラスで2〜3番目という所だろう。1番にならないところが俺らしい。

 中沢さんは結局平凡な成績だった。「塾に行っていても最初だけだな・・・。」と誰かが言った。俺はそのころには塾が学校以外で勉強を教える所だと誰かから聞いて知っていた。なぜ塾に行くのかは理解できなかった。せっかく学校の授業が終わったあとに誰かに勉強を教わるなんて考えられなかった。

 テストが終わると部活が始まる。

 清野めぐみはバスケ部。背が高い部員が多い女子バスケ部の中で清野は背が低い方だ。とはいえ、俺よりは頭一つ高い。俺は縦列の時腰に手を当てる役回り。つまりクラスで一番背が低い。女子にも俺より背が低いやつはいない。女子バスケ部は背丈が大人ほどあるオンナの集まりだ。

 清野めぐみには男子の目を引く「胸がでかい。」という特徴がある。そして声がかすれていて低い。何をするにもけだるい。疲れている。

 「あいつのお母さんはスナックのママなんだぜ。」
 
 誰が言ったのかは覚えていない。あのうるさい授業と授業の間の休み時間に誰かと誰かが話しているのを横で聞いていたのだと思う。だいたい「スナックのママ」という職業がどんなものか俺は知らなかった。ただきっと清野めぐみはお母さんに似ているのだろうと思った。

 中学1年は小学生の延長の一団と大人になりかけの一団でできている。俺はまさに制服をきせて白い鞄を肩にたすきにかけさせた小学生だった。そして清野は大人になりかけの中学生だった。

 俺は女子バスケの試合を見た事はない。しかし練習は何度も見た事がある。卓球部の横で練習をしている事があるからだ。部活には入らなければいけない学校の規則で俺は卓球部に所属していた。

 バスケの練習をたまに見ると清野はバスケがうまいとはいえない。俺もバスケットに詳しくないのでうまくなさそうに見えるとしか言えないのだけれど・・・。ただ一生懸命にやっている。声も出すしよく走る。彼女は太ってはいない。しかし体の一部が重そうなのでいつもけだるく疲れているように見える。

 部活が始まって俺の生活に大きな変化があった。女子バスケット部の前を通ると清野と俺と同じ1年3組の滝川、1年6組の外山がキャーという奇声をあげ俺の名前を呼ぶのだ。外山という名前はあとで清野が教えてくれて知った。

 校門から校舎に向かう真っすぐな100mほどの道があった。その道の左横に3台並べられた古いバスが運動部の部室として使われていた。一番奥校舎にもっとも近いバスが女子バスケ部の部室だった。

 卓球部の朝練で7時ごろ女子バスケ部の部室の前を通る。滝川か外山かどちらかわからないが俺を見つけ「あっ、ニシだ。」と部室の中に向かって叫ぶ。滝川、外山、清野以外の誰だかわからないオンナたちまで「キャー」と声をあげる。俺はバスの前を全速力で走って逃げた。

 俺はアイドルだった。そしてそれが嫌でしょうがなかった。俺は丸坊主で背が低い。女子バスケのやつらは背が高くみんなすでに子供ではなかった。中1の俺は毎日大人になりかけのオンナにからかわれていた。

 清野は滝川や外山といる時には俺をおもちゃ代わりにしてからかうのだけれど俺とふたりで話す時はやさしかった。清野は俺と違う世界の人間に見えた。だから俺から清野に話しかける事はなかった。清野はたまに俺にこっそり「外山の名前」だの「バスケ部の状況」などを教えに来てくれた。

 清野ほどの胸の持ち主は男子にからかわれる事が多い。しかし清野はそうではなかった。かかし中のほとんどの1年は清野を知っていたが、誰一人からかう者はいなかった。清野は決して美人ではなかったが、どことなく色気があり気品がありそれでいて隙もあった。物事に頓着せずそれでいていつもやさしかった。

 清野に比べ滝川と外山はモデル体型の美人でバスケもうまかった。なにより清野より走るのが早い。滝川も外山もカッコよかったが、近寄りがたかった。

 清野はもしかするとモテたのかもしれない。でも俺は清野に恋愛感情を持たなかった。あまりに住む世界が違った。俺は小6の時は田宮さん、中2では平山さんが好きだった。両方とも可愛い顔をした女の子だった。そういえば中1の時だけ好きな娘はいなかった。空白の1年・・・だ・・・。

 青く抜ける空に綿帽子が浮かんでいる。背中一杯にまぶしい光を受ける。夏休みはもうすぐだった。

 

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2017年08月07日

スナックめぐみ13歳(第1章)

 昭和49年6月・・・

 かかし中1年3組の男子の間で「せーの」に続く掛け声は「めぐみ」だ。「ヨーイ」に続くのが「ドン」、「ジャンケン」なら「ポン」。同じように「せーの」に続くのが「めぐみ」なのだ。

 期末テスト一週間前になり部活は休みになった。中学生になって初めての期末テストだ。中間テストは5教科だったけれど今回は9教科。中間テストでは小学生の時には目立ったなかった中沢さんが英語で100点を取って周囲を驚かせた。誰かが「中沢は塾に行っているからなぁ・・・」と言った。

 「塾ってなんだ?」俺は思った。

 放課後、掃除の時間にお調子者の松本が出島を呼んだ。「出島、そっち持ってくれ。」たいして重くもない一人用の机だ。松本と出島は同時に掛け声をかけた。

 「せーの。めぐみ!」

 やつらはただ言いたいだけだ。松本と出島は持ち上げた机を運びもせずすぐに降ろし笑っている。

 「そこの男子、ふざけてないできちんと掃除してください。」

 丸岡さんが大声で注意する。俺の耳の奥の方で「キーン」という音がした。丸岡さんの注意はいつも本気だ。

 かかし市は都心で働く人々のベットタウンになりつつあり最近盤上線の快速がかかし駅に止まるようになった。かかし中はその西側にある。1学年10クラスもあるマンモス校だ。

 俺の名はニシトシヤ。漢字で書くと仁志十志也。「仁」という字には「思いやり」「慈しみ」という意味がある。名前は教材の営業マンをしている父がつけたものだ。「思いやりの志は十の志なり。」
 小学生の頃、大人に名前の由来を聞かれて答えたら笑いながら「良いお名前ね。」と言われた。その時は僕もいい名前なのだと思っていた。でも今は意味が分からない。だいたい名前の意味はどの友達も名前だけで完結していた。苗字と名前をつなげて意味が分かるなど僕以外にはいなかった。いや実際はつなげてもわからない。
 
 ちなみに著者とは同姓同名だが、一切関係はない。字が違う。

 清野めぐみから話しかけられたのは期末テストの3日前だ。俺の机のそばに来て清野は低いかすれた声で「ニシ、ファンクラブ作ったから。」とだけ言って自分の席に帰って行った。6月なのに雨が降らず暑い昼休みだった。

 

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2017年08月06日

もしかするとビールってうまい

 1日1本煙草を吸う。僕は普段煙草を吸う習慣がないのであるが・・・以前1箱買った煙草が残っているので寝る前に部屋のベランダに出て外を見ながらやるのである。

 煙草はうまいとは思わないが・・・外を眺めながら吸っているとそれなりに気分がいい。

 気分がいい事は他にもある。

 天気のいい日に窓を開けて運転をする。窓から入ってくる風がなんとも言えず爽快だ。暑すぎても寒すぎてもいけない。盛岡の場合、そろそろちょうどいい季節に差し掛かり始めている。

 田舎道を窓を開けて車を運転していると気分はいいけれどもたまに招かれざる珍客が車に入ってくる。虫だ。蠅なら4つの窓を全開にして出てくれるのを待つ。黄金虫はうざいけれどこれも同じ方法をとるしかない。

 一番厄介なのが蜂である。蜂が入った際には車を運転していられないので止めるしかない。山道で止められなかったりするともうパニック。命がけで止める所を探す。

 幸いいままでスズメバチなどの超獰猛なやつが入った事はない。

 クマンバチが入った時はビビった。パニック。パニック。

 ハチの類は僕の車に入りたがるのである・・・ニシだけに・・・(どう?決まった?)

 組員の皆さんの呆れた顔が目に浮かぶぜ!(わかるよね?ニシがハチ)<どや顔>

 煙草もさることながら僕は晩酌をする習慣がない。しかしさんさ踊りのおかげで毎日ビールを飲んでいたら最近毎日1本だけビールを飲むようになってしまった。

 1杯目のビールはうまい。気づかなくていいのに気づいてしまう。

 世の中には知らなくていいことがあるのである。

 でも・・・知らなくていい事を知りたいのも世の常である・・・(自分でも何を言っているのかわからない)

 

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2017年08月05日

さぁ、どうしよう

 組員の皆様、ご機嫌いかが?組長です。

 8月5日といえば青森ではねぶた祭りをやっている。祭りを見たい。でも8月7日が会社のテストである。

 テスト勉強をする。8月11日から大型連休20日まで休みである。10日までに一応仕事を〆ておかねばならない。だから仕事もする。ブログの更新もある。かなり忙しい。

 これはあくまで未来予想の類なのだけれど僕は今日の記事を8月26日あたりに書いている・・・と思う・・・。

 ・・・とすれば・・・もうブログの更新は20日以上の遅れをきたしている・・・

 ・・・さあ、どうしよう・・・

 テストや仕事もさることながら・・・千葉県柏の実家に帰ってはもうブログの更新などできやしない。ブログの更新が曲がりなりにも毎日更新風に継続できているのは単身赴任で集中して記事をかける・・・という環境があるからだ。

 極妻やカレー男や軽音楽部のいる実家ではぜ〜〜〜〜〜ったいに無理だ。1行とて更新できない。

 では・・・20日間の遅れをどうするか・・・

 たとえ記事が1ヶ月遅れようとも僕は単身赴任が続くのであれば1年間はこのブログを更新し続ける。それは今年の1月8日にそう決めたからだ。

 しかし1年経って単身赴任継続中でも1年の期限を終えたら辞める・・・かもしれない・・・。

 ただ1ヶ月の遅れはかなりつらいぞ・・・どうしよう・・・なんらかの策を練るしかない・・・。

 もうこの際文章一筋とも言っていられないので写真やらを使おうか・・・とも思ったが・・・まだ早い・・・気がする・・・まだ・・・イケる・・・。

 組員のみんな、ぜひとも応援頼む。

 これはたぶん8月21日過ぎにわかる未来の事だが・・・9月15日に名古屋に出張を言い渡される気がする。

 そしてその流れで9月16、17、18日は実家にいる・・・気がする・・・。

 ・・・となると・・・間違いなく10日ぐらい更新が遅れる・・・可能性大・・・。・・・で・・・都合1ヶ月の遅れである・・・。もう1ヶ月も前の事など覚えていないぞ・・・どうする・・・。

 そういえばゴールデンウィークの5日間もまだ埋まっていないのだった。その部分の記事も埋めなくては・・・。

 助けてくれ〜!誰か良い案を授けてくれ!

 いや僕は窮地に追い込まれてから力を発揮するタイプだ・・・と思う・・・違うかもしれないが・・・そうであってほしい・・・

 なんとなくできるだろう。やる気だし・・・。

 根拠はない。

 




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