2011年05月
2011年05月29日 01:05
夜間、寝床の脇に置いてとても便利なある種の容器のことをフランス語でpot de chambreという。此れを英語に逐語訳するとpot of chamberとなる。フランス語では名詞と名詞をただ並べるということは絶対できず、前置詞deを介して表す。一方、英語では此の意味の語は前置詞ofを介することなくchamber potと書く。（此の語の意味は辞書で調べられたし！。）
英語において名詞と名詞をただ並べて構わないのは、英語が大むかし何時の頃か文法上の性を完全に放棄したため様ざまな屈折が消滅したからだという。語形、殊に語尾を変化させて文法体系を形成する言語を屈折語という。今でもドイツ語は屈折が激しく、性、数、格、性、数、格ととことんまでやかましい。英語も屈折語に属してはいるが、要するに単語を並べさえすればセンテンスができ上がってしまうという気安い言語で、並列語と呼んでもよいくらいである。英語が現在世界語の地位を保つようになった理由は幾つも挙げられようが、上記の気安さも一因であると考える文法家もいるらしい。
些か学のあるところをひけらかしたが、最高の頭脳を有するはずの大学教授、研究官、技師他から英文論文のチェック・リライトを依頼されて、何時も考え込むのは此の方がたの数概念である。例えば「６気筒エンジン」を6-cylinders-engineとお書きになっておられる。此れはまちがいで6-cylinder engineが正しい。名詞と名詞が並ぶという形になる例は、上述のchamber potのように、英語では非常に多いが、前の名詞は後の名詞を修飾する形容詞の役割を果すことになる。用例には事欠かずどの英文文書からでも見つかる。形容詞役の名詞は常に単数形であるべきだという考えは根強く、殊に前に来る名詞に上記のように数字が付いた場合には其の名詞は必ず単数である。当方で6-cylinder engineと直してあげても、6があれば複数ではないか、そそっかしい翻訳家がまちがって-sを落としやがった、バカだな、とまた-sを付けて6-cylinders engineになさってしまったりしている。
上に述べた理由からa chamber pot→chamber potsである。またa lady researcher→lady researchersとなる。此処での名詞ladyは形容詞femaleと同じだということになる。
勿論、例外はある。形容詞役の名詞がwomanであるときは全体を複数化するには此の形容詞役womanも複数にしてwomenとする。即ちa woman researcher→women researchersとなる。Jespersonによると形容詞役womanを複数形にした処で-sは取らないから属格と聞き誤られる恐れがないから此のようになるのだ、という。例外とはいえないが、複数常形名詞が形容詞役のときは其のままa valuables list→valuables listsと全複数化がなされることも注意したい。「宝塚少女歌劇」はAll-Girl Takarazaka Troupeと-sなしで英字新聞に出る。複数常形でなくても非常に複数に使われることの多い名詞が形容詞役を引き受けているときも同じであって例としてa resources problem→resources problemsを挙げておこう。
以 上
石神井にて、西川亨（翻訳家）
追記 �詼殘�開発事業団のURLは
http://www.t-tr21.comである。
英語において名詞と名詞をただ並べて構わないのは、英語が大むかし何時の頃か文法上の性を完全に放棄したため様ざまな屈折が消滅したからだという。語形、殊に語尾を変化させて文法体系を形成する言語を屈折語という。今でもドイツ語は屈折が激しく、性、数、格、性、数、格ととことんまでやかましい。英語も屈折語に属してはいるが、要するに単語を並べさえすればセンテンスができ上がってしまうという気安い言語で、並列語と呼んでもよいくらいである。英語が現在世界語の地位を保つようになった理由は幾つも挙げられようが、上記の気安さも一因であると考える文法家もいるらしい。
些か学のあるところをひけらかしたが、最高の頭脳を有するはずの大学教授、研究官、技師他から英文論文のチェック・リライトを依頼されて、何時も考え込むのは此の方がたの数概念である。例えば「６気筒エンジン」を6-cylinders-engineとお書きになっておられる。此れはまちがいで6-cylinder engineが正しい。名詞と名詞が並ぶという形になる例は、上述のchamber potのように、英語では非常に多いが、前の名詞は後の名詞を修飾する形容詞の役割を果すことになる。用例には事欠かずどの英文文書からでも見つかる。形容詞役の名詞は常に単数形であるべきだという考えは根強く、殊に前に来る名詞に上記のように数字が付いた場合には其の名詞は必ず単数である。当方で6-cylinder engineと直してあげても、6があれば複数ではないか、そそっかしい翻訳家がまちがって-sを落としやがった、バカだな、とまた-sを付けて6-cylinders engineになさってしまったりしている。
上に述べた理由からa chamber pot→chamber potsである。またa lady researcher→lady researchersとなる。此処での名詞ladyは形容詞femaleと同じだということになる。
勿論、例外はある。形容詞役の名詞がwomanであるときは全体を複数化するには此の形容詞役womanも複数にしてwomenとする。即ちa woman researcher→women researchersとなる。Jespersonによると形容詞役womanを複数形にした処で-sは取らないから属格と聞き誤られる恐れがないから此のようになるのだ、という。例外とはいえないが、複数常形名詞が形容詞役のときは其のままa valuables list→valuables listsと全複数化がなされることも注意したい。「宝塚少女歌劇」はAll-Girl Takarazaka Troupeと-sなしで英字新聞に出る。複数常形でなくても非常に複数に使われることの多い名詞が形容詞役を引き受けているときも同じであって例としてa resources problem→resources problemsを挙げておこう。
以 上
石神井にて、西川亨（翻訳家）
追記 �詼殘�開発事業団のURLは
http://www.t-tr21.comである。
2011年05月27日 13:27
新橋の語学学校で教務主任をしていた筆者だが、学校のオーナーの余りにも専横な、悪辣な所業に堪えかねて衝突し、円満退社の正反対の形で退職、職安の紹介で、都内の某軽印刷会社に、一時、英文タイピスト兼校正係の身分で入社した。給与はいたって低かったが我慢する他なかった。処で此の会社は運営は良心的で印刷納期厳守を最高目標に掲げていたが、其の打ち方たるや邦文、英文ともに滅茶苦茶だった。顧客から届く原稿もかなり不備なものが多く、完全原稿と呼び得るものはなかった。和文処理の場合、筆者にとって極めて遺憾に思えたのは漢字ではなくて仮名遣いであった。また和文タイピストたちは同原稿に「エンジン」と「エンヂン」とが混ざって書いてあって、一体どっちに統一すればよいのかと困惑していた。其処でタイピストたちと主任校正係に対して次の要領で仮名遣い、殊に「ジ、ヂ」、「ズ、ヅ」の使い分けを重点に説明した。其の大要が以下に示すものである。説明の都合上、実例表示には片仮名を用いたが、平仮名でも同じである。
１．連濁の「ヂ」、「ヅ」
「手綱」に仮名を振るとしたら、どうしたらよいか。「綱（つな）」の前に手が来たために「つ」が濁って「づ」になるのであり、「たづな」と書く。此のようなものを連濁という。「絆」はもとから（きずな）であって「き」が前に来たから其の後が濁ったというのではない。本来的に（きずな）というのである。例を追加すると「松葉杖」は松葉（まつば）の後に「杖（つえ）」が来たため其れに煽られて濁ったのだから連濁であって「まつばづえ」と書くことになる。「梢」即ち（こずえ）は前の要素に煽られて濁ったというのではなく本来語として（こずえ）なのである。また、固有名詞であるが、「木更津」は「木更」の後に「津（つ）」が来たために濁ったのであるから連濁則に従って「きさらづ」である。連濁の規則は新制中学で教えてきている。
２．連呼の「ヂ」、「ヅ」
同音が連なって二番目の音が濁るのを連呼と称するが、此の連呼は誰もが従来正しく使ってきており数も少ないから容易に習得できる。「縮む（ちぢむ）」と「続く（つづく）」が連呼の代表選手であり、「心が千々（ちぢに）乱れる」、「続く（つづく）」、「綴る（つづる）」、「鼓（つづみ）」、「葛篭折れ（つづらおれ）の坂道」、「名声が全国通津浦々（つづうらうら）に響き渡る」と、此れで全部であろう。もともと多寡が仮名なのであるから分析してみれば頗るやさしい。連呼の規則も新制中学で教えてきている。共に義務教育程度のものなのである。
３．誤れる類推
一頃、NHKあたりのテレビ字幕にしばしば「一人づつ」のように出ていたが現代字遣いの見地からは誤りである。「づ」の後に「つ」が来たため此れに釣りこまれて「づ」と濁らせてしまったのであろうがまちがいである。既述の連濁は前に来た要素に煽られ、影響されて後のものが濁るのであり、「づ」が来たために其の影響で後のものが「つ」に変化するということは有り得ない。此れと同じく誤れる類推から「頭痛」はしばしば（づつう）と書かれてしまうが避くべきでり、（ずつう）が正しい。「頭骸骨（ずがいこつ）」、「頭脳（ずのう）」のような語における「頭」は（ず）と書かれる。「一人づつ」、「づつう」は実によく見かける誤りであり、絶対避くべきである。。
４．「地下鉄、地下足袋」、「新妻、稲妻」
「地下足袋」は地下鉄（ちかてつ）の類推から（ぢかたび）と書きたくなるが、現行記法では（じかたび）が正しい。「地蔵」、「地頭」、「地震」、「地面」等の「地」はすべて（じ）と書かれる。「新妻」は連濁規則のとおりで（にいづま）であるが「稲妻」は、本来語であるという考えからであろう、（いなずま）である。「常磐津」は、古くからある詞だからであろう、連濁則に従わず（ときわず）と書かれる。こうした例外は僅かであるから、此れは例外らしいぞと勘を働かせて国語辞典で確かめるという姿勢が望まれる。
５．古い文書・文献は考慮外、現代実用文に限る
日本では枕草子や竹取物語の昔から「ジ、ヂ」、「ズ、ヅ」の使い分けは曖昧だったようである。竹取の翁は竹を取ってきて「よろづのことに使いけり」、とされている。明治時代の女流作家樋口一葉の肉筆原稿の一部がテレビに映ったことがあったが、「鼠」を平仮名で（ねづみ）と書いていた。太平洋戦争の頃の軍閥首相東条英機は戦陣訓に「生きて虜囚のはづかしめを受くるなかれ」と書いた。現代実務文においては此のような記法は避けて、連濁、連呼の場合にのみ「ヂ」、「ヅ」を使うと心得るべきである。
６．連濁、連呼の法則でも分らない
言語は本質的に複雑であるから法則で判断できない場合も生じてしまう。仮名遣いに注意してきている筆者であるが若い頃、「就中」を（なかんづく）と書いてしまったことがなかったわけではない。「うなずく」、「つまずく」、「ひざまずく」「黒ずくめの服装」における（ず）がもしかしたら（づ）ではなかろうかと考えたこともあった。どちらだかよくは分らないというときは、数は少ないのだから、いちいち国語辞典で確かめるべきであるが、此のような場合「ジ」、「ズ」と書いておけばたいてい当たる。
７．仮名書き外来語における扱い
多年に及ぶ根強い習慣から必ずといっていいほど外来語は片仮名でかかれる。片仮名書き外来語は総て本来語であると想像される。斯うした次第により５．の末尾に述べた理由に準じて仮名書き外来語には「ヂ」、「ヅ」はいっさい使わない。国語審議会の答申でもそうなっている。序でながら固有名詞になっているヂリストンのようなものは、この様に登記してしまっている以上、改変不能なはずであり例外扱いであって、ブリジストンと書き替えることは許されないであろう。
８．注目浴びる日本語
日本の国際的地位が高まってくるにつれて日本語への関心が増大し、欧米人で日本語を学ぶ人も増えてきている。処で筆者が新橋の学校で教えていたころ後から着任した英国人教師Roger Oxenburyからも指摘されのだが、欧米人は日本人が、従来、「ジ、ヂ」、「ズ、ヅ」をいい加減に使うのをもの凄く奇異に感じている。生理的に不快に思う人もいるらしい。此れは音声学的に根拠のある事柄であるが此のことは此処では詳述しているゆとりは無く、専門書を参照されたい。兎にかく日本語を扱うのは日本人だけではないという時代がとっくに来ているのであるということを万人が肝に銘ずべきである。
まとめ:
普通の文を綴るときも仮名書きするときも連濁・連呼の場合以外は「ヂ」、「ヅ」はいっさい使わない。仮名書き外来語に連濁・連呼は関係ない。
正しい字遣いを体得していればこそ外国語学習も円滑に行われるであろう。
以 上
石神井にて、翻訳家・西川亨
追記 �詼殘�開発事業団のURLはhttp://www.t-tr21.comである。
１．連濁の「ヂ」、「ヅ」
「手綱」に仮名を振るとしたら、どうしたらよいか。「綱（つな）」の前に手が来たために「つ」が濁って「づ」になるのであり、「たづな」と書く。此のようなものを連濁という。「絆」はもとから（きずな）であって「き」が前に来たから其の後が濁ったというのではない。本来的に（きずな）というのである。例を追加すると「松葉杖」は松葉（まつば）の後に「杖（つえ）」が来たため其れに煽られて濁ったのだから連濁であって「まつばづえ」と書くことになる。「梢」即ち（こずえ）は前の要素に煽られて濁ったというのではなく本来語として（こずえ）なのである。また、固有名詞であるが、「木更津」は「木更」の後に「津（つ）」が来たために濁ったのであるから連濁則に従って「きさらづ」である。連濁の規則は新制中学で教えてきている。
２．連呼の「ヂ」、「ヅ」
同音が連なって二番目の音が濁るのを連呼と称するが、此の連呼は誰もが従来正しく使ってきており数も少ないから容易に習得できる。「縮む（ちぢむ）」と「続く（つづく）」が連呼の代表選手であり、「心が千々（ちぢに）乱れる」、「続く（つづく）」、「綴る（つづる）」、「鼓（つづみ）」、「葛篭折れ（つづらおれ）の坂道」、「名声が全国通津浦々（つづうらうら）に響き渡る」と、此れで全部であろう。もともと多寡が仮名なのであるから分析してみれば頗るやさしい。連呼の規則も新制中学で教えてきている。共に義務教育程度のものなのである。
３．誤れる類推
一頃、NHKあたりのテレビ字幕にしばしば「一人づつ」のように出ていたが現代字遣いの見地からは誤りである。「づ」の後に「つ」が来たため此れに釣りこまれて「づ」と濁らせてしまったのであろうがまちがいである。既述の連濁は前に来た要素に煽られ、影響されて後のものが濁るのであり、「づ」が来たために其の影響で後のものが「つ」に変化するということは有り得ない。此れと同じく誤れる類推から「頭痛」はしばしば（づつう）と書かれてしまうが避くべきでり、（ずつう）が正しい。「頭骸骨（ずがいこつ）」、「頭脳（ずのう）」のような語における「頭」は（ず）と書かれる。「一人づつ」、「づつう」は実によく見かける誤りであり、絶対避くべきである。。
４．「地下鉄、地下足袋」、「新妻、稲妻」
「地下足袋」は地下鉄（ちかてつ）の類推から（ぢかたび）と書きたくなるが、現行記法では（じかたび）が正しい。「地蔵」、「地頭」、「地震」、「地面」等の「地」はすべて（じ）と書かれる。「新妻」は連濁規則のとおりで（にいづま）であるが「稲妻」は、本来語であるという考えからであろう、（いなずま）である。「常磐津」は、古くからある詞だからであろう、連濁則に従わず（ときわず）と書かれる。こうした例外は僅かであるから、此れは例外らしいぞと勘を働かせて国語辞典で確かめるという姿勢が望まれる。
５．古い文書・文献は考慮外、現代実用文に限る
日本では枕草子や竹取物語の昔から「ジ、ヂ」、「ズ、ヅ」の使い分けは曖昧だったようである。竹取の翁は竹を取ってきて「よろづのことに使いけり」、とされている。明治時代の女流作家樋口一葉の肉筆原稿の一部がテレビに映ったことがあったが、「鼠」を平仮名で（ねづみ）と書いていた。太平洋戦争の頃の軍閥首相東条英機は戦陣訓に「生きて虜囚のはづかしめを受くるなかれ」と書いた。現代実務文においては此のような記法は避けて、連濁、連呼の場合にのみ「ヂ」、「ヅ」を使うと心得るべきである。
６．連濁、連呼の法則でも分らない
言語は本質的に複雑であるから法則で判断できない場合も生じてしまう。仮名遣いに注意してきている筆者であるが若い頃、「就中」を（なかんづく）と書いてしまったことがなかったわけではない。「うなずく」、「つまずく」、「ひざまずく」「黒ずくめの服装」における（ず）がもしかしたら（づ）ではなかろうかと考えたこともあった。どちらだかよくは分らないというときは、数は少ないのだから、いちいち国語辞典で確かめるべきであるが、此のような場合「ジ」、「ズ」と書いておけばたいてい当たる。
７．仮名書き外来語における扱い
多年に及ぶ根強い習慣から必ずといっていいほど外来語は片仮名でかかれる。片仮名書き外来語は総て本来語であると想像される。斯うした次第により５．の末尾に述べた理由に準じて仮名書き外来語には「ヂ」、「ヅ」はいっさい使わない。国語審議会の答申でもそうなっている。序でながら固有名詞になっているヂリストンのようなものは、この様に登記してしまっている以上、改変不能なはずであり例外扱いであって、ブリジストンと書き替えることは許されないであろう。
８．注目浴びる日本語
日本の国際的地位が高まってくるにつれて日本語への関心が増大し、欧米人で日本語を学ぶ人も増えてきている。処で筆者が新橋の学校で教えていたころ後から着任した英国人教師Roger Oxenburyからも指摘されのだが、欧米人は日本人が、従来、「ジ、ヂ」、「ズ、ヅ」をいい加減に使うのをもの凄く奇異に感じている。生理的に不快に思う人もいるらしい。此れは音声学的に根拠のある事柄であるが此のことは此処では詳述しているゆとりは無く、専門書を参照されたい。兎にかく日本語を扱うのは日本人だけではないという時代がとっくに来ているのであるということを万人が肝に銘ずべきである。
まとめ:
普通の文を綴るときも仮名書きするときも連濁・連呼の場合以外は「ヂ」、「ヅ」はいっさい使わない。仮名書き外来語に連濁・連呼は関係ない。
正しい字遣いを体得していればこそ外国語学習も円滑に行われるであろう。
以 上
石神井にて、翻訳家・西川亨
追記 �詼殘�開発事業団のURLはhttp://www.t-tr21.comである。
大抵の日本人は「首位打者」の首（しゅ）の濁ったのが「寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ…」の寿（じゅ）であると信じて疑わない。然し音声学的にはそうではないらしい。今の日本語、殊に東京ダイアレクトには「しゅ」の濁ったものというのは無いのであり、無いと困るから「じゅ」で以って代用しているに過ぎない。
こうした次第であるから、occasion、usual、fuselage、garage、beige、rougeのような語を或る種の中学生用英語辞典でやっているようにオケイジョン、ユージュアル、フゥーズィラージュ、ガラージュ、ベイジュ、ルージュと片仮名で表すのは誠によくないことである。発音記号を正しく習得し、其れに従って正しい発音を励行するよう心掛けなければならない。
新橋の学校で教えていた頃、仲間の英国人教師Roger Oxenburyが次のようなことを言った。Mr. Eshimaという日本人が電話しているのを脇で聞いていて驚いた、彼自身が或るときには「はい、エシマです」と言い別のときには「はい、エジマです」と言っている、実にふしぎだ。（此の江島なる日本人はアメリカに数年暮したことがあり、割り合い達者に英語を喋る男だった。）欧米人は「シ」と「ジ」は別の子音として認識する。日本の国際的地位が高まるにつれて日本語を学ぶ欧米人が増えてくるが彼らは日本人が、話すときだけでなく書くときにも「じ、ず」を極めて粗略に扱いデタラメに書くのを奇異に感じているらしい。生理的に不快に思う人も居るようである。
いつか朝日新聞の第一面に「むずかしい」と「むつかしい」が同時に出たことがあった。其処で同新聞社編集部に質問状を送った。次のように回答してきた。東京では「むずかしい」が正しいが関西では古くから「むつかしい」が普通とされてきている、だから両方を使うことになる。どちらも正しいというのである。東京生まれの筆者は断然「むずかしい」を取り、東京系の人たちは皆「むずかしい」をお使いになることを強力に推奨する。
日本語を扱うのは日本人だけではないという時代がとっくに来ている。欧米人が殊のほか嫌う「じ、ぢ」、「ず、づ」の混ぜこぜ書き、デタラメ書きは絶対に避け、或るときは「むずかしい」と書き、また或るときには「むつかしい」とするというような主体性欠如の記法は避けるべきである。
以 上
石神井にて、西川亨（翻訳家）
�詼殘�開発事業団のURLは
http://www.t-tran21.comである。
こうした次第であるから、occasion、usual、fuselage、garage、beige、rougeのような語を或る種の中学生用英語辞典でやっているようにオケイジョン、ユージュアル、フゥーズィラージュ、ガラージュ、ベイジュ、ルージュと片仮名で表すのは誠によくないことである。発音記号を正しく習得し、其れに従って正しい発音を励行するよう心掛けなければならない。
新橋の学校で教えていた頃、仲間の英国人教師Roger Oxenburyが次のようなことを言った。Mr. Eshimaという日本人が電話しているのを脇で聞いていて驚いた、彼自身が或るときには「はい、エシマです」と言い別のときには「はい、エジマです」と言っている、実にふしぎだ。（此の江島なる日本人はアメリカに数年暮したことがあり、割り合い達者に英語を喋る男だった。）欧米人は「シ」と「ジ」は別の子音として認識する。日本の国際的地位が高まるにつれて日本語を学ぶ欧米人が増えてくるが彼らは日本人が、話すときだけでなく書くときにも「じ、ず」を極めて粗略に扱いデタラメに書くのを奇異に感じているらしい。生理的に不快に思う人も居るようである。
いつか朝日新聞の第一面に「むずかしい」と「むつかしい」が同時に出たことがあった。其処で同新聞社編集部に質問状を送った。次のように回答してきた。東京では「むずかしい」が正しいが関西では古くから「むつかしい」が普通とされてきている、だから両方を使うことになる。どちらも正しいというのである。東京生まれの筆者は断然「むずかしい」を取り、東京系の人たちは皆「むずかしい」をお使いになることを強力に推奨する。
日本語を扱うのは日本人だけではないという時代がとっくに来ている。欧米人が殊のほか嫌う「じ、ぢ」、「ず、づ」の混ぜこぜ書き、デタラメ書きは絶対に避け、或るときは「むずかしい」と書き、また或るときには「むつかしい」とするというような主体性欠如の記法は避けるべきである。
以 上
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2011年05月22日 17:08
東日本大震災被害者を精神面から励まし、同時に義捐金も募ろうというのであろうか、巨匠ズービン・メータの指揮で本邦最高のオーケストラと信ぜられているNHK交響楽団がベートーベンの第九交響曲を演奏した。処で巨匠と崇められるメータ氏であるが、筆者より二、三歳若い人である。ということは、亡兄隆が所属していた当時のNHK交響楽団が1960年に初めての世界公演を行なった頃には未だ学生だったはずだ。筆者も羽田まで行って交響楽団の出発を、初めてということで、見送った。隆の長男の雅明は生後数か月、小さくてハイチェアに座らされていた。次男博之は生まれてもいなかった。
学生だったはずのメータが其の後、世界的に頭角を現して、指揮者としてクラウディオ・アバードよりも先に有名になった。NHK交響楽団木管奏者の隆はちっとも有名にならず、意欲的に有名になろうとした様子は全くないまま52歳で死去した。巨匠メータより若干年長の翻訳家もちっとも有名ではない。有名になれない処か誤解される。「翻訳というのは用語が難しいからさぞたいへんでしょう」、どれほど言われたことか。翻訳が大変なのは用語のせいではない。隆の二人の息子はとっくに成人、独立、今や社会の中堅層、家では其ぞれよきパパであるらしい。二人とも音楽は継がない。隆も継がせようとしなかった、芸術で生きる厳しさを意識していたからだろうか。翻訳で生きるのも容易ではない。
此のメータがインド人だと聞いたとき、へへえと思った。マハトマ・ガンディーが若い頃、英国内を列車旅行していたとき二等客車切符を持っていたにも拘らず、有色人が二等客車に乗るのは怪しからんとつまみ出されたという。稲村松雄教授が1950年代後半にアメリカを視察なさって、民主主義国アメリカなのに公衆トイレには”Colored“とう標識が付いていたと報告なさった。Colored peopleが白人用トイレに入ると重大問題になったらしい。国連憲章で人種差別は禁止されているはずだが差別心はなかなか払底されていないという感じであった。
ウイーンフィル、ベルリンフィルその他の西欧オーケストラの歴代指揮者はオットー・クレンペラー、フリッツ・ライナー、ハンス・クナッパーツブッシュ、ヘルベルト・ﾌｫﾝ・カラヤン等々長く西洋人、白人ばかり、東洋人、有色人が此の指揮者列に割り込む余地なんて絶無という感じであった。処がその後、上記メータ（インド人）の他チョン・ミョン・フン（韓国人）、小澤征爾（日本人）、ケント・ナガノ（日系アメリカ人）という具合に有色人の指揮者が次々と現れて欧米大オーケストラを指揮するという姿が頻繁に見られるようになってきたし、邦人バイオリニストが創立百数十年の西洋オーケストラのVorspieler（ｺﾝｻｰﾄﾏｽﾀｰ）を勤めたりしている。西欧から見て地球の反対側に生れた者が西欧人以上に西欧音楽を理解して欧米人演奏家に演奏をさせるのである。西欧人は普遍的文化を生み出したのだと云えるかもしれない。
中国は今や日本を抜いて世界第二の経済大国だという。然し昔から支那（China）は大領土と大人口を有し、欧州と地続きであり、日本より西欧に近いのだからアジアの代表国であったはずである。其れが阿片戦争で敗北したのがきっかけとなった感じであるがアジア代表の地位から転落したしまったといえよう。阿片戦争は単に英国が清国に勝ったというだけでなく、西洋人、白人が東洋人、有色人を蔑視し、差別する始点となったといえないだろうか。
日本が白人国だったら太平洋戦争の末期の頃、米大統領トルーマンは果たして広島、長崎への原爆投下を命令しただろうか。此れを投下すればどうなるかは科学者たちから聞かされていたであろうが、有色人種の国なんだから構うもんか、と思って投下を命令しやがったというのがとうじ中学一年だった筆者の感じである。原爆投下のニュースを聞いた当時のカナダ首相が「恐ろしい話だ、然し投下されたのが白人国でなかったのは幸いだった」と行政日誌に記したという。
メータ他の才能ある東洋系演奏家たちが今後も大いに人類普遍の知的資産である西洋音楽を大いに演奏し続けてくれるといいな、と思っている。
以 上
石神井にて、西川亨（翻訳家）
追記 �詼殘�開発事業団のURLは
http://www.t-tran21.comである。
学生だったはずのメータが其の後、世界的に頭角を現して、指揮者としてクラウディオ・アバードよりも先に有名になった。NHK交響楽団木管奏者の隆はちっとも有名にならず、意欲的に有名になろうとした様子は全くないまま52歳で死去した。巨匠メータより若干年長の翻訳家もちっとも有名ではない。有名になれない処か誤解される。「翻訳というのは用語が難しいからさぞたいへんでしょう」、どれほど言われたことか。翻訳が大変なのは用語のせいではない。隆の二人の息子はとっくに成人、独立、今や社会の中堅層、家では其ぞれよきパパであるらしい。二人とも音楽は継がない。隆も継がせようとしなかった、芸術で生きる厳しさを意識していたからだろうか。翻訳で生きるのも容易ではない。
此のメータがインド人だと聞いたとき、へへえと思った。マハトマ・ガンディーが若い頃、英国内を列車旅行していたとき二等客車切符を持っていたにも拘らず、有色人が二等客車に乗るのは怪しからんとつまみ出されたという。稲村松雄教授が1950年代後半にアメリカを視察なさって、民主主義国アメリカなのに公衆トイレには”Colored“とう標識が付いていたと報告なさった。Colored peopleが白人用トイレに入ると重大問題になったらしい。国連憲章で人種差別は禁止されているはずだが差別心はなかなか払底されていないという感じであった。
ウイーンフィル、ベルリンフィルその他の西欧オーケストラの歴代指揮者はオットー・クレンペラー、フリッツ・ライナー、ハンス・クナッパーツブッシュ、ヘルベルト・ﾌｫﾝ・カラヤン等々長く西洋人、白人ばかり、東洋人、有色人が此の指揮者列に割り込む余地なんて絶無という感じであった。処がその後、上記メータ（インド人）の他チョン・ミョン・フン（韓国人）、小澤征爾（日本人）、ケント・ナガノ（日系アメリカ人）という具合に有色人の指揮者が次々と現れて欧米大オーケストラを指揮するという姿が頻繁に見られるようになってきたし、邦人バイオリニストが創立百数十年の西洋オーケストラのVorspieler（ｺﾝｻｰﾄﾏｽﾀｰ）を勤めたりしている。西欧から見て地球の反対側に生れた者が西欧人以上に西欧音楽を理解して欧米人演奏家に演奏をさせるのである。西欧人は普遍的文化を生み出したのだと云えるかもしれない。
中国は今や日本を抜いて世界第二の経済大国だという。然し昔から支那（China）は大領土と大人口を有し、欧州と地続きであり、日本より西欧に近いのだからアジアの代表国であったはずである。其れが阿片戦争で敗北したのがきっかけとなった感じであるがアジア代表の地位から転落したしまったといえよう。阿片戦争は単に英国が清国に勝ったというだけでなく、西洋人、白人が東洋人、有色人を蔑視し、差別する始点となったといえないだろうか。
日本が白人国だったら太平洋戦争の末期の頃、米大統領トルーマンは果たして広島、長崎への原爆投下を命令しただろうか。此れを投下すればどうなるかは科学者たちから聞かされていたであろうが、有色人種の国なんだから構うもんか、と思って投下を命令しやがったというのがとうじ中学一年だった筆者の感じである。原爆投下のニュースを聞いた当時のカナダ首相が「恐ろしい話だ、然し投下されたのが白人国でなかったのは幸いだった」と行政日誌に記したという。
メータ他の才能ある東洋系演奏家たちが今後も大いに人類普遍の知的資産である西洋音楽を大いに演奏し続けてくれるといいな、と思っている。
以 上
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http://www.t-tran21.comである。
2011年05月04日 11:49
石神井町八丁目の植田内科の植田敏夫先生は長く碓氷病院だかで院長をなさっておられたが定年をお迎えになり、上京して此の石神井に医院を開業なさった。旧制千葉医大出身の秀才で、ひところ有名だった国際外科学会々長中山恒明博士と同医大で同期だったそうであり、同博士を「中山くん」と呼ぶのであった。旧制高校で桜井和市教授からドイツ語を学んだという此の老医師はドイツ文がお医者さんにはモッタイナイくらい（？）読める方であった。
此の植田先生のお嬢さんが早大独文科をご卒業になり、即座にウイーンに留学なさることとなった。処が植田先生はいたって不機嫌で、「娘がウイーンに留学すると言っているが、何を覚えてくるのか、ムダみたいなもんだな」と渋い顔であった。筆者に対してだからおっしゃったのかもしれない。
筆者が1975年に翻訳を開始してから此の老医師の懸念が恐ろしいほど的中しているのを知って驚くのである。海外留学から帰ってきたという者がかなり多数応募してきたが此の帰国者たち、学歴はたいていとても立派、立派だから留学に推薦されたのであろう、はいずれも多少ペラペラが上達したというだけで、英文、外国文を書かせると滅茶苦茶なのである。筆者の主催・運営する�詼殘�開発事業団の採用試験問題「小社ではテープに声を吹き込んで下さるアメリカ人を探しております」を訳せない、殊に「吹き込んで下さる」を正しくは訳せない。留学経験を持たない者と全く変わらない。留学しても英作文力は向上しないのだ。
此れから留学する若い人たちにお伝えいただきたい。留学に当っては日本製の日本人向きに編纂られた英語ライティング指導書を必ず携行し、留学先での学習の傍ら実用英作文を自習なさるべきである。新聞は現地のものの他に日本製英字新聞をも取り寄せて毎日、毎晩熟読すること。但し此れを実行するとなったらそうとう大変であろう。更に但し、実行なさらなければ帰国イコール失業となってしまうであろう。碧い眼の彼氏、ブロンドの髪の彼女とのデートをエンジョイするなんてやっているゆとりは無い。多少ペラペラだけの人を迎え入れる職場がどれ程あるというのか。
以 上
石神井にて、翻訳家・西川亨
追記 �詼殘�開発事業団のURLはhttp://www.t-tr.comである。
此の植田先生のお嬢さんが早大独文科をご卒業になり、即座にウイーンに留学なさることとなった。処が植田先生はいたって不機嫌で、「娘がウイーンに留学すると言っているが、何を覚えてくるのか、ムダみたいなもんだな」と渋い顔であった。筆者に対してだからおっしゃったのかもしれない。
筆者が1975年に翻訳を開始してから此の老医師の懸念が恐ろしいほど的中しているのを知って驚くのである。海外留学から帰ってきたという者がかなり多数応募してきたが此の帰国者たち、学歴はたいていとても立派、立派だから留学に推薦されたのであろう、はいずれも多少ペラペラが上達したというだけで、英文、外国文を書かせると滅茶苦茶なのである。筆者の主催・運営する�詼殘�開発事業団の採用試験問題「小社ではテープに声を吹き込んで下さるアメリカ人を探しております」を訳せない、殊に「吹き込んで下さる」を正しくは訳せない。留学経験を持たない者と全く変わらない。留学しても英作文力は向上しないのだ。
此れから留学する若い人たちにお伝えいただきたい。留学に当っては日本製の日本人向きに編纂られた英語ライティング指導書を必ず携行し、留学先での学習の傍ら実用英作文を自習なさるべきである。新聞は現地のものの他に日本製英字新聞をも取り寄せて毎日、毎晩熟読すること。但し此れを実行するとなったらそうとう大変であろう。更に但し、実行なさらなければ帰国イコール失業となってしまうであろう。碧い眼の彼氏、ブロンドの髪の彼女とのデートをエンジョイするなんてやっているゆとりは無い。多少ペラペラだけの人を迎え入れる職場がどれ程あるというのか。
以 上
石神井にて、翻訳家・西川亨
追記 �詼殘�開発事業団のURLはhttp://www.t-tr.comである。
