2014年10月01日 12:01
ジュスマイヤー・クレーム
筆者と同じく1月27日生まれのモーツアルト（W.A. Morzart）がレクイエムを未完のまま死んでしまったことは広く知られています。妻コンスタンツェの依頼を受けて此の遺作を完成させたのはモーツアルトの弟子とされていたジュスマイヤー（Suβmayer）であった。然し世人は、大天才モーツアルトの遺曲に凡庸作曲家ジュスマイヤー如きが手を加えたからとてうまくいくはずは全くないという強烈な先入観からであろう、一時はジュスマイヤー版については苛酷な蔑視が集中していたようである。
モーツアルトは合唱パートについては可なりの部分まで作曲していたがオーケストラ・パートは極く一部しか書かなかった。ジュスマイヤーは此の一部しか書かれていなかったパートを補い、モーツアルトが中断した「涙の日」と9小節目以降の「サンクトゥス、ベネディクトゥス、アニュスデイ」を新たに作曲し、最後に「栄光の光を」にモーツアルトの原曲の冒頭楽章の曲をそのまま繰返して全体の調和を図って完成させたのでした。モーツアルトが書かなかった此のアニュスデイ他の部分を補ったりして完成に漕ぎ着けたジュスマイヤーの努力、功績は全く無視され、罵倒され、彼の書いた部分は無残にもわざと書き換えられたり、外されて演奏されたりしたという。処が近年、研究が進むにつれジュスマイヤーの補作はかなり立派なものであると考えられるようになり、モーツアルトの同時代人として作品を世に送り出した彼を再評価する声が高まり、ジュスマイヤー版レクイエムがしきりに演奏されるようになってきているという。僅か38歳で生前は評価されることなく世を去ったジュスマイヤーは可哀そうだね。モーツアルトより２歳だけ長く生きた。
翻訳の場合にも似たような現象が生ずる。日本人の書いた英文はどうせダメなんだと頭ごなしに決め付けて、納入した英訳をロクに読みもせずに文句をいってくるクライエントが時どき現れる。「此れ、外人にみせたのか」と聞いてくる。こういうのを筆者は内部で偏見クレームと呼んでいるが偏見クレーム第一号は何とCIC柳原社長のグループから付けられたものだった！ 東京工大を出ると同時に富士通に入社、長く在職、其の間あらゆる「長」の字の付くポストを歴任した柳原社長であったが、思う所あって此の一流会社をわざと定年より前に退職し、筆者ほかを誘って技術リサーチと技術翻訳の会社を社名CICのもとに東京新宿３丁目でスタートさせたのであった。
柳原が三菱瓦斯化学社から翻訳注文を取ってくれた。柳原と三菱の荻野部長は旧知の間柄のようであった。筆者は恙なく英訳して納入した。処が荻野部長は英訳が余りにも拙劣だとクレームを付けてきた。柳原は此れを聞いてカンカンになり極度に苦い顔して筆者に向って、「せっかく翻訳注文を取ってやれば此のザマじゃないか」と最高の厭味を浴びせてきた。筆者は、いつものとおり懸命に訳した、絶対に手抜き仕事はしていないと抗弁したが、最高度の先入観の虜となっていた柳原は卑怯未練な言い逃れだとして此の抗弁をはねのけ、ただ悪い悪いと決め付け続けるのであった。不備な箇所を具体的に指摘して此処と此処と此処をを直せなんていう言い方は荻野、柳原両氏ともやらないのであった。
此の間に三菱は新提案を出してきた。此の英訳をnative speaker of Englishにチェックさせリライトしたなら受理してやるかもしれないというから、Davidというアメリカ青年に見せた。筆者が「3層ごとに」をevery three layersと訳したのをDavidはevery third layerと書き直してきた。どちらでも正しいではないか。外人に直しを依頼したとき、英訳が大して悪くなくて直す箇所が極めて少ないとき、彼らは何もしないのに査読代金を支払ってくれといているみたいのなるのを恐れて、しばしば上例のように別表現にしてみたり、ﾊﾟﾝｸﾁｭｴｰｼｮﾝなど直す必要のない箇所をいじくったりという具合に、あたかも大幅に修正したかのように装う。技術文を直すには技術文の内容を洞察し得るだけの充分な訓練を積んできた者でないと何国人であろうとできない。大抵の人が英訳文を英語のnative speakerに見せさえすれば良い英文になると漠然と信じているようであるが、救い難い無智だというべきだ。筆者は此れまでジュスマイヤー・クレーム即ち英訳に関する偏見クレームを、大きなもので、三菱以外にも2回、つまり合計3回経験した。（技術文の内容が洞察できるようになるための一般的方法というものは無く、やりたかったら各自工夫して体得する他ない。教えることも教わることもできない厄介技能、其れが翻訳である。）
三菱・荻野部長の場合は海外勤務の長かった同部長が自分の価値を内外にひけらかしたくて、つまりオレ英語ができるんだぞと威張りたくて、届いた英訳にケチをつけてきたのであった。自分を偉く見せるために他人の労作をくさすという卑劣さ！ 柳原社長は荻野氏の肩を持ち、筆者を陥れた、つまり後ろから弾丸を飛ばしてよこしてきた、のであった。筆者は最も信頼している味方に攻め立てられたのであった。
技術文洞察のできる外人がいないときは此のような所謂ネイティヴ・チェックは行なわないで、熟練邦人翻訳家が丁寧に英訳したものを注文主の教授や技師が熟読し多少修正した後、海外学会に送るのが最も合理的である。
けっきょく筆者はCICと訣別し、石神井を営業所にして�詼殘�開発事業団として再発足し、今日に及んでいる。ジュスマイヤー・クレームに屈することなく翻訳家はきょうも前進する。
モーツアルトは合唱パートについては可なりの部分まで作曲していたがオーケストラ・パートは極く一部しか書かなかった。ジュスマイヤーは此の一部しか書かれていなかったパートを補い、モーツアルトが中断した「涙の日」と9小節目以降の「サンクトゥス、ベネディクトゥス、アニュスデイ」を新たに作曲し、最後に「栄光の光を」にモーツアルトの原曲の冒頭楽章の曲をそのまま繰返して全体の調和を図って完成させたのでした。モーツアルトが書かなかった此のアニュスデイ他の部分を補ったりして完成に漕ぎ着けたジュスマイヤーの努力、功績は全く無視され、罵倒され、彼の書いた部分は無残にもわざと書き換えられたり、外されて演奏されたりしたという。処が近年、研究が進むにつれジュスマイヤーの補作はかなり立派なものであると考えられるようになり、モーツアルトの同時代人として作品を世に送り出した彼を再評価する声が高まり、ジュスマイヤー版レクイエムがしきりに演奏されるようになってきているという。僅か38歳で生前は評価されることなく世を去ったジュスマイヤーは可哀そうだね。モーツアルトより２歳だけ長く生きた。
翻訳の場合にも似たような現象が生ずる。日本人の書いた英文はどうせダメなんだと頭ごなしに決め付けて、納入した英訳をロクに読みもせずに文句をいってくるクライエントが時どき現れる。「此れ、外人にみせたのか」と聞いてくる。こういうのを筆者は内部で偏見クレームと呼んでいるが偏見クレーム第一号は何とCIC柳原社長のグループから付けられたものだった！ 東京工大を出ると同時に富士通に入社、長く在職、其の間あらゆる「長」の字の付くポストを歴任した柳原社長であったが、思う所あって此の一流会社をわざと定年より前に退職し、筆者ほかを誘って技術リサーチと技術翻訳の会社を社名CICのもとに東京新宿３丁目でスタートさせたのであった。
柳原が三菱瓦斯化学社から翻訳注文を取ってくれた。柳原と三菱の荻野部長は旧知の間柄のようであった。筆者は恙なく英訳して納入した。処が荻野部長は英訳が余りにも拙劣だとクレームを付けてきた。柳原は此れを聞いてカンカンになり極度に苦い顔して筆者に向って、「せっかく翻訳注文を取ってやれば此のザマじゃないか」と最高の厭味を浴びせてきた。筆者は、いつものとおり懸命に訳した、絶対に手抜き仕事はしていないと抗弁したが、最高度の先入観の虜となっていた柳原は卑怯未練な言い逃れだとして此の抗弁をはねのけ、ただ悪い悪いと決め付け続けるのであった。不備な箇所を具体的に指摘して此処と此処と此処をを直せなんていう言い方は荻野、柳原両氏ともやらないのであった。
此の間に三菱は新提案を出してきた。此の英訳をnative speaker of Englishにチェックさせリライトしたなら受理してやるかもしれないというから、Davidというアメリカ青年に見せた。筆者が「3層ごとに」をevery three layersと訳したのをDavidはevery third layerと書き直してきた。どちらでも正しいではないか。外人に直しを依頼したとき、英訳が大して悪くなくて直す箇所が極めて少ないとき、彼らは何もしないのに査読代金を支払ってくれといているみたいのなるのを恐れて、しばしば上例のように別表現にしてみたり、ﾊﾟﾝｸﾁｭｴｰｼｮﾝなど直す必要のない箇所をいじくったりという具合に、あたかも大幅に修正したかのように装う。技術文を直すには技術文の内容を洞察し得るだけの充分な訓練を積んできた者でないと何国人であろうとできない。大抵の人が英訳文を英語のnative speakerに見せさえすれば良い英文になると漠然と信じているようであるが、救い難い無智だというべきだ。筆者は此れまでジュスマイヤー・クレーム即ち英訳に関する偏見クレームを、大きなもので、三菱以外にも2回、つまり合計3回経験した。（技術文の内容が洞察できるようになるための一般的方法というものは無く、やりたかったら各自工夫して体得する他ない。教えることも教わることもできない厄介技能、其れが翻訳である。）
三菱・荻野部長の場合は海外勤務の長かった同部長が自分の価値を内外にひけらかしたくて、つまりオレ英語ができるんだぞと威張りたくて、届いた英訳にケチをつけてきたのであった。自分を偉く見せるために他人の労作をくさすという卑劣さ！ 柳原社長は荻野氏の肩を持ち、筆者を陥れた、つまり後ろから弾丸を飛ばしてよこしてきた、のであった。筆者は最も信頼している味方に攻め立てられたのであった。
技術文洞察のできる外人がいないときは此のような所謂ネイティヴ・チェックは行なわないで、熟練邦人翻訳家が丁寧に英訳したものを注文主の教授や技師が熟読し多少修正した後、海外学会に送るのが最も合理的である。
けっきょく筆者はCICと訣別し、石神井を営業所にして�詼殘�開発事業団として再発足し、今日に及んでいる。ジュスマイヤー・クレームに屈することなく翻訳家はきょうも前進する。
