2012年01月14日

「引退」

1月14日

この2文字をブログに記す時がきてしまいました。

どんな風に書けばいいかと正直悩んでいます。




引退を決意してから約2週間経つ今の心境とその経緯を少し長くなりますがお伝えします。

シーズン終了の後、トライアウトを終えてからでした。

今までのOFFシーズン同様、少し休んでから次のシーズンに向けて自主トレをすぐに開始

したのだけれども、どうしても身体が重い。身体だけでなく、自主トレに向かおうとする心が

その方向に向けられない。今までどんな時も、チームがあっても、なくても、試合に出てても、

出ていなくても、自主トレができないなんて事は一度もなかったので、自分の異変には

すぐに気付きました。 

自分が何かを決断する時、そのほとんどが直感だった。 そしてその直感が

信用できるものかどうかを徹底的に自分の中で検証する。

否定的にみたり、肯定的にみたり。そして自分の中で筋が通る事を

見つけることで自信をもって進んできた。

しかし今回ばかりは、自主トレができないと感じた時点で、ものすごく嫌な予感がしていた・・・。

嫌と感じたのは、自分が今でもサッカーが好きだからなのだが・・・。


今までは「好きだから、練習をする。続けたいからやる場所を探す」そんな単純なことを

当たり前のように繰り返してきた。それはとても単純明快でわかりやすく、自分の中でも筋の通るものだった。

だからこそ、世間の評価が低かろうが、その年に結果がまずかろうが、たとえ少しばかり

マイナスの要素があったとしても、プロサッカー選手を続けるための努力と、やる場所を探す努力を

続けられれば自分の中ではバランスがとることができ、「続けていく」ということに対して

前向きになれていたし、プロサッカー選手である自分に自信も持てていた。 

自分がここまでサッカーを続けてこれたのには、色々な要素があったと思うが

その一番下の下にあったのは「サッカー選手を続けていくという強い意志とそれに伴う行動」だった。

プロスポーツの世界というのは相対的な勝負の世界であるため、時として、周りとの力関係に

おいて、自分の手応えとは裏腹に結果がよくもなるし、悪くもなる。プロとはそのような世界だと思う。

自分もプロに入りたての頃はそんな状況に振り回されることが多かった。 しかしその後気付き

自分が何よりも大事にしたのは周りとの相対的な評価よりも、自分の中での絶対的な評価。

自分の場合、周りとの力関係に神経を使うよりも、自分の内へ内へと意識を向けて、昨年の自分より、

昨日の自分よりと、理想の自分を追い求める作業に集中できた時に、相対的な外側の世界でも

結果が出ていった。「もっともっとうまくなりたい」「まだまだ続けたい」その想いを常に持ち、それに

伴う行動こそが、自分の中の絶対的な評価の基準、すなわちプロを目指す条件を満たすものであった。 

だからそこトライアウト後の自分の中の矛盾には比較的早く気が付いた。

気持ちと行動がないとこの世界ではやっていけないことは自分が一番分かっていたし、

それが自分の何よりの武器だった。

事実、気持ちと行動があったからこそ、不利と思える

色々な状況を今まではたくさん覆すことができてきた。

だからこそ、今の心の姿勢と、自らの行動を見た時、「引退」という決断には納得しています。



引退を決断したのは12月28日でした。

それからは家族、友人、知人、恩師の方々に報告をして回っていました。

引退を決めてからは、もちろん次のことを考えなければなりません。

自分の場合随分前からやりたいことはあったため、引退後のことを本格的に考え出すと

そちら側のイメージ、意欲、興味がどんどん強くなり、選手への想いは燃え尽きたものの、

次への分野に上手に熱は伝わったようで、今は勢いのよい炎を自分の中では感じています。


一番辛かったのは、今季も現役でプレーする仲間達に自分の引退を伝えることでした。

今までは、その仲間のがんばりを励みに、そして張り合いにして、「彼らががんばっているから

俺だって!」というそんな想いが純粋にありました。しかしこれからは彼らがいるステージとは

違う場所にいくという自らの決断を伝えるというのは素直に寂しいものでした。

皆には直接伝えましたが、    


本当にがんばってほしい

 

辞めた直後から痛感していますが、

「現役」という時間はやはり格別なものだったと思います。 

しかしながらその格別な時間をこの歳までやれたことにはとても満足感と、達成感があるのも事実です。

サッカー選手を続けてきた事で、色々な人に出会い、色々な場所に行き、色々なことを

体験することができた。 これが何物にも変える事ができない、宝物だと思っています。

サッカーを10歳から初めて、色々なチームに所属し、色々な挑戦があった。

シクス、三菱養和、浪人、国士舘、浦和、大宮、

Portland,フィラデルフィア、名古屋、大分、湘南、Baltimore,シンガポール、ドイツ、札幌、

その時代、その時、その場所で本当に色々な人にお世話になりました。

サッカーを続けていく上で自分が大切にしていた考え方は

先程お話しましたが、もうひとつ続けていく上で恵まれたのは「人」でした。

家族、友達、恩師の方々、サポーターの皆様、色々な人の助けがあってここまで続けて

これました。 

選手を辞めようと思った時に最後までその気持ちにブレーキをかけたのは

自分を応援してくれたり、想ってくれたりする人達の存在でした。

サッカー選手はここで終わりますが、自分のサッカー人生はこれからも続いていきます。

これからは自分の信念と、今までお世話になった人達の想いを忘れずに

また新たなスタートを切れればと思います。



プロ11年、サッカーを始めて24年、今までありがとうございました。



またこれからもよろしくお願いします。



心から、



ありがとうございました。


















  

Posted by nishimura_takurou at 17:21