屋上に出る扉に背を向けて、彼女は階段の一番上に腰を下ろし、持っていた丼を横に置いた。丼にはサッポロ一番塩ラーメンが盛りつけてある。おいしそうな湯気が立ち、スープには胡麻が浮いている。
 階段下から他の生徒達の話し声や足音が雑音として響いてくる。彼女はそれを聴き流しながら、スカートのポケットを探ってスカイブルーの箸箱を取り出し、シュッとなめらかな仕草で蓋を外すと、中から臙脂色の箸を抜き、「いただきます」と両手を合わせた。
 丼を持ってスープの中の麺を箸で持ち上げて、ふーふーと息を吹きかける。夏である。彼女の腕や額に汗が滲む。ブラウスの袖が二の腕の肌にひっつきたがって、彼女は鬱陶しそうに身を捩るが、両手とも塞がっていることもあり、仕方なくただ麺に口をつけてずるずると啜った。
「……あっつ」
 屋上の扉は閉まっているが、その横にある窓は開いている。校舎内の空気と屋上の空気、どっちが熱いだろう。彼女はそんなことを考えながら、サッポロ一番塩ラーメンを食べていく。

 彼女が麺の半分ほどを胃の中に収めたとき、一人の男子生徒が階段を上ってきた。手には銀色のクーラーバックとスーパーの袋を提げていた。彼女と同じ階段同好会会員である彼は、すぐ近くに自宅があるためか、学校に私物を持ち込むことにかけては容赦がなかった。
「氷?」
 彼女が短く聞くと、彼は「おー」と頷きながら彼女の横を通り過ぎた。
「焼きそばいる?」
 屋上の扉の前で立ち止まった彼がそう聞くと、彼女は振り向いて、彼が提げているスーパーの袋に目をやった。白っぽい半透明の向こうに焼きそば用の生麺、ざく切りにされたキャベツ、豚肉の小パックが見えた。
「ちょっとだけ。というか、氷ほしい。あつい」
「了解」
 彼は微笑みながら頷き、屋上の扉を開けた。

 屋上同好会は備品としてカセットコンロを隠し持っている。派手に煙が立つようなことなどはできないが、例えばラーメンを作ったり、焼きそばを作ったり程度なら許容範囲だとされている。そして屋上同好会と階段同好会は弱小同士なのもあり、わりと仲がよかった。彼が持ち込んだカキ氷器も屋上同好会に預けてある。
 そんなわけで、彼はできたての焼きそばをむぐむぐ咀嚼し、その隣で彼女はメロン味のカキ氷をスプーンストローで突き崩していた。
「焼きそばとカキ氷。夜店みたい」
 ぽつりとそう言って、彼女は体によくなさそうな緑を口に入れる。
「週末、どっかであったんじゃないかな、お祭り」
 彼は箸で焼きそばを一口分持ち上げながら応えた。
「いいよね、お祭りって。……神社って」
 ――神社の階段。提灯に照らされて、昼間とはまるで違う陰影を作る石段。下駄やサンダルの、カラコロという軽やかな音が夜の階段を彩る。
 どこか遠くを見つめながら、うひひ、と不気味に笑う彼女を、彼はちらりと横目で見て、ふうっとため息を一つ、持ち上げたままだった焼きそばを口へと運んだ。