夜祭りの灯りはぼんやりと白く、にじむように闇の空に溶けてく。五月は初夏だろうか。だったら夏祭りなのかもしれない。わたしは夜空を見上げながら夜店で買ったフランクフルトを齧る。ケチャップと油と肉の雑でジャンクで非常に身体に悪そうな味わいが懐かしくて素敵だった。
 肉を噛みしめてミンチにしながら、右手に持ったフランクフルトを左のてのひらに押しつける。するとてのひらの真ん中にある唇がうっすら開いて、てのひらもフランクフルトを一口齧った。交互に食べていく。こうしないとわたしのてのひらは機嫌が悪くなる。難儀なものだ。
 フランクフルトを食べ終えて、ミルクせんべいに心惹かれて歩き出そうとしたところで、誰かに呼び止められた気がした。左手を見ると、「違うよ」というふうに唇を尖らせる。視線を滑らせ周りを見て、何となくの視線を感じて目を落とす。幼い子供がいるような高さにまで下げると、幼い子供がいた。小走りで駆け寄ってきた様子で立ち止まる。五歳くらいだろうか。子供の年齢はよくわからない。女の子。肌色の素足をさらして、夜風はまだ寒いからかパーカーを羽織っていた。わたしを見上げると、きょとんとした。
 再び辺りを見渡しても、幼女の保護者らしき人物はどこにも見当たらなかった。これは迷子だろうか。そして人違いだろうか。わたしは人違われたのだろうか。
「何か、ご用でしょうか?」
 わたしが慎重にそう聞くと、幼女はふるふると首を振った。横に。
「迷子?」
 次いで短絡的に聞くと、幼女は眉間にしわを寄せて少しの間考えたのちに、小さく頷いた。

「きみは、わたしを誰と間違えたんです?」
「……お姉ちゃん」
「お姉ちゃんときたの?」
「うん」
 想像力を駆使した結果、この幼女ははぐれて迷っていたところ、姉の姿に酷似したわたしを見つけ、しかしよく見ると違うのがわかって立ち尽くした、ということらしい。
「まあ、君の姉を探しながら祭りを見回ってみましょうか?」
 迷子センターとかあるのかな、と思いながらわたしは幼女に右手を伸ばす。幼女は「うん」と素直に頷いて、わたしの手を取った。

 幼女がミルクせんべいを齧るのを横目で見ながら、自分と酷似した姿を探す。ときどき「あれじゃない?」と指差すけれど、幼女は首を振るだけだった。
「ミルクせんべい、おいしい?」
「うん」
 それは何よりです。と思うものの、幼女の表情は少しこわばって曇り始めていた。何でもないように見えても、やっぱり不安は不安らしい。
「……うーん」
 わたしは立ち止まって、幼女の頭に手を置いた。幼女も立ち止まってわたしを見上げる。わたしは一つ頷いてから、幼女の頭からゆっくりと手を離していく。手を広げたまま。するとその手に幼女の髪が一房くっついてくる。わたしのてのひらの唇が彼女の髪を食んで、そのまま持ち上げる、というトリックだった。
 周りの空気を撫でるようにしながら彼女の目の前にわたしの手を持っていく。唇のある左手。唇は彼女の髪を食んだままで。幼女の髪はそこそこに長く、耳元からゆるやかな弧を描いている。
 幼女は一旦固まって、それから五秒後に解凍し、てのひらの唇が食んでいた髪に手を伸ばし、指を引っかけて、引っ張ることで自由にした。髪は流れる。唇はにたりと笑う。引きつる感触で何となくわかる。幼女はおずおずと、けれど興味津々な様子で、わたしの左手に両手を伸ばしてきた。

 幼女とわたしは手を繋いでいる。彼女は左手を握っている。ときどきてのひらの唇に指を押し当て、ふにふにして弄ぶ。幼女の不安は解消されたようだけれど、迷子センターもしくは彼女の姉がなかなか見つからなくて、わたしのほうが不安になってきた。
「どこですかねえ」
 幼女の姉は。
「うん……」
 んっ、と彼女は持っていた牛串をわたしのほうに差し出した。優しい肉食系女子だ。少し屈んで、肉の一片を歯に挟んで串から引き抜く。奥歯でむぐむぐする。安物の肉だけれど、でもこういう場所では安物だからよかったりするのだ。
「早く見つけないと、食べちゃうのにねえ」
「……うん?」
「君を、ね」
 わたしがそう呟くのと同時に、てのひらの唇がうっすら開いて、繋いでいた彼女の指を食んだ。舌先で舐める。彼女はくすぐったそうに口元で笑った。冗談だと思ったらしい。
 わたしの伸ばした右手が、幼女のさらりとした頬に触れたところで、「あっ」と彼女はわたしの反対方向を向いた。視線を追うと、そこにはわたしとよく似た立ち姿があった。幼女はたたっと駆けて、指は唇から離れた。

 何度も頭を下げる姉と、ゆらゆらと手を振る妹の姉妹と別れ、わたしはまた夜店を巡る。たこ焼きを買って、一つを左手の唇の隙間に押し入れる。熱かったらしく、はふはふとして熱を逃していた。