ぽつん、ぽつん、と点滴が落ちている。耳を澄ますと彼女の静かな呼吸音が聞こえる。白いシーツに覆われた胸が微かに上下している。窓の外にはカーテンを閉めたくなるような青空が広がり、その下にミニチュアのような町がある。左下に学校の校舎と校庭が見えるけれど、あそこは私の通っている高校とは違う。ジャージ姿の生徒が部活に励んでいるのが遠く望めた。
 病室に置いてある折り畳み椅子は、講堂で使うようなパイプ椅子よりも座り心地がよいのだけれど、それでも腰かけると、きしりと小さな音を立てた。腰かけたあとはつい彼女のほうを見てしまう。今の音で彼女が目を覚まさなかっただろうかと。
 最初は四人で訪れた。それは三か月ほど前のことで、そのときの彼女は口に酸素マスクを被せられていた。ずっと目を瞑って、呼びかけても返事はなく、けれどただ静かに胸を上下させていたのは今と変わりなかった。
 私と彼女は同じグループに属していたけれど、それほど親しくはなく、話したことも数回ほどしかない。今ここで彼女が目覚めたとしたら、戸惑いの表情を浮かべる自信があった。
 膝の上に鞄を置いて中から単行本を取り出す。鞄を床に降ろして単行本を開ける。本のページを捲る音はこの病室の静けさを壊さないだろうか。横にいる彼女に聞いてみようかと口を開けて、またゆっくりと閉じた。文字に目を滑らせて、けれど大抵は内容が頭に入ってこない。本のページを捲る。紙の音を聞く。ドアの向こうから話し声が聞こえてくる。談話室で患者さん同士が話しているのだろう。医師や看護師の人の足音も聞こえる。忙しそうだったり、そうでもなかったり。でもそれらはやっぱりドア越しに聞こえてくるもので、こことは違う場所での出来事に思えた。
 テレビの横に置いてある時計はマイメロのもので、彼女のことはよく知らないけれど、マイメログッズをあげたら喜ぶのかもしれない。時計の針は五時二分を指していた。私は立ち上がり、彼女のそばに歩み寄った。長かった彼女の髪は、手入れのためか短くされていた。
 病室を出て通路を歩きながら、大人になってからも彼女の病室で同じように本を開く自分と、突然目を覚ましてお互いに戸惑う二人を想像した。
 エレベーターには私一人が乗り込み、壁に肩を預けて、そっと目を瞑った。短くされた髪の端に触れる、自分の指先を思い出した。まるで大切なものを扱うかのような、どこか怯えた指先だった。