西岡昌紀のブログ

内科医西岡昌紀(にしおかまさのり)のブログです。日記の様な物ですが、過去に書いた小説、単行本の文章、雑誌記事、ネット上の文章、などもここに収録する予定です。

東電・勝俣元会長ら3人、起訴内容否認 東京地裁初公判

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http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/8869528.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1961264283&owner_id=6445842
http://www.asyura2.com/17/genpatu48/msg/353.html



ノンフィクション作家の広瀬隆さんが、東日本大震災の8か月前(2010年6月17日)に書いて居た文章を御紹介します。驚かずに、お読み下さい。


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 実はこの最終原稿を書いている最中の2010年6月17日に、東京電力の福島第一原発二号機で、電源喪失事故が起こり、あわやメルトダウンに突入かという重大事故が発生したのだ。日本のマスコミは、20年前であれば、すべての新聞とテレビが大々的に報じたであろうが、この時は南アフリカのワールドカップ一色で、報道陣として国民を守る責務を放棄して、この深刻な事故についてほとんど無報道だった。ショックを受けた東京電力がくわしい経過を隠し、それを追求すべきメディアもないとは、実におそろしい時代になった。そもそもは、外部から発電所に送る電気系統が四つとも切れてしまったことが原因であった。勿論、発電機も原子炉も緊急停止したが、原子炉内部の沸騰が激しく続いて、内部の水がみるみる減ってゆき。ぎりぎりで炉心融解を免れたのだ。おそろしいことに、この発端となった完全電源喪失の原因さえ特定できないのである。この四日前の6月13日に福島県沖を震源とするかなり強い地震が原発一帯を襲っていたが、それが遠因なのか?いずれにしろ、事故当日には地震が起こっていないのに、このような重大事故が起こったのだから、大地震がくればどうなるか。

(広瀬隆『原子炉時限爆弾』(2010年・ダイヤモンド社)69~70ページ)
http://www.amazon.co.jp/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%82%89%E6%99%82%E9%99%90%E7%88%86%E5%BC%BE-%E5%BA%83%E7%80%AC-%E9%9A%86/dp/4478013594/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1347201516&sr=1-1

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お読みの通り、2010年6月の時点で、「地震が起こっていないのに、このような重大事故が起こったのだから、大地震がくればどうなるか。」と、広瀬氏は書いて居ます。



広瀬氏が予想し、著書の中で警告してゐた事を東電幹部達は、「予想出来なかった」と言ふのは、立派な過失ではないのでしょうか?




2017年6月30日(金)




西岡昌紀(内科医)





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■東電・勝俣元会長ら3人、起訴内容否認 東京地裁初公判
(朝日新聞デジタル - 06月30日 10:41)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4645379



東電・勝俣元会長ら3人、起訴内容否認 東京地裁初公判
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2017年06月30日 10:41 朝日新聞デジタル





朝日新聞デジタル


写真東京電力福島第一原発事故をめぐり強制起訴された元幹部3人の初公判で、東京地裁に入る元同社会長の勝俣恒久被告=30日午前9時18分、東京都千代田区、小玉重隆撮影
東京電力福島第一原発事故をめぐり強制起訴された元幹部3人の初公判で、東京地裁に入る元同社会長の勝俣恒久被告=30日午前9時18分、東京都千代田区、小玉重隆撮影

 東京電力福島第一原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された元会長の勝俣恒久被告(77)ら元幹部3人の初公判が30日、東京地裁(永渕健一裁判長)で始まった。3人は罪状認否の冒頭でいずれも謝罪した上で、「事故は予見できなかった」と無罪を主張した。


 ほかに起訴されたのは、いずれも元副社長の武黒一郎被告(71)と武藤栄被告(67)。最大時には約16万人が避難した世界最悪レベルの原子力事故で刑事責任を問われるのは、3人が初めて。


 裁判は、(1)東電が2008年3月に最大15・7メートルの津波が同原発を襲うとの計算をした後、事故の危険性を予見できたか(2)安全対策をしていれば事故を防ぐことができたか、が焦点だ。


 午前10時の開廷後、検察官役の指定弁護士が起訴状を朗読。勝俣氏は「津波と事故を予見することは当時、不可能だった」などと述べ、起訴内容を否認した。ほかの2人も無罪を主張した。


 起訴状によると、3人は、同原発が巨大な津波に襲われ、重大事故が発生することを予見しながら適切な安全対策を取らなかったため、2011年3月の東日本大震災に伴う津波で同原発の電源喪失などが起き、近くの病院の入院患者ら44人に避難を強いて死亡させたなどとされる。


 検察官役の指定弁護士は冒頭陳述で、3人は原発の安全を確保するため、最終的な義務と責任を負っていたと主張。勝俣氏については「意思決定に関わる会議に出席しており、実質的な指示、判断を行っていた」と指摘。武黒、武藤両氏もそれを補佐する立場にあったと訴えた。


 その上で、「津波はいつ来るかわからないのだから、予見できた時点で原発を停止しても対策を取る必要があった。遅くとも震災前には予見できた」と述べた。


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小林麻央さんの死に思ふ

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http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/8867434.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1961193980&owner_id=6445842
http://www.asyura2.com/12/social9/msg/801.html



既に大きく報道されて居る通り、フリー・アナウンサーの小林麻央さんが、乳癌により、34歳の命を閉じました。残された御家族の皆様に、心よりお悔やみを申し上げます。


自分は、乳癌の専門家ではありませんし、事実関係が良くわからない中で、こう言ふ事を書くべきかどうか迷ふ所は有ります。しかし、多くの患者さんへの影響を考え、医者の一人として、あえて、自分の思ふ所を述べたいと思ひます。


伝えられる所では、小林麻央さんは、乳癌と診断された際、主治医から勧められた手術法を断り、乳房の温存を優先させたとされて居ます。私は、この事が、とても気に成って居ます。


仮にそれが事実であったとすると、はっきり言ひますが、その段階で勧められた手術を早急に受けて居れば、彼女は助かった可能性が有るのではないか?と、思はないでは居られないのです。


こう言ふ事を言ふのは、亡くなった御本人と残された御遺族に鞭打つ事の様に思ふ方もおられるかも知れません。特に、報道では、それは、なかば「タブー」の様に成って居ます。しかし、私は、あえてそれを言おうと思ひます。その「タブー」を破る事が、小林さんの余りにも早すぎる死を無駄にしない道だと思ふからです。


繰り返しますが、私は乳癌については素人ですし、医学的情報も無いので、これは、今の時点で、私が抱く素朴な思ひにすぎません。


しかし、私が読んだところでは、小林麻央さんは、当初、主治医が勧めた手術を断ったと伝えられて居ます。医者である自分が思ふのは、どうしてそんな事をしたのだろうか?と言ふ事です。


その点について、世の人々は、「医者の説明が足りなかったのでは?」と想像するのかも知れません。しかし、現実に多くの患者と接する医者である私が、近年の社会情勢から想像してしまふ可能性は、違います。


私が想像するのは、「医者の説明が不十分だった」と言ふ可能性ではなく、逆に、彼女が周囲の人々から与えられる「情報」が多すぎたのではないか?と言ふ可能性です。情報不足ではなく、情報過多が有ったのではないか?と言ふ事です。


そして、更に想像を言へば、そうした過剰な「情報」を与えたのは、医者ではない人だったのではないか?と思ってしまひます。何故そんな「想像」をするかと言へば、そう言ふ事が、私の周辺でもとても多い、いや、多すぎるからなのです。


例を挙げるなら、「高血圧の薬は飲まない方が良い」とか「高血圧の薬は一度飲み始めるとやめられなくなる」と言ったウソを信じて居る患者さんが、本当に沢山居ます。恐ろしく成る程です。


そう言ふデマを信じて居る患者さん達に、「何処でそんなバカな話を聞いたのですか?」とお聞きすると、圧倒的に、身近な人々の口コミなのです。つまり、こうしたデマを広めて居るのは、無責任な素人(しろうと)達なのです。


テレビの健康番組やインターネットで読んだ一方的な話を真実だと硬く信じ込み、更には、それに自分の勝手な解釈を加えて語る人々がそこら中に居ます。そんな「健康デマ」の「布教」に邁進する素人たちが、そこら中で、「医者の言ふ事など信じるな」と言はんばかりの説教を自信満々で行なって居ます。しかし、彼らの言説は、根拠を欠いた一方的な「情報」である事が大部分です。


私は、声を大にして言ひたいと思ひます。たとえ信頼できる友人、あるいは家族であっても、素人は素人です。たとえ善意からであっても、病気の方たちに無責任な「情報」を与える事は、受けるべき手術を受けさせずに患者を死に至らしめる事も有ります。


医療関係者でない方は、周囲の御病人に、決して「医学」を教えようなどとしないで下さい。又、御病気の方は、医療関係者ではない人の意見に耳を傾けないで下さい。たとえ家族であっても、素人の意見は、セカンド・オピニオンではありません。たとえ、善意から語られた意見であっても、医学の素人である方たちの意見は、患者さんを誤った選択に導く可能性が、極めて大です。私は、この事を皆さんに強く訴えたいと思ひます。


小林麻央さんの御冥福を心よりお祈り致します。




2017年6月26日(月)





西岡昌紀(内科医)





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■がん遺児の心ケアを 元アナウンサー、闘病中に団体設立
(朝日新聞デジタル - 06月26日 12:03)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4638559



がん遺児の心ケアを 元アナウンサー、闘病中に団体設立
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2017年06月26日 12:03 朝日新聞デジタル




朝日新聞デジタル


写真娘と過ごす生前の小林真理子さん(2006年撮影、遺族提供)
娘と過ごす生前の小林真理子さん(2006年撮影、遺族提供)

 幼い子どもを残してフリーキャスターの小林麻央さんが他界した。子育てをしていてがんと初めて診断される人は年間5万6千人との推計もある。がんで親を亡くす子どもが多い中、がん遺児をサポートする取り組みが始まっている。


 がんで親を亡くした子どもの心をケアするNPO法人「AIMS(エイムス)」(東京都)の前身は、胃がんで亡くなった元NHKアナウンサーの小林真理子さん(享年43)が生前の2011年に立ち上げた。


 当時、真理子さんの娘は6歳。「自分の死後、まだ十分に思いを周囲に伝えられない娘の心のケアをどうしたらいいのか、小林さんは悩んでいました」。相談に乗っていたカウンセラーで明治学院大名誉教授の井上孝代さん(72)は振り返る。


 米などに比べ日本では親を亡くした子どものケアは進んでいないとされる。そんな実情を闘病中に知った真理子さん。AIMS立ち上げの翌月、「この世を無念にも去らざるを得ないパパやママの希望に少しでもなり、残された最愛の子どもたちの心の手助けができれば、幸いです」とメッセージを残して亡くなった。


 弟で弁護士の高井伸太郎さんや井上さんらが団体をNPO法人化。現在は、2カ月に1回程度、がんで親を亡くした子どもだけが参加し、悲しみなどをケアするプログラムを開く。


 そこでは、子どもたちが、誰を亡くしたかを順に話す。話したくない子どもは話さなくていい。研修を受けたスタッフに見守られるなかで子どもたちはおもちゃで自由に遊ぶ。気持ちを発散してもらうのがねらいだ。同じ境遇の子と知り合えることにも大きな意味があるという。高井さんは「子どもの心をケアする場を増やすことが大切。医療関係者らがつなげていく必要もある」と語る。


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(資料)週刊フライデー2009年7月31日号「スクープ・特定失踪者リスト入りへ!元担当刑事が爆弾証言した大阪小4女児行方不明事件『吉川友梨ちゃんは北朝鮮に拉致された!』」

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「たしかにそういう指摘はありました。失踪してから1ヵ月後に『友梨ちゃんは生きている』と関西弁の男が公衆電話から電話してきたこともありました。でも、小泉純一郎元首相の訪朝(’02年)の後でしたし、ましてや、大阪は日本海側ではないので・・・・・」
 大阪府熊取町の吉川永明(ながあき)さん(48)が戸惑うのも無理はない。’03年5月20日、愛娘・友梨ちゃん(10・当時)が姿を消してから約6年。捜査関係者によって新たにもたらされたのは、「北朝鮮による拉致の疑いがある」という仰天情報だった。

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 友梨ちゃんの失踪当日の足取りを簡単に振り返っておこう。事件当日、彼女は小学校の遠足に参加した後、同級生の女児3人と下校。自宅から約70mの距離にある交差点で別れ、一人になった。ここから自宅までは一本道。だが、その道半ば、残りあと400mの路上を歩いているところかを少年に目撃されたのを最後に消息を絶った。時刻は午後3時過ぎ。この時間帯に数台の不審車両が目撃されたこと以外、手がかりはなし。警察庁は6月25日、有力情報に最高300万円を払うという公費懸賞金制度の延長を決めている。
「友梨ちゃん事件は22年間の捜査一課人生の中でも、指折りの難事件でした。聞き込みの範囲を広げていっても、有力情報がほとんどない。その情報が入ったは事件翌年、’04年のことでした」(74ページ)
 そう言いながら記者に1冊のノートを差し出したのは、今年3月末で定年退職した元大阪府警捜査一家警部補の小川光正さん(60)。事件発生の1年後から友梨ちゃん事件の捜査本部に配属された元担当刑事である。ノートには彼が自分の足で拾った「友梨ちゃん事件」の手がかりや証言が克明にメモされていた。
<宅急便。新潟港へ。泉南方面の店の人からの情報。送り主は同じ泉南方面の在日の人物>
 小川さんが指差したページには、黒いボールペンでこう書かれていた。
「友梨ちゃんが行方不明になった日、中年の男性が『新潟港まで宅配便を出したい』と段ボールを持ってスーパーにやって来たというんです。送り主は在日朝鮮人。’03年当時、新潟港は北朝鮮の貨客船『万景峰(マンギョンボン)号』の入港で大騒ぎになっていましたから、この情報提供者は『友梨ちゃんの事件居関係があるのでは?拉致では?』と心配していたのです。伝票に書かれていた在日男性の住所を訪ねてみると更地になっていた」(小川さん)
 すぐに文書にして報告し、毎日行われている捜査会議にもかけた。しかし、にわかには信じられない。そんな時、北朝鮮に詳しい警備畑の先輩刑事が小川さんにこんなアドバイスを送ったという。
「私が出した報告書を読んでくれたらしく『泉南市に流れる男里(おのさと)川の河口付近で、北朝鮮籍の不審船が確認されている』と耳打ちしてくれました。泉南市といえば、事件現場から5kmほどの距離。何より、大阪湾に北朝鮮籍の船が入っていることに驚きました」
 海上保安庁関係者が補足する。
「友梨ちゃん事件の前後、(大阪エリアを含む)第5管区で北朝鮮の工作船が確認されたという記録はありません。ただ、ひっかかるのは、事件当日に荷物を送っても万景峰号には積めないということ。’03年はSARSの影響で4月下旬から8月上旬まで運航が止まっていたんです。朝鮮総聯(在日本朝鮮人総聯合会)の支部からでなく、個人的に荷物を送っている点から見ても、港留めにして別の人物に受け取らせた可能性が高い」
 ふるさと、北朝鮮への定期便が止まっている最中、新潟港留めで荷物を発送。そして、差出人は姿を消す。------。「拉致」の二文字が重みを増す中、今度はこんな情報が小川さんに寄せられるのだった。


              失踪前年に頻発した怪事件


 証言者は失踪現場近くの住民だった。
「自宅近くの池のほとりに小屋があるんですが、そこで朝と夜だけ姿を現す、不審な二人組の男がおったんです。時期は友梨ちゃん事件の1年前。身長は170cm前(75ページ)後で、二人ともほっそりした体型でした。で、彼らは私の家の水道水を勝手に飲むことがあったので注意したら、訛りのある日本語で『水ヲクレ』という。どこから来たのかと聞いても答えない。では警察に通報する、と言うとようやく『北朝鮮』だと。昼間は何をやってるんやと聞いたら、パチンコ屋に行っているという。そんなカネがあるなら、ホテルに泊まれと怒ったら、首を振ってこういうたんです。『身分証明書がない』と。
 この小屋は、友梨ちゃんが最後に目撃された場所から300mほどの距離にある。ノート20冊分にも及ぶ捜査資料をめくりながら、小川さんが語気を強める。
「すぐに小屋を張り込みましたが、もぬけの殻でした。ただ、収穫はあった。友梨ちゃん失踪の日の午前中、現場付近で不審な二人組が目撃されているんですが、それが、背格好、雰囲気とも小屋の二人と酷似していたのです」
 小川さんはこの二人が通っていたパチンコ屋を突き止めた。そして、その荷物を出した在日の男性と彼らがその店で顔を合わせていたことも----。
「小屋の二人と宅配便の男性を引っ張れなかった(事情聴取できなかった)のは、非常に残念です。ただ、この件は捜査本部も確認済み。現在も調べは続いています。直接関与した証拠こそありませんが、私は拉致の疑いは極めて高いと思っています」(小川さん)
 前出の父・永明さんが言葉を継ぐ。
「やはり友梨の失踪の1年前なのですが、空き巣に入られたことがありました。科学捜査研究所が部屋に残された指紋を調べたところ、登録されているとの日本人犯罪者の指紋ともマッチしなかったそうです。おそらく外国人のものでしょう、ということでした・・・・・」
「特定失踪者問題調査会」荒木和博代表はこうコメントした。
「北朝鮮が工作活動自体をやめたわけではないですし、小泉訪朝後に特定失踪者リスト入りしたケースもある。ましてや、刑事警察から話が出たのは初めて。失踪者リストに入って然るべきでしょう」
 元担当刑事の爆弾証言で、局面は一気に変わろうとしている。


取材・文/佐村多賀雄(本誌)
 


(週刊フライデー2009年7月31日号「スクープ・特定失踪者リスト入りへ!元担当刑事が爆弾証言した大阪小4女児行方不明事件『吉川友梨ちゃんは北朝鮮に拉致された!』」(同誌同号74~76ページ))
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