西岡昌紀のブログ

内科医西岡昌紀(にしおかまさのり)のブログです。日記の様な物ですが、過去に書いた小説、単行本の文章、雑誌記事、ネット上の文章、などもここに収録する予定です。

2012年08月

(書評)「日本よ、台湾よ―国を愛し、人を愛すること」

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http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1865071142&owner_id=6445842
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/691.html


(書評)


日本よ、台湾よ―国を愛し、人を愛すること [単行本]
金 美齢 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%88%E3%80%81%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E3%82%88%E2%80%95%E5%9B%BD%E3%82%92%E6%84%9B%E3%81%97%E3%80%81%E4%BA%BA%E3%82%92%E6%84%9B%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8-%E9%87%91-%E7%BE%8E%E9%BD%A2/dp/4594030432/ref=cm_cr-mr-title
9 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0

台湾には、素晴らしい未来が有る。

2006/8/15

By 西岡昌紀

 日本を愛し、日本を4度にわたって訪れたロシアの指揮者ムラヴィンスキー(1903-1988)は、或る時、夫人にこう言ったと言ふ。
--「日本には、偉大な伝統が有る。だから、日本には、素晴らしい未来が有るに違い無い。」--ムラヴィンスキーのこの言葉は、未来は、伝統から生まれると言ふ真理を語った言葉である。この本(『日本よ、台湾よ』)を読んで、私は、この言葉を思ひ出した。 
 深い、感動的な本である。この本は、1960年代から、日本で台湾の独立・民主化運動に身を捧げて来た周英明・金美齢・夫妻の自伝的回想である。
 夫妻のそれぞれの生い立ち、日本での出会い、日本での台湾独立運動、そして、40年ぶりの祖国(台湾)帰還。どの頁を読んでも、深い感動を与えられずには居られない。その夫妻の回想から、私が感じる事は、夫妻の高潔な精神は、突然生じた物ではなく、日本と台湾の歴史と文化から生まれた物だったと言ふ事である。つまり、夫妻を生み、育てた日本と台湾の伝統と精神が、夫妻をこの生き方に導き、未来を切り開かせたのである。--台湾には、素晴らしい未来が有るに違い無い。

(西岡昌紀・内科医/61回目の終戦記念日に=台湾の戦後現代史が始まった日に)



そして、放射能はばらまかれた--七尾和晃氏の著作を想起させる報道

(2012年08月10日ミクシイ日記)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1864106189&owner_id=6445842



フリー・ジャーナリストの七尾和晃(ななお・かずあき)氏は、今から1年以上前、その著書の中でこう書いておられます。


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 冷却機能を維持するための非常用電源さえ失い、原子炉内の冷却水の低下と燃料棒の水面露出が把握されてなお、東京電力が海水の注入をためらっていたのは記憶に新しい。
 塩分を含んだ海水を注入すると、その後、運転再開時時の処理工程で多大なコストが生じる。当初、それを懸念して、海水注入のタイミングが遅れたのではないかとの指摘も信憑性が高い。
 福島第一原発が冷却不能という危機的状況に陥っていたその瞬間、東京電力のトップには、奇しくも、東電の社内でもっとも優秀な“コストカッター”と呼ばれていた清水正孝がいた。東大工学部を筆頭とする帝大技術屋の牙城であった東電で、慶応大学経済学部の清水が社長にまで上りつめることができた、その評価の最大の部分は、費用節減の手腕にあったとされる。
 その研ぎ澄まされた“コストマインド”が、まさかの原発事故が発生した東日本大震災において、海水注入のタイミングの遅れと、それによる相次ぐ水素爆発・建屋喪失という事態を招いたとすれば、その意思決定は非難を免れないであろう。

(七尾和晃(ななおかずあき)著『原発官僚・漂流する亡国行政』(草思社・2011年)29~30ページ)
http://www.amazon.co.jp/%E5%8E%9F%E7%99%BA%E5%AE%98%E5%83%9A-%E6%BC%82%E6%B5%81%E3%81%99%E3%82%8B%E4%BA%A1%E5%9B%BD%E8%A1%8C%E6%94%BF-%E4%B8%83%E5%B0%BE%E5%92%8C%E6%99%83/dp/4794218389/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1344592783&sr=1-1

七尾和晃(ななおかずあき)ルポライター。石川県金沢市出身、英字新聞などの記者を経て著述業に。記者時代は産業政策担当として経済産業省をはじめ、国土交通省、厚生労働省、総務省、外務省、環境省、内閣府などを取材する。とくに土光臨調や橋本行革での省庁再編にともなう、政策決定過程における官僚の心理的動態の変化に着目。「訊くのではなく聞こえる瞬間を待つ」を信条に、海外と日本を往来しながら息の長い学際的なフィールドワークを続けている。著書に『沖縄戦と民間人収容所』(原書房)、『炭坑太郎がきた道』『闇市の帝王』(以上、草思社)、『銀座の怪人』(講談社)、『総理の乳母』(創元社)、『堤義明 闇の帝国』(光文社)などがある。(『原発官僚』カバーの著者経歴)

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下のニュースを読むと、人物は特定されて居ませんが、七尾氏が1年以上前に書いた事が、大筋で的中して居る事が分かります。




溜息が出るばかりです。





平成24年(2012年)8月10日(金)






               西岡昌紀(内科医)




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■海水注入「もったいない」=東電本社、廃炉恐れ―吉田所長は反論・福島原発事故
(時事通信社 - 08月08日 18:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2112781&media_id=4


海水注入「もったいない」=東電本社、廃炉恐れ―吉田所長は反論・福島原発事故
(時事通信社 - 08月08日 18:00)


 東京電力福島第1原発事故直後の昨年3月13日、危機的状況にあった2号機原子炉を冷却するため海水注入を準備していた同原発の吉田昌郎所長(当時)に対し、本社側が「材料が腐っちゃったりしてもったいない」などと指摘していたことが8日、東電が公開したテレビ会議の映像で分かった。



 圧力容器などが海水の塩分で腐食し、廃炉になるのを恐れたとみられる。東電は6月に公表した社内調査の最終報告で「本店対策本部を含め、事故収束に向けた対応をしていた」として、海水注入をためらったとの見方を否定していた。



 映像によると、13日夜、東電本社で復旧計画の策定を担当する復旧班の人物から「海水からいきなりやるふうに聞こえていて」と疑問の声が上がった。肩書や名前は明らかにされていないが、この人物は「こちらの勝手な考えだと、いきなり海水っていうのはそのまま材料が腐っちゃったりしてもったいないので、なるべく粘って真水を待つという選択肢もあると理解していいでしょうか」と尋ねた。



 これに対し、吉田所長は「今から真水というのはないんです。時間が遅れます、また」と強調。「真水でやっといた方が、塩にやられないから後で使えるということでしょ」と問い返した。



 さらに吉田所長は「今みたいに(冷却水の)供給量が圧倒的に多量必要な時に、真水にこだわっているとえらい大変なんですよ。海水でいかざるを得ないと考えている」と断言した。



 復旧班の人物は「現段階のことは了解しました」と了承したが、この後も復旧班から「いかにももったいないなという感じがするんですけどもね」と苦笑交じりの声が漏れた。 





(レビュー)ロシア・ピアニズム名盤選25 ヴェデルニコフ/ブラームス&ウェーバー

(レビュー)ロシア・ピアニズム名盤選25 ヴェデルニコフ/ブラームス&ウェーバー
ベデルニコフ(アナトリー) | 形式: CD
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0%E5%90%8D%E7%9B%A4%E9%81%B825-%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%95-%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%B9-%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC-%E3%83%99%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%95/dp/B0008JH3IK/ref=cm_cr-mr-title
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満州が生んだ偉大なピアニスト、ヴェデルニコフの遺産 2006/8/9

By 西岡昌紀

 アナトリー・ヴェデルニコフ(1920-1993)は、1920年5月5日、満州のハルビンで生まれた。1933年までハルビンでピアノを学び、上海などでピアニストとして活躍し、1935年には、初めて日本を訪れて居る。しかし、その翌年(1936年)、16歳の時に、家族と共にソ連に「帰国」してから、彼と彼の家族の悲劇は始まる。ロシア人として、ソ連に帰国したヴェデルニコフは、モスクワ音楽院でネイガウスに師事し、ピアノを学び続けるが、帰国した翌年の1937年、両親は逮捕され、父親は、スパイ容疑で、リヒテルの父と同様、処刑されてしまふ。又、母も収容所に送られ、若いヴェデルニコフは、「帰国」したソ連で、ピアニストとして精進しながら、悲惨な青春を送る事と成る。ヴェデルニコフは、同じネイガウス門下のリヒテルと親交を結ぶが、こうした経緯から、永く、外国公演を許されなかった。1980年代、60台に成り、やっと、国外への旅行が可能と成ったが、58年ぶりに日本を訪れる直前の1993年7月29日、日本を見ずに急死する。
 この様な悲劇的な一生を生きたヴェデルニコフであったが、生前の彼の演奏が、このCDを含めて多数残され、私達日本人に、彼との「再会」を果たさせてくれた事は、私達にとって、せめてもの慰めである。
 このCDでは、躍動感に溢れたウェーバーのピアノ・ソナタが素晴らしい。ブラームスは、私個人は満足出来無いが、緊張感に溢れた演奏である。--ヴェデルニコフ氏の冥福をお祈りする。


(西岡昌紀・内科医/ソ連軍が満州に侵攻して61年目の日に/ショスタコーヴィチの命日に)

http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/5819534.html

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(レビュー)サイモン・ラトル「ショスタコーヴィチ:交響曲第1番&第14番」

(レビュー)ショスタコーヴィチ:交響曲第1番&第14番
ラトル(サイモン) | 形式: CD
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%81-%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC1%E7%95%AA-%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%83%8B%E3%83%BC%E7%AE%A1%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E5%9B%A3-%E3%83%A9%E3%83%88%E3%83%AB-%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%A2%E3%83%B3/dp/B000FDF2XC/ref=cm_cr-mr-title
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ショスタコーヴィチの交響曲第14番のロシア語版の名演 2006/8/9

By 西岡昌紀

 素晴らしいCDである。--私は、永く、ショスタコーヴィチの交響曲第14番は、ロシア語版ではなく、原詩版でなければ駄目だと思って居た。即ち、この曲(ショスタコーヴィチの交響曲第14番)は、ガルシア=ロルカの詩はスペイン語で、アポリネールはフランス語で、そして、リルケはドイツ語で歌はれる原詩版でなければ駄目で、全ての詩をロシア語で歌ふロシア語版は、音楽的に劣ると思って居た。それは、実際、原詩版の演奏の方が良い演奏が多く、ロシア語版による演奏には、常に失望させられて来たからである。しかし、このCDを聴いて、私のこの思ひ込みは必ずしも正しくなかった事を痛感した。--サイモン・ラトルは、例えばショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番での指揮振りを聴いても分かるが、ショスタコーヴィチの後期の作品の指揮に卓越した物を持って居る様である。そのサイモン・ラトルとベルリン・フィルならではの名演と言ふべきなのだろう。
 ショスタコーヴィチの交響曲第14番は、彼の最高傑作の一つである。それにも関わらず、近年のショスタコーヴィチ・ブームの中に在ってすら、何故か演奏される機会が少ないこの交響曲の真価を伝えるこのCDを、特に、この曲の素晴らしさをまだ知らない人々にお薦めする。

(西岡昌紀・内科医/ショスタコーヴィチの命日に)

http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/5819483.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1863966598&owner_id=6445842
http://www.asyura2.com/12/music8/msg/676.html


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(書評)広瀬隆「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」

(書評)広瀬 隆 (著) 「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C%E6%AD%BB%E3%82%93%E3%81%A0%E3%81%8B-%E5%BA%83%E7%80%AC-%E9%9A%86/dp/4163377409/ref=cm_cr-mr-title
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ジョン・ウェインは、被爆者だった。--疫学的には不十分だが、広瀬氏の問題提起は秀逸。 2005/8/9

By 西岡昌紀

 ハリウッドのスター達には、何故か、ガンが多いのではないか?--この素朴な疑問から出発し、そのスターたちが、過去に出演した映画作品を調べた処、彼らの映画撮影と核実験の間に或る関係が有った可能性が浮び上がる。・・・・恐るべき本である。ハリウッドのスター達のガンについては、喫煙率や居住地、食事など、他の多くの因子も検討される必要が有る。だから、この本の内容だけで、厳密に疫学的な結論を出すのは無理だろう。だが、こうした問題提起をする事は、重要であり、日本のジャーナリズムとアカデミズムには、こうした問題意識が欠けて居る。大切な事は、こうした疑問を持つ事である。私は、広瀬氏が、その多くの著作の中で述べて居る事の全てに賛成する者ではない。しかし、こうした問題を提起した広瀬氏の問題意識は、素晴らしい物であり、我々医師も、ジャーナリストも、広瀬氏のこうした問題意識を大いに見本にするべきであると、私は、思ふ。

(西岡昌紀・内科医/長崎の原爆投下60年目の日に)


http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1863951469&owner_id=6445842

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