西岡昌紀のブログ

内科医西岡昌紀(にしおかまさのり)のブログです。日記の様な物ですが、過去に書いた小説、単行本の文章、雑誌記事、ネット上の文章、などもここに収録する予定です。

2016年10月

「火星人来襲」は、アメリカの軍と心理学者による実験ではなかったか?   

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http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/8631003.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1956490600&owner_id=6445842
http://www.asyura2.com/16/kokusai15/msg/868.html



毎年、ハロウィンの時期が来ると、想起させられる歴史上の事件が有ります。それは、1938年10月30日に、アメリカで起きた「火星人来襲」事件です。その日、ラジオが放送したH・G・ウェルズのSF「火星人来襲」が引き起こしたパニックです。


(ラジオドラマ「火星人来襲」について)
http://www.siruzou.jp/utyuu/6982/


そのラジオ・ドラマの冒頭で叫ばれた「火星人が来襲しました!」と言ふ台詞が、余りにも緊迫感に溢れて居たので、多くの人々が、それが現実だと思ひ、パニックが発生したと言ふ事件です。この事件は、その後、心理学者たちによって、繰り返し研究されて居ます。


この「火星人来襲」事件について、私は、或る仮説を持って居ます。証拠は何も在りませんが、永年、思ってゐる或る仮説です。それは、この事件は、アメリカの軍と心理学者が行なった実験だったのではないか?と言ふ仮説です。


私は、当時のアメリカ軍が、アメリカが戦争に突入した場合に、当時の新しいメディアであるラジオが、空襲などに際して、アメリカ国民にどの様な反応を引き起こすかを確かめようと、心理学者と共同で、計画的に社会実験をやったのではないか?と疑ってゐます。


そして、自分は、更にこんな想像をして居ます。ラジオ・ニュースが引き起こしうるパニックの大きさに驚いた当時のアメリカの軍と心理学者たちは、この事件を見て、ラジオを敵国の社会にパニックを起こす事に利用しようと考えたのではないか?と。


(社会心理学者から見た「火星人来襲」事件)
http://mediaresearch.blog.jp/archives/1887616.html


証拠は有りません。しかし、想像を言はせてもらえば、この事件の後、この事件(「火星人来襲」事件)について研究し、論文を発表したアメリカやイギリスの心理学者たちは、実は、このパニックの計画に関与して居たのではないでしょうか?私は、そう疑ってゐます。



私が、「火星人来襲」事件についてこの様な仮説を抱くに至ったのには、理由が有ります。それは、昔、そもそも「ナチのガス室」の話を最初に言ひ出したのは、誰だったのか?を調べる内に、戦争中のイギリスのラジオ放送がこの話を流布して居た事を知ったからです。


第二次大戦中、イギリスは、ラジオを利用して、ドイツ占領下のヨーロッパ大陸に対して、様々な宣伝を行なって居ました。そうしたイギリスの宣伝の中に、今日、多くの人が信じて疑はない「ナチのガス室」の話が有ったのです。


以下に引用するのは、私が書いた記事の一部ですが、この事を念頭に、これをお読み下さい。


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 アウシュヴィッツに収容された一人にマリア・ファンヘルヴァーデン(Maria Vanherwaarden)という女性がいる。全く無名の人ではあるが、この人が一九八八年の三月に、カナダのトロントで述べた証言は極めて興味深いものである。
 彼女は、一九四二年にアウシュヴィッツ及びそこに隣接するビルケナウ強制収容所に収容されたのであるが、列車で移送される途中、同乗したジプシーの女性から、アウシュヴィッツに着いたら、彼女たちは皆「ガス室」によって殺されてしまうのだという話を聞かされた。当然、彼女は、ジプシーが語ったその話に恐怖を抱いた。
 興味深いのは、その後である。彼女の証言によると、アウシュヴィッツに到着すると、彼女たちは服を脱ぐよう命令された。そして、窓のないコンクリートの部屋に入れられ、シャワーを浴びるよう言われたという。ここで、彼女たちの恐怖は頂点に達した。列車の中でジプシーの女性から「ガス室」で殺されるという話を聞かされていたからである。ところが、彼女の頭上のシャワーから出てきたものは、「ガス」ではなく、水だったのである。
 読者は、この証言をどう思うであろうか?このような証言は、他にもいろいろあるのだが、戦後半世紀もの間、何故か、こういう証言は「ガス室」が存在したと主張する人々によって徹底的に無視されてきたのである。証言は、証言でしかない。しかし、一つの事柄について対立する証言がある時、物証も検証せずに、一方の「証言」だけを取り上げ、他方を検討すらしないというやり方が、正当なものといえるであろうか?
 このファンヘルヴァーデンという女性の証言で興味深いことは、彼女の証言に出てくるジプシーの女性が、何処で「ガス室」の噂を聞いたかという問題である。それを確かめる方法はないが、それに関連して、アメリカの歴史家マーク・ウェーバーは、戦争中、連合軍が、ラジオやビラによってドイツ占領下のヨーロッパに対してこの「ガス室」の噂を意図的に流布させていたことを『アウシュビッツ神話と真実』の中で指摘している。
 すなわち、戦争中の心理作戦としてのプロパガンダの一つに、この「ガス室」の話が織り込まれていたのである。


(西岡昌紀「戦後世界史最大のタブー/ナチ『ガス室』はなかった」(マルコポーロ・1995年2月号)より)


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この話(「ガス室」)は何処から出てきた話だったのか?私はそれを考え続けて来ました。


「ナチのガス室」と言ふ話を一番最初に語ったのが誰だったのか?は、わかりません。しかし、この話をドイツ占領下のヨーロッパ大陸に、戦時中広めた物のひとつは、ラジオでした。私は、その点に関心を持ち続けて来ました。


飛行機から撒かれたビラも「ガス室」の話を流布するのに役立って居ます。しかし、ラジオの力はそれ以上だったのではないでしょうか?そして、ラジオが「噂」を流布する力に、アメリカとイギリスは、開戦前から着目して居たのではないか?と、私は思ふのです。


私は、アメリカやイギリスは、日本とドイツに対する無差別爆撃にリンクさせて、そのラジオ放送で、日本人とドイツ人の間にパニックを起こそうとしたと見て居ます。(これについては、証拠が有ります)



又、イギリスのラジオがドイツ占領下のヨーロッパ大陸に向けて、「ドイツがガス室を使って人を殺して居る」と言ふ話を流布した目的も、ドイツ占領下のヨーロッパ諸国に、社会的混乱を引き起こそうとしたしたのが、目的であったのだろうと推察して居ます。


そして、そこには、当然、心理学者の関与が有った筈だと、私は確信して居ます。


私には、その様な第二次大戦中の戦時報道が、戦後世界におけるマスコミの世論誘導、情報操作の原型であると思はれるのです。


これは、極めて現代的な問題です。



「マルコポーロ廃刊事件」の切っ掛けと成った私の記事は、私のこうした問題意識から生まれた物でした。

これこそが、自分が「ナチのガス室」への疑問を書いた最大の動機でした。しかし、私のこうした問題意識を理解してくれた人は本当にわずかでした。


(「戦時歩道は終わらない」(文・西岡昌紀))
http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/8532441.html



戦時報道と言ふ物を、1995年と言ふ、「戦後50年」の年に検証したいと言ふのが、私の動機でした。そして、その背景には、戦後世界におけるマスコミの世論誘導に対する問題意識が有りました。



しかし、今に至るまで、私のこうした問題意識を理解してくれる人は、残念ながら、多くはありません。

(「マルコポーロ廃刊事件」(文・西岡昌紀))
http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori-rekishiokangaeru/archives/52050190.html



1938年の「火星人来襲」事件と「ナチのガス室」は、心理学者たちの研究を通じて、繋がって居るのではないか?と、私は思ってゐます。



2016年10月31日(月)





西岡昌紀(内科医)




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米ハロウィーン、大統領選関連の仮装が人気 「嫌な女」がスターに
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=52&from=diary&id=4264779


写真

[ニューヨーク 27日 ロイター] - 米大統領選の投票日が近付く中、米国では今年のハロウィーンに、大統領選からヒントを得た「嫌な女」や「嘆かわしい集団」に扮する人たちが多く出現しそうだ。


アトランタ出身のマーケティング部長のテッド・ライトさん(49)は、自身と妻がそれぞれ「悪いやつら(bad hombres)」と「嫌な女(nasty woman)」に扮する計画だと述べた。この言葉は、10月19日の大統領選の候補者による討論会で、トランプ氏がメキシコの移民らやクリントン氏に対して発した言葉だ。


「これも、礼儀正しく議論するのが大変難しい今回の選挙の一つだ」と語るライトさん。共和党員だが、トランプ氏に投票するつもりはないという。


また、シカゴ在住のハナー・ヘンプリーさん(22)も「嫌な女」に扮する計画。「トランプ氏がヒラリー氏を『嫌な女』と呼んだ時、ヒラリー氏に連帯感を感じだ」という。


一方、シカゴで働くジェーク・ウエストさんは、友人らと「嘆かわしい集団(basket of deplorables)」を作る計画。「嘆かわしい集団」は、クリントン氏が資金集めの集会で、トランプ氏の支持者らを形容した言葉だ。


10月31日のハロウィーンを前に、クリントン氏とトランプ氏のマスクは、ハロウィンコスチューム専門店「スピリット・ハロウィン」で一番の売れ筋商品になっている。同店の広報によると、26日までに、オンラインストアでクリントン氏のマスクは売り切れになったという。




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「世界四大文明」の虚構

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浦沢直樹氏の劇画『マスター・キートン』は、考古学者であり、元イギリス特殊部隊(SAS)隊員であり、そして、保険会社の調査員でもある人物を主人公とする物語だ。自分は、この劇画が大好きだ。


(『マスター・キートン』第1巻)
https://www.amazon.co.jp/MASTER%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3-%E5%AE%8C%E5%85%A8%E7%89%88-%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB-%E6%B5%A6%E6%B2%A2-%E7%9B%B4%E6%A8%B9/dp/4091841619/ref=sr_1_4?ie=UTF8&qid=1477360568&sr=8-4&keywords=%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%80%80%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3



その『マスター・キートン』の第一話だっただろうか。主人公のキートンが、娘の学校の世界史の教科書を読んで、その内容を酷評する場面が有る。キートンは、娘が使ってゐる「世界四大文明」に関する記述を酷評し、古代文明は、もっと沢山存在した、と学校の教師に向かって言ふ。


「世界四大文明」なんて、発掘法が未熟だった時代の考古学が生んだ概念で、古代文明は、もっと世界中あちらこちらに存在して居たと言ふのだ。なるほど、「世界四大文明」なんて無意味な概念なのだ。


しかし、自分は、ここでキートンの言葉に疑問を持つ。それは、古代、何故、そんなに多くの文明が、発生したのか?と言ふ疑問だ。本当に、そんなに多くの文明が、地球上の色々な場所で、独立して発生したのだろうか?そもそも、かつて言はれた「四大文明」だって、独立して発生した物だったのだろうか?


四つか、或いはそれ以上か知らないが、地球上の複数の場所で、文明は、それぞれが無関係に、独立して発生したのだろうか?



キートンの言葉に依れば、2桁の数の文明が、古代、色々な場所で発生したと言ふ。では、それらの複数の古代文明は、皆、お互いに無関係に、独立して発生した物だったのだろうか?そうだとすれば、これは、凄い偶然ではないだろうか。


素人の愚見をお許し頂ければ、自分には、古代の地球上で、そんなに多数の文明が、お互いに無関係に、独立して発生したとは、到底思へないのだ。



そこから、自分は、一つの仮説に導かれる。それは、古代に存在した多数の文明は、実は、共通の起源を持って居たのではないか?と言ふ仮説だ。即ち、文明は、ひとつの共通の起源を持つのではないか?と言ふ事だ。


裏を返せば、「世界四大文明」をはじめとする、古代文明の同時多発発生説は、現代の考古学の限界から来る錯覚か、或いは、現代のイデオロギーが投影された幻影ではないか言ふのが、自分の考えだ。


ここで言ふ「現代のイデオロギー」とは何か?それは、諸民族が持つ自己の文明への思ひ入れだ。或いは、ナショナリズムと言ってもいい。



例えば、インダス文明が、「独立して」発生したと考える事の背景には、インド人たちのナショナリズムと、そのインド人の願望にに応えようとしたアカデミズムの見方が投影されては居なかったと言ひ切れるのだろうか?

或いは、黄河文明が、「独立して」発生したと考える事の背景には、自分達の先祖が偉大だったと信じたい漢民族の思ひ入れ、或いはナショナリズムが投影されては居ないだろうか?



かつて、イタリアの歴史かクローチェ(Croce)は、「全ての歴史は、現代史である。」と言ったが、この問題(文明の起源は単一かそれとも複数か?)も、「古代史」の問題であると同時に、「現代史」なのではないだろうか。

最近、BBCが、中国の兵馬傭作製にあたり古代ギリシア人が技術指導した可能性が出て来た事を報道した。兵馬傭から採取したミトコンドリアを調べた結果、西洋人のDNAが発見されたと言ふのだ。


自分は、全く驚かなかったが、中国人は、驚いた様である。と言ふより、この報道に対して、中国人の間からは反発が発生した様である。


矢張り、中国人たちは、自分達の古代文明が、他の文明の影響を受けて居たとは思ひたくないのである。だから、こうした新しい発見に反発するのだろう。


中国人たちは、自分達の古代文明が、他の文明の影響を受けて居たとは思ひたくない様である。だから、こうした新しい発見に反発するのだろう。


なるほど、矢張り、クローチェの言葉(「全ての歴史は現代史である。」)は、正しい様だ。



https://www.amazon.co.jp/MASTER%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3-%E5%AE%8C%E5%85%A8%E7%89%88-%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB-%E6%B5%A6%E6%B2%A2-%E7%9B%B4%E6%A8%B9/dp/4091841619/ref=sr_1_4?ie=UTF8&qid=1477360568&sr=8-4&keywords=%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%80%80%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3




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兵馬俑に古代ギリシャ人の痕跡

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中国で、紀元前3世紀の欧州由来のDNAが発見され、兵馬俑が、渡来した古代ギリシャ人によって作られた可能性が出て来た、との報道が為された。



自分は、全然驚かない。秦(しん)の制度は、古代ペルシャのサトラップ制に似て居るとが、始皇帝がペルシャ人であった可能性は以前から論じられて居た。



それから、古代日本にペルシャ人が来て居たと言はれても、何も驚かない。正倉院にペルシャ由来のガラス玉が有るのなら、ペルシャ人が古代の日本に居たって、何も不思議ではない。これも、何が、驚きなのだろうか。



最近のこうした東アジアにおける「西方」の人間たちの存在を示唆する報道から思ひ出されるのは、故・鹿島昇氏の研究だ。



弁護士であり、歴史家でもあった鹿島氏は、始皇帝はユダヤ人であったと論じてゐた。そこまで言っていいかどうかはわからないが、氏の研究には、一定の正しさが有ったのではないか。



今回の中国の兵馬傭に関する報道の中で、BBCが、「マルコポーロが中国を訪れるずっと前から西と東の交流があったのかもしれません」http://trib.al/GblbbZ0 などと寝ぼけたコメントをしてゐる。そんな事、当たり前ではないか。ほんの一例だが、景教(ネストリウス派キリスト教)が支邦に存在した事は、「マルコポーロが中国を訪れるずっと前から西と東の交流があった」事を語ってゐる。BBCのこのコメントは、この放送局のレベルの低さを物語って居る。



自分は、故・鹿島昇氏の見解を全て支持する者ではない。だが、氏の見解の中には。極めて興味深い部分が有る。そのひとつは、「借史」と言ふ考え方だ。古代社会において、「歴史」は、しばしば、他の歴史の「盗作」だったとする考え方だ。鹿島氏は、そうした歴史の「盗作」を「借史」と名付けた。これは、鹿島氏の仮説だが、極めて興味深い仮説だ。



鹿島昇氏は、例えば、司馬遷の「史記」は、古代オリエント史からの「盗作」なのだと言ふ。古代オリエントの歴史を、人名や地名だけ支邦の物に置き換えて書かれたのが司馬遷の「史記」で、「史記」の内容は大部分(全て?)が架空の「歴史」なのだと鹿島氏は言ふ。これが、鹿島氏の言ふ「借史」だ。




鹿島氏が言ふ様に、司馬遷の「史記」が、古代オリエント史からの「盗作」なのかどうか、自分には判断する能力は無い。だが、こう言ふ仮説の存在は、もっと知られていいだろう。アカデミズムの人達は、在野の歴史家の仮説だからと言ってこうした仮説を無視するのではなく、正面から検討するべきである


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http://www.bbc.com/japanese/37628254




古代中国・秦の始皇帝の陵墓近くで発掘された「兵馬俑」の調査で、マルコ・ポーロが中国を訪れた13世紀よりも1500年以上前に中国と西洋文明が接触していたことが示唆された。

考古学者たちによると、等身大の兵馬俑の陶製像が古代ギリシャから発想得ていた可能性がある。紀元前3世紀の中国で、ギリシャの職人が地元の労働者を指導していたかもしれないという。

「東方見聞録」を書いた13世紀のベネチア商人マルコ・ポーロの旅が、詳しい記録が残るものとして最初の西洋による中国訪問だと従来は言われてきた。

これに対して、秦始皇帝陵博物院の李秀珍研究員は、「シルクロードが正式に開かれる前に、中国最初の皇帝と西洋との間に緊密な連絡があった証拠がある。従来考えられていたよりもずっと早い時期だ」と語った。

別の研究では、ヨーロッパ人だけが持つ種類のミトコンドリアDNAが中国最西部の新疆ウイグル自治区で見つかっており、始皇帝よりも前の時代に西洋人が同地域に定住していた可能性が示唆されている。

始皇帝は紀元前259年に生まれ、210年に没したImage copyright Public domain
Image caption 始皇帝は紀元前259年に生まれ、210年に没した

兵馬俑は1974年に、始皇帝の陵墓から約1.5キロ離れた場所で農業従事者によって発見された。

しかし、陵墓が築かれる前に実物大の陶製像を作る習慣はなかった。より古い時代の発掘品には、高さ20センチ程度の単純な形の像しかない。

技術や形態の大々的な変化は、どうやって可能になったのか。その理由を解明しようとするなかで、李研究員は中国の外から影響があったという考えに行き着いた。

李研究員は、「我々は現在、発掘現場で見つかった兵士や曲芸師の像、ブロンズ像は、古代ギリシャの彫刻と芸術の影響を受けたものだと考えている」と語った。

ウィーン大学のルーカス・ニッケル教授は、始皇帝陵墓で最近見つかった曲芸師の像が、古代ギリシャからの影響説を支持していると話す。

兵馬俑をめぐる研究はBBCのドキュメンタリー番組で紹介される予定だ
Image caption 兵馬俑をめぐる研究はBBCのドキュメンタリー番組で紹介される予定だ

始皇帝は、アレクサンドロス大王の遠征によって中央アジアにもたらされたギリシャの彫像の影響を受けたとニッケル教授は考えている。アレクサンドロス大王は紀元前323年に没し、その約60年後に始皇帝は生まれている。

ニッケル教授は、「ギリシャの彫刻師が(兵馬俑を制作する)現場にいて地元の人を訓練していたのかもしれない」と話す。

このほか研究者らは、始皇帝の陵墓の規模が当初考えられていたよりも巨大で、エジプトの「王家の谷」にあるピラミッドの200倍以上ある可能性を示す新たな証拠を発見している。

また、始皇帝の後宮で高位にあったとみられる女性の体が切断された後の骨や、石弓の矢が食い込んだ男性の頭蓋骨などを発見している。

この頭蓋骨は、始皇帝の長男、扶蘇の頭だと考えられており、始皇帝の死後に起きた権力闘争で殺害されたとみられている。

(英語記事 Western contact with China began long before Marco Polo, experts say



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(書評)大野芳(著)『伊藤博文暗殺』(新潮社・2003年)

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(書評)
大野芳(著)『伊藤博文暗殺事件--闇に葬られた真犯人』(新潮社・2003年)                                                                                                                                                                                                                   2003/8

蔡英文(ツァイインウェン)政権が、脱原発を決定

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http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/8625510.html
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1956308175&owner_id=6445842




素晴らしい!



がんばれ!蔡英文(ツァイインウェン)政権!






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■台湾が原発全廃へ 福島第一事故受け、25年までに停止
(朝日新聞デジタル - 10月22日 21:11)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4255039


台湾の蔡英文(ツァイインウェン)政権が2025年に「原発ゼロ」にすることを決め、行政院(内閣)は、再生エネルギー事業への民間参画を促す電気事業法の改正案を閣議決定した。太陽光と風力発電を中心に再生エネの割合を20%まで高めることを目指す。東日本大震災後の反原発の民意を受けたもので、改正案は近く立法院(国会)で審議に入り、年内の可決を目指す。


 世界的にはドイツが2022年までの原発全廃を決めるなど、欧州を中心に脱原発の動きがある。一方、増える電力需要に応えるため中国やインドが原発を増設させており、アジアでは台湾の取り組みは珍しい。


 改正案は20日に閣議決定され、6~9年かけて発送電分離も行う。蔡総統は「改正は原発ゼロを進め、電源構成を転換する決意を示すもの」としている。


 台湾では原発が発電容量の14・1%(15年)を占め、現在は第一~第三原発で計3基が稼働中。だが、東京電力福島第一原発の事故で台湾でも反原発の世論が高まり、原発ゼロを公約に5月に就任した蔡氏が政策のかじを切った。台湾も日本と同様に地震が多い。稼働中の全原発は25年までに40年の稼働期間満了となる。同法改正案では25年までに全原発停止と明記し、期間延長の道を閉ざす。



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