西岡昌紀のブログ

内科医西岡昌紀(にしおかまさのり)のブログです。日記の様な物ですが、過去に書いた小説、単行本の文章、雑誌記事、ネット上の文章、などもここに収録する予定です。

2018年05月

ベルリンの壁崩壊前の光景

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経済評論家の長谷川慶太郎氏が、今から38年前、1980年に出版した本の中で、非常に興味深い回想を書いておられます。


長谷川氏は、1960年代でしょうか。或る機会に、東ドイツを訪れ、東ドイツ軍の兵営を訪れた事が有ったのだそうです。


その際、長谷川氏が体験した出来事を以下に引用しますが、皆さんは、長谷川氏が回想するこの出来事に驚きを覚えないでしょうか?



 (以下引用)
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朝鮮は第二次世界大戦の事後処理として、同一民族でありながら、南北二つの国家に分断され、ついには戦火を交えるという限りない悲劇を味わった。それは、まさに東西陣営の接点であるがゆえの悲劇といえる。  


だが同じような条件下におかれながらも、東西ドイツは、同一民族間で決定的な悲劇を惹き起こすことはなかった。私は東ドイツ外務省とのある折衝のおり、詳細は省くが、偶然、東ドイツ軍の兵営を訪れる機会があり、そこでその一つの理由を見たような気がした。  


現在の東ドイツの総軍事力は戦車二個師団、歩兵四個師団であり、きわめて弱体である。その弱体な東ドイツ軍を二十二個師団のソ連軍が囲んでいる。すなわち、ポーランドと東ドイツの国境に二個師団、東西ドイツ国境を中心としたドイツ国内に二十個師団である。これらはすべて第一級師団であり、ソ連の最精鋭部隊である。  東ドイツ軍は、前も後ろもソ連軍に囲まれ、きちっと押さえられている。つまり、東ドイツにいるソ連軍は二重の役割を持っているのである。一つは、西側に対する進攻作戦の最先頭に立つこと、そしてもう一つは、東ドイツ国民がソ連に対して反乱することを防止する役割である。  


したがって、ソ連は東ドイツに武器の生産を許さず、東ドイツ軍が装備している武器は、すべてソ連製である。だが訓練は、完全に旧ドイツ軍のそれが行なわれており、軍服も階級章も、プロシア軍時代からの伝統を守り続け、ナチスドイツ時代とそっくりそのままであった。しかし、武器以外にただひとつ、ソ連製のものを身に着けていた。それは鉄カブトである。私はこれを見た時、西ドイツの兵士を思い出さざるを得なかった。彼らは、鉄カブトだけが旧ドイツ軍のもので、軍服その他は、完全なアメリカ式だったからである。  


つまり、東ドイツの兵士は頭(鉄カブト)がソ連、体(軍服)がドイツ、西ドイツの兵士は、頭がドイツ、体がアメリカなのである。これに気ずいた私は、東ドイツの将校に対するお礼のスピーチの中で、次のような話をした。


「私たち(日本人)の祖父や曾祖父は、かつて、あなたがた(ドイツ人)のおじいさんたちから学んだ軍事知識をもって、日露戦争でロシア軍を敗退せしめた。まさにドイツ軍の技術、知識そして軍人精神は素晴らしいものであり、われわれの先生である。今日、私はあなたがたの軍隊を拝見し、その伝統が、今なお脈々と受け継がれているのを知り、喜びに堪えない。ただひとつ、不幸なことは、“二つのドイツ”が存在することである。私は、東西ドイツの統一は急がねばならないと確信した。なぜなら、あなた方の姿にその悲願を見るからである。つまり、東ドイツ軍の体と西ドイツ軍の頭を一つにすれば、伝統ある旧ドイツ軍の姿にただちに戻るからである。私は、このような日が一日も早く来ることを祈ってやまない」  
 ソ連軍将校が監視する中での歓迎パーティーであったが、彼ら東ドイツ軍将校たちは、軍靴を床に打ち鳴らして、私の話に応えてくれたものである。東西ドイツ人たちは、ともに民族統一の希望を強く持っている。東ドイツ軍の本当の敵はソ連軍なのである。そこが韓国と北朝鮮の間とは異なる点だろう。韓国軍はけっして米軍を敵だとは思っていない。したがって私は何度も韓国へ行ったし、韓国軍も見たが、そこでは絶対にあのような演説は出来ない。民族統一の希望よりも、“北の脅威”のほうが、はるかに現実的で強大だからである。

 (長谷川慶太郎『総合比較・日本の国防力/なぜ、ソ連は日本を侵略できないのか』(祥伝社・1980年)186~189ページより)
http://www.amazon.co.jp/%E7%B7%8F%E5%90%88%E6%AF%94%E8%BC%83%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%9B%BD%E9%98%B2%E5%8A%9B%E2%80%95%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%80%81%E3%82%BD%E9%80%A3%E3%81%AF%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%92%E4%BE%B5%E7%95%A5%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%8B-%E3%83%8E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF-179-%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D-%E6%85%B6%E5%A4%AA%E9%83%8E/dp/4396101791/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1415524255&sr=8-1&keywords=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%9B%BD%E9%98%B2%E5%8A%9B%E3%80%80%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E6%85%B6%E5%A4%AA%E9%83%8E

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(書評)広河隆一(編)パレスチナ・ユダヤ人問題研究会(編)「ユダヤ人」(三友社出版・1985年)

(書評)ユダヤ人〈1〉ユダヤ人とは何か (1985年) – 古書, 1985/12

(映画レビュー)「灰とダイヤモンド」(1958年・ポーランド)

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アンジェイ・ワイダ監督の「灰とダイヤモンド」(Popol i Diament:ポーランド・1958年)は、私にとって、特別な映画です。


1945年5月8日の戦争が終はったその日、ポーランドで起きる或る暗殺事件を主題としたこの映画は、深く悲劇的な作品です。


1945年5月8日は、ポーランドにとって、本当に祝福すべき日だったのか?



この映画の終はり近くで、主人公が暗殺を実行した際、偶然、夜空に打ち上げられる花火は、その問ひを象徴して居ます。



数日前、この映画の一部を見直した後で、私は、不意に、この映画(「灰とダイヤモンド」)が、「非情城市」(台湾・1989年)に酷似して居る事に気が付き、驚きました。




「悲情城市」が、日本の敗戦を告げる1945年8月15日の玉音放送で始まる様に、この映画(「灰とダイヤモンド」)は、ドイツが敗北した1945年5月8日に始まります。



私は、これが、ただの偶然ではない気がして居ます。「灰とダイヤモンド」は、ポーランドが、私の人生に与えてくれた贈り物です。⇒ https://www.youtube.com/watch?v=4ypycSAPFgA
       (「灰とダイヤモンド」より)




参考:「悲情城市」(1989年・台湾)⇒https://www.youtube.com/watch?v=1g4Cgm6dxQc



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(映画レビュー)「24時間の情事」((仏)Hiroshima Mon Amour)(日仏合作・1959年)

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http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/9130362.html



「24時間の情事」((仏)Hiroshima Mon Amour)(日仏合作・1959年)は、フランスのアラン・レネ(Alan Resnais:1922-2014)監督の作品です。


映画は、広島を訪れたフランス人の女性と彼女と恋仲に落ちた日本人男性が、抱擁を続ける場面から始まります。


暗闇の中で、二人の男女は、抱き合ひながら、広島に原爆が投下された日の事を語り合ひます。



やがて、朝が来て、ホテルを出てからも、二人は、広島の街を歩きながら、あの日の事を語り合ひます。その内に、女は、自分のフランスでの過去を語り始めます。



第二次大戦中、自分が、フランスの郷里でドイツ人の兵士と激しい恋に落ちた事を、そして、その二人の仲を周囲に裂かれた事を、そして、ドイツ人を恋人にした為に、戦後、フランス社会で迫害された事を、フランス人の女は、日本人の男に語り始めます。


人間にとって、過去とは何か?を広島とフランスで起きた出来事に重ねながら問ひ掛ける深い作品です。その視点は、まるで、神が人間を見つめる様な眼差しの様です。


https://www.youtube.com/watch?v=7Tu4iUiNAtc


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(映画レビュー)「ふたりの女」(LA CIOCIARA(伊)TWO WOMEN(米))(1963年・イタリア)

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http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/9120635.html


「ふたりの女」(LA CIOCIARA(伊)TWO WOMEN(米))は、イタリアの映画監督ヴィットリオ・デ・シーカ(1901~1974)の1960年の作品です。


戦争中、連合軍がイタリアに上陸した後、戦火を逃れて故郷に疎開しようとする主人公の女(ソフィア・ローレン)とその娘が、その疎開の旅の途中で出会ふ人々、出来事を描いた作品です。


物語の終はり近くで、主人公(ソフィア・ローレン)とその娘が、連合軍の兵士たちによって、教会の中で、強姦される場面の痛ましさは忘れられません。


私は、その教会の中で連合軍の兵士たちに強姦された主人公(ソフィア・ローレン)が、その後、道をとぼとぼと歩いて居た時、偶然、出会ったイギリス軍のジープの前に立ちはだかり、共に強姦された自分の娘を指して、「この娘が何をしたんだ!」と言って泣き叫ぶ場面が忘れられません。


彼女の言葉を理解出来ず、この母娘に何が起きたかを知らないイギリス軍の将校たちは、彼女は頭がおかしいのかと思ひ、「平和。平和。」と言って、その場を立ち去ります。



この場面ほど、あの戦争における連合軍の「正義」の虚構を描き出した物を私は知りません。


この場面は、イタリア人であるデ・シーカ監督の勝者への抗議の場面だったと思ひます。(黒澤明監督の『八月の狂詩曲』を想起させられる場面です。)


https://www.youtube.com/watch?v=DneFGQqeYgQ




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