西岡昌紀のブログ

内科医西岡昌紀(にしおかまさのり)のブログです。日記の様な物ですが、過去に書いた小説、単行本の文章、雑誌記事、ネット上の文章、などもここに収録する予定です。

2019年10月

(書評)夏目漱石(著)「それから」(新潮文庫)

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(書評)夏目漱石(著)「それから」(新潮文庫)

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西岡昌紀


2005年2月23日


私が、「三四郎」、「それから」、「門」の三部作を初めて読んだのは、十代の終はりの頃の事であった。その三つの小説の中で、一番夢中に成って読んだのは、「それから」であったと記憶して居る。この小説の主人公(代助)は、プーシキンの「エウゲニ・オネーギン」に登場するオネーギンに、驚くほど良く似て居る。即ち、代助もオネーギンも、近代化に遅れを取った国(日本及びロシア)において、西欧的教育を受けた結果、自国の精神的伝統に適応出来ないで居る。そして、その為の孤独をなかば楽しんで居るが、その自分の社会に居所が定まらずに居るインテリが、人妻に激しい恋をすると言ふ設定が、驚くほど似て居るのである。プーシキンを愛読したドストエフスキーは、オネーギンの性格を「知的空虚」と言ふ言葉で要約したが、代助も、また、オネーギンに似た知的空虚の持ち主である。この様に、この小説は、「エウゲニ・オネーギン」に似た所が有るが、オネーギンが、タチヤーナへの恋において、結局、敗北するのと対照的に、代助は、その恋において、勝利する。その勝利の代償が何であるかは、続編の「門」において、明らかに成る通り、主人公の闇の様に深い孤独であるが、それは、「門」に属する事である。それにしても、主人公(代助)が、かつての恋人(三千代)に愛情を告白する場面などで、漱石が書いた会話の緊張感は素晴らしい。その造形力は感嘆すべき物であるが、そうした会話の他にも、小説の冒頭で、主人公(代助)が、眠りから目覚める情景--夢から目覚めた主人公が、枕元を見ると、八重の椿が、畳に落ちて居る--など、何度読んでも、素晴らしい言語的造形である。漱石のこうした視覚的とも言へる造形力は、彼が、漢詩を愛読した事と大いに関係が有ると思はれるが、この小説は、漱石のそうした造形力が結実した、小説の中の小説である。


(西岡昌紀・内科医)

           
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