松本サリン事件の闇--事件直前、松本市内で行はれたローラー作戦と事件は無関係だったのか?
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 松本サリン事件(1994年6月27日)から20年が経ちました。


 事件から20年が経ったのを機会に、この事件に関して、これまで全く報道されて居ない或る事実をここでお話ししたいと思ひます。


 それは、この事件(松本サリン事件)が起きる直前、松本市内で、警察によるローラー作戦が行なはれて居たと言ふ事実です。このローラー作戦と、松本サリン事件は無関係だったのか?そして、事件を起こしたのは、オウム真理教教団の人間たちだけだったのか、或いは、本当に彼ら(オウム)だったのか?その事を事件から20周年が経った今、もう一度考えてみたいと思ふのです。


 先ず、私が、このローラー作戦の事実を誰から聞いたか、からお話しようと思ひます。


 今から20年前の8月末の事です。松本サリン事件から頂度2か月が経った頃の8月の或る夜、私は、新宿のホテルで開かれた或る会合に出席して居ました。


 それが、どう言ふテーマを扱ふ研究会であったかは関係が無いので、お話ししないでおきます。或る現代史の問題に関心を持った人々が集まって、その問題について論じ合ふ研究会でしたが、私の記憶が正しければ、その日が、その研究会の最初の会合であったと記憶します。(1994年)8月25日ではなかったか?と思ひます。そこには、今日、『アウシュヴィッツの争点』(リベルタ出版・1995年)などで知られるフリー・ジャーナリストの木村愛二氏の他、高名な小説家のA先生、731部隊の研究で世界に名が知られる大学教授のB先生、そして、朝日新聞の高名な記者であるQ氏、他が出席しておられました。(イニシャルとこれらの方たちの名前は全く無関係です)私を入れて、全部で6人の出席者が、そのホテルのロビーで、2時間くらい討論をしたと記憶します。


そうして話をして居るうちに、話が脱線して、その2か月ほど前に起きた松本サリン事件の話が出ました。そして、「一体、あの事件は何だったのだろう?」と言ふ話に成りました。この会合が開かれた時(1994年8月)、松本で起こった奇怪な事件(松本サリン事件)とオウム真理教の関係など、誰も考えて居ませんでした。


すると、そこに居た朝日新聞のQ氏が、突然、こう言ったのです。


「私は、あの事件(松本サリン事件)は、北朝鮮の工作員がやったんだと思ひますよ。」


私は、驚きました。他の参加者の方たちも驚いた様子でした。すると、Q氏は、続けて、こう言ったのです。


「あの事件(松本サリン事件)が起こる直前に、松本でローラー作戦が有ったんです。朝鮮半島の核危機への日本国内での対応として、全国で行なはれて、松本でもそれをやったんです。」


その年(1994年)は、北朝鮮で金日成が死に、核開発を進める北朝鮮とアメリカが一触即発の状態に至った年でした。その事は、私も、もちろん知って居ました。しかし、朝鮮半島で高まる核危機に対応して、日本国内でそんな状況が生まれて居たとは、Q氏のその言葉を聞くまで、私は正しく認識して居ませんでした。そんな私と他の参加者を前に、Q氏は、以下の様な驚くべき推論を述べたのでした。


「松本と言ふ所は、日本海に近いでしょう。だから、日本海側から日本に侵入した北朝鮮の工作員が、先ずは潜伏する場所として、格好の町なんです。だから、北朝鮮の工作員が多いんです。それで、松本でもローラー作戦が有ったんです。私が思ふには、そのローラー作戦が行なはれた際に、松本に居る北朝鮮の工作員が、隠して居たサリンを処分したんだと思ひます。サリンは、加水分解するんです。だから、水と反応させるのが、一番いい処分の方法なんです。多分、それで、あの池にサリンを捨てたんですね。ところが、量が多すぎて、処分しきれず、あんな事件に成ってしまったんだと思ひます。」



私も、他の参加者も、絶句してしまひました。



繰り返して言ひますが、Q氏が、そこでそう言ふ推論を述べたのは、松本サリン事件とオウム真理教の関係など、全く語られて居ない時の事です。そして、そんな「松本サリン事件=北朝鮮工作員によるサリン処分」説を語ったQ氏は、軍事問題に精通した記者として知られた、朝日新聞の看板記者と呼ぶべき人物だった人です。



その後、翌年(1995年)の春には、地下鉄神経ガス事件とそれに続く強制捜査を経て、松本サリン事件はオウム真理教の犯行であった、とされて行きました。その過程で、私は、Q氏の言葉を思ひ出し、軍事問題の専門家であるQ氏でも、間違った事を言ふ事は有るのだな、くらいに思ひました。


しかし、数年後、ふと、こんな考えが頭に浮かびました。


「もし、オウム真理教が、北朝鮮と連携して居たとしたら、Qさんの言った事は、あながち外れて居なかったのではないか?・・・」


真相は闇の中です。これ以上の事は、私の能力を超えた問題です。しかし、あの事件(松本サリン事件)が起きる直前、松本で、朝鮮半島の核危機に対応して、日本の警察がローラー作戦を行なって居た事に、軍事問題を専門とする朝日新聞の記者Q氏が着目し、北朝鮮工作員によるサリン処分の失敗、と言ふ推察をして居た事は、ひとつの事実です。


松本サリン事件の夜、事件現場近くで、「宇宙服の様な服を着た人物を見た」住民が居た事も、この事件の謎のひとつです。


松本サリン事件には、解明されて居ない闇の部分が有ると、私は、思ひます。





2014年6月27日(金)
松本サリン事件から20年目の日に






西岡昌紀




追伸:なお、この研究会の出席者の一人であった作家のA先生は、この研究会で朝日新聞のQ記者が述べたこの推察に触発されて、「サリンは加水分解をする」と述べた一文を、当時、週刊文春に連載されて居た御自身のコラムで書いておられます。御関心の有る方は、図書館で、1994年の週刊文春をお調べ下さい。



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■「松本サリン事件」から20年 事件が残した教訓は? /早稲田塾講師 坂東太郎のよくわかる時事用語
(THE PAGE - 06月27日 10:10)
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「松本サリン事件」から20年 事件が残した教訓は? /早稲田塾講師 坂東太郎のよくわかる時事用語204


2014年06月27日 10:10 THE PAGE


 長野県松本市で起きた「松本サリン事件」から27日で20年。事件はオウム真理教によるものでしたが、事件当初の捜査や報道はさまざまな教訓を残しました。松本サリン事件とはどんな事件だったのでしょうか。


「謎の毒ガス」で多数の死傷者


 1994年6月27日夜、長野県松本市の社宅など数十世帯の住宅で「謎の毒ガス」とおぼしき物質を吸い込んだ結果、翌午後1時までに死者7人を出す大惨事が起きました。他に50人以上が病院に搬送され、なかには後に亡くなった方もいます。生存者は一様に息苦しさなど呼吸器系統や神経系への打撃を訴えており、同じ効能がある有機リン系毒物がまず疑われました。

 炭素(有機)とリンの結合体を含んだ化合物は害虫駆除のため広く農薬に使われており、当初の見立てではそれによる中毒ではないか、でした。ただ当時までに用いられていた有機リン系農薬で半径約70メートルという範囲で、死者が多く出た窓の開いていた2階に集中する(つまり空気より軽い)ものは考えにくく、初めから有識者の多くが「症状は似ているものの農薬とは思えない」と発言していました。

 長野県警の捜査本部は事件の第一通報者であった河野義行さん(※)の自宅を捜索して多くの薬物を押収したと発表、毒ガスの発生がこの自宅であり、農薬を調合している際に誤ってガスを発生させたとの見立てを示して捜査を進めました。


河野さんを犯人視するような報道が氾濫

 この時点で入院中の河野さん自身への取り調べも十分でなく、毒ガスと押収品との因果関係も明らかでないまま、マスコミは「会社員」と匿名ながら河野さんが犯人であるかのごときタイトルで報道し出していました。

 6月30日、河野さんは弁護士に事件とは無関係と病院で告げ「私は被害者」と訴えます。3日、捜査本部は河野さんの自宅付近からサリンと思われる物質を検知したと発表します。サリンも有機リン化合物ですが、毒性は農薬などとほど遠い大量破壊兵器の化学兵器で化学兵器禁止条約(1992年署名)で開発、生産、保有を禁じられています。とてつもない毒ガスとわかり、焦点は農薬調合のミスなどで発生させられるかどうかという議論に移りました。専門家も「あり得る」から「できるわけがない」までさまざまな意見がマスコミをにぎわせました。

 もっとも専門家とはいえ自身でサリンを生成した者がいるわけでもなく推測の域を出ず、これまたその専門家の知識に遠く及ばない報道陣が「復唱します。メチルホスホン酸ジイソプロピルエステル……で正しいのですよね」と確認して報じるありさまでした。

 この発生から7月3日までは河野さんを犯人視するような情報が氾濫。テレビのワイドショーや週刊誌が追随します。特に『週刊新潮』(7月14日付)の「『毒ガス事件』発生源の『怪奇』家系図」という特集は「さん」付けながら河野さんの実名で「有毒ガスの発生源は」「河野宅だった」と「警察の捜査で判明」と断定。出身から今に至るまでの個人情報を詳細に報じ19世紀半ば(本文は西暦明記)生まれの先々代(同実名顔写真付)から「家系」を説き起こし「親戚の話」などでもめごとがあったかのように書いています。「専門家」が話したサリンは「風呂場でも庭先でも」できるという部分は小見出しにして読者を誘導しています。

 とはいえ「サリン」登場となってから、少なくとも一般紙の多くは河野さん犯行説を推認させるような記事を減らしていきました。しかし長野県警および捜査本部はその線を最有力視し続けたようで、関係者から多くの聞き込みをするなど大規模な態勢を緩めません。捜査陣もまた化学の知識に乏しく一般の殺人事件の経験値の延長で犯人像を描いていたフシが大いにありました。


オウム施設でサリン副生成物が見つかり急展開

 急展開したのは同年11月、山梨県上九一色村にあったオウム真理教教団施設周辺でサリンの副生成物が検出されてからです。この物質は自然界に存在しません。人が作ったとしか思えないのです。調べていくうちに「サリン」という当時聞き慣れないこの言葉を松本の事件以前に教祖の麻原彰晃代表(当時)が何度か使っていたなど関与が疑われる傍証が次々にみつかりました。

 そして1995年3月20日、東京都内で死者13人、負傷者数千人という未曾有の惨事「地下鉄サリン事件」が起きます。2日後に同年2月に起こっていた仮谷清志さん監禁容疑で警視庁が上九一色村の教団施設などを一斉捜索。約1か月後に逮捕した教団幹部の1人がサリン散布の事実を認めて麻原代表やその実行犯などを取り調べたところ、認めました。松本サリン事件は別の幹部が関与を認めました。

 動機を教団松本支部の売買、賃貸の無効裁判が敗訴しそうなのを食い止めるため裁判官官舎を狙ったとしています。幹部らが麻原代表の指示でサリンを噴霧できるよう改造したトラックからサリンをまいたとされ殺人と殺人未遂の罪で6人が起訴されました。


松本サリン事件の教訓は?

 さて逮捕や起訴こそされなかったもののマスコミに犯人扱いされた河野さんへの対応はどうでしょうか。犯人視した長野県警刑事部長も1995年6月、「捜査を進め」る「過程で心労を与えた」と発言。松本署長は自宅を訪れて「事件はオウム真理教によるもので、河野さんは無関係と判断した」とし、やはり「心労を与えた」と遺憾の意を表しました。「心労」ですか?

 マスコミはというと朝日新聞が4月、「河野さんに本社陳謝『農薬調合ミス』報道で 松本有毒ガス事件」とのタイトルで主に発生後の6月29日から7月1日の記事を「報道内容で事実に反する部分があった」として陳謝しています。読売新聞も5月、社内調査の結果として「特に〈1〉六月二十九日付朝刊(一部三十日付朝刊)『通報の会社員宅捜索 除草剤調合ミスか』〈2〉七月十五日付夕刊(一部十六日付朝刊)『薬剤使用ほのめかす 事件直後に会社員』の二件」について「河野さんにかかわる事実関係であるとの印象を読者に与えた」と河野さんに伝え「ご迷惑をかけた」と謝罪しました。

 警察やマスコミの反省が弱いように思えるのは、警察としては捜査の一環で誤認逮捕までしていないという自負?があるのでしょうか。マスコミは匿名に徹したのと断定はしていないとの思いがあるかもしれません。しかし7人が殺される凶悪犯罪の犯人に見立てられたら堪ったものではありません。

 捜査の初動段階で警察が「心証はクロ」と取材者に教えるケースは減っているようです。それでもなくなっていないし、では逮捕されたらGOでいいのかという疑問も残ります。いったん取材が過熱するとマスコミの本質ともいえる特ダネ合戦に走り、後で間違っていたとわかってみたらどうでもいいような目撃情報や証言をデカデカと報じる記事転がしの伝統も消えてはいません。

 といって特ダネ合戦が権力者の都合の悪い情報を白日の下にさらす原動力でもあるから悩ましい。河野さんのケースは本来ならば身柄が押さえられていなかったのだから彼自身に取材して確認すればよかったのを入院していてできず、結果的に警察発表に踊ってしまった面もあるでしょう。河野さんの精神が強靭で、かつ客観的に起きた出来事を判別できる聡明さがあったから救われました。自殺などに至ったら(一般人ならば十分あり得る)取り返しがつかないところでした。

 なお、この事件は非政府組織が大量破壊兵器を使用したという意味で特筆すべきテロであったともいえましょう。

※ 河野さんは被害者で事件とは無関係です。したがって本来匿名とすべきでしょうが、河野さん自身がこの問題を現在まで実名で訴えているので、本稿も実名とさせていただきました



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■坂東太郎(ばんどう・たろう) 毎日新聞記者などを経て現在、早稲田塾論文科講師、日本ニュース時事能力検定協会監事、十文字学園女子大学非常勤講師を務める。著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など。【早稲田塾公式サイト】(http://www.wasedajuku.com/