1.ノーベル賞受賞の陰で


 令和元年(西暦2019年)のノーベル化学賞は、リチウムイオン電池の開発に貢献した旭化成名誉フェローの吉野彰氏に与えられた。日本人として27人目(アメリカ国籍を取得した人を含む)のノーベル賞受賞者で、自然科学分野では、24人目、化学賞では8人目の受賞者である。
 10月のノーベル賞受賞者の発表以来、メディアは、このニュースを大きく取り上げ、吉野氏の偉大な功績と明るい人柄を伝えた。災害や事件の報道が続いた令和元年の後半において。日本国民は、吉野氏のノーベル賞受賞に勇気づけられたに違い無い。もちろん、私も、その一人である。
 しかし、吉野氏の受賞を喜ぶ一方で、私は、手放しでこのニュースを喜んでばかりは居られないという気持ちがしてならなかった。今年は、この嬉しいニュースが有る一方、日本の科学の未来に不安を与えられるニュースが多かったからである。それは、幾つも有るのだが、そのひとつを引用しよう。吉野氏のノーベル賞受賞のほぼ1か月前に報道されたこのニュースを読み返して欲しい。


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京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長は11日、日本記者クラブ(東京・千代田)で記者会見し、再生医療用のiPS細胞作製を支援する政府の大型研究予算が2022年度で終わる予定であることについて「いきなり(政府の支援を)ゼロにするのは相当理不尽だ」と述べ、支援の継続を求めた。

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山中氏がノーベル生理学・医学賞を受賞した12年以降、政府はiPS細胞研究などに10年間で1100億円を拠出することを決め、その中で再生医療用のiPS細胞作製に取り組んできた。

山中氏はこれまでの研究を「オールジャパン・ワン・チーム体制で進めてきた」と評価し、作製したiPS細胞を使った移植手術の実施などを成果に挙げた。

23年度以降の支援のあり方については政府内で議論が続いている。山中氏は「一部の官僚の考え」と断った上で、政府の支援がゼロになる案を耳にしたと指摘。「(政府の専門家会議など)透明性の高い議論での決定なら納得だが、違うところで話が決まってしまうと理由もよくわからない」と不満を述べ、意思決定の過程に透明性を求めた。

山中氏らは9月、iPS細胞を備蓄し、研究機関などに提供する京大の「ストック事業」を担う一般財団法人を設立した。記者会見では、このほど内閣府に対し、税制優遇を受けられる公益財団法人になるための申請をしたことを明らかにした。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52033220R11C19A1000000/
(日本経済新聞 令和元年(2019年)11月11日(月))

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 吉野氏のノーベル賞受賞に日本中が沸く陰で、もう一人のノーベル賞受賞者である山中伸弥教授は、こんな記者会見を開いて居るのである。そんな状況が、日本の科学には起きて居るのである。吉野氏のノーベル賞受賞は、もちろん、喜ばしい事である。しかし、果たして、そのニュースにうかれて居て良いのだろうか?
 山中教授がこの問題を訴えた後、厚生労働省のさる官僚が、名を挙げて批判され、その官僚の私的事情が、この国からの支援打ち切りの提案に関係が有ったのではないか?と言う報道が為されて居るが、これについては、続報を待とう。


2.予算縮小と人員削減


 21世紀に入って、日本人のノーベル賞受賞が続く一方で、日本の科学研究は、予算の縮小と人員削減によって、窮地に追い込まれて居る。
 私の身近な事例で話そう。私の知る或る大学院生は、大学院(修士課程)で、iPS細胞に関わる研究をして居る。しかし、その大学院生は、研究職に進む事など全く考えて居ないし、それは、他の大学院生達の大部分もそうだと言う。理由は言うまでも無い。ポストが無いし、生活の保障が全く無いからだ。iPS細胞は、日本発の研究分野であるのに、この分野で研究職に進もうとする日本の若者は、極く少数でしかないのである。その一方で、日本の大学院には、多くの中国人大学院生が留学して居る。
 又、私の知人に、東大の理科系の或る学部を卒業し、その後、その分野でエリート・コースを歩んだ人が居る。その人は、その後、自由な立場に成り、現在は、母校の為に尽くして居る。この人は、自分の母校である東大をとても愛して居るのだが、今、この人は、母校の東大の現状に強い危機感を抱いて居る。会う度に、彼は、予算削減によって東大が追い込められた状況の厳しさを聞かせてくれるのだが、それによれば、例えば、東大の理科系学部における実習ひとつ取っても、実験機器のメインテナンスが予算削減のあおりで、維持する事が難しくなって居ると言う。老朽化した実験機器や器具を交換する事が難しいのだが、文部科学省は、そうした実情にも関わらず、毎年、一定の予算削減を既定路線として推し進め、結果、東大における学部教育が、本当に、危機的な状況に在ると言う。この人は、そして、東大における中国人優遇の空気について、懸念を抱いて居る。「文部科学省は、中国の手先だ。」とまで、この人は言う。日本の大学、研究所における中国人研究者の増加は、STAP細胞問題の際に伝えられた理研の状況からもうかがえた状況であるが、これは、別のテーマとしておこう。
 こうした状況と無関係とは思えないのが、日本の大学から発表される自然科学分野の論文が、数としては横ばいであるが、中国やドイツに抜かれて、世界4位に下がって居ると言う事実である。日本のこの停滞に対して、中国の論文数は、21世紀に入って、4倍に増え、インドや韓国も論文数は2倍以上に増えて居ると言う。これは、私自身、学会に行く度に実感する事だ。アジアの科学研究のレベルが上昇して居る事は喜ぶべき事である。しかし、その中で、日本の科学研究予算が毎年削減され、若い研究者にポストが用意されないとは、一体、どう言う事だろうか。


3.国益としての科学


 日本のマスコミを見て居ると、日本人研究者がノーベル賞を受賞した時以外は、日本の科学研究の現状と未来を取り上げる事が少ないと言う印象を持たずに居られない。
 TPPや日米貿易協定の話であれば、日本の国益に関わる問題であると言う受け止め方がされるが、科学研究の話については、それが日本の国益に直結すると言う感覚が、マスコミには欠落して居ると思わずには居られない。
 しかし、それは、大間違いである。科学研究の水準低下は、日本の国益に直結する深刻な問題である。医者である私は、医学において、この問題が、いかに日本の国益を左右するかを痛感して居る。それが何故なのか、日本を代表する医学研究者の言葉を引用しよう。


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 実はゲノム分野で欧米に負けるということは、日本にとって大変なことが起きるということです。ところが従来、日本にはこういう感覚があまりなかった。
 では、負けるとどういうひどいことが起こるかというと、ゲノム研究というのは基本的にはその分野の先進国を中心に世界中で特許の取り合いになっています。新しい治療薬とか診断技術を開発するための特許ですが、この分野で遅れると、非常に高額な特許使用料を医療を受けるたびに払わなければいけないことになります。
 最近問題になっているC型肝炎の場合を例にとると、1回血液検査をするのにいま6000円くらい必要ですが、そのうちの約2000円が欧米の2つの会社に対する特許料と推測されています。その2社というのは、1つはC型肝炎の遺伝暗号を解明した会社、もう1つは遺伝子の解析技術を開発した会社です。
 つまり、ウィルスの配列、ウィルスの遺伝暗号そのものが特許になっている。それを使った検査技術そのものも特許の範囲に含まれますから、年間、C型肝炎の診断に使われているのが50億円から100億円くらいで、そのうちの20%から30%がいまや米国に流れているという状況です。これに類することがどんどん拡大する可能性はあると思います。


(中村佑輔「緊急提言・オーダーメイド医療に必要なゲノム研究・日本は米国と比べ国家戦略として取り組む視点が欠けている!」(「財界」春季特大号・2001)88~91ページ)88ページ)


なかむら・ゆうすけ 昭和27年生まれ。52年大坂大学医学部卒業、62年米国ユタ大学人類遺伝学教室助教授、平成6年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授、平成7年同・ヒトゲノム解析センター長。

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 中村祐輔氏は、がん研究で世界的に知られる研究者(医師)である。その中村祐輔氏が、こう懸念を述べたのが、今から18年前の2001年である。不幸にして、中村氏のこの懸念は、既に的中して居る。中村氏のこの警告の通り、科学研究における遅れは、特許料の形で国益の喪失をもたらし、更には、検査や治療における特許料の形で、医療費の上昇にも影響を及ぼして居るのである。財務省は、科学研究への支出削減が、回り回って、医療費の上昇をもたらして居る事を理解して居るのだろうか?山中伸弥教授の上の訴えとともに、政治家と官僚は、中村祐輔氏のこの警告を思い出すべきである。


4.ノーベル賞が大事なのではない


 大切な物は、ノーベル賞ではない。大切なのは、ノーベル賞受賞者の数ではなく、ノーベル賞受賞者を輩出する様なレベルの科学研究が、維持される事である。日本人がノーベル賞を受賞する事が大事なのではなく、ノーベル賞受賞者を出す様な科学研究のレベルを日本が維持できる事が大切なのである。だが、ノーベル賞ばかりに気を取られ、ノーベル賞をフィギユア・スケートの金メダルやラグビー・ワールドカップの勝利の様に受け止める事が、一般的になって居る。そして、政治家や官僚は、それを利用して居る。例えば、山中伸弥教授がノーベル賞を受賞した時がそうであったと思うが、政治家や官僚は、自分たちの人気取りや予算獲得、権限拡大のためにノーベル賞による科学への一時的関心を利用する一方、マスコミの関心が冷めると、手の平を返す様に、予算を打ち切ったりするのである。科学を国家百年の計として振興する様な発想は全くない。ただ、その時の政治家の人気取りや官庁の権益の為に、「科学立国」と言った言葉をキャッチ・フレーズに使うだけなのである。
 私は、「理科系」「文科系」と言う言葉は嫌いである。本当は、この区別を無くす事こそが大切だと思って居る。
だが、山中伸弥教授や中村祐輔氏の警告を無視する政治家や官僚たちの科学軽視の姿勢を見て居ると、つくづく、この国(日本)は「文科系」独裁国家なのだと思わざるを得ない。


(終わり)




(参考サイト)
https://www.sbbit.jp/article/cont1/34227



西岡昌紀(にしおかまさのり)  

1956年東京生まれ 北里大学医学部卒 内科医(脳神経内科) 著書に「アウシュウィッツ『ガス室』の真実/本当の悲劇は何だったのか」(日新報道・1997年)、「教科書が教えない小林よしのり」(共著:ロフトブックス・1997年)、「ムラヴィンスキー/楽屋の素顔」(2003年・リベルタ出版)、「放射線を医学する/ここがヘンだよ『ホルミシス理論』」(リベルタ出版・2014年)「短編小説集『桜』2017」(文芸社・2017年)他が有る。 趣味は、数学とピアノ、クラリネット。