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    テレビは、福島第一原発の上空で、使用済み核燃料プールに水
   を投下しようとする自衛隊のヘリコプターを映し出してゐた。し
   かし、ヘリコプターが投下する水は、風に流されて、思ふ様に目
   標に落下しない。富樫の父は、数日前から、テレビが繰り返し流
   してゐるそのVTRを、ベッドの上で、無言で見つめてゐるのだ
   った。
    富樫は、父の後ろに立った。そして、無言のまま、父の後ろで、
   テレビのその画面を見つめた。父は、富樫に気付かぬまま、更に、
   その映像を見つめ続けた。癌を患ふ父親とその息子は、そうして、
   そこで無言のまま、福島第一原発事故の状況を伝えるテレビの画
   面を見つめ続けたのだった。

   
    富樫は、父の後ろでテレビの画面を見ながら、福島第一原発の
   上に広がる空を美しいと思った。彼は、核燃料プールに水を投下
   するヘリコプターの映像を見ながら、その光景の背景に広がる青
   空を、美しいと思ったのだった。
    ヘリコプターの乗員たちは、生命を賭して、原発の上を飛行し、
   その水を投下したのだった。そして、彼らのその命懸けの行為に、
   日本の存亡が掛かってゐた。富樫は、その事は、もちろん知って
   ゐた。
    だが、その時、父の後ろで、その映像を見つめてゐた富樫は、
   福島第一原発の上に広がる福島の青空に、心を奪はれたのだった。
    空とは、こんなに美しい物だったのか?と、富樫は思った。
    空が、これほど青く、美しい事を、自分は忘れてゐたと、富樫
   は、思ったのだった。

(西岡昌紀(著)『三つのチーク県の民謡』(文芸社・2020年)126~127ページ)
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