西岡昌紀のブログ

内科医西岡昌紀(にしおかまさのり)のブログです。日記の様な物ですが、過去に書いた小説、単行本の文章、雑誌記事、ネット上の文章、などもここに収録する予定です。

1956年生まれの内科医です。専門は神経内科。東京生まれです。これまでの著書に「アウシュウィッツ『ガス室』の真実/本当の悲劇は何だったのか?』(日新報道・1997年)、「ムラヴィンスキー/楽屋の素顔」(リベルタ出版・2003年)その他が有ります。ミクシイ会員でもあります。

PCRを制限する事は公衆衛生上の自殺行為である。


PCRを制限する事は公衆衛生上の自殺行為である。


1.現場の医者として


 
 私は、この文章を3月17日(火)の正午過ぎに書いて居る。その事を念頭に、以下の文章を読んで欲しい。
 私は、今、武漢肺炎(COVID-19)の行方に、強い懸念を抱いて居る。
 外れて欲しいのだが、「医療崩壊」と呼ばれる様な状況が、日本の一部の医療機関で、間も無く起きるのではないか?と、私は、予想する。
 その理由は、COVID-19の診断において、現時点では、唯一の検査法であるPCR検査の施行を国が強く制限し、私たち現場の医者に、PCRを自由に行なう裁量を与えないからである。
 この疾患の診療の最前線に居る内科医として、私は、声を大にして言う。今、COVID-19の診療において、厚労省が医療現場にPCRの自由な施行を許そうとしないこの政策は、公衆衛生上の自殺行為である。厚労省のこの誤った政策の結果、これから1か月くらいの間に、複数の病院で、COVID-19の院内感染が発生し、その院内感染によって、医療機関の稼働率が低下する結果、死亡者数が増加する可能性が高い事を、3月17日(火)の今、私は、言っておく。
 結論から言おう。今、武漢肺炎(COVID-19)との戦いで最大の問題は、COVID-19を診断する為の検査であるPCRを現場の医者が自由に行えない事である。そして、最も喫緊の課題は、現場の医者に、PCRを行なう裁量を与える事である。現時点では、COVID-19の唯一の診断法であるPCRを現場の医者が自由に行えず、保健所が検査をするかしないかを決定して居る今のやり方を続けた場合、院内感染が増加する事は避けられない。その場合にこそ、医療崩壊が起こる事を声を大にして警告したい。これが、現場の医者からの警告である。その理由を説明するので、良く聞いて欲しい。


2.「検査を増やすと医療崩壊になる」?



 先ず、私が、今、首をかしげて居るのは、マスコミやインターネットで広く語られて居る次の言説である。

「この病気の診断で、PCRによる診断が増加すると、それを求める患者が、医療機関に殺到し、医療崩壊が起きる」

 一体、これは、何処の国の話なのだろうか?「緘口令」が出て居るので、固有名詞は出さないが、私は、この疾患(COVID-19)の診療の最前線に居る内科医である。その私の言う事を聞いて欲しい。PCRによるパニックなど、全く起きて居ない。全く起きて居ないのである。
 私の病院でも、私が良く連絡を取り合う医療機関の医者も、今現在(2020年3月14日(土))現在、PCR検査を求める患者が殺到する状況等には、全く遭遇して居ない。そして、私は思う。この疾患に関するニュースが、トップニュースとして毎日報じられて居る中、仮に、そんな事が起こるとすれば、もう、とっくにそう言う事が起きて居る筈である。
 しかし、そんなパニックは全く起きて居ない。影も形も無い。不安からPCRを求めて来院する患者が居ない訳ではないが、全く少数である。「ためしてガッテン」を見て、「MRIをやって欲しい」と言って来院する患者の方がよっぽど多いと言うのが、現実である。
 「PCRを沢山やると医療崩壊に成る」などと言うのは、「たられば」の話である。しかも、「たられば」の中でも、現実性の無い、医療現場の医師たちには現実感の無い「たられば」である。
 COVID-19の診断で今よりPCRの件数が増えるとパニックが起きて、医療崩壊に成るなど、医療現場を知らない人の言う事である。


3.怖いのは、パニックではなくARDSである。


 怖いのは、そんな事ではない。怖いのは、この疾患に合併する事のあるARDSと言う症候群である。皆さんは、このARDSと言う疾患(正確には症候群)の名を聞いた事があるだろうか?ARDSこそが、プロである最前線の医師たちが、今、一番恐れて居る問題である。だが、この事は、ほとんど報道されて居ない。それが、どの様な物なのかを説明しよう。
 ARDSは、1967年に初めて報告された呼吸不全症状である。詳しく説明する紙面の余裕は無いが、簡単に言えば、普通の意味の肺炎と異なり、敗血症や出血性ショックなどの重篤な疾患に罹患した患者が、最初の疾患に続いて陥る重症の呼吸不全症状である。
 ARDSは、ベトナム戦争中に、負傷した兵士に多発した事から、注目される様に成った様である。ARDSは、普通の細菌性肺炎やウィルス性肺炎とは異なり、何か重篤な状態に陥った患者が、時間が経ってから陥る呼吸不全症状で、日本やアメリカでの死亡率は30~40%前後とされて居る。
 極言しよう。COVID-19との戦いの核心は、このARDSとの戦いである。
 中国からの論文に依れば、入院したCOVID-19患者の約4分の1(138人中36人)はICUに入る必要が生じ、そのICUに入った患者の6割(36人中22人)は、ARDS患者であったと言う。

出典:Dawei Wang et al :Clinical Characteristics of 138 Hospitalized Patients With 2019 Novel Coronavirus-Infected Pneumonia in Wuhan, China:JAMA  February 7, 2020) http://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2761044) 


 ARDSならば、人工呼吸器装着、もしくは、後述するECMOと言う治療が、必須である。又、私の手元にある医学書によると、ARDS患者の人工呼吸器使用は、平均で16日間に及ぶと言う。
 COVID-19が出現するはるか以前から、ARDSは、医療の現場では、治療が困難な、深刻な疾患であった。そのARDSが、COVID-19によって急増する事が、医療の現場に、いかなる状況をもたらすか?その可能性を、今、私たち現場の医師たちは、強く懸念して居る。

 
5.救命率を左右するECMO


 最近は、従来の人工呼吸器に代わる呼吸管理法としてECMO(extracorporeal membrane oxygenation「体外式膜型人工肺」)と言う体外循環法が行なわれる事が増えて居る。このECMOは、簡単に言えば、透析の様に、血液を体外に取り出して、血液を酸素化する方法である。今お話しして居るARDSには、このECMOが有効であると言う報告がなされて居る。実際、COVID-19においても、既に、ECMOが使われ始めて居る。
 しかし、ECMOは、特殊な機器を使用する。その上、体外循環を行なう為に、特殊な手技が必要である為、これを行なえる医者は多くはない。ECMOを行なえる医療機関は、非常に限られて居る。ECMOは、大学病院などの限られた医療機関でなければ行なえない治療技術なのである。
 3月4日(水)、NHKは、朝のニュース「おはよう日本」において、このECMOを取り上げて居る。それに依ると、この日(3月4日(水))の時点で、ECMOの治療を受けて居るCOVID-19患者が、全国に15人居ると言う事であった。ECMOによる治療を受けて居ると言う事は、ARDSを合併した患者が、その時点で、全国に15人以上居た事を意味して居る。今、現在、全国で何人くらいのCOVID-19患者が、ARDSを合併し、ECMOの治療を受けて居るのだろうか?
 手元に数字は無いが、韓国やイタリアで「医療崩壊」と呼ばれる様な状況が、本当だとすれば、それは、病床の不足と、ECMOの不足が原因ではないか?と、私は推察して居る。それは、いずれ、医学雑誌で、明らかに成る筈であるが、ARDSに対して、ECMOはかなり有効なので、今後、各国におけるCOVID-19による死亡率は、人口当たりの病床数とECMOをどれだけ行えるかの2つの因子によって明暗が分かれると予想する。もちろん、死亡率の裏返しである救命率も、である。


6.私が恐れる最悪のシナリオ


 今、日本の医療現場では、仮に、医者が或る患者について、COVID-19の可能性を疑い、PCRによって診断しようとすると、保健所に連絡を取って、保健所の同意を得なければならない。しかし、そうした時、保健所は、レントゲンを撮って、肺炎の有無を見てからでなければPCRは行えないと回答する事が多いのである。ところが、このアメリカからの症例報告は、こうした日本の保健所のやり方では、COVID-19患者を見落とす可能性が有る事を証明して居る。
 懸念されるのは、こうした保健所の方針でCOVID-19を見落とした患者が、それでも熱が有るので、或いは、全身状態が悪いので、COVID-19とは診断されないまま入院し、院内感染が起こる事である。これが、私が恐れる最悪のシナリオである。この場合、医者や看護師が感染を媒介し、感染者は、指数関数的に増える事が予想されるが、それを理由に、医者や看護師が職場を離れれば、病院の空洞化が起きる事は、言うまでも無い。原発事故の際に、原発職員が撤退すれば、最早、事故に対処出来無くなるのと同じである。
 現在の様な、保健所が、現場の医者にPCRを行なう裁量を与えず、保健所がPCRを行なう患者を選別する方法は、極めて危険な政策である。この様なPCRへの規制を続けるならば、患者を入院させる際、COVID-19の患者がそう診断されないまま入院し、院内感染を起こすと言う最悪のシナリオが現実化する可能性が極めて高いからである。この可能性を私は、警告したい。そして、これは、私のみならず、この疾患に対する戦いの現場で、多くの医者が懸念して居るシナリオである事を知って頂きたい。
 今現在、PCR以外に、COVID-19を診断する検査法は無い。PCRは、もちろん、百発百中の検査ではなく、偽陰性に成る事も有れば、偽陽性に成る事も有る。しかし、今現在、PCR以外には、何も検査法は無いのである。そのPCRを使わずにCOVID-19の診療の現場で、入院の決定などの意思決定をしろと言うには、原発労働者に線量計を与えずに、原発事故に対処しろと言うのに等しい。(私が、この比喩を語ったところ、或る医師が、私に激しく同意した。)
 そのPCRによる診断は、民間の検査機関を活用すれば、もっと行えるのである。それなのに、保健所による件数抑制を続ける今の政策は、院内感染による感染爆発への道であり、これこそが、医療崩壊への道である事を、この戦いの最前線に居る医者として、声を大にして警告したい。

(終わり)




西岡昌紀(にしおかまさのり) 

1956年東京生まれ。北里大学医学部卒。
主な著書に、「アウシュウィッツ『ガス室』の真実/本当の悲劇は何だったのか」(日新報道・1997年)、「ムラヴィンスキー/楽屋の素顔」(リベルタ出版・2003年)、「放射線を医学する/ここがヘンだよ『ホルミシス理論』」(リベルタ出版・2014年)、「短編小説集『桜』2017」(文芸社・2017年)、「三つのチーク県の民謡」(文芸社・2020年)が有る




コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
記事検索
プロフィール

西岡昌紀

カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ