胆振東部地震から1年が経った。犠牲になられた方たちに改めて手を合わせたいと思う。また、今尚仮設住宅などでの不便な生活を強いられている方たちには、1日も早い復興を願うばかりだ。

あの日、北海道全域が停電となった「ブラックアウト」は、本当に予想外の出来事だった。道民は元々のんびりしているかもしれないが、私自身も、旭川は災害の少ない街という意識が強く、停電もすぐ回復するだろうと思っていた。

情報が錯綜する中、依頼がある限り、燃料が続く限り、当社は業務を続けた。これもそののんびり気質が故に出来たのかもしれない。冷静に考えると、信号機が作動していない道路状況の中、輸送業務はとても危険だったのではないかと、後に思った。

あれからBCPという言葉がよく使われるようになった。簡単に言うと、企業の非常時対応マニュアルのことだ。色々と話を聞く機会があったのだが、恥ずかしながら未だに正式なものは作っていない。

これを機に改めて作ってみようと思う。




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