私は20歳から33歳まで、札幌で店舗デザインなどの仕事をしていた。当時はバブル期も重なり、商業施設はかなりの盛り上がりで、どこもここも建築ラッシュだった。当時は会社に泊まり込み、図面の作成や現場の往復、出張を繰り返し、異常な忙しさをこなしていた。

当時、お客さんでもあった東京のデザイン事務所の方たちにはとてもお世話になった。流行りのアパレルショップの多くを手掛けていたその会社は、若いデザイナーやディレクター、プロデューサーが多く在籍し、同世代だったこともあり、苦労もあったがとても楽しく仕事をさせてもらった。

そんな苦楽を共にした、当時の同志とも言うべきその東京の会社の先輩のひとりが、旭川に来ると連絡が来た。今は独立して、デザイナーとして活躍しているその先輩と最後に会ったのは、私が旭川に戻ってから東京に出張で行ったとき以来だったので、20年ほど前になる。よく覚えていてくれたなという思いで、とても嬉しかった。

お昼過ぎに空港へ迎えに行き、すぐに先輩だと分かるその風貌は、見た瞬間、一気に当時へとタイムスリップした。少し観光地を車で回りながら、車中では当時の仕事などの話で盛り上がり、あっという間に夜の宴に突入。そこでもお互い20代のころを振り返りながら、話は尽きなかった。

手前みそだが、その先輩と共通していたのは、当時は一生懸命に本当によく仕事をしていた。先輩は東京で。私は札幌で。今のようにパソコンやメールなどが無い時代、FAXだけで図面をやり取りし、確認や発注をしていた。それがいつも夜中まで続いていたのだった。

「森君との夜中のFAXがね、楽しかったね。この図面のおさまりはこれでいいですか?もう終わりますか?ビール飲みたいですね!とかね。施工図と一緒にビールの絵を添えて送ってきてね。それが美味そうに見えてね。アハハ。」そう言って懐かしんでくれた。

先輩は、旭川空港に着いて開口一番「空が広いね〜」と言った。先日のある講演でも東京の人が言っていた言葉だ。地元で暮らす我々にとっては当たり前だが、どうやらそうではないようだ。この自然の豊かさと、一生懸命に夢中で仕事をしていたあのころを、改めて思い直す、そんな1日となった。まだまだお互い頑張りましょうね!今度は東京で会いましょう^^!いや鎌倉かな?w




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