地震と坐骨神経痛の日々

中越地震のその後と自身の坐骨神経痛について書き綴る.

坐骨神経痛

貼るオンパックスとホッカイロ

冬の間は,お尻に2個貼り付けている.喫煙者のタバコ代より高い?接着能に随分差がある.オンパックスは様々な繊維にしっかり着くが,ホッカイロは接着せず落ちやすい.見た目は似た様に見えるが...当面,貼るホッカイロは買わない.接着剤の改良を望む.

足がピシッ

ここのところ,締切間近の書類を遅くまで作っていて疲れが溜まったのか,足にピシッと来た.そろそろ体をアイドリングさせないとヤバいかも.

坐骨神経痛  8日目【12/18(土)】

朝から痛みは大分収まっていた.だが,左足の外側は未だ痺れていて感覚が無い.

どうしようかとグズグズしていたが,午後に漸く決心.

昨日教えてもらった鍼灸院に電話.

「針打ってください」
「午後3時に来てください」

その通りの時間に行く.車で5分は何とか乗れた!(一寸だけ嬉しかった)

「針打てる人,もう外に出掛けるのですが..」
(話が違うぞ..<聞き違い?)
「針打って貰えないと帰れません」
(実際未だいつどうなるか分からない状態なのだから必死)

なんとかやって貰う.
「最初は針は余り深く打てないんですよ」(慣れる必要アリ)

それじゃ神経までとどかないではないか? 今日のは意味無し?

マッサージは気持ちよかった.

食料が尽きたので,スーパー ナルスに立ち寄る.
ヨタヨタと,しかし,スーパーを一周出来た!

真空パックご飯と佃煮から漸く卒業.
今までよりは「新鮮な」食糧を持って,家に戻る.

夜には,近くの福島大ボランティアの宿泊先を訪れ,明日の青葉台でのミーティングは行けないことを告げ,多少のミーティングをした.

電気座布団を用意して呉れていた.その気持ちが暖かく,有り難く感じた.

その夜は久々によく眠れた.


坐骨神経痛  7日目【12/17(金)】

朝は未だ調子悪い.改善の兆し無し.

もう一度日赤に行く事を考える.

が,帰りに渡された紙を見ると,

「一日経ってよくならない時は,○○番の窓口へ」
○○番とは入院窓口.

日赤に行くのは止めた.

ウェブで調べると,針治療が良いらしい.

近在の鍼灸院を色々調べたが,何処かよいかよく分からない.

学科の秘書の方にメールをすると,あの水泳の中村真衣もお世話になっているという所を紹介された.

この日は,未だ車は無理そう.だが,夜には,痛みが少し治まって,近所の自動販売機まで歩いていけた.その距離,ホンの20m位.足が弱っていてやっとだった.

お年寄りが一週間寝ると寝たきりになるのがよく分かった.

坐骨神経痛  6日目【12/16(木)】  その2

※一連の記事は,昨年2004年12月の出来事を振り返って書いているものです.現在は元気ですので,御心配無く..

【12/16(木)その2】
激痛の中,暫く堪えて診察.

先ずベットに寝てください.

(足を伸ばすので傷み和らぐ)

(色々聞かれたと思うが,忘れた)

「坐骨神経痛の様ですね.レントゲン撮りましょう」

再び車椅子に乗る.
激痛再発.

レントゲン室の前まで移動して
放置.
激痛.

30分程待って
撮影.

また車椅子に乗って,
救急診察室の前の廊下へ.

激痛を堪えて待つ.

呼ばれる.

もう一度ベットに寝る.

腰の写真を見せられる.
「脊椎綺麗ですね.」
「坐骨神経痛ですが,ここではこれ以上治療できないので,
飲み薬と座薬を3日分出しておきます.若し良くならなかったら,通常外来に来てください」
「他に聞きたい事は?」

おい,嘗めているのか?このままでどうやって帰れというんだ.

「痛み止めでも打ってもらわないと車にも乗れないので帰れません!」

ここで初めて痛みを抑える治療を受ける.

暫く奥のベットで休む.
30分程で大分和らいだ.

歩いて退室し
治療費を払う.

車まで歩いて行けた!

「今日は試験の日.問題作って配るとするか」

と思い,駐車場を出る.

信号機2つ3つで
やっぱり激痛が再発.

自宅に戻る.
「試験できないのでレポートにします」
とメーリングリストに流す.

坐骨神経痛のホームページをあれこれ見る.
痛みでは死ねないものだと悟る.

寝る.こむら返り24時間状態に戻る.
足の痛みで気を失うようにウトウトする.

坐骨神経痛  6日目【12/16(木)】  その1

良くならず.

近くの長岡西病院に行くことを考える.
ネットで見ると,整形外科の先生は休みだが...

車に乗ろうとする.
激痛.

痛みを堪えて
歯を食いしばって
駐車場に辿り着く.

足を引きずり,
窓口へ.

「整形外科の先生は休みなので対応できません.日赤にでも行って下さい」
「分かった.もう行きます」
こちらも意地.

痛い.
日赤まで必死に車を転がす.

降りる.
目を開けて居られないほど痛い.
駐車場から窓口は遠い.

ハーハー言いながら必死に歯を食いしばる.
左足を引きずりながら歩く.

窓口へ.
「足が痛いんで....」
「歩けますか...」
「もう一歩も歩けません」

生まれて初めて車椅子に乗る.

通常の診療時間が過ぎていたので,救急外来へ.
「ここで暫くお待ち下さい」

実は,足を曲げるは激痛.
目を白黒させながら必死に堪えていると
看護婦さんが

「大丈夫ですか」
「診察待ちです」

【その2】に続く

坐骨神経痛  5日目【12/15(水)】

24時間左ふくらはぎがこむら返り状態.痛い.寝れない.朝方は痛みで気を失ったかのようにウトウトする.

やはり休むことにした.

朝起きて,締切のきていた原稿を,うつぶせになってパソコンに打ち込む.時々鋭い痛みで手が止まる.

なんとか入力を終えて送信.

テレビを見る.

弱さもまた人の人たるところだと感じる.

電子レンジまで数mが遠い.真空パックご飯をチンする.
ご飯を持って,布団の上まで足を引きずり倒れこむ.

出張の帰りにかった貝の佃煮を載せる.
体を起こして一口食べるも,足が激痛で布団に突っ伏す.
起きては食べ,食べては突っ伏しを繰り返して1時間ほどで漸く食べ終える.

うつ伏せになって,ネットサーフィンしたりテレビを見る.

動けないので,やることがない.実家や車のディーラーに電話をして与太話をする.

坐骨神経痛  4日目【12/14(火)】

好転せず.悪化傾向.
大学についても1時間ほど机にうずくまっていた.
明日は来れないと覚悟して,授業で機器の見学をすることになっていたので,その指示をスタッフにしておく.

夕方は研究室のゼミ.出ている間も時々足が痛む.
学生支援センターに荷物を取りに,中庭を歩くのも必死.

着いたら一歩も歩けず.痛い.

夜は9時頃.誰も来ないし助けも無し.

1時間ほどうずくまっていたが,どうにもならず.

気合で車まで歩く.

目をしばたかせながら,
食料を買わないと...
車を出てあるける距離は限られている...

途中のコンビニで,店内の最短距離を歩いて,真空パックのご飯を買い込む.「ローソンか蔦谷のカードをお持ちでしょうか」とか何とか聞かれた.兎に角,1秒でも早くレジを済ませて欲しかった.

家に辿り着く.布団に倒れこむ.

坐骨神経痛  3日目【12/13(月)】

トイレも激痛.
自宅にいると,越路町からのボランティアの要請.
電話に出ている時は多少痛みを忘れた.

車にやっとの思いで乗る.
大学に着いて,痛みが多少治まったところで
荷物を持って学生支援センターに辿り着く.
昼ごはんは,弁当を事務の方に買ってきてもらう.

夕方になり奇跡的に痛みが治まる.
研究室からLANケーブルを持ち出して,福島大ボランティアの宿泊している近在のお宅にネット関係の機材を設置.足が時々痺れた.

相変わらず元気な福島大ボラの面々と喋り写真を撮って帰る.

坐骨神経痛  2日目【12/12(日)】

今となってはあまり憶えていない.兎に角,1日休めばよくなるだろう,それだけ考えて寝ていた.インスタントラーメンを煮た記憶がある.
降水短時間予報
Yahoo! 基金
訪問者数

Archives
QRコード
QRコード
shinobi
※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
新潟県の天気
Googleで検索
Google

WWW を検索 このブログ内を検索
Recent Comments
  • ライブドアブログ