2018年10月15日

 笑いと怒り


 笑いの特徴を見るために、それと反対の感情と思える怒りと比較してみる。
 呼吸の仕方を比べると、笑いは息を吐き出すのに対して、怒りは息を止める。顔面の動きでは、笑いが目尻を下げるのに対して、怒りは目尻を上げる。これらをまとめていえば、笑いが緊張の解除であるに対して、怒りは緊張の持続ということができる。

 緊張の解除はフロイトのいう快感原則にしたがったものであり、緊張の維持は現実原則にしたがったものだ。快感原則とは恒常性(ホメオスタシス)を維持しようとする心の傾向を指し、緊張はそれを崩すから、心はたちまちその解除に向かおうとする。

 このことはいかに人間の心が恒常性から逸脱しやすいかを示している。恒常性はその名に反して常態ではなく、逆に逸脱こそ常態といってもいい。だからこそ、人間は逸脱から元に戻る心的な手段を発達させてきた。笑いはそのひとつと理解することができる。

 お笑いのネタに、世間常識に反する言動が使われるのは、それが現実原則に逆らうこと、すなわち快感原則にしたがうことになるからだ。現実原則が強いる緊張が解除され、快感原則にしたがった恒常性が戻ることにつながるからだ。


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                 『流砂』15号                            

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2018年10月14日

 国民は憲法と自衛隊の関係をどうとらえているか


 憲法9条に自衛隊を明記する安倍晋三の改憲案を国民がどう受け止めているかを分析した論考が先20181013_171422日、筆者から送られてきた(小此木潔「世論調査が映す『9条改憲』へのとまどい」、2018年8月31日WEBRONZA

 その中で目を引いたのは、世論調査の質問で「改憲案」とはっきりことわらずに9条への自衛隊明記案を問う場合と、ことわったうえで問う場合とでは、答えが違ってくるのではないかという指摘だ。


 今春の共同通信の世論調査では、「憲法9条は第2項で陸海空軍その他の戦力の不保持と交戦権の否認を定めています。安倍晋三首相はこの規定を維持しつつ、9条に自衛隊の存在を書き加えることを提案しています。あなたはどう思いますか」という問いに「9条の第2項を維持して、自衛隊の存在を明記する」40%、「9条の第2項を削除した上で、自衛隊の目的、性格を明確にする」28%、「9条に自衛隊を明記する必要はない」29%、という回答だった。筆者はそれを紹介したうえで、「質問には自衛隊明記が改憲案であるとの表現がないため改憲ではないと受け取られている可能性もありそうだ」と指摘している。


 同じ時期の読売新聞の世論調査についても筆者は同様の見方をしている。「憲法第9条について、戦争の放棄や戦力を持たないことなどを定めた今の条文は変えずに、自衛隊の存在を明記する条文を追加することに、賛成ですか、反対ですか」という問いには「賛成」55%、「反対」42%だった。これについて筆者は「質問では、自衛隊を明記する案が改憲案だとはっきり示されていないこともあって、自衛隊を書き加えるだけなら『改憲』ではないかもしれないとか、その程度なら問題ないなどと考えて、賛成に回る人が増えた可能性もある」と述べている。


 これらと対照的に、朝日新聞が同時期に実施した世論調査では「安倍首相は、憲法9条の1項と2項をそのままにして、新たに自衛隊の存在を明記する憲法改正案を提案しています。こうした9条の改正に賛成ですか、反対ですか」という質問に「賛成」39%、「反対」53%だった。「共同通信や読売新聞の世論調査に比べ、自衛隊明記の改憲案に反対が多いのは、朝日新聞の質問でそれが『憲法改正案』であると明記したことも一因となった可能性がある」との見方を筆者は示している。


 さらに、毎日新聞が同じころに実施した世論調査では、自衛隊明記が「改正案」であることを示したうえで賛否を尋ねたところ、「賛成」27%、「反対」31%、「わからない」29%だったことも紹介している。


 私の理解では、自衛隊明記を「改憲案」と明示しないで質問した場合、回答者は現実の自衛隊、自衛隊法上の自衛隊を想定し、明示した場合は理想からみた自衛隊、憲法からみた自衛隊を想定している可能性がは高い。非武装の理想を掲げる9条は武装組織の名前を書き入れる場所ではないだろう、と考える国民は少なくないはずだ。それは信仰に近いといってもいいかもしれない。


 9条にうたわれている非武装は目指すべき理想だが、現実にはそれが難しいので必要最小限の武装組織として自衛隊を保持せざるを得ない、というのが大方の国民の理解だろうと私は考えている。安倍晋三は自衛隊の明記によって理想の中に現実を導き入れ、理想を壊そうとしており、国民はそれに違和感を覚えていると推察される。


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2018年10月13日

 国民は安倍政権のどこを見ているか


 先日、私は安倍晋三を支持しない理由として彼の復古的なイデオロギーをあげた。だが、国民の多くがあげる20181007_153745安倍内閣不支持の理由のトップは「政策の面」だ。この違いは、私が子供あるいは未熟な若造の目で安倍政権を見ているの対して、国民は大人の目で見ていることを示しているように思える。


 朝日新聞の最近の世論調査によると、安倍内閣の支持率は41%、不支持率は38%で、支持する理由のトップは「他よりよさそう」49%、不支持のそれは「政策の面」の37%となっている。選択肢に「安倍さんの思想」といったたぐいのものがないので、私のように不支持理由にイデオロギーをあげることができない設問になっているが、そうした選択しがあったとしても、それを選ぶ有権者は少ないのではないだろうか。


 吉本隆明はイデオロギーからもっとも遠い人間の在り方を大衆の原像として想定した。国民の多くは私よりはるかにその大衆の原像に近いはずだ。原像としての大衆はいってみれば生活のプロフェッショナルであり、その意味で地に足の着いた大人ということができる。

 これに対して、私のようにイデオロギーにとらわれる者は、とらわれているぶんだけ生活という地面から足が浮いており、子供または未熟な若造というほかない。


 このことは国民が安倍晋三の復古的なイデオロギーを子供または未熟な若造が抱きがちな観念という程度にしか見ていないことを示している。現にそれは安倍政権の政策にはあまり反映されていない。すなわち安倍のイデオロギーのモデルとなっている大日本帝国の名残りを政策の中に見出すのは難しい。


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2018年10月12日

 不完全な自由


 憲法改正の国民投票で賛否を呼びかけるテレビCMが、投票15日前まで無制限に流せるのは、資金20181007_153830力のある自民党などに有利になるとして、野党などがCMの規制を主張している。


 もし可能なら、表現の自由を少しで制約する規制は一切すべきではない。CMをまったく規制しなくても、公正さが保たれ、互いの自由を侵害しなければ、それに越したことはない。


 だが、いま私たちが享受している自由はそんな自由ではなく、他人の自由を侵すかもしれない不完全な自由だ。その不完全さを埋め合わせるには自由に反すること、つまり規制もやむを得ないと考えられているのが現在の民主主義だ。


 それでも、私は「完全な自由、他人の自由を侵害しない自由を享受できる社会」という理想を手離すべきではないと考える。その実現には、これまで人類史を貫いてきた富の稀少と偏在が過剰と遍在に変わることが必須の条件となる。


 そんな社会が果たして現実のものになり得るのか、仮になるとしてもいつのことなのか、それはまったくわからない。けれど、絶えざるイノベーションによって進むモノやサービスの低価格、無料化は、歴史の針路がそうした理想社会の方を向いていること示している。


 それが到達不可能だとしても、その理想を手離してしまえば、たちまち行き過ぎた規制がはびこるだろう。憲法9条のうたう非武装は理想だからこそ、武装の行き過ぎの歯止めとなっている。



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2018年10月11日

(667)ハンサムなふたり


30代フリーター やあ、ジイさん。接戦の予想もあった沖縄県知事選で普天間基地の辺野古移設に反20181007_153712対する玉城デニーが大勝したのはなぜだと思う?

年金生活者 あまり指摘されていない勝因のひとつに経済の好調がある。八幡和郎という元通産官僚の評論家は「これまで保守が勝ったのは、だいたい、経済不況や失業が原因だった」と指摘する(「沖縄知事選の敗因はアベノミクスの恩恵という皮肉」、10月1日「アゴラ」)。

 かつて政府に批判的な革新自治体が相次いで誕生したのは高度経済成長の時代、あるいはその余韻が残っている時代だったことを思い起こせば、うなずける見方だ。政府に批判的ということは、現状に批判的であること、理想を求めていることを意味する。生活に困っているとき、人はその日を生き延びるのにせいいっぱいで、理想を追う余裕を持てない。

 資本主義の高度化が先進国や新興国の人びとの生活にゆとりをもたらしたとき、それまで一般国民の間であまり語られることのなかった大小の理想が語られるようになった。たとえば、核兵器の禁止、地球環境の保全、マイノリティーの保護、ジェンダーフリーなどだ。

 同様のことは沖縄にもいえる。経済の好調が県民に基地の縮小という理想を語る余裕を与え、それが玉城への投票に結びついた。朝日新聞は「今は民間の仕事がたくさんあるから困っていない」と玉城を支持した土建業者の話を紹介していた(10月1日朝刊)。

30代 豊かになっても、理想を語ることが許されない中国のような国もある。

年金 理想を語ることを抑えつける独裁政権を多くの国民がいやいやながらでも耐えているのは、昔に比べればずっと豊かな現実が目の前にあるからだ。

 その状態がいつまでも続く保証はない。豊かさは必ず国家から個人への権力の分散を促す。つまり国家を弱体化させる。エスカレートする習近平政権の強権的な振る舞いは、そうした弱体化のあらわれでもある。

30代 玉城の勝因は経済だけじゃないだろう。

年金 対立候補だった佐喜真淳よりハンサムなところも勝因のひとつだ。マスメディアは候補者の顔の良しあしに触れるのをタブーにしているので、それが選挙に影響ないかのように報道するが、顔が情勢を左右することはだれでも承知している。

 それに、沖縄県知事選候補者のハンサム度の違いは顔だけにとどまらなかった。佐喜真は言うこともアンハンサムだった。「女性のパワーというか能力は年々あがってきている」「まずは女性の質の向上への環境を作っていく」と女性を見下す発言をした。なるべく女性にモテないように振る舞っているように見える男をハンサムと感じる者はあまりいないだろう。朝日新聞は選挙期間中、情勢調査の結果として「女性の支持は玉城氏が多い」と報じていた(9月24日朝刊)。

 私たちがハンサムな人相に惹かれるのは、それを見ると自分がその相手に好意をもたれているかのように錯覚するからだ。人間の顔に限らず、美しいものというのは「快いところのもの」(カント『判断力批判』篠田英雄訳)だ。快くさせてくれるのが人間なら、それは相手が自分に好意を抱いているからに違いない、と思い込んでも不思議ではない。

 好意をもたれることは、認められ、尊重されることであり、それは私たちに深い満足をもたらす。以前よりもみんなの承認欲求が高まっている今のような時代には、その効力はさらに大きい。

30代 安倍晋三の政権が長く続いているのも彼がハンサムだから、とジイさんは言いたそうだな。

年金 二枚目もずっと見ていれば飽きる。顔だけで長期政権は築けない。第2次安倍政権が国政選挙で全勝するほど国民の支持を集め続けることができた要因を拾ってみる。

1.顔だけでなく、愛想もいい。だから、ふだん間近で接する機会の多い自民党議員にあまり嫌われず、総裁選の議員票で石破茂を圧倒した。党内基盤の強さは選挙に有利だ。内輪もめしていた民主党政権を思い起こせばわかる。

2.第1次安倍政権で国民をあなどってつまずいたこと、のちに成立した民主党政権も同じ轍を踏んで下野したことを教訓に政権運営にあたった。

3.従来の経済政策を、そこまでやるかと思われるほど大がかりにしたアベノミクスで、企業業績や株価を上げた。

4.苦労人の菅義偉を官房長官に据え、育ちのいい自分にはわからない一般国民の気持ちを把握してきた。第1次政権の官房長官だった与謝野馨はエリートで、たぶんそれができなかった。

5.グローバル化の反動でナショナリズムが世界各国で勢いを増し、日本国民のあいだにも安倍晋三の復古的なイデオロギーを容認する雰囲気が生まれた。

30代 まるで安倍支持者みたいな言い方だな。

年金 私は彼の復古的なイデオロギーが気に入らないので、彼を支持する気になったことは一度もないし、これからもないだろう。だが、いま列挙した評価は私の好き嫌いとは関係なしに成り立つはずだ。それは左派や進歩派には認めがたいことかもしれないが、政権交代を目指すなら、それを認めることから始めるしかない。


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Posted by nkmrrj04fr at 15:19Comments(0)犯罪論

2018年10月10日

 憲法が不要になる時代を到来させるために


 レーニンが夢見た国家の死滅は、国家を支える民主主義の死、そしてその制度を構成する憲法の死を20181004_164416_Burst01意味した。

 いま私たちの国で左派や進歩派が護持を叫ぶ日本国憲法まもた、国家が死滅すればそれに殉じて死ぬ。国家の未来に関する限り上記のレーニンと同じ立場に立つ私は、憲法の死を理想の状態と考えている。

 だが、それを今ここで実現しようとすれば、その理想をつぶすことになる。憲法がなくなれば、その縛りを解かれた政府は好き勝手なことをやり出す。歴史は後退するほかない。

 
レーニンは国家を死なせるには、その死に抵抗する階級、すなわちブルジョワジーを抑圧する必要があり、それには国家の力が不可欠と考えた。それと同じように、憲法の不要な理想の未来を到来させるためには、それに抵抗する国家権力を抑圧する必要があり、それには憲法が健在であることが不可欠となる。


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Posted by nkmrrj04fr at 17:46Comments(0)憲法について

2018年10月09日

 感情の過敏さがエスカレートしてきた


 私の感情の過敏さは次第にエスカレートしているようだ。

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 きのう夕方、夕食を食べようと、ベーカリーカフェに入った。サラダとチーズタルトとコーヒーを注文し、代金810円を払うため、千円札と10円玉を注文カウンターの受け皿に置いた。さらに500円玉のお釣りがほしくて、財布の中に300円がないか探そうとした。


 若い女性のスタッフはそれにかまわず、千円札と10円玉をサッと受け皿から取ってレジを操作し始めた。私が財布の小銭入れをさぐりながら「ちょっと待って」と声をかけると、彼女はこんどは千円札を皿に戻した。私が小銭だけで支払おうとしていると思ったのだろう。


 見つかった100円玉2枚と50円玉2枚を私が受け皿に置くと、彼女は私の意図を初めて察して、500円玉とレシートを私に差し出した。あとでそのレシートを見ると、お釣りは200円と印字されていた。処理を急ぐ彼女がこちらの意図を先回りして判断していたあとがうかがえた。


 注文したものを店のテーブルで食べ始めた私は、彼女の接客の仕方に次第に痛みと怒りを募らせた。注文の処理を少しでも早く済ませようと先を急いでいるのがその動作から見え、こちらが急かされ、ぞんざいに扱われているように感じたからだ。


 帰りにひとこと苦情を言っておこうか、と考え始めた。だが、相手の応答の仕方によっては、さらに痛みや怒りがエスカレートする恐れもある。このまま何も言わずに帰っても、痛みや怒りはやがて消えるだろう。私は迷いながら食べ終え、最後は今すぐにでもこの嫌な気分を振り払いたい気持ちに押されて、苦情を言うことにした。


 トレーを返却台に置きに行くと、たまたまその女性スタッフが目の前にいたので、「あのね。あなたに言いたいことがあるんだけど」と話はじめた。

 

 私「さっき注文したとき、千円札と10円を出したら、あなたはそれをすぐに取ったよね。こっちが『ちょっと待って』と言わなかったら、そのまま行って(処理して)たんじゃないの。こっちは小銭を減らしたくて(あと300円を探していたのに)」

 彼女「あ、1,310円」

 私「判断や動作が早いのは尊敬するけど、それが行き過ぎると、急かされているみたいで感じよくないよ」

 この間、彼女は「1,310円」という金額を口にした以外は言葉を発することなく、笑みを浮かべながら、こちらを見ているだけだった。両目のふちが小刻みに震えているのがわかった。私は謝罪の言葉を期待してひと呼吸ほど待ったが、何もなく、あきらめて店を出た。彼女の表情に彼女の負い目があらわれているから、それでいいと思おうとした。


 だが、時間がたつにつれ、痛みと怒りはエスカレートした。「失礼しました」とも「申しわけありません」とも言わず、ただ笑みを浮かべてこちらを見るだけの彼女は、自分はちっとも悪くないと言いたがっていたのではないか。そんな気がしたからだ。


 謝罪を要求すればよかった。もっと接客態度をとがめてもよかった。けれど、それをするのが怖かった。強い言葉を吐けなかった。情けないことだ。そんな想念が繰り返し浮かんでは消えた。


 そして、また同じようなことがあったら、ふたつのことを実行しようと思った。ひとつは、相手の言動に痛みや怒り感じたら、その場ですぐに苦情を言うこと。もうひとつは、苦情を言うときは中途半端に終わらせないこと。いずれも怒りはむき出しにせず、冷静に、ということが前提になる。


 その場ですぐに言うのがいいと思ったのは、体にけがをしたときは処置が早いほど治りも早いように、心を負傷したときもすぐに手当をしたほうが早く治ると考えたからだ。それに、相手のほうもあとになって言われると、傷つく度合いが深まる。記憶も薄れるので、苦情を不意打ちのように感じるからだ。その場ですぐに言われると、なぜ言われるのか思い当たるので、それが心の準備となって、傷が浅くて済む。


 苦情は中途半端に言わないほうがいいと考えたのは、そうしないと不全感が残り、それが反復強迫となって、繰り返し苦しむことになるからだ。きのうからきょうにかけての私はその状態に陥った。


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2018年10月08日

 米中冷戦のゆくえ


 アメリカが中国に仕掛けた貿易戦争は、熱い戦争、リアルな戦争に代わって世界の戦争の本流となっ20181007_152802た冷たい戦争、バーチャルな戦争の新しい形態だ。

 核兵器の量と性能を競った東西冷戦は、関税を武器にすることはできなかった。両陣営の経済はグローバル化した現在のように密接につながっていなかったからだ。米中が貿易戦争を戦えるようになったのは、中国の資本主義がグローバル化とともに発展し、両国の経済が地続きになったからだ。

 東西冷戦でも西側陣営のほうは経済力を武器にすることができた。この戦争は核の力を競い合うだけでなく、それぞれの国民をどれだけ豊かにしたかを競い合う戦争だったからだ。核の力に大差のなかった両陣営の勝敗を分けたのはこの経済の力だった。

 世界第1位と2位のGDPを誇る現在の米中の間には、経済力も大差なくなってきている。両国が貿易戦争の形で競い合っている経済力は、かつての東西両陣営の軍事力に相当するものになっている。

 だとしたら、米中冷戦の勝敗を分けるものはなにか。いま想定できるのはブロックチェーンの技術がもたらす社会の変化だ。この技術は、現在の中央集権的な組織、社会のあり方を自律分散型に変える可能性を持っていると考えられている。

 共産党一党独裁の中国がそれに抵抗するのは目に見えており、そのことが経済発展の足を引っ張るのは必至だ。それは中国の民衆がやっと手にした豊かさを損なう可能性がある。長期的に見れば、この冷戦は中国に不利というほかない。


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2018年10月07日

 安倍晋三はなぜ「名宰相」か


 元通産官僚で評論家の八幡和郎が安倍晋三を「近来まれにみる名宰相」(「いつか来るポスト安倍時20181007_153724代の首相像はかくあるべし」、9月7日「アゴラ 言論プラットフォーム」と評していることを前に紹介した。八幡はその根拠をあげていなかったので、もし私がわが総理を「名宰相」と持ち上げるとしたら、どんな根拠をあげることができるか考えてみた。

 安倍晋三がこれだけ長期政権を維持できたのは、国政選挙に全勝してきたからで、その全勝は国民の支持が安定的に続いてきたことを示している。こんなことは「近来まれ」であり、民主制のもとでは国民に支持されるリーダーこそ優れたリーダーと考えるなら、八幡の評価はある程度うなずける。

 
なぜ安倍政権は長期にわたって国民の支持を得ることができたのか。想定される理由を箇条書きにしてみる。


1.
なによりも首相本人がハンサムだ。これは選挙のさいに有権者に好かれる大きな要因となる。麻生太郎と比べれば納得できるだろう。

2.愛想もいい。だから、ふだん間近で接する機会の多い自民党議員に好かれ、総裁選の議員票で石破茂を圧倒した。

3.第1次安倍政権で国民をあなどってつまずいたこと、のちに成立した民主党政権も同じ轍を踏んで下野したことを肝に銘じ、政権運営にあたった。

4.従来の経済政策を、そこまでやるかと思われるほど大がかりにしたアベノミクスで、企業業績や株価を上げた。

5.苦労人の菅義偉を官房長官に据え、育ちのいい自分にはわからない一般国民の気持ちを把握してきた。第1次政権の官房長官だった与謝野馨はエリートで、たぶんそれができなかった。

6.グローバル化の反動でナショナリズムが世界各国で勢いを増し、日本国民のあいだにも安倍晋三の復古的なイデオロギーを容認する雰囲気が生まれた。 

 
私は安倍晋三の復古的なイデオロギーが気に食わないので、彼を支持する気になったことは一度もないし、これからもないと思う。だが、上に列挙した評価は私の好き嫌いとは関係なしに成り立つはずだ。それは左派やリベラル派には認めがたいことかもしれないが、政権交代を目指すなら、それを認めることから始めるしかない。


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2018年10月06日

 どこに目を凝らすか


 流血と破壊の熱い戦争、リアルな戦争は世界の戦争の傍流となり、現在は冷たい戦争、バーチャルな20181004_164519戦争が本流となった。そのように言うと、中東で続く内戦の悲劇を傍流として軽んじるのか、という非難が返ってきそうだ。

 だれもが不特定多数のに向かって言葉を発することを可能にしたインターネットは表現の自由を拡張した。そう言うと、インターネットはアディクションの対象となったり、プライバシー侵害の温床となったりして、人間を自由にするどころか拘束しているではないか、といった反論が予想される。

 ひとつの物事を見るとき、どの部分をどんな角度から見るかによって、まるで別物のように見えることがあるのを、これらの想定は示している。見る角度、見る部分は見る者が何を見たいかによって左右される。そこには見る者の願望が投影される。

 これを私自身にあてはめれば、私は熱い戦争、リアルな戦争を見たくないのであり、いずれそれが消滅することを願っているということだ。理由は私が流血や破壊を怖がっていることにある。

 そんな私を非難する者は、そうした戦争を見たがっており、それが少なくともいますぐには消滅しないことを願っている。その理由を想像するなら、自分のものの見方、世界観の正しさを裏づけたいからかもしれないし、戦争の当事者の一方を戦争を引き起こすほど悪いやつらだと非難したいからかもしれない。

 また、インターネットが表現の自由を拡張した、と言うときの私は、これから先その拡張が進むことを願っている。これに対して、インターネットが人を拘束すると批判する者は、インターネットがそうであってほしいという願望を隠している。ネットの世界に不満を持っているからかもしれないし、テクノロジーの生んだ人工物よりも、人の手ができるだけ加わらない自然物のほうが好きだからかもしれない。

 私がそうした批判者と違うとすれば、自分の願望を自覚していることにあると思う。私はおのれの願望にしたがって、見たい部分を強調するが、見たくない部分を無視することはない。熱い戦争、リアルな戦争は傍流としてであれ、今なお続いていることを踏まえている。自由の拡張は必ずその反作用として新たな拘束を生むことも忘れていない。

 念のためにことわっておくと、どこをどの角度から見るかの選択に願望が投影されているからといって、見る対象は願望がつくりあげたものではない。あくまでもそれは見る者から独立した客観的な対象として存在する。

 ひとつの物事をめぐってふたつの異なる願望が存在するとき、どちらの願望が成就しやすいか。短期的にはどちらにもころぶ可能性がある。長期的にはその社会の大多数を占める庶民の望んでいるほうが実現される可能性が高い。

 たとえば現在の先進国や新興国で暮らす庶民は、血が流れたり街が焼け野原になったりするような戦争を忌避する一方、自分たちの自由がより広がることを歓迎するだろう。だとしたら、時の政権は民衆の支持を得るために、そうしたリアルな戦争を避けたがるはずだし、インターネットの技術者たちは自由をさらに拡張できるような新たなテクノロジーの開発に励むはずだ。


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Posted by nkmrrj04fr at 22:25Comments(0)戦争をめぐって