2005年05月12日

ニュース逆さ読み(番外2) 欲望が描く自由の未来

今年1月の朝日新聞夕刊・文化面に「自由」をめぐる記事が載った。限界と矛盾があらわになり出した近代的な自由について、哲学、倫理学、社会学などの新世代の専門家がどのような見方をしているかを紹介したものだ(1月11日付「ネオ・エチカ――新しいレンズを求めてぁ惻由の値打ち』」)。

 

読んだ後、ぜひ知りたいと思ったのは、専門家ではないごく普通の人々が自由をどうとらえているかということだった。ここではそれを考えてみる。

 

その手がかりとして、現在の日本人が抱いている基本的な欲望がどんなものかということを見ておきたい。かつての日本人の基本的な欲望は、飢餓をはじめとした貧困からの脱出だった。それが高度経済成長によって満たされた現在、人々はそれに代わる新しい基本的な欲望を持ち始めている。それは「他者から承認されたい」という欲望だ。

 

他者の承認を求める欲望の高まりは、若い人たちの中に極端な形を取って表れている。その一つは引きこもりだ。家族から四六時中発せられる有形無形の「早く出てきてほしい」という訴えは、引きこもった当人にとって、自分が家族から承認されていることを常時実感させてくれる強力なメッセージとなる。

 

もう一つの表れは「有名になりたい」という願望だ。現在、インターネットで「有名になりたい」という言葉を含むウエブサイトを探すと、その数は約1万6千件に及ぶ。有名になれば24時間ウオッチングの対象となり、これもまた他者による承認を常時実感させてくれる。

 

こうした承認欲求の肥大化の背景には、モノだけでなく人間への需要が減退するデフレという時代基調がある。人々はインフレだった高度成長時代に比べて企業や家庭から必要とされる度合いが少なくなり、それだけ他者による承認への飢渇感を募らせていると見ることができる。

 

そのデフレは他方で、自由の拡大をもたらした。高度成長時代には半身を隠していた「競争の自由」を表舞台に引っ張り出したのだ。しかし、優勝劣敗のこの自由は「勝手にするのはいいが、どうなっても知らんぞ」といった「自己責任」を迫るメッセージを含んでおり、他者から承認されるどころか、拒絶される可能性を絶えずはらんでいる。

 

人々が最終的に求めているのは、そんな窮屈な自由ではないはずだ。自由に振る舞うことがいちいち承認とか拒絶の対象とならない無条件の自由。それこそが本音のところでは希求されている。そのような自由は今のところ理想に過ぎないし、それが実現した社会の姿を具体的に思い描くこともできない。しかし、そうした理想の自由を求める人々の欲求はこれから、誰も無視できないほど広がっていくと思われる。 (05・01・15)                               

 

    

前回の「ニュース逆さ読み」で、JRの脱線事故のことを書いた際に「自由競争」の問題に触れました。それに関連した文章として、以前に書いたものを一部手直しして掲載しました。



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