ホリエモンの逮捕について別のところに書いた文章があるので、一部手直ししてこちらに転載します。
ライブドアグループを率いるホリエモンこと、堀江貴文が証券取引法違反容疑で東京地検に逮捕された。以前に別の場所で、ホリエモンがつまずく場合として、私は次のようなことを書いた。
「彼が『おカネで買えないものはない』と本気で信じているとしたら、いつかつまずくかもしれない。確かに市場では『おカネで買えないものはない』が、その市場は『おカネで買えない』市場外の力の影響を絶えず受けているからだ」(「やるじゃないか、ホリエモン」2005年3月5日)
今回のつまずきは、まさにその「『おカネで買えない』市場外の力」によるものだった。ただ、それが検察の捜査という形を取るとは、私は全く予想していなかった。そのうかつさを認めざるを得ない。
ライブドアグループの急成長を支えた要因の一つに、バブルあるいはそれに近い現象がある。成長の最終局面では、株のバブルとニュースのバブルが結びついた。株のバブルは、繰り返されるM&Aが駆動力となった。ニュースのバブルは、ライブドアのプロ野球参入表明やニッポン放送株買収によって火がついた。前にもこのブログで書いたが、衰退した農村共同体や企業共同体に代わるものとして今、支配力を増しているのが「メディアによる共同体」(石田佐恵子『有名性という文化装置』)だ。その共同体での祝祭に相当するのが集中豪雨的な報道によるニュースのバブルにほかならない。このバブルが株のバブルと結びつくのは、高度成長後の「豊かな社会」では必然だったと言える。
バブルによる成長だから「虚業」であり、「虚業」は額に汗しないからけしからん、という主張に私は与しない。バブルは資本主義では避けられない現象であり、「虚業」を投機またはそれに類するものと解するなら、資本主義は「虚業」なしには成り立たない。
私はこれまで、ホリエモンのいくつかの言動を肯定的に評価してきた。ニッポン放送株買収や衆院選出馬の際には次のように書いた。
「権力を批判しながら、自らも権力と化しているのが現在のメディアだ。(中略)ホリエモンの言う『放送と通信の融合』は、視聴者が番組に介入できる余地を広げることで、そうしたメディアの権力を殺いでいく可能性を持っている」(同上)
「近代の政治はナショナルであることを本質としている。その中に、ナショナルなものをありがたがらないホリエモンのような人物が、泡沫候補としてではなく、自民党というメジャーな政党に後押しされて出てきた意味は小さくない」 (「ニュース逆さ読み(17) どの政党よりもラジカルなホリエモン」)
ホリエモンに対するこれらの評価を修正する必要を私は認めない。彼の言動のいくつかには、メディアや政治家が口にすることのない歴史の未来の断片が含まれていると考えるからだ。