先日、林真理子の新著を宣伝する新聞広告に、彼女のデビュー作『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が紹介され
ていた。
「ルンルン」は本来「気分が浮き立っている時に発せられる、鼻唄のさまを表わす」感動詞だ(『日本国語大辞典』)。それを林は名詞として使うことによって、この本が世に出た1980年代の気分をとらえることに成功した。
「ルンルン」の名詞化は比喩化にほかならない。「ルンルン」は買う対象とされた。それは消費の対象が、モノやサービスだけでなく、「気分」にまで拡大されたことを意味する。
「気分」は生きていくうえで必ずしも必要なものではない。それが消費の対象となったということは、選択的消費が必需的消費を上回るいわゆる「豊かな社会」の到来を物語っている。
「ルンルン」の比喩化は、選択的消費が言葉のレベルでも拡大したことを意味する。何か必要があって言葉が使われるのではなく、遊びの一種として使われているからだ。
社会全体が貧しかった高度経済成長までの時代は、生きていくうえで必要不可欠なものをストレートに伝えないと、生存が危うくなる恐れがあった。言葉を遊びに使うことには制約があった。
その制約から解放されたのが林真理子のデビューした時代だったといえる。『ルンルンを買って……』が出た1982年には、糸井重里が「おいしい生活。」のコピーをつくった年だ。
生活というものが、ただ生きることではなく、おいしさを味わうことだとされたとき、日本人は消費者としての自らの力を実感したはずだ。80年代は国家から個人への権力の分散がリアリティーを持ち始めた時代だった。
