2016年04月20日

 分散する権力(254)――『聖なる予言』とマルクス主義


 人間の精神的(スピリチュアル)な進化をテーマにした小説『聖なる予言』が東西冷戦の終結、ソ連の崩壊の衝P1000138撃によって生まれた作品であることをこのあいだ書いた。ソ連の崩壊は国家から個人への権力の分散過程のひとつであり、それがこの作品では宇宙のエネルギーがひとりひとりに流れ込む物語として描かれている。

 ソ連崩壊の衝撃がこの本を生んだ理由はそれだけではない。ソ連の滅亡はマルク主義の滅亡でもあった。史的唯物論とも呼ばれたこのイデオロギーは、社会の段階的な発展を前提にした進化論の発想を基礎に持っていた。

 そのイデオロギーが消滅した跡地を埋める別の進化論を提起したのが『聖なる予言』といえる。マルクス主義が社会の物質的な進化の物語をつくったのに対して、この作品は人間と社会の精神的な精神的(スピリチュアル)な進化の物語を描いている。作者の出身地のアメリカをはじめとした世界の先進地域が人間の物質的な欲求をほぼ満たしてしまう歴史段階に達したことがその背景にある。

 いまスピリチュアルとか精神世界、あるいはニュー・エイジと呼ばれるブームがアメリカを発祥の地として先進地域に広がっているのは、物質的な満足が精神的な不満足を際立たせた結果といえる。物質的な満足をもたらすもとになった科学的な思考ではもはや足りず、それを超えるスピリチュアルな思考が求められるようになったといってもいい。

 私たちはその思考を非科学的とか、荒唐無稽とかといってあなどるわけにはいかない。それはいまいったように必然性を含んでおり、そうである限りリアリティーを帯びているからだ。3千年紀のなかごろには食糧、衣類、交通手段などが自動生産され、需要が通貨を使わずに充たされるようになる、という『聖なる予言』の未来予測は、現在のAIやロボット技術の目覚ましい発展と、堀江貴文の指摘するモノやサービスの無料化の進展を見れば、ただの空想物語として退けることはできない。


  *        *       *

                   『流砂』10号
P1000076


この記事へのトラックバックURL